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4.襲撃


 僕たちは夜明けとともに、駅から一番近い町、バリデロンに向かった。


 本当はもとの世界に早く帰りたかった。


 しかし、同じ時間と場所で、つまり深夜のジャングルで、ロアーグや猛獣がうろつく中、彼らから一番目に付きやすいホームの上で、結界を張る作業をしなければ、ポートは開かない。


 それは自殺行為だ。僕一人ではどうにもならない。


 バリデロンの関所を通るため、僕は女装させられた。


「慎之介の顔なら化粧でごまかせるよ。それに、髪を伸ばしてて良かった」とアンジェは楽観的だった。


「みんな本物の男を見たことないんだもの。大丈夫。バレたら大変だけどね!」


 この世界の女性たちにとって、男と“つがい”になり、子どもをもうける、特に男の子を産むことは、渇望しながら口に出すことさえ許されぬ夢だ。


「君を奪い合って死人が出るか、強いリーダーが君を閉じ込めて種付けだけの奴隷にするか、いっそのこと皆で君を八つ裂きにするか、何にしてもひどいことにしかならないよ」


 アンジェは僕の唇に紅を引きながら言った。


「見つかるとまずいのは、ぽこチンなんだ。コブ付きは町に入れてくれないからね」


 ぽこチンは、ロアーグに変態する生き物だ。町一つを全滅させる能力がある。そして、片割れであるアンジェの言うことしか聞かない。


 だから交渉や取り引きはできるだろうが、砦の内側に入れてくれる可能性はほぼない。


「この子だけ、日が暮れてから翔んで入る、って手もあるけど、長いこと離れ離れになると二人とも衰弱しちゃうから、荷物に隠して持ち込もう」


 ぽこチンはピーピー文句を言ったが、結果的にうまくいった。



 バリデロンには“仔馬亭”という旅籠が一つあって、一階のサルーンは酔客で賑わっていた。


 男の姿も目についたが、「あれはボイの男装。よそ者がやったら“紛らわしい”って袋叩きに合うよ」ということだった。中には腰に剣を下げた逞しい体つきのボイもいて、彼女たちは砦の衛士だという。


 食事は部屋でとった。


 ぽこチンは昆虫の蛹を炒めたらしき料理をついばんだ。


 外が暗くなる頃、アンジェは風呂屋に出かけた。


「一か月くらい身体洗ってないから」と彼女は顔を赤くした。


「まだ大丈夫だよ!もっと鼻をくっつけて匂い嗅ぎたい、ってコイツが…」と言い出したぽこチンを布団に押し込み、僕は彼女を見送った。



 ぽこチンは毛布を被って丸まったままだった。置いてけぼりにされ怒っているのもあるが、アンジェから離れる不安が大きいようだ。


「すぐに帰って来るさ」と慰めたが、湿っぽい独り言を呟くだけだった。


 そのうち扱いに困って、「なんで旅を続けるのさ。風呂付きの家に住めばいいじゃん?」ときくと、ぽこチンはもぞもぞ動いて顔を半分だけ出した。


「魔竜の血は引き合う。だから一つ所にいると迷惑なんだ。ボクだってアンジェだって本当はママのそばにいたいよ。でもボクたちはバケモノを呼ぶバケモノだ」


 僕は、目をパチパチさせながらピイピイいうこの生き物が少し気の毒になった。興味も湧いてきた。


「お母さんてどんな人?」


 ベッドに腰かけ、ぽこチンに話しかけた。一瞬、撫でてみようかと思ったが、手が出なかった。コイツはぬいぐるみでもペットでもない。


「ママは、アンジェそっくりの凄い人だよ。キレイで優しくて強い。女の子を三人産んで、ボクたちを産んで、それでも生き延びたんだ」


 ぽこチンのまばたきが激しくなった。「だから、絶対に慎之介をママに会わせなきゃ…」


「えっ、どういうこと?」


 その後、ぽこチンはまた毛布に潜り込んで、いくら続きを聞き出そうとしても、何も答えなかった。


 喋りすぎを後悔したのかも知れない。


 アンジェが旅を続けながら僕と一緒に闘おうとしていることと、アンジェのお母さんに僕を引き合わせる必要性が、頭の中でうまく繋がらなかった。



 僕は、いじけてブツブツ言うベッドの丸いふくらみを見ながら、置かれた状況についてぼんやり考えていた。



 突然、町の中に鐘の音が響き渡った。時を告げる音ではない。カンカン叩きつけるような切羽詰まった音だ。


 僕にも判る。


 警報だ。


 窓を開けると、逃げ出す人々が見えた。“ロアグリオン”という恐怖に満ちた叫び声も聞こえた。


 ぽこチンがベッドから跳び出た。


「大変だ!魔竜人が襲ってきた。アンジェのとこに行かなきゃ!」


「でも、待っとくように言われてるし…」


 僕はパニックで足が竦んだ。この部屋に立て籠もりたい。外に出たくない。


「行かなきゃ」と、ぽこチンが泣き出しそうに叫んだ。


「アンジェは逃げずに闘う。死んじゃうよ!」


 ぽこチンがパタパタ羽ばたいて僕にぶつかってきた。僕は暴れる毛玉を抱きかかえた。


「どうしよう!死んじゃうよ!」


 一瞬、ぽこチンの動きが止まり、腹から血が噴き出した。


「ギャー!」


 ぽこチンは悲鳴をあげた。


 毛皮がみるみる血まみれになり、ボクの手を濡らし、指の隙間から血が溢れて滴った。


 そうだ。アンジェとコイツは一心同体の双子だ。


 僕は、泣き喚くぽこチンを抱えて部屋から飛び出し、疾走った。


 逃げ出す町の人たちの流れを逆にたどって走る。


 心のなかで叫び続けた。


“死ぬな!”



 町の中心の時計台広場に駆け込むと、剣を持って闘った衛士たちの死体が転がっていた。


 魔竜人らしき怪物の姿はない。


 時計台にボロボロの何かがぶら下がっていて、それが脚を縛られ逆さに吊るされたアンジェだと気づくまでにしばらく時間がかかった。


 ぽこチンを抱えて駆け寄ると、アンジェは薄く目蓋を開いた。


「慎之介、逃げて。ごめん。君のことバレてた」


「大丈夫、そこから下ろすよ」


「あたしはもうダメ」


「でも…」と僕は視線を落とした。


 腕の中でぐったりするぽこチンと、アンジェたちが流した血溜まりが広がっていくのが見えた。


「急いで。ここは、アイツらに囲まれる。お願い。その子は置いてってね」


 アンジェは微笑んだ。


 絶望的に周りを見回すと、建物の陰から巨大な人影が湧き出てきた。


 魔竜人だ。二人いる。


 僕は恐怖に泣きじゃくりながら逆さ吊りのアンジェにキスをした。舌を吸い、首すじを舐め、胸のふくらみに顔を埋めた。


「アンジェ、まだ闘える。俺を信じろ、ってコイツが言ってる」


 ぽこチンがか細い声で言う。


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