2.血戦
「ロアーグが来るね。参ったなぁ」
アンジェは“慎之介”を鞘に収めると、肩にぽこチンを載せた。
「いきなり成獣か…でも闘うしかない」
アンジェは線路に飛び降りると、ホームの下に身を隠した。
「ぽこチンも手伝って!」と相棒を両手で抱え、おでこをくっつけた。
「えー、やだよ。ボクは闘わない。その代わりにアイツを連れてきたんだよ?」
「うん、ありがとう。きっと慎之介はスゴイよ。血戦兵器の素質がある。でも、持続力はどうだろう?だから今回は三太刀で決めたい。牙は使わなくていいから助けて!」
ぽこチンは逡巡し尻尾が左右に揺れた。
「ボク、アンジェのことが心配なんだ」
「ありがとう!でも、大丈夫」アンジェはぽこチンを抱きしめた。
「そうだね。目と耳だけなら…やるよ。じゃあ、ボクの翼を出して」
ぽこチンは小さな羽をパタパタ振った。
アンジェは羽を掴むと、「ごめん!」と呟き、思い切り左右に引っ張った。
「ギャー!」
ヒトの前腕と上腕にあたる骨肉をズルズル引き出される痛みに、ぽこチンがブルブル震えて絶叫した。
それを聞きつけ応えるように、密林の奥でロアーグが吠えた。真っ直ぐ向かって来るようだ。樹木を薙ぎ倒す騒音も聞こえる。
ぽこチンはヨタヨタしながらも両翼を広げ、やがて力強く羽ばたいてロアーグの上空を目指した。
アンジェの頭の中に、ぽこチンの視界と聴界が広がる。敵は二百メートル先まで迫っている。
ぽこチンが枝葉の茂みを突っ切って高度を下げると、ロアーグの姿が見えた。
体長十メートルほど。体毛が背中側まで鉛色にくすみ、生え揃った牙の何本かが欠けている。高齢期に差し掛かった成獣だ。
だが、老いた分だけずる賢くなったやつかもしれない。
アンジェは、あえて足場の悪い密林に突入して横撃する闘いを選んだ。
「慎之介、頼むよ!」
八相の構えで走り出した。
ぽこチンが、進路や障害物の迂回を細かく指示しながらアンジェを導く。
会敵の直前、足場を確認するや、「いける!」とアンジェはスピードを緩めず脇構えに切り替えた。
まず、ぽこチンが囮になってロアーグの鼻先を全速で滑空した。
ロアーグはひと吠えして空を噛んだ。その勢いにぽこチンが吹っ飛び、立ち木にぶち当たった。
脇目もふらず、アンジェが走り込んでロアーグの後脚を切り払った。さらに袈裟懸けに胴を切った。
急所を狙う必要はない。脚を切って深手の一つも与えれば足止めできる。とりあえずはそれで十分だ。
アンジェは正眼に構え、息を整えた。
「ぽこチン大丈夫?」と声を掛けると、「大丈夫。あいつの鼻息で飛ばされただけだよ」と藪の中からゴソゴソいう音とともに返事があった。
異変は“慎之介”に起きた。
一太刀、二太刀と、獣の筋肉や腱を切り裂き、血を吸うほどに、“慎之介”の切れ味が鋭くなっていく。
本来、生き血は切れ味に影響しないはずだが、
「もっと、欲しいんだね?」
アンジェが囁いた。
刀身が黒光りして精気に満ちた。
「いいよ!」アンジェは愛おしむように刀身の棟に指先を這わせた。「いい!やっぱ、スゴイ!」
手負いのロアーグはアンジェに不吉な何かを感じて後ずさりした。
その動きに引き込まれるようにアンジェは一気に間合いを詰め、突きを放った。瞬速の三段突き。
「あははっ!慎之介となら何度でもヤれるよ!」
獣を圧倒し、切り刻み、狂ったように笑うと、血まみれになったアンジェはその場に倒れた。
気がつくと、僕は横たわっていた。泣きたくなるほどの虚無感だ。
抑えつけた怒りと性欲が燃え尽き、その後に真空状態が生まれたようだ。
刀の“慎之介”はいない。
刀に変身している間、僕は刀でありアンジェの意識の一部だった。アンジェは血に狂った。
僕もだ。
むしろ、彼女がおかしくなったのは僕のせいかもしれない。
寝返りを打つと同じ毛布にアンジェがくるまっていた。
アンジェの身体の向こうに、焚き火が静かに燃えていた。
毛布越しに、腰のふくらみから脚先までこの世のものとは思えぬほど美しい曲線が浮き上がり、僕はまた血が巡るのを感じた。
時折、焚き木がシューシューいったりパチパチはぜる音が心地よい。
ここはビバークポイントなのだろう。土の中から荷物を掘り返した形跡があった。
ぽこチンは、焚き火の周りをグルグル飛んで、集まった虫を食べていた。
「慎之介ありがとう!」
目を開けたアンジェが僕の頬に手を添えた。
「ヘトヘトだよ」と僕は答えた。
「でもこいつ、もう次イケるってさ!」と、ぽこチンがさえずった。
僕は手近の小石を投げつけた。
「ぽこチンをいじめないで」とアンジェは僕をたしなめた。
「でも慎之介、凄かったよ。最後、刃の先端から真っ白な霊気が奔り出たのが見えたような気がして、そしたらあたし気を失っちゃった」
僕と同じタイミングだったようだ。
「必殺“ホワイトスプラッシュキャノン”だってさ!」
ぽこチンが嬉しそうに解説した。
さすがに頭にきた。
「なあ!オマエが闘わない代わりに、オレを連れてきたって言ったよな?どうゆうことだよ!」
ぽこチンは羽をたたみ、小走りで焚き火の反対側に隠れた。
「それはね…」とアンジェがかばった。
「ぽこチンが本気で変身すると、ロアーグみたいな血戦獣になるの。変身を何度も繰り返して成長すると、戻れなくなる。それがロアーグ」
僕は面食らった。
「ええと、つまり、ぽこチンはロアーグの子どもってこと?」
「そう」
「じゃあ、あいつも…」と言いかけて飲み込んだ。アンジェが僕に身を寄せ、肌と肌が重なったからだ。
「ぽこチンが死んだら、あたしも死ぬ。あの子は、お母さんから一緒に生まれたんだ」
アンジェは僕の胸に顔を埋め、この夜はそれ以上何も言おうとしなかった。




