女主人がやってきた
ヘルメが少ない荷物の整理をするために部屋を出て行くとレスティナ一人だけになった。しんと静まる部屋の中には陽光が惜しみなく注がれている。その煌きに誘われるように窓の外へと視線を向ければ豊かな自然と穏やかな空。
それを見てふと、この国に初めて訪れた時は雷の響く曇天の空だったことを思い出した。そしてこの国は内乱の兆しに誰も戦々恐々としていたのだったか。人々の顔色は暗く重く、町の活気はなかった。それに比べて今の王都のなんと輝かしいことだろう。だれもが笑顔で暮らせるこの平穏を造り上げて維持しているのがレキウスであるならば、昔、彼に巻き込まれた記憶も、まあ…いい思い出にできる。
あの頃はレスティナもまだ十代で暗殺者と闘いながら各地を転々としていた。その途中でこの国にたちより偶然助けた男がこの国の王位継承者レキウスだったのである。今日はレキウスの娘を助けることになった。しかしあの男にかかわるといつも何かに巻き込まれるな、と諦めて嘆息した。
王女二人の押しの強さは絶対あの男似だぞと思いながら若干黄昏ていると見知らぬ気配を感じた。
屋敷の外に何人か残り、屋敷の中に数人の気配が入った。その気配の付近にヘルメの気配も感じるのでおそらく王宮からの使者か。
こちらに向かっているのだと悟りレスティナは姿勢を正すとちらりと扉を見た。しばらくするとヘルメだけが戻ってきた。気配は扉の外にとどまったままだ。
「王宮より侍女頭殿がご挨拶に来られました」
「そうか、たぶんレキウスの采配だろうな」
「どうなさいますか?」
「王宮からの来客だ。会わないわけにはいかないだろう?…それに少し探りたいこともあるしな」
「………かしこまりました」
小さく呟き目を細めて閉じられたままの扉を見ながら獰猛に笑う。ヘルメは心得たように頷き、扉へと戻って外で待機していた者たちを案内した。
ヘルメの後ろに続いて数人の女達が静々と入ってくる。
ふっくらとした一番年配の女が恭しく頭を下げて一礼する。
「御初におめもじします。私の名はミレー。王宮の侍女頭を務めております。この度はアルヴァルチアへようこそお出でくださいました」
顔をあげたミレーは内心僅かに驚いた。
この度やってきたレオパルドスの第一王女は戦場で剣を振り回す女性だという。
自分たちが仕えるこの国の第一王子に輿入れする王女はどんな粗雑な女性なのかと不安を押し殺しつつも、もしそうであれば大国アルヴァルチアに相応しいようにどう教育をしていくべきか悩んでいた。
しかし、ミレーの想像は一瞬ですべて吹き飛んでしまった。目の前で長椅子に座っている女性は同姓でも目を見張るほどの美貌の持ち主だった。
少々乱れているのが気になるが流れるような黒髪は艶々している。今は動きやすそうな騎士服に身を包んでいるが、ドレスを着て着飾ればさぞ周りの視線を独り占めするだろう。
何よりぴんと伸びた姿勢と堂々とした態度。他国とはいえ王族の威厳を感じさせる女性はじっとミレーを見つめている。それに気づきミレーは我に返った。
「こちらの娘はマリアとニーナと申します。姫君のお世話周りにと連れてまいりました」
「ありがとう。しかし私にはヘルメがいるので世話周りは必要ない」
きっぱりと言い切ったレスティナにやって来た三人の侍女は固まった。長年侍女頭を務めているだけありミレーは直ぐに衝撃から立ち直った。
「しかし姫君…」
「私のことはレスティナと呼べばいい」
「はい、レスティナ様。しかしお世話をする方が一人では心ともないのではございませんか?」
レスティナは柔らかく微笑してミレーを見つめた。
「申し訳ないが私の世話はヘルメだけで間に合っている」
泰然と構えて見つめてくるレスティナにミレーは肩が少しだけ震えた。目の前の人は美しく微笑んでいる。だが目が笑っていなかった。自分に逆らうことは許さないと目が語っていた。それは視線だけで他者を動かすことのできる、頭上に君臨する者の目だった。そしてレスティナから見えない圧力を確かに感じるのだ。このような空気を出せる者を一人だけミレーは身近に存在していることを知っていた。栄えあるアルヴァルチアに頂く国王レキウスである。国王と同じ王気を確かにレスティナから感じる。
これでは王女というよりも女王といったほうが相応しいではないか。レオパルドスの噂の王女は想像をはるかに超えたものすごい方であるとミレーは内心で溜息をついた。
「分かりました。出すぎた真似をして申し訳ありません」
「いや、こちらこそ我侭を言ってすまないね」
レスティナはもう普通に笑っていた。重々しかった空気は消失している。ミレーは僅かに瞠目してから微笑んだ。ジルシード王子も大変な方を娶われる事になったのだと実感しての笑みである。
「では食料の方はいかがいたしましょうか?」
「さらにわがままを言ってもいいのであれば王宮から届けてもらえると助かる。先ほど確認したがこちらには台所も道具もそろっていたし料理はヘルメがする。まあ、なくてもここは豊富な資源がそろっているから何の問題もないが」
何を言われているのか理解できていないのだろう。きょとんとしているミレーに窓の外に視線を投げる。
「あるだろ、そぐそこに森が」
ぽかんとする侍女たちにレスティナはにっこりわらう。
「狩りにはうってつけだ」
「お、おまちくださいレスティナ様。この森は王家直轄地。シーズン以外での狩りは国王陛下の許可なくして許されません」
「そうか、それは残念」
まったく残念と思っていない返答でもミレーはほっとしたようだ。レキウスに許可とるかとレスティナが考えてると知ったら仰天するだろう。
「食料はもちろん毎日こちらに運ばさせていただきますとも。陛下よりレスティナ様の良きに計らうよう命じられております」
「ありがたいお心遣いに感謝します」
「庭の手入れをしている庭師は毎日こちらに伺いますが…」
「勿論、歓迎します」
「ありがとうございます」
「ところで警備の件はどうなっているか知っていますか?」
「はい。花の離宮の警備は第一騎士団の担当でございます。すでに外にて警戒に当たっております」
近衛騎士団は王族の護衛で第一騎士団は王宮の守護者といったところかだったか…確か。昔の記憶を引っ張り出してレスティナは外にいる気配はやはり騎士かと頷く。
ある程度これからの事を調整して話し合いが終わるとミレーはまだ硬直している侍女二人を促し退室していく。最後にミレーが部屋を出る直前、レスティナは唐突に声をかけた。
「今の二人は長年ここに勤めているのですか?」
「はい。マリアは今年で三年になります。ニーナはまだ新米でマリア付きとなっております。なにか粗相がございましたでしょうか?」
「いや、そういうわけではないので安心して。有意義な時間をどうもありがとう」
不思議そうにするミレーをにっこり笑って見送った。




