第8話 謎の手紙
目覚ましではなく、自然に目が覚めるという素晴らしい休日の朝を迎えた俺は、スマホで今の時間を確認する。
「ふぁ~……10時前かー。軽い朝食でも食べるか~」
昼食の時間まであと2時間ほど。
さすがに白米等の主食を用意するのは些か重そうだ。
「……『想い』といえば、姉ちゃんはもう起きてるかな……?」
今日は姉弟そろって一切予定がない完全オフの日なのだが、昨晩の出来事を振り返る。
あの時の姉ちゃんはいつも以上に面倒臭かったな。
食後の片付けを一緒に手伝ってくれたのはありがたかったが、その後「お風呂も一緒に入る」などと言い始めたのだ。
流石に無理だと言ったら引き下がってはくれたものの、今度は「一緒に寝たい」と言い出す始末。
霧島家の長女は幼女に退行してしまったのだろうか……?
「姉ちゃん起こすと面倒そうだし、コンビニで何か買ってこよ……」
俺は軽装に着替え、散歩がてら近所のコンビニへと向かった。
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道中、日向ぼっこしている猫に癒されたりしつつ歩いていると、突然手の甲に痛みが走った。
どうやら街路樹の葉で切ってしまったようだ。
薄っすらと血が滲むのが見て取れるが、傷自体は浅いし痛みもそこまで強くなかったこともあり、一旦気にしない事にした。
その後、コンビニでイチゴ牛乳とパンを3つほど買い、財布が少し薄くなった事に悲しみを覚えながら帰路についていた。
「最近また値上がりしたなぁ……今度から軽食も家で作った方がいいかもな」
我が国のインフレに後れを取っている霧島姉弟の財政事情を気にしつつ歩いていると、気づけば自宅アパートに着いていた。
いつも通り郵便受けを確認すると、何通か郵便物が溜まっていたが、一番上に小さな封筒が乗っていた。
ひとまずイチゴ牛乳がぬるくなってしまうので、郵便物もまとめて持って上がる。
部屋のカギを開け扉を開けると、パジャマ姿の姉ちゃんがむくれた表情で玄関に立っていた。
「ただいまー」
「……おかえり。なんで起こしてくれなかったの?」
「だって休日だよ? 姉ちゃん今日予定ないって言ってたし、わざわざ起こす理由もなかったし」
俺は靴を脱ぎながら答える。
「あたし、遼のおはようボイスで目覚めたかったんだけど」
姉ちゃんは、俺が片手に持っていたレジ袋を受け取る。
「知らないよ。っていうか、姉ちゃん昨晩からおかしいよ」
「何が?」
「言動が」
思わず正直な感想が口から出てしまったが、姉ちゃんは気にする様子もない。
それどころか開き直りともとれる発言をする。
「だってしょうがないじゃない。昨日遼に嫌われるかもしれない恐怖を味わっちゃったんだから」
テーブルの上にパンとイチゴ牛乳を置きながら続ける。
「まぁ仮に嫌われたとしても、あたしは一生遼の事を好きであり続ける自信はあるけどね」
捉え方によっては非常に重い発言ではあるが、それだけ弟を大切に思ってくれているのだろう。
俺は内心嬉しく思いつつも、その事を悟られないように努めて言い返す。
「それは弟の俺に言うんじゃなくて、将来旦那さんができるまで取っておいた方がいいと思うよ?」
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軽くブランチを済ませた後、自室に戻って俺宛の郵便物を確認する。
基本的に殆どが広告やダイレクトメールだったが、1通だけ手書きで『霧島遼 さまへ』と書かれたはがきサイズの封筒があった。
恐らく郵便受けを開けたとき、一番上に乗っていたものだろう。
送り主を確認しようと裏面を確認すると、そこには何も書かれていない。
「まぁ、中身確認すれば分かるかもな」
俺は封をしている可愛らしいシールを、丁寧に剥がした。
すると、手紙と透明なビニールに包まれた絆創膏が入っていた。
手紙には、こう書かれていた。
『ちゃんと手当てをして』
その文字を見て、俺は机の引き出しからあの書き置きを取り出す。
そして、横に並べて見比べてみる。
「……『て』の書き方が違う」
細かく見てみると、ペンの筆圧も手紙の方が強いし、何より文字が硬いようにも見える。
他に手がかりはないか、絆創膏と封筒をそれぞれ確認する。
絆創膏は、男子高校生が付けるにはあまりにも可愛らしい、某夢の国のキャラクターが描かれているものだ。
そして封筒は、特に目立つものが無い至ってシンプルなものだが、少し厚みがあるようにも感じられる。
ここまで見て思ったのは、恐らく最初の書き置きと今回の手紙は、『差出人が異なる可能性が高い』という事だ。
ひょっとしてこれは、もしかして……。
「遂に……俺にもモテ期到来か……!?」
「一人でブツブツ何言ってんの?」
「うおっ朱音!? いつの間に背後に……?」
背後には何故か朱音と姉ちゃんが立っていた。
あまりにも気配がなかったので声を掛けられるまで気付かなかった。
「ってか姉ちゃんも、入る時はノックしてってあれほど言ったのに」
「何回かノックしたし呼びかけたけど、全然反応なかったから心配になっちゃって」
「え……マジ?」
俺の問いに二人は頷く。
まじか、俺周りの音が聞こえなくなるほど集中してたんだな……。
「ところで、それってあの書き置きの新作?」
姉ちゃんは俺の机から、今日届いた手紙を手に取る。
朱音はそれを横から眺めながら、あの時と同じ微妙な顔をする。
「なんか……この前昼休みに見せてもらったのと、雰囲気が違くない?」
「そうね。多分違う人が書いたんじゃないかしら」
朱音の言葉に同意する姉ちゃん。
「ってか、遼ってばどこか怪我でもしたの?」
「街路樹の葉で、ほんの少し手の甲を切っただけなんだけどね」
それを聞いた姉ちゃんは手紙を朱音に押し付け、俺の手を取る。
「……ホントだわ。あたし、全然気づかなかった」
俺の左手を握りながら悔しそうに嘆く。
「んで、怪我して以降誰かと会わなかったの?」
「そうだな~。家の前で大家さんに会ったくらいで、ほかの知り合いとは全然すれ違わなかったな……」
俺がそう言うと、姉ちゃんがポツリと呟く。
「……手紙を入れた人物を、もしかしたら大家さんが目撃しているかも」
「……確かに!」
言われてすぐ、俺は手紙と封筒を手に部屋を出る。
毎週土曜日の午前中、大家さんは決まってアパート周辺の手入れをしているので、恐らくまだ近くに居るはずだ。
「居た! 大家さーん!」
庭木の剪定をしていたアパートの大家さんに声を掛ける。
「あら、霧島さんの弟さんじゃない。どうかしたの?」
「えっと、今日この手紙を郵便受けに入れた人物を見てませんか?」
手紙を見た大家さんは、少し考えこむ。
「う~ん……何せ共用部の郵便受けには、一日に何人も来るからねぇ」
「でしたら、例えば女の子の学生とか……」
俺の言葉を聞いて、大家さんは何かを思い出したようだ。
「確か剪定した草木を入れるゴミ袋を持ってくるとき、女の子が共用部に居たのは見たわね」
「それってどんな子でした!?」
「うーん……遠くからだったから、詳しい特徴までは流石に思い出せないわ。すぐにどこか行っちゃったから」
「そうですか……」
「でも、多分身長は私より高かったかもしれないわね」
大家さんの身長……多分姉ちゃんくらいかな?
「分かりました。ありがとうございます!」
大家さんにお礼をして、再び家に戻って自分の部屋に入る。
「ただいま」
「おかえり。それで、大家さんから何か情報は得られた?」
「ああ、バッチリだ」
嬉しそうに答える俺を見て、姉ちゃんと朱音は意外そうにする。
「それで、どんな子だったの?」
「ああ……それはな?」
二人はゴクリと喉を鳴らす。
「女の子だ!」
「「……それだけ?」」
「ああ、むしろ一番大事な情報じゃないか?」
俺が誇らしげに言うのを見て、二人は少し呆れた表情をする。
「えっと、遼……? 女の子ってだけじゃ誰が差出人か特定できないんじゃない?」
「そう思うだろ? でも、もう一つ大事な情報があるんだ」
「はぁ。一応聞いても?」
呆れて俺の部屋から退散していく朱音をよそに、姉ちゃんが義務的に質問してくる。
「それは、『姉ちゃんより身長が高い』って事だ」
「……あら。思ったよりちゃんとした情報ね」
いや、割と『女の子である』というちゃんとした情報が得られただけでも、俺は結構嬉しかったんだけどな。
「あたしより大きいってことは、大体160cm以上はあるって事よね」
「そういう事になるな」
「……という事は、自然と朱音ちゃんは除外されるワケね?」
「ああ……いや、朱音は一応『自称162cm』ではあるけど」
姉ちゃんは無言でリビングに行き、朱音を連れて再び俺の部屋に来る。
「朱音ちゃん。あなた身長は?」
「……ヒャクロクジュウニ、デス」
何故カタコト?
「ちなみにあたしは正真正銘、身長160cmなんだけど……朱音ちゃん。あたしの横に並んでくれるかしら?」
姉ちゃんは笑顔で朱音に圧力をかける。
「わ、ワカリマシタ……」
姉ちゃんの隣に渋々立つ朱音。
「んで、遼から見て朱音ちゃんはあたしと同じくらいの身長かしら?」
「いや、全ッ然姉ちゃんのほうが身長高いね」
悔しそうに顔を赤くしてプルプル震える朱音。
「でしょ? なんでそんな見栄張ったの?」
姉の問いに朱音は涙目で叫ぶ。
「私はモデル体型になりたいんですっ!!!」
朱音の激白に俺は思わず素で返してしまう。
「なんで? 今でも充分可愛いのに」
「かっ、かわ……っ!?」
更に顔が赤くなる朱音。
やべ、つい柄にもない事を……。
「い、いや『世間的に見て』って事ね!? 全然他意はないから!」
ジト目で見てくる姉ちゃんの圧を感じて、つい言い訳をしてしまう。
「そ、そっか……。遼は私の事、可愛いって思ってくれてるんだー、そっか~」
悪戯っぽい笑顔を見せる朱音を見て、姉ちゃんは俺の両肩を掴み凄んでくる。
「遼……? あたしはどうなの?」
「姉ちゃんは……俺はあんま分かんないけど。まぁ、モテるんだし可愛いんじゃないか?」
「ンなんで疑問形なの!?」
思いっきり肩を前後に揺らさないで!
首が鞭打ちになっちゃう!
「だ、だって自分の姉ちゃんなんて、見慣れすぎてて可愛いかどうか分かんないだろ!?」
「そこは嘘でも『可愛いよ』って言いきりなさいよ!」
「あーはいはい。可愛いね~」
「むきーっ! 朱音ちゃんばっかりズルい!!」
「ま~ま~、咲来さん落ち着いて」
地団太を踏む姉ちゃんと、やたら上機嫌な幼馴染の朱音。
異性と捉えるには、些か身近すぎる二人を見て俺は思った。
流石にこの二人は差出人じゃないな、と――。
今回もお読みいただきありがとうございます。
次話も、明日9月15日20:30頃に更新予定できるよう頑張ります!
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