第7話 霧島咲来と『男子生徒』
時刻は午後6時半。3人にクロワッサンを奢った俺は帰路につきながら、先ほどまでの出来事を振り返る。
ムラカド・ベーカリーでの一件は、俺にとってはとにかく謎が多かった。
小野先輩からは何故かライバル認定され、青葉先輩からは朱音の何かを頼まれ、当の朱音は俺と目を合わせたがらなかったという出来事はあまりにも不可解だ。
そのあと蓮と入野が俺に対して『面倒くさい事に巻き込まれたな』って励ましてくれたのはありがたかったけども。
しかし一方で橘さんは何やらずっと考え事をしていたし、朱音の事を時々凝視する事もあったが、結局何を考えていたかまでは分からなかった。
「それにしても、朱音って俺と話すとき以外は清楚ギャルなのか……」
小野先輩から聞いた朱音は、俺が知っている幼馴染とは程遠い存在だった。
それはモテるための努力なのか、はたまたイケメンの先輩の前だからか。今の俺には判断のしようがなかった。
っていうか、小野先輩は朱音のやる事なす事をほぼ全て肯定的に見ているようだし、他の女子からもモテるイケメンだし、そんな人から告白されて何故断るのだろうか。
昨晩の朱音との会話を思い返してみるが、やはり分からない。
「もし恋愛という教科があったとしたら、俺は間違いなく赤点だな」
そう自己採点しながら自転車を漕いでいると、うちの安アパートからほど近いコンビニで、姉ちゃんと見知らぬ男子生徒が談笑しているようだった。
姉ちゃんは俺に気づくと、何故か少し気まずそうにする。
俺は自転車を降りて近づく。
「ただいまー。えーっと……」
「はぁー……えーっと、この人はあたしと同じ照葉学園で一緒に生徒会やってる佐伯君ね」
佐伯さんは俺に向き直ると、優しい笑顔で挨拶をする。
「どうも、佐伯理人です」
「あ、初めまして。霧島遼です」
「君が『あの』遼君か……」
興味深そうに俺を見る佐伯さん。
「えっと、どうかしました……?」
「実は、霧島さんの弟さんについて、うちの学園では色んな噂が入り混じって、都市伝説みたいな扱いなんだ」
「はい? それはどういう……」
苦笑する佐伯さん。
「例えば、霧島さんの弟はモデルやってるとか、飛び級してフランスの大学に通ってるとか、挙句の果てに実は妹なんじゃないか、って話もあるくらいなんだ」
俺ハイスペすぎ!
あと最後に至っては弟じゃなくなってるし……!
抗議の目を姉ちゃんに向けると、肩をすくめる。
「別にあたしは何も言ってないわ? 他の人が勝手に想像して言ってるだけよ」
「いや、ちゃんと説明してくれよ」
「嫌よ。遼の情報はあえて言わないようにしてるんだから」
「なんでだよ!」
「そんなのどうだっていいから、あんたは早くウチに帰りなさい」
「いや、せめて普通の男子高校生って説明させてくれよ」
「いいから」
姉ちゃんは俺を早く家に帰したいようだ。
もしかして、佐伯さんは姉ちゃんの好きな人で、弟に見られて恥ずかしかったりするのか?
それとも、実は姉ちゃんは俺の事、嫌いだったり……?
なんか姉ちゃんの機嫌悪そうだし、とりあえず家に帰ろう。
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帰宅して晩御飯の準備をしながら、姉ちゃんの機嫌が悪くなった理由を考える。
「確か佐伯さんとは同じ生徒会として、姉ちゃんはそれなりに仲がいいって言ってたよな」
以前姉ちゃんの友達である星倉さんが、姉ちゃんと試験勉強するためにウチに来たことがあった。
その時に星倉さんが「咲来は佐伯君が唯一の男友達」と言っていたのを覚えている。
もしかしたらあの場で口論になっていたのかもしれないが、俺が来てから不機嫌になった可能性が高いような気がする。
なんとなくだが、俺が見えた瞬間に表情が変わったように見えたからだ。
「……俺、何かしたかなぁ」
あまりに身に覚えがないので、過去に似たような表情をしたことがあったか考えてみる。
「あ。そういえば中学に上がって初めて下校したとき、あんな顔してたかもなぁ」
3年以上も前ではあるが、普段俺に対して温厚な姉ちゃんが、今回と似たような流れで不機嫌になった事を思い出す。
確か初めての下校で自宅までの帰路を思い出せず、たまたま近くで友達と談笑していた姉ちゃんに話しかけたら、少し冷たい雰囲気で先に帰るよう言われたんだっけ。
その事実を鑑みると、姉は――
「……口ではいつも俺を褒めるけど、やっぱ俺の事嫌いなんかな?」
姉ちゃんの本心を聞いてみない事には分からないが、もしこれが事実だったとしたら。
これから俺は、姉ちゃんを信じることはできないだろう。
今日はエノキとシメジを使った明太子パスタを作る予定だったが、いつの間にかエノキをバラす手が止まっていた。
いつも俺の作るご飯を褒めてくれていたが、あれも嘘だったのかと思うと、もはや何もする気力が起きなくなってくる。
自分では大したことないと思っていても、姉ちゃんが褒めてくれる時だけは、少し自信が持てたんだ。
「なんか、メシ作るのダルくなっちゃったな」
俺は下ごしらえしていた食材をタッパーに入れ、冷蔵庫に戻す。
エプロンも外し、俺は自室へ戻りベッドに寝転がった。
姉ちゃんの口から本心を聞くまでは、俺の考えが正しいかは分からない。
しかし思春期真っ只中の俺は、なかなか考えを切り替えられないまま、ゆっくりと己の瞼を閉じた。
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「……きて。遼、起きてってば!」
身体を揺さぶられ、俺は寝ていたことに気付く。
薄っすらと瞼を開くと、そこには困った表情の姉ちゃんが居た。
「晩御飯も作らず寝ちゃうなんて、遼にしては珍しいわね」
「……ごめん」
「別に大丈夫よ。これからあたしと一緒に作りましょ?」
姉ちゃんは少し嬉しそうに提案する。
しかし俺は、どうしても聞かなければいけない事がある。
「あのさ姉ちゃん、一つ聞きたいんだけど……」
「ん? なぁに?」
「もしかしてさ。姉ちゃんは俺の事を、友達に知られたくないの?」
「当然」
姉ちゃんは即答した。
あまりにもあっさり認める姿を見て、俺は憤りを感じた。
「そっか……そりゃそうだよな。こんな弟が居るなんて、知られたくないよな」
「もちろんそうだけど……あれ? なんか遼、怒ってる……?」
「あぁ。俺、初めて姉ちゃんに怒ってるかも」
姉ちゃんは予想していなかった俺の言葉に狼狽える。
「えっと……遼? あたし、なんかした、かな……?」
「……俺は姉ちゃんが褒めてくれるから、自分に自信が持てるようになったんだ」
「だって実際、遼ってスゴいもん。カッコいいし、気も遣えるし」
俺はベッドから起き上がり、いつも通り嬉しそうに俺を褒める姉ちゃんを正面に見据える。
「姉ちゃん。それ、本気で言ってんの?」
「え、うん。だって本当の事だし……」
「じゃあ何で俺の事、知られたくないんだよ!!」
「だって遼に悪い虫がくっつかないか心配なんだもんッッ!!!」
……ん?
あれ、なんで俺逆ギレされてんの……?
「あたしがどんな気持ちで遼と違う高校に通ってるか分かる!?」
「え? そりゃあ……俺と一緒の学校じゃなくてよかったって――」
「そんなワケないじゃないッ! 遼が居なくて寂しいのよあたしは!!」
「えぇ……」
思わぬ慟哭に俺は気圧される。
「ホントはあたしが遼の高校に転校したいんだけど、特待生が無くなっちゃって二人暮らしできなくなるってお父さんに言われて、泣く泣く諦めたんだからねっ!?」
ついに感極まって本当に泣き始める。
ひょっとして俺の姉ちゃんって……。
「あのー……姉ちゃん?」
「ぐすっ……なによ?」
鼻をすする姉ちゃんに、俺は思ったことをそのまま聞く。
「ひょっとして……超絶ブラコン?」
「『弟への愛が深い』って言ってくれる!?」
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姉ちゃんが俺の事を嫌っているかもしれないという疑惑は、姉弟の腹を割った話し合いのおかげで無事晴れたといってもいいだろう。
あの後再びパスタを作り始めた俺の上着の端を掴んで、そのまま後ろにピッタリくっついてくる姉ちゃんを見るに、俺に嫌われかけたことが相当ショックだったようだ。
しかし、今度は姉ちゃんが、学校で《《暴走》》しているのではないかという懸念が浮かび上がってきた。
「そういえば、姉ちゃんは学校ではいつもどんな感じなの?」
「ん~? 至って普通よ?」
満面の笑みで明太子パスタを食べる姉ちゃん。
「いやいや。例えば男友達とはどういう話をするのか、とかさ」
「男友達なんかいないわよ」
「一人も?」
「一人も」
即答で返してくるあたり、これはマジのようだ。
「なんで男友達作らないの……?」
「作らないんじゃなくて、作れないの」
姉ちゃんは何か思い出したのか、憎々しげに語りだす。
「あいつらは遼と違って、ちょっとでも仲良くなると『あれ? もしかして俺、ワンチャン咲来さんと付き合えるんじゃね?』っていう下心見え見えな男ばっかりなの。それにあたしの目じゃなく胸ばっか見て話す連中ばっかりで、キモイったらありゃしないわ」
「そっか……姉ちゃんも大変なんだな……」
モテない俺には分からない、モテる女性特有の悩みがあるんだな……。
「挙句、サッカー部のフォアードだかポマードだか訳の分からないヤツが『キミと釣り合う男はボクしかいない』とか抜かしやがって……! ねぇ遼はどう思う!?」
「どうって……相当自信あるんだなーとしか」
「そこじゃないのよ! そもそもあたしには完ッ璧な弟である遼がいるの!!」
「はぁ」
「だから『釣り合う』ってんなら、前提として遼じゃないと成り立たない話なの!!」
激怒する姉ちゃんは、フォークが見えなくなるほど大量に巻いたパスタを大きい口で食べる。
どうしよう……言ってる事が全く理解できない……。
「えっと、その『ポマードの人』は一旦置いといてさ。さっき姉ちゃんと一緒に居た佐伯さんとはどういう関係なの?」
すると姉ちゃんは少し落ち着いた雰囲気で、端的に答える。
「佐伯君は、珍しくあたしをただの同級生と見てくれている、数少ない男子なの」
「へぇ~。でもさっき男友達は居ないって言ってなかったっけ?」
「佐伯君は、まだ友達っていう程の仲じゃないの」
姉ちゃんと二人で話していた先ほどの光景を思い出す。
確かに、友達と言えるほど、親しくは見えなかったな。
「でも、もしかしたら友達になるって事もあり得るんじゃない?」
「ま、それはあり得ると思うわ」
姉ちゃんは皿に残ったエノキとシメジをフォークで端にまとめながら「でも」と続ける。
「その先は、絶対にありえないから。遼は安心していいわよ?」
姉ちゃんはまとめたキノコを食べながら、俺に流し目を送ってくる。
俺は皿に残ったエノキに目を落として、諦めにも似た溜息を吐く。
早く彼氏を作って、弟離れしてくれないかな……。
今回も投稿が遅くなってしまい大変申し訳ありません……。
次話は、明日9月15日20:30頃に更新予定ですが、書き溜めていた原稿のストックが思ったより早く尽きそうなので、もしかしたら今回みたいに投稿が遅れてしまうかもしれません……。
是非感想を頂けると励みになります……!!
・2026/09/15 話数表記が誤っていたので修正いたしました




