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第6話 幼馴染の『仮面』


 午後4時を回り、パンの焼ける香りが一層濃くなってきたムラカド・ベーカリー店内で、小野先輩は朱音への想いを真正面からぶつけていた。

 入り口の隣に座る俺たち4人はこの光景を前に、それぞれ違った感想を抱いていた。

 入野が何か言いたげにテーブルの真ん中に顔を寄せるので、向かい側に座る俺も話を聞く態勢をとるため、入野の方に耳を寄せる。


「小野先輩ってさ、朱音ちゃんと恋仲なの?」


 小声で聞いてくる入野に、俺は自分の認識を同じく小声で伝える。


「小野先輩が朱音に告白したのは事実で、それを朱音は断ったって聞いたけど?」


「それでも諦めないって……あの先輩、相当朱音ちゃんの事が好きなんだね」


 事情を知って若干引き気味に答える入野だが、俺の隣に座る蓮が顔を寄せ、自分の認識が誤っていたことを語り始める。


「オレは最近あの二人が一緒に歩いている光景をよく見かけてたから、むしろ付き合ってるもんだと思ってたぜ……」


「私もー。二人とも楽しそうな雰囲気で話してるとこ何回も見かけてたし」


「実を言うと、俺もそうなんだ。でも朱音本人から聞いた話だから、付き合ってないのは事実だと思う」


 俺ら3人とも同じ認識だったが、橘さんは顔を寄せながらいつも以上にか細い声で話し始める。


「わ、私は最初から付き合っていないと、なんとなくですが、感じていました……」


「そうなの?」


「は、はい……あのお二人が話しているのを見る度、男性側が一方的に話しているように、見えたので……」


「マジか。そこまでは気付かなかったっていうか、オレは住吉さんと遊んだりする仲じゃないから、会話の内容までは気にしてなかったな」


「だよね~」


 確かに入野と蓮は、朱音に関しては『友達の友達』位の関係だから、会話の内容に耳を傾けるほど意識しないのは当然だろう。

 しかし、橘さんは断片的に見た光景だけでなく会話の内容も聞いたうえで判断したのだろう。

 その推理力……なんか探偵っぽくてカッコいいな。

 橘さんが名探偵になる世界線を思い浮かべていると、小野先輩に愛を囁かれている朱音が、俺の方をチラチラと見ながら、小野先輩に言う。


「す、すみませんっ! ちょっとお店の事やらないといけないので、また後程っ!」


 朱音は逃げるように奥へ消えていった。

 取り残された先輩は少し残念そうにしつつ、俺らの方に歩み寄ってくる。


「……やぁ。君は朱音ちゃんの幼馴染、で合ってるかな?」


「え? まぁ、そうですけど……」


「以前から君と話してみたかったんだ。よかったらあっちの席で一緒に話さないか?」


「あ、はい……いいですけど……」


 俺は小野先輩の後ろを付いていこうと席を立とうとしたら、蓮がすかさず耳打ちをしてくる。


「……もし変な因縁付けられたら、いつでも行くからな?」


 気遣ってくれる蓮に頷き、俺は先に座っている小野先輩の席へ向かった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~


 俺が裏方の入り口近くの席に座ると、正面の小野先輩は笑顔で自己紹介を始める。


「俺は3年の小野翔也(おの しょうや)。バスケ部でポイントガードやってる」


「えっと、1年の霧島遼です。帰宅部やらせてもらってます」


 すると小野先輩はやや真剣な表情で俺に質問を投げかける。


「まず一個聞きたいんだけどさ、君は朱音ちゃんとどんな関係なんだい?」


 どんな関係って聞かれてもなぁ……。


「幼馴染ってだけですけど……」


「そこに恋愛感情は?」


「いや、全然ないですけど」


 奥の方から金属のトレイが落下する音が聞こえてきた。

 俺と小野先輩は一瞬その音に気を取られるも、仕切り直すように先輩は質問を続ける。


「じゃあ、君は今彼女は居るかい?」


「今まで一度も異性と付き合った事ないです」


「告白とかは?」


「したこともされたこともないですが」


「一度も?」


「一度も」


 小野先輩はかわいそうな人を見る目で、更に質問を続けてくる。


「君は朱音ちゃんと一緒に居られて、幸せと感じたことはないのかい?」


「えぇ~? 恋愛的な意味なら、特に感じたことはないですけど……」


「……一度も?」


「一度も」


 今度は奥の方から何かを叩く鈍い音が聞こえてきた。

 生地を練ってるのかな?


「はぁー……俺はちょっとガッカリしているよ」


 やれやれといった感じで額に手をやる小野先輩。

 なんかすごく失礼だなこの人。


「てっきり俺は、幼馴染の君も朱音ちゃんに恋をしているんだと思っていたけど、そんな事はないみたいだね」


「幼馴染くらい長く過ごしてると、もはや妹とか姉に近い存在に思えてくるんで」


「なるほど。それを聞いて安心したよ」


 小野先輩は安心した表情を見せながら語り始める。


「君も気付いてるかと思うけど、俺は朱音ちゃんの事を、心の底から愛してるんだ」


「はぁ」


「だから、ライバルは少ない方がいいと思って、俺の方が君より朱音ちゃんへの想いが強いって事を伝えるつもりでいたんだけどね」


「そうなんスね」


「いやぁー安心したよ。その感じだと、朱音ちゃんは桃のジュースが大好きで、飲む前にしっかり香りを堪能してる事とかも、きっと知らないんだろうね」


 ……ん?


「朱音って、桃のジュース好きなんすか?」


「君は本当に彼女の事を知らないんだね。俺は毎回朱音ちゃんに桃のジュースを買ってあげるんだけど、『飲み切るの勿体ない』って大事そうにしてくれるんだよ?」


「……エナドリ一気飲みとかは?」


「するワケないだろう? あんなに可愛らしい子がそんなガサツな飲み方なんて」


 なんか……俺のよく知ってる朱音と違うなぁ。


「えっと……朱音の好きな果物はご存じで?」


「もちろん桃だろう?」


「それは本人が言ってたんですか?」


「ああ。小さく切って食べるのが好きだと言っていたぞ? 口が小さいから、きっと小さく切り分けないと食べるのが大変なのだろう」


「……りんご丸かじりとかではなく?」


「……さっきから君は朱音ちゃんの事を何だと思っているんだ?」


 いや、事実を言ったまでだけど……。


「じゃあ逆に質問なんですけど、朱音の好きな音楽とかって知ってます?」


「ああ。当然、ヒゲダンとかミセスとか流行りのJ-popだろう?」


「……スクリレックスとかナイフパーティみたいなダブステップでは?」


「ダブステップ? 全然知らないが、君の好きなアーティストかい?」


「まぁ、そうなんですけど……」


 ……あいつ、さては猫被ってんな?

 なんか色々聞いてみたくなってきたな。


「朱音の好きなスポーツとか知ってます?」


「フィギュアスケートが好きだと言っていたな」


 これも嘘。あいつはF1とNASCARみたいなクソうるさいモータースポーツが大好きだぞ。しかもドライバーが無線で暴言吐くと爆笑してるようなタイプだ。


「小さい頃の夢はご存知で?」


「お花屋さんだったんだよね。可愛らしいよなぁ」


 重機で建物解体する事が夢だったし、全然そんな可愛らしい夢とは縁遠かったぞ。

 あまりに面白すぎて質問が止まらなくなっちゃうな。


「じゃあ、朱音が憧れている人――」


「お待たせしましたっ! お冷とドリンクメニューです!」


 朱音が俺の質問を遮ってテーブルにお冷のグラスとメニューを置く。


「ありがとう朱音ちゃん。霧島君はどうやら、君の事を何も分かっていないみたいだよ?」


「ほ、ホントですよね~」


 目が泳いでるぞー。

 折角なのでもうちょっと朱音をからかってみる。


「いやーごめんな朱音……俺ずっと勘違いしてたよ」


「……何よ」


「朱音もちゃんと『可愛い女の子』だったんだな」


「な……っ!!」


 明らかに動揺する朱音。


「俺も小野先輩を見習って、朱音に『お姫様』のように接することにするよ」


「~~~ッ!!」


 顔を真っ赤にして震えだした。


「どっ、ドリンクは私のおススメを用意しますからっ! 少々お待ちくださいっ!!」


 恥ずかしさのあまり逃げ出す朱音を見て、小野先輩は意外そうにする。


「朱音ちゃん、あんな顔をするんだね……。今、初めて見たよ」


「そうなんですね。まぁ俺もあんまり見る機会はないリアクションでしたが」


 いつもは俺を馬鹿にする事の多い朱音を、今日は逆にからかってやったからか、凄く新鮮な気分だ。

 久々に朱音をイジれた事にホクホクしていると、小野先輩は真剣な表情で俺に言う。


「……やっぱり君は俺のライバルみたいだ。君には絶対に負けないよ」


 ……なんでだよ。

 俺は小野先輩の勘違いっぷりに、一抹の不安を感じてしまった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~


 小野先輩から友達のもとへ戻るよう促され、蓮の隣に再び座る。

 すると蓮と入野が質問を投げかけてくる。


「途中和やかだったのに、なんで最後あんなバチバチになったんだよ?」


「いや、それは俺にも分かんない」


「ってか朱音ちゃんなんであんな満更でもなさそうな感じだったの!?」


「それも分かんない。多分俺にイジられて恥ずかしくなったんじゃね?」


 俺は二人を適当にあしらう。

 だって本当に分かんない事が多かったんだもん。

 そう言っていると、朱音と仲の良い青葉先輩が飲み物を運んできた。


「は~い、ドリンクお待たせ~」


 そう言って一杯ずつ置いていく。


「ありがとうございまーす」


「あ、キミのはこれだね~」


「え? ありがとうございます……」


 俺の前に置かれたのは、想像以上に小さなマグカップに入ったコーヒーだった。


「あの……これって?」


「あぁ~。 なんか朱音がキミの注文は『ブラックのエスプレッソ』だって言ってたからだよ?」


「……マジすか」


「うん。大マジ」


 そもそもブラックコーヒーが苦手な俺は、ここでは基本豆乳ラテを飲むんだけど……。

 引き攣った顔でエスプレッソを眺めてると、青葉先輩がケラケラと笑う。


「朱音のあんな表情も初めて見たし、キミって本当に面白い子だねぇ~」


 そう言って俺の耳元まで顔を寄せ、小声で一言呟く。


「朱音の事、頼んだよ」


 そう告げた後、左手をひらひらと振りながら奥へと戻っていった。

 俺は一体、何を頼まれたのか分からないまま、甘いパンが焼けるのを待つことにした。


今回もお読みいただきありがとうございます。


次話は、9月14日20:30頃に更新予定です!


是非感想を頂けると励みになります……!!

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