第52話 義憤
綾とは水族館、橘さんとは美術館以降顔を合わせていなかったが、今日はショッピングに出かける約束の日だ。
いつも通り10分ほど早めにショッピングモールに着いたが、ここは球技大会前の親睦会以来久しぶりに来た気がする。
あの時と比べると皆見た目にも変化があったが、一番はやはり蓮と椎葉さんの関係だろう。
当時は蓮との距離感に戸惑っていた様子の椎葉さんも、気付けばあいつと一番近い場所で関係を築けているのだから面白い。
願わくば、儚くも綾を前に散ってしまった田野君にも春が訪れてほしいものだ。
食品売り場近くの出入り口で、姉ちゃんから「旅行に行っている間、そのゲーム禁止」と言われていたソシャゲ『ブルアク』のデイリー消化をこなしていると、突如視界を塞がれる。
「だ~れだっ!」
「綾……前も言ったけど、そういうのは彼氏ができた時まで取っとけって」
「残念でしたー! 正解は詩織ちゃんでした~」
振り返ると、控えめに微笑む橘さんの姿があり、その後ろで悪ガキみたいな笑顔を見せる綾の姿があった。
俺は予想していなかった人物からの悪戯に、呆気にとられる。
「すみません……少し興が乗ってしまいまして。嫌でしたか……?」
「そんな事ないよ。ただ、橘さんに悪戯される日が来るとは思ってなかったから」
球技大会以前の橘さんは誰よりも主張は控えめで、俺や蓮達との距離感を測りかねていたような印象だったが、今や俺に悪戯をしてくる程に仲良くなったのだ。
一瞬戸惑いはしたが、友達としての距離が近くなったことに嬉しさを覚える。
「詩織ちゃんに悪戯してもらった気分はどーお?」
「うーん、とりあえず綾には罰として丸一日課題に取り組んでもらおうかな」
「なんで!?」
俺は笑いながらも、綾の夏休み課題は全然終わっていないんだろうなと少し心配になる。
「綾ちゃん? 今度私と霧島君でちゃ~んと見ててあげるから、出された課題は全部終わらせようね?」
「うっ……ハイ……」
橘さんの有無を言わせぬ圧力に屈する綾。
なんかたまに橘さんが怖く感じる事があるんだよなぁ。
それが俺の方に向かない事を願う。
「まぁでも、今日は折角買い物に来たんだし、一旦その話は後回しにしようか」
「そうですね、では早速1軒目を回りましょう!」
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数軒ほど服屋を回った後、昼食の前にお手洗いを済ませる。
2軒目からは綾と橘さんの後を付いて店舗を回ったが、あの二人やっぱり垢抜けたよなぁ。
6月頃とは様変わりした二人の背中に想いを馳せながらお手洗いを後にすると、背後から唐突に声を掛けられる。
「すみませんっ! あの……き、霧島君……だよね?」
「え? あぁ、中尾君か」
振り返ると、私服姿の中尾君が焦った様子で立っていた。
「えっと、俺に何か用?」
「用っていうか、き、今日ってた、橘さんとその……デートしてるのか?」
「いんや? 今日は綾……入野も一緒に居るから、ただ友達と買い物してるだけだよ」
「ホントかい? で、でも……この前び、美術館で二人で居ただろう……?」
まさか中尾君に見られていたとは……。
しかし、誓ってやましいことはしていないし、友達と二人で遊びに行く事自体は特別珍しい事ではないハズだ。
「あれはデートじゃなくて、ただ橘さんという友達と遊んでいただけだ。中尾君も友達と二人で遊ぶ事はあるだろ?」
「そ、そうだけどさ! 橘さんは、僕だけじゃなくて、他の男子からの誘いも断ってるから……」
あぁ……つまり中尾君は俺とだけ遊んでいるように見える橘さんを見て焦っているんだな?
ここは彼の不安を取り除いてあげる必要があるな。
「まず中尾君は勘違いをしていて、橘さんは俺以外の友達とも遊んでいるから、俺だけ特別ってワケじゃないんだ」
「え……? そうなのか?」
「例えば今日だって、元々はあ……入野が遊びに行きたいと言って、そこに橘さんが加わったっていう流れがあるんだ」
「……つまり、女の子二人とデートって事か?」
「違うって。友達と遊びに行く事をデートと呼ぶなら、恋人と一緒に出掛ける事は何て言うんだよ」
「そ、それは……確かに……」
少し不服そうではあるが、なんとか納得してくれたようだ。
「誤解も解けたようだし、俺はそろそろ行くよ」
「あ、ちょっと待ってくれ! ぼ、僕も一緒に買い物に混ぜてはくれないか!?」
「う~ん、俺に決定権はないしなぁ……綾と橘さんに聞いてみないとなぁ」
まぁ俺は正直どちらでも良いというか、中尾君とはクラスメイトってだけだから正直彼にそこまで興味はない。
橘さんが彼の振る舞いを嫌がっていたのを思い出す。俺の判断で、気軽に混ぜてやるわけにはいかないな。
などと考えていると、橘さんと綾が女子トイレから出てくる。
「お待たせしまし……中尾君?」
「あ、こ、こんにちは橘さん! き、今日も可愛いですねっ!」
「え、ええ……ありがとうございます」
お、見た目を褒めるところから会話を広げようとは、中尾君も分かっているじゃないか。
「そ、それでなんですが……ぼ、僕も一緒にショッピングにい、行きたいです……っ!」
言えたじゃねぇか……。
俺から話を切り出そうと思っていたが、そこまで言える度胸と男気は認めざるを得ない。
「え、嫌ですけど……」
「なっ……!!」
が! 呆気なく惨敗……!
がっくりと肩を落とす中尾君。
「ち、ちなみに理由を聞いても……?」
「えっと、まず今日は綾ちゃんと私と霧島君の3人で、予定を合わせて遊んでいるんです。仲の良い友人であれば、場合によっては途中参加もできるかもしれませんが、中尾君と私はただ同じ図書委員というだけですよね?」
「そ、それはそうだけど……」
「であれば、基本的に途中参加はできないのです。仮に中尾君が加わったとして、関りの薄い綾ちゃんや霧島君が気まずくなってしまいませんか?」
「うぐ……」
中尾君は何も言い返すことができないようだ。
っていうか、橘さんってこんなに淀みなくスラスラと説明ができるのか……あまり俺が見た事のない彼女の一面を垣間見た気がする。
「あと、中尾君の身だしなみも、隣で一緒に歩くのが恥ずかしいと思えるほどには整っていないので、せめて最低限のコーディネートを覚えていただきたいです」
「そ、そんなっ! カッコいいシャツとカッコいいズボン組み合わせたら、凄くカッコいいハズなのに……!」
俺も中学1年生まではその考えだったから、安心してほしい中尾君。
「もし私と一緒に遊びたいのであれば、霧島君と並び立つくらいでないとご一緒する事は出来ないと先に言っておきます」
「……そ、そっか……」
意気消沈の中尾君を見て、俺は可哀そうだと思いつつも、橘さんの意見も間違いではないと感じた。
見た目よりも中身というのは聞こえは良いが、中身を現すのもまた見た目なのだ。
橘さんは短く「それでは」と告げると、綾と俺の手を引いてその場から足早に去ろうとする。
しかし、中尾君の小さな独り言が、橘さんの歩みを止める。
「……橘さんは、霧島みたいなチャラくて女癖の悪いクズに毒されたんだ……」
「……中尾君、今の発言は聞き捨てなりませんね」
ゆっくりと中尾君の方を振り向いたかと思うと、一歩ずつ彼に詰め寄っていく橘さん。
「霧島君は、確かに女の子との距離が近すぎるところがあります」
……んん?
え? 橘さん?
俺を擁護してくれてるんだよね……?
ディスってるようにしか聞こえないけど?
「見る人によってはチャラいかもしれませんし、クズかもしれません」
……やっぱディスってるよねぇ!?
ってか俺、そんな風に見られてるの!?
「でも少なくとも、あなたのように人の悪口は言いませんし、人に対する配慮もできますし、何より自分を磨く努力ができる殿方なんです」
「……そんなの、僕だって努力してるし」
「どこが、でしょうか? 今私が挙げた3点の、いずれもあなたは満たせていませんよ? 思いあがるのもほどほどにしてください」
橘さんの表情は見えないが、以前に俺を叱った時以上の圧に、中尾君だけじゃなくて、俺すらもビビってしまう。
「それと、前々から言おうと思っていましたが、放置された図書を取る瞬間を狙って女子の手に触れたり、目ではなく胸元を見て話したり、そういうセクハラをしてくるのはとても不快です」
「そ、そんなつもりは……」
「私達女子が気付いていないとでも言うのですか? 意図的に図書を放置しているのは中尾君だという目撃者も多数居ますし、視線に関しても男性であるあなたより、女性である私達の方が気にしているのです」
「……」
遂に沈黙してしまった中尾君。
異性からの邪な視線は嫌いだと言っていた橘さんは、人一倍気になるのだろう。
視線に関しては健全な男子である以上、俺も気を付けなきゃいけない部分だなと反省する。
「そして何より、私は霧島君のおかげで変わることが出来たんです。そんな恩人とも言える大切な人を蔑まれて、私は今……猛烈に怒っています」
「ご、ごめん……」
「どうして私に謝るんです? 謝罪の相手を間違えていると思いませんか?」
「う、ううっ……!」
中尾君は橘さんの圧に耐え切れず逃げ出してしまった。
なにもそこまで詰めなくても……。
「過ちを認められないとは、なんと浅はかな……」
「橘さん、何もあそこまで責めなくても……」
「あ……す、すみません……どうしても彼が発した悪口が許せなくて……」
義憤ってやつなのかな……?
橘さんもなかなか友達想いな一面があるんだな。
でも、もう少し言い方とか考えないと、橘さん自身が悪者になってしまいかねないな。
「とりあえず、お昼でも食べよっか」
~~~~~~~~~~~~~~~
昼食はフードコートも考えたが、あんな事件があった後で中尾君と再エンカウントするのは非常に気まずいので、ローカルのファミリーレストランに入店する事に。
「俺は牛カツ御膳とデザートのアイスで決まってるけど、二人はどうする?」
「んー……私はオムライス・ハンバーグプレートかな~。遼ちゃんと一緒でアイスも付けちゃおうかな?」
「橘さんは?」
「わ、私は……」
先ほどの事件を引きずっているのか、どこか気まずそうにしている橘さん。
俺は努めて明るくこのお店のおススメを伝える。
「迷ってるならチキン南蛮定食がおすすめだぞ? このお店は鶏もも肉を使ってるから食べやすいし、何よりとってもジューシーで美味しいんだ」
「あ……では、霧島君がおすすめしてくださったそれで……」
「分かった……すみませーん!」
食べたいものが決まった所で、俺は店員さんを呼んで3人分の注文をする。
このレストランを選んだ理由の一つは、地産地消をモットーに、新鮮な食べ物を提供していることだ。
きっと美味しいご飯を食べれば、橘さんも元気になるだろうという小学生にも近い俺の考えだが、まずは彼女のメンケアが先だろう。
「まずはさっきの件だけどさ、俺の代わりに怒ってくれてありがとう」
「……え?」
「多分橘さんは俺が悪く言われる事がイヤなんだろうし、俺も正直言いたい放題だなって思ってたからさ」
正直なところ、中尾君にどれだけ悪口を言われようが、あまり気にしていない。
何故なら人類皆それぞれ違った意見を持っているし、俺のことが嫌いな人がいるのも分かるからだ。
人によっては無頓着と評価されるかもしれないが、そのくらい心にゆとりを持っていた方が、何かと楽なのだ。
「で、でも……あんなキツイ言い方しちゃって……本当は注意するだけに留めておきたかったのに……」
余程自分の行いを悔いているのか、俺の励ましも空しく橘さんは更に落ち込んでしまう。
何とか橘さんを元気づけられないか熟考していると、彼女の隣に座る綾が、橘さんのほっぺたを唐突につねる。
「は~いそれ以上自分を責めるの禁止~」
「ひゃっ、ひゃやひゃん!?」
「今日はせっかく遼ちゃんと一緒にお出かけしてるんだから、楽しまないと勿体ないよ!」
綾はむにむにと橘さんのほっぺを弄ぶと、彼女の両頬に手を添えて向き合う。
「私も遼ちゃんが悪く言われてムカついた! でも詩織ちゃんが私の代わりに怒ってくれてスッキリした! だから私も同罪!!」
「うん……」
「それに遼ちゃんにはメーワクかけてないし、本音を言えたのならそれでいいじゃん! そうでしょ、遼ちゃん?」
「ああ。俺も綾と同意見だ」
実際俺は迷惑を被ったわけじゃないし、綾の意見に賛成だ。
確かに強く言い過ぎたという橘さんの考えもよく分かるが、過ぎたことを悔いてもしょうがない。
「それに詩織ちゃんが、ちゃーんと自分の意見を言えるようになって、私はとっても嬉しいよ?」
「綾ちゃん……」
「だからこの話はもうおしまい! 詩織ちゃんはアイツの事なんて気にする必要ナシ! 以上っ!」
綾は橘さんの両頬をぺちぺちして、俺の方に向き直る。
橘さんも苦笑しつつも俺の方を向く。
やはり綾は橘さんと幼馴染という事もあって、メンケアの仕方が上手いな。
「そういえばさー、今日何軒か回って気になった服があるからさ、後で遼ちゃんに選んでもらいたくて~」
「え? 俺で良いのか?」
「だって遼ちゃん服のセンス良いし? 男子に選んでもらった方が良いと思わない?」
そう言って綾は橘さんに視線を送ると、少し恥ずかしそうに橘さんが同意する。
「そう……ですね。私も霧島君に、似合う服を選んでもらいたいです」
「なるほど……」
俺は二人に対して不敵な笑みを浮かべる。
「……変な服選んでも、文句言うんじゃねーぞ?」
投稿が遅れてしまい大変申し訳ございませんでした!!
今回もお読みいただきありがとうございます……!!
次話は、明日11月7日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!
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