第49話 旧知の『姐』
「どーも、遼くんの初恋相手、都井栞奈です! よろしくねっ」
「た、橘詩織……は、初恋の相手っ!?」
自己紹介の途中で栞奈姐さんの言葉に驚愕する橘さん。
俺は慌てて訂正を求める。
「初恋じゃないから! アレは単に俺が栞奈姐さんに『俺の事好きなの?』って聞いただけじゃん!!」
「えぇ~? そうだっけ~?」
ニヤニヤしながら俺を見てくる栞奈姐さんは、特に訂正する事もなく自分の意見を主張する。
「でもさー、朱音ちゃんや妹の美愛と話してる時はガキっぽかったのに、私と話す時はやたら丁寧だったじゃん。あれって絶対私の事を女として意識してたよねぇ~」
「違うって! 栞奈姐さんは歳も離れてるし、どう喋ったらいいか分からなかっただけだって!」
「じゃあなんであんな事聞いて来たの?」
「だ、だって……栞奈姐さん、男友達と遊ぶのそっちのけで俺の話に付き合ってくれてたし、そうなのかな~って思っただけで……」
事実、俺は栞奈姐さんに恋心を抱いていたワケではないと思っている。
あれは純粋な疑問だったわけで、もしあれが初恋だったとしたら、未だに恋愛感情が分からないこんなポンコツ男になどなっていないハズだ。
「ふぅ~ん? ま、そういう事にしといたげる」
「そういう事もなにも、それが事実なんですが……」
「で、今カノはこっちの橘ちゃんって事?」
「カノっ……!?」
栞奈姐さんの発言を聞いて、橘さんは顔を赤くする。
「違うから! 橘さんはただの友達で、今日は美術館に行ってただけだから!」
「それってデートじゃないの?」
「まぁそう見えるかもしれないけど、別に付き合ってるワケじゃないから!」
赤くなった顔から一転。必死に否定する俺を、真顔で見やる橘さんは、俺と栞奈姐さんの間に割って入る。
「ええ。確かに今は霧島君とデートしているただの友人ですが、それって都井さんと関係ありませんよね?」
「おぉ~、これはこれは……確かに元カノの私には関係ないか~!」
「だから彼女ですらなかったでしょ……」
橘さんに鋭い眼光を向けられても、あっけらかんとする栞奈姐さんに俺はツッコむ。
「あ、そうだ。せっかくだし私の車で、二人を家まで送ってあげようか?」
そう言って後ろの車を指差す栞奈姐さん。
俺はその車を見て、ついじっくり眺めてしまう。
「いえ、大丈夫です。ね? 霧島君……?」
言葉が尻すぼみになっていく橘さん。
恐らく、俺が栞奈姐さんの車に興味を示していたからだろう。
「あ、やっぱ気になっちゃうよね~。遼くんが昔好きだった車だもんね?」
「まぁ……それはそうだけど」
グレーの車体に特徴的なキドニーグリル、そして2枚ドアの流麗なクーペボディは、確かに俺が昔好きだった車だし――。
「この車ってもしかして……」
「ふふっ気付いた? 実はお父さんから譲り受けたんだよねー」
「やっぱりそうだったんですね」
小学生の頃に、栞奈姐さんのお父さんによく乗せてもらったんだっけ。
それで『遼君はこのクルマの良さ、分かってくれるんだね……』と嬉しそうに顔を綻ばせていたっけ。
「私が田舎の方に移住するって言った時に、『もしよかったら、また遼君をこのクルマに乗せてあげてほしい』って言われたのよ」
「なるほど……って、こっちに移住したんですか!?」
「いやーまだ移住はしてないよ。今回は個展を開催したからこっちに来ただけだし」
「個展を開催……?」
栞奈姐さんの言葉がどこか引っかかる様子の橘さん。
「あの……もしかして、『御崎』先生、なんですか……?」
「お~、よく気付いたわね」
「え、栞奈姐さん……マジ?」
驚愕を隠しきれない俺と橘さんを横目に、悪戯がバレた子供のような表情を浮かべる栞奈姐さん。
「橘ちゃんの見事な推察通り、私は『御崎』の名前で、画家をやらせてもらってま~す!」
~~~~~~~~~~~~~~~
俺と橘さんは、栞奈姐さんの車で家まで送ってもらう事になった。
「まさか遼くんも私の作品見に来てくれたなんてねぇ」
「う、うん……ってか、画家になったの?」
「最初は美大の課題に取り組んでただけなんだけどね。気付いたらこんな規模になっちゃってさ」
「美大……そういえば、栞奈姐さんってもう大学卒業したの?」
「いんや? 3年生2年目ー」
ダブってるじゃん……。
「えっと……先ほど、こちらに移住なさると伺ったような……?」
「うん。絵で稼げるようになったし、何より満足のいくものが描けるようになったから中退しよっかな~って」
「「ぇえ!?」」
俺と橘さんは驚愕の声を上げる。
そんな理由で大学、しかも美大を中退するなんて……なんて勿体ない事を……。
「でも、美大って入学する事自体が、そもそも難しいとされているはずでは……?」
「ん~確かに難しかったけど、美大に入る事自体が目的だったワケじゃないからね」
栞奈姐さんは車のギアを変えながら話を続ける。
「では、どんな理由で美大に……?」
「さっきも言ったけど、『自分が描きたいものを満足に描けるようになりたかったから』だよ?」
「なるほど……だから中退なさると……」
昔から目的の為なら一心不乱に取り組んで、目的を達成したら取り組みを止めてしまう、なんとも栞奈姐さんらしい理由だ。
「あ、あの……先ほどは無礼な振る舞いをしてしまい、大変申し訳ありませんでした……」
「いいっていいって! 全然気にしてないから!」
とても申し訳なさそうに謝る橘さんを、朗らかに許容する栞奈姐さん。
「実は今日の個展、橘さんに誘われたんだよ」
「まじ!? ひょっとして私の作品を愛してくれてるの!?」
「は、はい……『高嶺の花』を一目見た時に惹き込まれたのがきっかけで……」
「あぁ~あれ人気だもんねー……あ! 新作の『掃き溜めに"花"』は見てくれた?」
「『掃き溜めに"花"』……?」
橘さんは、見聞きした事のない作品名を前に戸惑う。
助け舟を出すように、俺が栞奈姐さんに質問をする。
「えっと……それってどんな作品なの?」
「ほら、あの『黒百合に口づけをする少年』の絵だよ!」
あれってそんなタイトルだったんだ……。
しかし『掃き溜め』……もう少し良い言葉もあっただろうに。
「……とても、惹き込まれました」
「なるほど……橘ちゃんも"そっち側"って事ね……」
「栞奈姐さん、"そっち側"って?」
「あっいやいや、こっちの話ー。遼くんは気にしないで~」
ついうっかり口を滑らせてしまったかのような栞奈姐さんは、続いて俺に質問を投げかける。
「で、遼くんはどうだった?」
「どうって……まぁ、綺麗な作品だったなーって」
「違う違う! 『高嶺の花』の方よ!」
俺は玉座に据えられたあの作品を思い出す。
そうだ、作者である栞奈姐さんに一つ確認しておきたい事があったんだ。
「凄く惹き込まれる作品だったけどさ、あの絵のモデルって……」
「ふふっ、やっぱり遼くんならそう聞いてくると思った」
「って事は……」
「あ、名前は出さなくてもいいよ? 答えは『遼くんの思い描いた人物』が正解だから」
やっぱり……。
でも、そうだとするとあの"スターチス"は一体……?
俺が次の疑問を投げかける前に、橘さんの自宅前に到着する。
「ここで合ってた?」
「はい……あの、今日はありがとうございました」
「うん! 私、橘ちゃんに興味持っちゃったから、連絡先交換してもいい?」
「も、もちろんですっ!」
橘さんは後部座席から身を乗り出しつつ、Loinの二次元コードをスマホに表示させる。
それを読み取った栞奈姐さんは橘さんを友だちに登録すると、車を降りて運転席の背もたれを倒し、橘さんが降りやすいようにする。
「あっありがとうございます」
「こうしないと後ろの人降りれないからね~」
降車した橘さんに対して、栞奈姐さんは握手を求める。
「橘ちゃん、私の作品達を愛してくれてありがとうね」
「いえ、私の方こそ、美しい作品達を描いてくださり、ありがとうございます」
「あははっ。後で橘ちゃんには"ヒミツ"のLoin送るから、楽しみにしててねー」
「はいっ……"ヒミツ"……?」
よく分かっていない橘さんを尻目に、栞奈姐さんはシートを戻しつつ運転席に乗り込んで、車を発進させる。
が、突然ガクンという振動と共にエンジンが止まってしまう。
「……もしかして、エンストした?」
俺の指摘が図星だった様子の栞奈姐さんは、恥ずかしそうに顔を赤くする。
「……だってマニュアル車、難しいんだもん」
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橘さんの自宅を出て、気付けばあっという間に俺の住むアパートの前までやってきた。
自転車だと数十分かかる距離を、たかだか10数分で来れるのだから、やはり車という乗り物は素晴らしいな。
「はい、とうちゃーく!」
「送ってもらってありがとう栞奈姐さん」
「気にしないで? 元々私がナンパしたんだし」
あれナンパだったんだ。
クルマを降りて、栞奈姐さんを見送ろうとしていると、何故か2階から姉ちゃんが降りてくる。
あまりにタイミングが良すぎるが、たまたまか……?
「おかえり遼~! 今日は精肉店で豚バラの塊を買ってきたから……って、うわっ……」
運転席に座る人物を見て、露骨に嫌そうな顔をする姉ちゃん。
「あーっ! 咲来~~!!」
エンジンを切って運転席から降りてくると、姉ちゃんの元へ走り寄る栞奈姐さん。
「んも~まーた可愛くなっちゃって~! 元気だっむごっ!」
抱き付こうとしてきた栞奈姐さんの顔面を手で止める姉ちゃんは、敵対心剝き出しで栞奈姐さんに相対する。
「車を見てまさかとは思ってたけど、本当にあんたが乗ってたなんて……」
「んむ~、相変わらず冷たいなぁ~。じゃあ遼くんにハグしちゃうもんね~」
ハグを諦めた栞奈姐さんは、今度は俺にハグをしようとする。
が、姉ちゃんは彼女の腕を掴み、俺に近付かせまいとしていた。
「遼に近付かないでっ!」
「えぇ~? じゃあハグさせてよ咲来~」
「イヤ」
いつになく冷たい態度の姉ちゃんだが、尚も栞奈姐さんは引き下がらない。
「でも、今日遼くんを送り届けたの、私なんだけどな~」
「……だから何よ」
「最近ガソリン代高いのにな~、何か見返りがあってもいいのにな~」
「……遼?」
「えっと……まぁ、送ってもらったのは事実だから……」
俺の言葉を聞いた姉ちゃんは、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
そんなに嫌なのか……?
「ねー、ちょっとでも私にご褒美があってもバチは当たらないんじゃな~い?」
「……じゃあ、10秒だけなら」
姉ちゃんが言い切る前に抱き付く栞奈姐さんは、そのまま姉ちゃんの側頭部に顔を埋める。
「んはぁ~咲来ちゃんの香りキクぅ~~」
「ちょっ! やめてよ!」
「まだあと5秒は嗅がせてっ!!」
そのまま数秒経過したところで、姉ちゃんは栞奈姐さんの腕から逃れる。
恐ろしく早い脱出。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
乱れた髪もそのままに、姉ちゃんは威嚇する。
「はいっ! もう終わったんだから早く帰って!!」
「ふぅ~……良き抱き心地で、良きかほりだったぁ~……」
空気を抱く栞奈姐さんは、未だトリップ状態にあるようだ。
この人も大概だな……。
「じゃ、久々の『サクラニウム』が摂取できたし、私はそろそろ帰る事にするよ」
「はよカエレ!」
「えっと、今日は送ってくれてありがとう」
「気にしないで? あ、あと今度は『リョウニウム』も摂取させてね?」
「ゼッッタイだめ!!! 『リョウニウム』はあたしだけが摂取できる世の理なのっ!!」
そんな世の理など存在しない。
あと何だよ『リョウニウム』って……語呂も悪すぎるだろ。
「ケチ~」と呟きつつも、車に乗り込んでエンジンを掛ける栞奈姐さん。
「じゃ、またね~」
「もう来んな!!」
上機嫌で走り去る栞奈姐さんに、塩を撒く勢いで拒否を示す姉ちゃん。
「そんなに拒否らなくても良いんじゃないか……?」
「だってあたし……あの人キライなんだもん……」
明確に『キライ』と口にする姉ちゃんは自宅の2階へと戻っていく。
俺はその後に続きながら、やれやれと肩を竦める。
昔は仲が良かったのに、気付けば一方的に栞奈姐さんを嫌うようになってしまった。
一体姉ちゃんと栞奈姐さんの間に何があったのか、そろそろ聞いても良い頃合いなのではないだろうか。
そう考えつつ、俺は自宅へと戻るのだった。
今回もお読みいただきありがとうございます。
次話も、明日11月2日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!
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