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第4話 姉と幼馴染


 木城先輩からジュースを奢ってもらって少しだけ世間話に花を咲かせた後、俺は帰路に就いた。

 肝心の聞き込みの成果は、全くと言っていいほど得られたものはなかった。

 しかしこれは予想の範囲内だったし、一日や二日程度で書き置きの差出人を特定できるとは思っていない。

 大事なのは調査を継続する事。これに尽きる。

 いつも通り駐輪場に自転車を停め、期待半分で霧島家の郵便受けを確認する。


「流石に今日は入ってないか……」


 塵一つ入っていない空の郵便受けを前に思わずため息を漏らしてしまう。

 気を取り直して、2階の我が家のドアを開けると、ほのかな牛乳の香りと共にエプロン姿の姉ちゃんが出迎えてきた。


「おかえりーっ!」


「ただいまー……って、今日は姉ちゃんが晩御飯作ったの?」


「そのとーり! あなたの可愛いお姉サマが、愛情込めてシチューを作ったのよ?」


 なるほど、確かに今日特売の牛乳買ってたし、夕飯の献立としては悪くないな。


「そしてなんと! 今日は特別ゲストにお越しいただいてまーす」


「特別ゲスト? いったい誰――」


「やっほー、朱音ちゃんがお邪魔しちゃってまーす」


 俺が言い終える前に、ミトンをはめた朱音がキッチンから顔だけを覗かせる。


「なるほど……朱音がウチに来てるってことは、今日は『パンの日』ってワケね」


「せいかーい!もうそろそろ焼きあがるから、ちゃっちゃと食べる準備しといておいで~」


 朱音の言葉どおり、ベーカリーで嗅ぎ馴染みのある、小麦粉が焼けたときの良い香りも漂ってきた。

 今日も今日とてお腹がすいている俺は、よだれが口から溢れるのを堪えつつ自室へ向かった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~


 姉の作った絶品シチューを、朱音の作った傑作バゲットで頂く晩御飯は、まさに至福だった。

 各々のお腹が満たされつつある霧島家の食卓では、姉の学校での告白エピソードに花が咲いていた。


「――つまり、咲来さんはその後輩君に告白されたんですね?」


「そうなの~。あたし『今は彼氏作る気ない』って公言しているのにね」


 今週初めに姉ちゃんが語っていた話の再放送を見ている気分だ。


「でもさ、俺何度も言ってるけどそれだけモテるなら、気の許せる男子の一人や二人いるんじゃないのか?」


 それを聞いた姉ちゃんと朱音はダメな人を諭すように反論しはじめる。


「だーかーらー、あんたが彼女作るまであたしは彼氏作る気にならないのって、何度言わせれば気が済むのよ!」


「そうそう!咲来さんの気も知らないで好き勝手言っちゃってさー、この唐変木の中二病っ!」


 好き勝手言ってるのは朱音の方だろ……とは言い出しにくい雰囲気を纏っている二人は、俺を無視して話を進める。


「それに、あたしと仲良くしてくれてる佐伯君っていう同級生がいるんだけどね? 最近学園中で『霧島さんと佐伯君、実は裏で付き合ってそう』とか噂されてんのよ」


「うわー、それは大変ですね……」


「でしょー?あたしも佐伯君もそんな関係じゃないって二人で火消しに奔走してるんだけど、皆なかなか信じてくれなくてさー」


 どうやら姉ちゃんは学校で変な噂が立っていることに悩んでいるようだ。

 もちろん俺には縁のない話だし、また意見を言ったところで倍返しとなって返ってくることが分かっているので、ここは静観を貫く。


「逆に噂を否定しなければいいんじゃないですか?そっちの方が噂は風化しやすいって言いますし」


「友達の伽奈ちゃんも『来週からは無視しよう』って言ってくれてるからね~、朱音ちゃんもこう言ってくれてるし、そうしよっかな」


 姉ちゃんも大変なんだな~。

 俺も誰かから姉ちゃんの彼氏について聞かれても知らぬ存ぜぬを通そう。


「あ、そういえば朱音ちゃんに聞きたかったんだけどさー」


「なんですか?」


「朱音ちゃんって高校に上がってから告白された?」


「んぶっ……!!」


 思わず吹きそうになる朱音。


「ケホッケホッ……いきなりなんですかっ!?」


「いやーほら。朱音ちゃんって中学卒業したあたりでギャルにイメチェンしたじゃん? それだけ可愛かったら言い寄ってくる男子も多そうだなーって」


「いや、そんなこと……」


「そんなことあるだろ。この前中庭でバスケ部の先輩に告られてたじゃん」


「えっ!? 遼見てたのっ!?」


「うん。生徒会の木城先輩と一緒に掃除してたらたまたま見かけてさ」


 確か一人で中庭のゴミ拾いをしていた木城先輩を見て手伝ってたら、バスケ部の先輩と二人きりで良い雰囲気で話してるのを見かけたんだっけ。

 色恋に興味ないと思っていた木城先輩が物陰に隠れて盗み見していた事の方が、個人的には興味深かったけど。


「きっ、木城副会長っ!? どうして遼と――」


「待って! 気になるのは分かるけど今は朱音ちゃんの話が優先度高いから、先にどういう風に告白されたのか教えて!?」


 朱音の話を遮って続きを促す姉。


「うぅ……。なんか『朱音ちゃんと話してたら楽しくて気が合うし、キミの笑顔をもっと近くで見てみたいから、俺と付き合ってほしい』……って」


「ほぉー。好きな人にそんなこと言われたらタマランでしょうけど、朱音ちゃんは何て返したの?」


「えぇ~? ……『先輩は確かに素敵ですけど、今はまだ彼氏とか作る気ないです。ゴメンナサイ』って感じで断っちゃいました」


「えっ、結局断ったんだ。全然そんな風に見えなかったけどなぁ……」


 木城先輩と合流して集めたゴミを分別してたら、中庭から笑顔で雑談する二人が出てきたから、てっきり先輩の告白は成功したものだと勝手に思い込んでた。


「それがさぁ~……。ねぇ聞いてくださいよ咲来さぁ~ん」


 疲れた顔で姉ちゃんに泣きつく朱音。


「ウチが告白断った後、『今はまだってことは、俺にもまだチャンスはあるって事だね……!』って感じで超~~~ポジティブでさぁー……」


「あー居るわよね~、こっちは相手が傷つかないように気を遣って丁寧に断ったのに、まだチャンスがあると思ってるヤツ」


 赤べこのように繰り返し深くうなずく姉。


「だからあたしはキッパリと、『アンタとは一切付き合う気ありません!』って感じで断ることにしているわ」


「ウチもそうしときゃよかった~……今その先輩、彼氏気取りするようになってきて超~ダルいのー……」


 力なくテーブルに突っ伏す朱音。

 そんな面倒なことになってたのか……。


「かわいそうな朱音ちゃん……。ほら、遼も朱音ちゃんを励ましてあげなさいよ」


「え、俺ぇ~?」


「今日のおいしいバゲット作ってくれたの、一体どこの幼馴染ちゃんだったかしら……?」


 笑顔で圧を掛けてくる姉に、俺は無力アピールをする。


「そりゃ朱音を励ましてやりたいけどさ。俺、こういう時なんて言ったらいいか分からなくて……」


「そこは『俺が守ってやるよ』とか『その先輩の事は忘れて、俺の事だけ考えよう?』くらい男らしい事言いなさいよ!」


 そりゃ無理な話だ。

 こちとら恋愛経験ないんだぞ。


「そうは言ってもさ、俺が励ましたところで解決するわけじゃないっしょ」


「それはそうだけど、そうじゃないのよ」


「ちょっとよく分かんないっス」


 正論でパンチしたのにルール無視のビームが飛んできた気分だ。


「けど実際、朱音ちゃんみたいに優しい子だと、そういう面倒な人の対処は難しいでしょうね」


 その点については姉と同意見だ。

 朱音は俺以外の相手に対しては、ものすごく気を遣っているように見える。

 だからこそ、バスケ部の先輩みたいなグイグイ来るけど優しい、みたいな相手だと無下にできなくなっちゃうんだろうな。


「いっそあたしがその面倒臭男にガツンと言ってあげようか?」


「……これはウチの『優しさ』が招いた問題なので、自分自身で何とかしようと思います」


 朱音も精神的に成長したいのだろう。

 中学生の頃と違って、姉ちゃんには頼らない考えのようだ。


「そう……? でも、どぉ~~しても対処できない時は言ってね? その時は絶対に朱音ちゃんを助けてあげるから」


「うぅ、咲来さ~~んっ」


 感極まって姉ちゃんの胸に顔をうずめる朱音。

 ……俺と姉ちゃん。生まれる性別間違えたんじゃないかな。


 ~~~~~~~~~~~~~~~


 夕飯の片付けも終わって姉がお風呂に入っている間、俺と朱音の間には長い沈黙があった。

 本気で悩んでそうな朱音を前に、いつものように軽口を叩けるほど俺もノンデリではない。

 そして朱音も無言でずっと何かを悩みながらも、チラチラと俺の方を見るだけで何かを言い出すわけではない。

 何か明るい話題がないか、脳内で会話デッキを広げていると、朱音がぽつりぽつりと話し始めた。


「……ウチさ、実は高校生になって、人生で初めて男の人に告白されたの」


「そうだったんだ」


「でもさ……先輩とカップルになる姿だけはど(・)う(・)し(・)て(・)も(・)想(・)像(・)で(・)き(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)んだよね。どうしてだと思う?」


 朱音の問いに俺なりに考えてみる。

 例えば俺が絶世の美女から告白されたとしよう。

 そんなの絶対幸せだと思うけど、現実感は希薄だ。


「そうだな……。相手が人気者だったりすると、急に現実感がなくって想像が追い付かなくなると思ったけど、そういう事?」


 朱音は姉ちゃんと似た、出来の悪い弟を見るような表情でため息を吐く。


「はぁー……。ホント、遼は成長しないな~」


 凄く馬鹿にされている気がするが、どうやら俺の想像は、朱音が考えていた事とは違っていたらしい。

 10年も付き合いのある幼馴染の女心ですら分からない俺は、本当に彼女を作れるのだろうか。

 俺が将来を悲観していると、朱音はいつも通りの悪戯な表情をし始める。


「ねぇ、例えばだけどさ。ウチに彼氏ができたって言ったら、先輩も流石に諦めてくれると思わない?」


「確かに。でもそれって具体的な相手が居なかったら、割と早い段階で嘘だってバレちゃうんじゃないか?」


「だったらさ――」


 朱音が耳元で囁く。



「遼がウチの『彼氏役』になってよ」





「それは私が許さないッ!!」



 風呂場から飛び出してきた全裸の姉ちゃんが、まるで般若が宿ったかのような表情で叫ぶ。


「さ、咲来さんっ!? なんで聞こえるんですか!?」


「いくら妹のように可愛い朱音ちゃんでも、あたしの愛する遼を『彼氏役』にだなんてさせるもんか!!」


 焦る朱音を前に、姉ちゃんはバスタオルを握りしめてこう言い放った。


「あたしの遼はッ! そんな低俗な役に使われるほど! 安い男じゃないッッ!!」


 顔面蒼白になる朱音を尻目に、俺は近くにあったタオルで飛び散った水しぶきを無言で拭き取る。

 ……近所から騒音のクレーム来ないといいなぁ……。


今回もお読みいただきありがとうございます。


次話は、9月12日20時頃に更新予定です!


是非感想を頂けると励みになります……!!


※朱音を朱莉と記述していた部分を修正しました。

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