第3話 生徒会
あのあと入野を犠牲に大島先生からの評価を上げることに成功した俺は、橘さんと早速図書室に入る。
そこでは、生徒会の4人が既に各々の仕事に取り掛かっているようだ。
入室に気付いた生徒会長の腕章を付けた男子生徒がこちらにやってきた。
「大島先生から話は聞いているよ。僕は久峰高校生徒会長の小林啓人、棚の前で文庫本を抱えてうろうろしているのが会計の高野未希さん」
「ちょっ、会長言い方悪いって~。小説のジャンル分けが難しいだけだってー」
「図書委員の橘さんが来たから、手伝ってもらった方がよさそうだね」
「あ、わ、分かりました!」
早歩き気味に高野さんの元へ向かう橘さんを尻目に、会長は他の生徒会役員の紹介を続ける。
「準備室から本の山を運んでいる筋肉ムキムキ君が書記の末吉譲司。ウエイトリフティング部の部長もやっている」
「筋肉を育てたかったらウチの部おすすめだぞ? 今なら入部するとプロテイン10杯分タダになるキャンペーン中だ」
「すみません……俺肘やっちゃってるんで遠慮しておきます」
筋トレ自体は興味あるが、また怪我するのはもちろん、悠々自適な帰宅部を手放したくはないので断らざるを得なかった。
というか、プロテイン10杯って割とあっという間に無くなるような……。
「そして、受付で図書のリストをチェックしているのが副会長の木城レナさん。ドイツの血が流れているからか結構頑固で冷徹な感じだけど――」
「頑固でも冷徹でもありませんし、ドイツへの偏見も広めないでください。あと霧島君は私のことを知っていますので、紹介も不要です」
「そっか……ごめん」
木城さんに冗談を真面目に受け止められ、少しいたたまれない雰囲気になってしまった小林会長。
冗談は言う相手を選ばないとダメですよ……。
小林会長は仕切り直すように話を進める。
「あー……という感じで、今日は僕ら生徒会も一緒に図書の整理をしているんだ。早速だけど、霧島君も手伝ってくれるかな?」
「分かりました。えーと、まずは何をやれば?」
「そうだね、まずは木城さんに聞くといいよ。彼女がタスク管理もやってくれているから」
小林会長に促され木城先輩の元へ向かうと、受付で黙々と作業をこなす姿に、思わず見入ってしまう。
木城先輩は非常に凛々しく、大人びた雰囲気をまとっている。艶やかなロングヘアを、今日は朱音と同じくハーフアップにまとめていた。
「お疲れ様です、木城先輩。今日は珍しくハーフアップにしてるんですね」
「ヘアゴムが伸びて後ろでまとめられなかったの。……変?」
「いえいえ、似合ってると思いますよ。なんだか新鮮ですし」
「そう」
俺と会話しながらも一切表情を変えず黙々と作業をこなす木城先輩は、俺に指示を出し始める。
「さて、では霧島君は今日届いた新着図書の陳列を手伝ってくれないかしら。本の陳列場所が分からなかったら近くに居る図書委員に聞くといいわ」
「分かりました」
「陳列する本は窓側のテーブルに、大まかなジャンルごとにまとめてあるから、手前側から持っていくのがおすすめよ」
「ありがとうございます、助かります」
早速作業に取り掛かり、10冊くらいの小説を両手に抱える。
すると、たまたま橘さんと目が合ったので陳列場所を聞きにそちらへと向かった。
「あのさ、この小説のジャンルって分かるかな?」
「えっと、これはアガサ・クリスティの作品なので、ミステリー小説……の中でも推理小説、だと思います」
「そうなんだ。じゃあこの辺かな?」
「あ、そうですね……この『ABC殺人事件』の左隣に並べてもらえると、その、他の人が手に取りやすい、かもです」
「分かった。ありがとう」
小説に疎い俺にも、丁寧に教えてくれる橘さん。
しかし、何故か浮かない表情をしている。
体調でも悪いのかなと思い、声を掛けようとしたら橘さんが先に話し始めた。
「あの……。霧島君は、木城副会長とはどういう……関係なんですか?」
「え? どういう関係と言われてもなぁ……たまーに帰る時間が被ることがあって、ちょいちょい話す機会がある程度の関係かなぁ」
実際、木城先輩とは教室のフロアも違うし、生徒会が早上がりのタイミングでしか会う機会はない。
「そ、そうですか……。その、霧島君が女性の容姿を褒めるの、珍しいなって思いまして……」
「あー、言われてみればそうかも」
木城先輩には、軽口交じりに褒め言葉を掛けることが多い。
もちろん、似合っていると思っているのは本心だ。
「木城先輩って少し話しかけづらい雰囲気あるじゃん? それで周りが萎縮しちゃうのは、本人も悩んでることではあるからさ」
「そ、それでああいう風に、木城副会長を口説いている……という事ですか」
「いや、口説いてはいないからね?」
ここは間違ってはいけない。木城先輩を狙っていると周りに思われたら、あまりに無謀だと笑われてしまう。
だからこそ『今日も綺麗ですね』とか『美貌が冴え渡っていますね』みたいに容姿をそのまま褒めることはしない。
持っている物や、いつもと違うところに触れる程度が無難なのだ。
「そうだな……例えば、今日の橘さん、いつもと違う髪留め付けてるみたいだけど」
「え? あ、これは、昨日綾ちゃんが帰りに選んでくれた髪留めで……折角なので付けてみたんです」
「へぇ~、入野も良いセンスしてるなぁ。最初はレモンかと思ったけど、よく見たらテニスボールなんだね」
「そ、そうなんですっ。私も最初は、日向夏だと思っちゃって……」
「やっぱり? まぁでも、普通にかわいいと思うよ」
「かっ!かわ……っ!?」
赤面してしまう橘さん。流石にいきなり『かわいい』はキモイか。
「……と、まぁこんな感じで、相手と盛り上がりそうな話題を見つけて褒めたりすると、気難しい相手でも案外……橘さん?」
橘さんは両手で顔を覆うと、聞き取れないほどの小声で何かを呟き始めた。
……そこまでキモかったか。
「き、霧島君……」
「……はい」
「あんまり、そういう事は、軽はずみに言うべきじゃ……ないです……」
「……ごめんなさい」
~~~~~~~~~~~~~~~
図書の整理も一段落したところで大島先生が作業していた生徒を集める。
「さて、生徒会と霧島君の助けもあって思ったより早く終わったわね!」
俺が、というより生徒会の段取りと図書委員の知識のおかげだと思う。
結局本を運んでも、どこに並べればいいか分からなかったし。
「じゃあ図書委員の生徒たちには、もう少しだけ残ってもらって、貸し出し図書の登録だけサッと片付けちゃいましょ」
そう言うと、橘さんをはじめとする図書委員の生徒たちは自分の仕事に取り掛かり始めた。
「じゃあ霧島君と僕たち生徒会も今日はお開きにしようか」
「はーい。じゃあ私は弦楽部行ってきまーす」
「俺も今日のトレーニング始めるとするか」
小林会長が解散を告げると、木城先輩以外の役員たちは、それぞれ廊下の奥へ消えていった。
「あれ、木城先輩は帰らないんですか?」
「私は一旦生徒会室の掃除をしてから帰るわ」
「そうだったんですね。お疲れ様です」
壁掛けの時計を見ると、18時半を回ったところだった。
スマホを確認すると、姉ちゃんから『今日はドラッグストアで牛乳が特売だった!』と牛乳瓶の絵文字付きでメッセージが送られていた。
今日は姉ちゃんのおかげで牛乳を買いそびれずに済んだけど、夕飯の準備もしないといけないし、俺も今日は帰るとしよう。
木城先輩に軽く会釈をして靴箱に向かおうとしたら、凛とした声に呼び止められる。
「霧島君。ちょっといいかしら?」
「え、はい……なんでしょう?」
「今日はあなたの手伝いもあって、予定より15分ほど早く片付いたの。礼の一つも言わなかった生徒会長に代わって、私からお礼を言わせてもらうわ。……ありがとう」
ポーカーフェイスで知られている木城先輩の表情が、わずかに緩んだような気がした。
「いえいえ、元はと言えば俺のクラスメイトが受けた仕事ですから」
「そうだったわね」
すると何か考え始めた木城先輩。
俺も次の言葉を言い出せず、少しの間、沈黙が流れる。
「……霧島君。このあと少し時間はあるかしら?」
「え? まぁ……15分くらいなら」
もしかして掃除の手伝いでもさせられるのかな……。
そう身構えていた矢先、返ってきたのは意外な言葉だった。
「あなたさえよければ、一緒に飲み物でもどう?」
飲み物をあおるジェスチャーをしながら真顔で首をかしげる木城先輩を前に、俺はNOの選択肢が霧散した。
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夕暮れ空のもと、俺は木城先輩と一緒に自販機の前に立つ。
橙色の光を受け、木城先輩のブロンドヘアはいつも以上に輝いて見えた。
「今日は生徒会のおごりという事で、霧島君の好きな飲み物を一つ選んでちょうだい」
なるほど。関係者じゃない俺に仕事を手伝ってもらったのに、お礼の言葉だけで家に帰すのが嫌だったのか。
とても義理堅い人だな。
「じゃあ遠慮なく……」
口では言いつつも、100円の小さい缶コーラを選んだ。
こういう時、どうしても一番安いものを選んでしまうのは、己の欲の少なさから来ているのだろうか。
木城先輩は、自販機の取り出し口から俺の選んだコーラを取り出し、手渡してくれた。
「あなたって、こういう時でも気を遣うのね」
俺の考えは、木城先輩にはお見通しのようだった。
「まぁ、流石に友達の前では一番高いジュースを選ぶこともありますけどね」
「あら。じゃあ私はまだ霧島君の友達じゃないって事でいいのかしら?」
絶妙に冗談か分かりにくい声色で、木城先輩は俺と同じ100円の小さい缶コーラを取り出す。
「……木城先輩って、コーラとか飲むんですね」
「私だって普通の高校生よ? たまには飲みたくなるわよ」
そう言いつつ、慣れない手つきでプルタブを起こす。
それを見て俺もプルタブを起こした。
「……こういう時って、『プロージット』とでも言った方が良いのかしら?」
どうすればいいのか本気で分からなさそうな木城先輩を見て、俺は図らずも『かわいい人なんだな』と思い、笑顔でこう答えた。
「そうですね。では……『プロージット』!」
少し汗をかいたコーラ缶同士が触れ、夕焼けの中で小さな音を立てた。
今回もお読みいただきありがとうございます。
次話は、9月11日20時頃に更新予定です!
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