第46話 他愛もない一日
水族館に行った翌日。
久しぶりの遠出の疲れもあって、目が覚めた頃には日はすっかり高くなっていた。
俺は欠伸をしながら上体を起こすと、スマホに1件の通知が届いている事に気付く。
どうやら椎葉さんからのLoinのメッセージが何件か届いているようだ。
俺は通知をタップして内容を確認する。
『昨日霧島君達と別れたあと、蓮から告白されたのでOKしました! これで晴れて恋人の関係になれて感無量よ!』
ああ、やっぱり二人は恋人になったんだな。
さぞ二人は嬉しい事だろう。
『そして、あたしの恋が実るきっかけを作ってくれた霧島君には、感謝しかないわ……! だからあたしも、何か霧島君の力になってあげたいけど、蓮は「オレ達が遼に見合う女子を探して、その子を紹介してあげたい」ってず~っと言ってるの』
椎葉さんからの謝意はとても伝わってくるし、恋が成就して本当に良かったと思う。
そして蓮は自分の恋愛が一段落ついたから、今度は俺の恋人探しを手伝うと息巻いているようだ。
なるほど、悪くない案だ。
『あたしは、多分霧島君にはそんなお節介の必要はないと思っているの。それにあたし達の方から紹介した女の子が霧島君の好みに合うか分からないから、蓮には「それは余計なお世話よ」って言っといたわ』
マジか……。
全然余計なお世話じゃないのに……!
『でも、何も返せないのは蓮もあたしもプライドが許さないから、『書き置き』を残してくれた人の件を蓮から聞いたんだけど、その人を探すの、是非あたし達にも手伝わせてほしいの』
マジか!!
このまえ橘さんに分析してもらって手掛かりも増えたし、蓮と椎葉さんにも手伝ってもらえるなら、もっと人物像を絞り込めるかもしれない。
『あと、もしその人が見つからなくても、あたしと蓮で霧島君といい関係を築けそうな女の子を探しておくから、いずれ合コンみたいなものをセッティングできるようにしておくわ!』
マジかぁ~!!
ありがとう椎葉さんっ!! と蓮っ!!
『長文になっちゃったけど、これからもあたしと蓮と仲良くしてね!』
いやぁ~ありがとう椎葉さん!
一先ず椎葉さんには『想いが実ってよかった! 俺の方こそ、今後とも仲良くさせてください!』と返信させてもらおう。
俺はこんな優しいカップルと交友関係を持てて、本当に良かった……。
あの二人の後押しがあれば、俺にとって初めての恋人ができるのも時間の問題かもしれないなぁ~。
などと妄想をしていると、寝る前に鍵を掛けていたはずの自室の扉が少しだけ開いており、姉ちゃんが俺の様子をじーっと眺めていた。
「……姉ちゃんそれ怖いからヤメテ」
「ごめん……でも、なんか怪しいわね」
「怪しい……?」
「遼がそういう邪な表情をしているとき、大体女がらみだし……」
「いやいや、友達の恋が実った事を純粋に祝福してただけだから」
「……どーだか」
姉ちゃんは扉を閉めると、自室へ戻っていった。
相変わらず鋭い姉だ……油断も隙も無い。
それにしても、俺に『リア充している姿を見届けるまで絶対彼氏を作らない』と豪語したのに、どうして女の子が絡むと不機嫌になってしまうのだろうか。
もしかして、姉ちゃんが認めた異性じゃないとダメ、とか……?
女心が分からない俺は、どれだけ考えても姉ちゃんの思考回路など到底読めるはずもなかった。
~~~~~~~~~~~~
その日の晩、姉ちゃんの作った豆腐ハンバーグを平らげて、リビングで姉ちゃんの風呂上がりを待っていると、綾からLoin電話が掛かってくる。
「もしもし」
『もしも~。遼ちゃんちょっと相談なんだけどさ~』
「おう、どうした?」
『以前『約束破ったら遼ちゃんから夏休み貰う』って話したじゃん?』
「……ああ。そうだな」
綾に言われるまですっかり忘れていたが、そういえばテスト期間中にそんな話したなぁ。
『でさ、お父さんとお母さんが急に私と旅行に行きたいって言い始めて、多分遼ちゃんから夏休み貰えそうにないんだよねー』
「え? でも夏休みってまだ全然残ってるだろ」
『そうなんだけどさー、テニス部の練習もあるし……詩織ちゃんとの買い物は行けるんだけど、それとは別に二人で遊ぶ日を作るのが難しくてさ~』
そうか、綾は大会が終わって追い込みがないってだけで、普通に練習とかあるわな。
だから俺と一緒に遊ぶ時間も、そこまであるわけじゃないのか。
「ちなみに何日分あるの?」
『ん~、大体3.5日くらい?』
思ったより多いな……。
『だからさ~、夏休み明けてもこの約束って有効かなぁーって聞きたくて』
「まぁ別に良いんじゃないか? そもそも俺へのペナルティなワケだし」
『ホントっ? じゃあ夏休み以降に使わせてもらうね~』
「ああ。っていうか、そのためにわざわざ電話してきたのか?」
『あ~~! どうせ『別にメッセージでも良くないか?』って言うつもりでしょー!』
何故バレた。
『んも~以前も言ったけどさー、女の子が急に電話するのは、相手の声が聴きたいからなんだよ~?』
「なるほど、勉強になった」
『これで遼ちゃんも、一つ女心が学べたね?』
「ああ。感謝するよ」
綾の言葉を、ちゃんと記憶しておかなければ。
何せ俺は全然女心が分かっていないから、こういう小さなことでも積極的に学習していく必要があるのだ。
「あ、姉ちゃんが風呂から上がったっぽいから、そろそろ通話切るぞ?」
『……分かった。ねぇ遼ちゃん、また夜に電話してもいい?』
「もちろん。あ、でも夜中はカンベンな」
『えへへ、やったー。じゃあおやすみ~』
「おやすみー」
通話を終えて、綾とは以前にも似たようなやり取りをしたなぁと、夏休み前を思い返す。
あの時は綾が寂しそうな雰囲気だったので察する事ができたが、今回はどこか浮かれたような雰囲気だったので彼女の意図を汲むことができなかった。
きっと久しぶりにご両親とゆっくり過ごせるのが嬉しかったのだろう。
少しだけほっこりしていると、姉ちゃんが濡れた髪の毛を拭きながらリビングへやってくる。
「今綾ちゃんと話してたでしょ」
「なんで分かった」
「だってなんか、遼の表情が緩んでるし」
そんなんで分かるのか……。
「綾ちゃん、なんか小動物感あって可愛いからね~。あたしも綾ちゃんみたいな娘が欲しいな~」
「娘て……せめて彼氏作ってから言いなよ」
「だ~か~ら~、何度言わせる気?」
「そうは言ってもさ、姉ちゃんの好きなタイプとか全然分からないし、そういう話しないじゃん」
俺の事になると饒舌だが、自分の事となると相変わらずほとんど語らないのだ。
流石の俺も、姉ちゃんがどういう人が好みかくらい知りたくなってきている。
「だって……言えないし……」
「え、ひょっとして女癖悪いとか、そういう感じのクズな男が好みとか?」
「違うし! まぁちょっと当たってるケド」
なんと!
姉ちゃんは女癖の悪い男が好みなのか……!
「いやいや、そんな男やめといた方がいいって。朱音を一方的に好きだった男がそんな感じだったけど、百害あって一利ないって」
「あんな男と一緒にしないでよ! あたしが好きな人はっ……そういうんじゃないし」
うっかり何かを言いかけた姉ちゃんは、言葉が尻すぼみになる。
「でも女癖悪いんでしょ? どうせ相手に気を持たせて、それに気づかないように振る舞ってるような奴、姉ちゃんにはもったいないって」
「…………そうね」
何故か俺の方をじーーっと見つめてくる。
まさか俺がそういう男だって言いたいのだろうか。
「……ちなみに俺の周りにはそういう女子はいないからね? 気付いてたらもっと積極的に行くタイプだからね?」
「フーン……」
出た『フーン』。
ホントそれなんなんだよ……。
「ま、いいわ。あたしの好みは昔から一貫してるから。それに、凄く良い男ってのも充分知ってるし」
「そうなんだ。でも、そういう良い男って競争率高いんじゃないか?」
「知ってるわよ。でも自分からは絶対『付き合ってほしい』って言っちゃダメなの」
「なんでさ」
「そういう世の中なの! はいっこの話はおしまい!」
顔を赤くしながらそっぽを向く姉ちゃん。
自分から告白したらダメな相手……?
しかも『そういう世の中』って事は、もしかして――。
「なるほどな……まぁ一度は憧れるよな」
「え」
「俺もそういう時期あったし」
「えっあっ、い、いつ頃……?」
「小学生の頃かなぁ。あの時はこういう人と結婚したいな~って子供ながらに思ってたよ」
「ふ、ふ~ん? まぁ? 大人のミリョクってやつかしら?」
「思えばあれが初恋だったのかもなぁ~」
「へ、へぇ~。ちなみにどんなところが、その……す、好きだったの?」
なんで姉ちゃんはそんなに"どもってる"んだ?
普段は俺が異性の話をすると烈火のごとく噛みついてくるのに。
「そうだな……やっぱ俺の事をよく見てくれてたし、あと凄くキレイだったし、そんな感じだったかな」
「ん゛ん゛っ。い、今でもちゃんと、遼の事を見てるんじゃないかしら……?」
「そうかなぁ~。あたりまえだけど違う学校だし、流石に卒業した後までは見ないでしょ」
「ちゃんと見てるって……! たとえ違う学校でも目を離すワケないじゃない……!」
何故か必死な姉ちゃん。
俺はてっきり『そんな女の事、さっさと忘れちゃいなさい!』って言われると思ってたのに……。
……って事はやっぱり『そういう事』なのかな?
「あのさ、姉ちゃん」
「ん、なっ何かしら?」
「ひょっとして『先生』が好きなの?」
「……っはぁ~~」
とんでもなくデカい溜息を吐かれてしまう。
え、だってそういう事なんじゃなかったの……?
「あたしの期待を返してぇ~~……」
「……?」
テーブルに拳を打ち付けながら突っ伏する姉ちゃんは、どこか悔しそうな様子だった。
あの、下の階に人が住んでいないとはいえ、隣の部屋に響くかもしれないからやめてほしいんですけど……。
~~~~~~~~~~~~
あっという間に一日が終わり、俺はベッドで横になる。
結局今日はアニメや映画を眺めて終わったが、こういうダラダラする日があったって良いと思う。
何故なら俺の夏休みはまだ残っているし、イベントも多く残されている。
充実した日々を噛み締めながら、俺は眠りに落ちそうになったところで、スマホが震える。
珍しく朱音から電話が掛かってきたようだ。
「……もしもし?」
『もしもーし。もしかして寝るところだった?』
「うん……」
『ごめんね? 遅い時間に掛けちゃって』
「いや、まだ寝てなかったし気にしなくても大丈夫だよ」
『そっか。よかった』
朱音は穏やかな声で安堵する。
「それで、こんな時間に電話掛けてくるなんて、何かあったのか……?」
『んー……今遼は何してるのかなーって思って』
「何してるって、寝ようとしてたけど」
『まぁそうかもしれないケド……』
何やら言いたいことがあるけど言えない雰囲気を感じたので、早速俺は学習した成果を生かす事にする。
「もしかして、俺の声が聞きたくなっちゃったのか?」
『……っ』
「……なーんてな。流石に自意識過剰だったか」
『……遼の声が聞きたかった、って言ったら、何かしてくれるの?』
「え……」
マズい、朱音の事だから『そんなワケないでしょ!』って返されると身構えていたのに、俺は想定外の反応に面食らってしまう。
『なーんて、半分冗談よ』
「半分? どっちだ……?」
『なんでそこは察しが悪いの?』
朱音は呆れて苦笑する。
『まぁいいケド。遼は今週は何か予定あるの?』
「ん? そうだな……美術館に行くくらいかな?」
『美術館~? 遼一人で~?』
「俺一人で行っても作品の良さなんて多分分からないぞ」
『じゃあ誰と行くのよ』
「それは……まぁ"友だち"と、だよ」
『……なるほどね? まぁ大体分かったわ』
今の会話で俺が誰と行くのか分かったのか……?
だとしたらとんでもない推理力だな。
『ねぇ遼? ちょっとお願いがあるの』
「なんだ?」
『私が福岡に居る間、毎日……とまでは言わないけど、また夜に電話してもいい……?』
珍しく俺の反応を窺うような、そんなしおらしい声で尋ねてくる朱音。
「えっと……まぁ、俺が起きてる時間なら……」
『ほ、ホントっ? ありがとう遼っ』
「ああ、次は朱音の福岡トークを楽しみにしとくよ」
『ふふっ、お土産話はい~っぱいあるけん、覚悟ばしとってよ~?』
取って付けたような福岡弁で返してくる朱音だが、何故だかとても可愛らしく感じてしまう。
これが福岡弁の魅力ってヤツなのだろうか……。
『あっ、そろそろ寝る時間だから、今日はこの辺にしとくね?』
「分かった。風邪とか引かないようにな」
『そーゆー遼も、体調崩さないようにね? じゃあ、おやすみなさい』
「ありがとう、おやすみ~」
朱音との通話を終え、俺は再び就寝モードに入る。
今日は綾とも朱音とも『おやすみ』を言い合い、また夜に通話する約束までしてしまった。
もしかしたらブッキングするかもしれないな~とは思いつつも、既に俺の脳は寝始めているので、それ以上の思考をする事は無く、深い眠りへと落ちていくのであった。
今回もお読みいただきありがとうございます。
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