第45話 水族館の"役"
展望ホールで、俺、綾、レーナさんの3人は、蓮が椎葉さんに怒られている様子を遠巻きに眺めていた。
「なぁ綾……どういう経緯で椎葉さんにバレたんだ?」
「えっと……手洗い場で椎葉さんと鉢合わせた時に、うっかり『蓮に誘われて遼ちゃんと一緒に来てる』って言っちゃって……」
「あー……椎葉さんはそれを聞いて『蓮が何か隠してる』って分かったんだな」
「大体そんな感じかな」
今回の件は、元々蓮の『椎葉さんに見つからないよう、こっそり見守っててくれ』というお願いから始まったものだが、よくよく考えれば『見つからずに』というのはなかなか難易度の高い注文だった。
だからこそ見つかった時の対処を考えておくべきだったのだが、嘘が苦手な綾に下手な芝居が打てるはずもなく。
「ま、どのみち蓮が始めた物語だからな。事前に椎葉さんに一言断っておけば怒られずに済んだものを……」
「だね。それに蓮って昔から意味の分からない所でカッコつけたがるし、今回もそんな感じかもね」
「……話が読めないのだけれど、霧島君と入野さんは純粋に遊びに来たわけではないの?」
終始置いてけぼりのレーナさんは俺達に説明を求める。
まぁ蓮の企みはバレてしまったワケだし、ここは素直に事情を説明するか。
「俺と綾は、蓮の告白が成功するよう見守る目的でこの水族館に来たんですよ」
「なるほど……だから入野さんは、私を混ぜたくなかったのね?」
「んー……まぁそんな感じです」
「それは、少し悪いことをしてしまったわね」
「いや~先輩が気を遣う事じゃないですよ。今回は遼ちゃんと蓮がポンコツなだけでしたし」
蓮はともかく俺をポンコツ呼ばわりとは失礼な……と言い返そうかと思ったが、俺が勝手にレーナさんも一緒に回ろうと提案したときは、綾の考えも聞かずに先走ってしまったからな。
何も言い返せず大人しくしていると、蓮への説教が終わったらしい椎葉さんがこちらへとやってくる。
「霧島君と入野さん、ホントごめんなさい……」
頭を下げる椎葉さんに、俺と綾は慌てる。
「頭を上げてくださいよ椎葉さん……! 黙ってついてきたのは俺たちの方だし」
「そうだよ! 別に椎葉さんが謝る必要なんてこれっぽっちもないんだし!」
「違うの。蓮との関係が進んでから、ずっと彼を独り占めしてしまった事に対して謝りたいの」
椎葉さんはポーチの肩紐を握りしめながら、後悔とも取れる言葉を紡ぎ始める。
「あたし……憧れの人を独占できる喜びに、周りの事なんて考えずに、ずっと二人で遊んでいたの」
「でもそれは仕方のない事じゃ……」
「そうかもしれないけど……事実、入野さんを傷つけてしまったのも、元を辿ればあたしのせいだし」
「……そうだよ」
綾は真剣な表情で、弱る椎葉さんを見つめる。
「親友だと思ってた人が、急に私と二人ではまともな会話すらしてくれなくなったんだよ? 私がどれだけ傷ついたか、椎葉さんには分かる?」
「……ごめんなさい」
「謝らないでよ……っ! 私に遠慮してるみたいなこと、言わないでよ!」
「おい綾……言い過ぎ――」
「遼ちゃんは黙っててッ!!」
綾は俺の制止を振り切り、言葉を続ける。
「別に私は蓮と恋人になりたかった訳じゃないよ? でもさ、私は数少ない男友達の蓮の事が、とっても大好きなの。」
「……うん」
「そんな私から、大好きな蓮を連れ去ったんなら、こんなところで中途半端に謝らないで『蓮と絶対幸せになる』くらいの気概を見せてほしいの……」
綾は蓮という親友を取られた事ではなく、取った事を申し訳なく思っている椎葉さんの考えに憤っているようだった。
それは多分……和解して吹っ切れていたはずの蓮への想いが、椎葉さんの謝罪で呼び起こされてしまったからだろう。
そして椎葉さんも、そんな綾の想いを知っていたからこそ、後ろめたさを感じて綾に詫びたかったのかもしれない。
子供たちの明るいはしゃぎ声がこだまする中、俺たちの間には気まずい空気が流れる。
そんな中、唯一の第三者ともいえるレーナさんが両手をパチンと合わせて、全員の視線を己に向けさせる。
「よく分からないのだけれど、これから『いるかの時間』というイベントがあるから、それを見ながら話し合ってもいいんじゃないかしら?」
~~~~~~~~~~~~
俺たちはイルカプールへとやってきて、特段示し合わせたわけではないのだが、俺とレーナさんが隣同士に座り、その前に綾、椎葉さん、蓮の3人が座る事となった。
彼女たちの背後からは会話の内容を知る事は出来ないが、未だに緊張状態にある事だけは伝わってくる。
俺も少しは意見を聞いたりした方が良いのではないかとやきもきしていると、レーナさんが、跳んだり鳴いたりするイルカ達を眺めながら語り始める。
「霧島君、イルカも同族同士でケンカになる事があるらしいわ」
「え、そうなんですか?」
「イルカ同士の相性や優位性の関係から喧嘩に発展する事もあるのだけれど、それってなんだか、人間と似ていると思わない?」
「……言われてみればそうですね」
「それに……イルカには、ケンカの後に仲直りするような行動も見られるのよ」
俺は飼育員の人からエサを貰う3匹のイルカに目をやる。
一見温厚そうに、仲睦まじくエサを貰っているあのイルカ達も、実は喧嘩してたりするのだろうか。
「そして和解する方法は、互いにスキンシップ取ったり、一緒に泳いで息を合わせて呼吸をしたり、第三者の仲介が入ったりするらしいの……あら、ここも人間とそっくりね」
「確かにそうですね……案外、俺達人間とよく似た方法を取る生き物も多いのかもしれませんね」
「そうね。だからという訳ではないのだけれど、目の前にいる入野さんと椎葉さんも、何らかの方法で和解してほしいものね」
「そうですね。あ、もしかしてレーナさんは、イルカショーを見せる事で二人を和解させようとしてたんですか?」
「いえ? 私は単に霧島君たちに『いるかの時間』を見てほしかっただけよ? それ以上の動機はないわ」
「……そうですか」
一瞬凄く気転の利く人だなぁと思ったが、どうやらレーナさんの想いは非常にシンプルだったようだ。
しかし3次元的にスイスイと泳ぎ回るイルカ達を見て、心なしか前に座る3人も先ほどよりは穏やかな雰囲気になったように思える。
そして『いるかの時間』は最後の一幕へと移ってゆく。
数匹のイルカが、それぞれ高い位置にある的目掛けてジャンプしたり、5匹のイルカ達が息の合った同時ジャンプを見せるなど、会場は興奮に包まれる。
「おぉ~、すごっ」
俺も思わず感嘆の声を漏らしてしまったが、隣のレーナさんも心なしか瞳を輝かせているように見える。
序盤は前に座る3人が気になっていたが、後半はひたすらにイルカ達に見入っていた。
そして、迫力のあるイルカ達の跳躍や動きに対して、綾、椎葉さん、蓮の3人も声を上げたりしている様子が窺える。
きっと会話そっちのけで盛り上がっているのかもしれない。
あっという間に終演を迎えると、俺とレーナさんだけでなく、前に座る3人すらも拍手を送り続けた。
「イルカってあんなに高く飛べるんだねーっ!」
「ああ。それに身体を捻りながら飛んだりとか、身体の動かし方がハンパないな!」
「それに5匹が同時に飛んだ時も凄くなかった? よくぶつからないなって感心しちゃったわ」
『いるかの時間』が終わるや否や、会場を後にしながら感想を言い合う3人を見て、さっきの剣呑なムードは消え去ったのだと感じた。
俺は一歩引いた位置でレーナさんに話しかける。
「なんだか、和解っぽい雰囲気になりましたね」
「そうね。実際にイルカ達の動きを目の当たりにすると、そちらの方が気になるでしょうから」
確かにイルカの迫力は、俺の想像の上を行ってた。
思っていたよりも器用で、大きくて、それでいて機敏だったので、いたく感動したものだ。
「奇しくも、あの2人の仲介役はイルカ達だったのかしらね」
「そうですね……でも、それと同じくらいレーナさんのおかげもありますよ」
「……どうして?」
「だって、レーナさんが『いるかの時間』を見に行くことを提案しなかったら、きっと目の前の光景は見られなかったかもしれないんですから」
レーナさんの提案がなければ、おそらくあの剣呑な雰囲気のまま後味の悪い水族館デートになってしまっただろう。
もしかしたら時間を掛けて和解に至っていたかもしれないが、この短時間で和解の雰囲気まで持ってこれた事は、非常に有意義な事だと思う。
だから、俺はレーナさんへ感謝を伝える。
「レーナさん。今日は俺達と一緒に水族館を回ってくれて、本当にありがとうございます」
「……礼を言うのは私の方よ。私のわがままを聞いてくれて、本当に感謝しているわ」
「いえいえ。感謝は綾に伝えてあげてください。俺のわがままを了承してくれたのは綾ですから」
「……あなたは相変わらず、私の感謝を素直に受け取ってくれないのね」
レーナ先輩は可愛らしく頬を膨らませる。
「後で彼女にも感謝を伝えさせてもらうけれど、あなたにも謝意を受け取って欲しいの」
「分かりました。どういたしまして、レーナさん」
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『いるかの時間』を見終えた俺達は、そのまま5人でアザラシやクラゲなどを見て回り、気付けば外は日が傾きつつあった。
「アザラシめちゃかわだったな~」
「ほんとうにそれね~。あまりにも可愛すぎて、撮った写真をスマホの待ち受けにしちゃったわ」
「私も、この水族館で撮った生き物の写真は月替わりで待ち受けにしているの」
「え~、木城先輩もやってるなら私もそうしよー」
撮った写真で盛り上がる3人を、俺と蓮は少し離れた位置で眺める。
「蓮、椎葉さんとは仲直りできたか?」
「ああ……まぁ、多分まだ内心怒ってるとは思うが、そこからはオレの努力次第だな」
「そっか。ま、椎葉さんと綾も、なんだかんだ良い雰囲気になったし、ある意味ではこのデートは大成功って言えるんじゃないか?」
「企画したのは愛衣だけどな。でも、遼と入野に声を掛けたのは、悪い判断じゃなかったよ」
「次はちゃんと椎葉さんに伝えとけよ?」
「もちろんだ。同じミスは二度としないさ」
すると蓮は自分のスマホを見つめ、談笑をする椎葉さんの元へと歩み寄る。
「愛衣、そろそろ帰る時間だし……ちょっと外を歩かないか?」
「……うん、分かった。木城先輩、今日は色々教えてくださり、本当にありがとうございました」
「ええ。私も、この水族館の魅力を伝える事ができて、本当に嬉しかったわ」
「あと入野さん……いや、『綾ちゃん』。今日は色々あったけど、一緒に回れて本当に良かった」
「うん。私も……さっきは言い過ぎてごめんね。『愛衣ちゃん』と沢山お話できて良かったし……今度二人でどこか遊びに行こ?」
「ふふっ、ちゃーんと『二人で』行きましょ?」
「もちろん! 『二人で』ね?」
そう言って椎葉さんと綾は、それぞれ蓮と俺の方を見る。
いや、本当にゴメンなさい……。
「それじゃ、あたしと蓮はお暇するわ」
椎葉さんと蓮は、二人並んで水族館を後にする。
そしてレーナさんは、少し名残惜しそうな顔で俺と綾に向き合う。
「私も、そろそろホテルに戻らないといけないから、ここでお別れね……」
「お別れって……今生の別れじゃないんですから、そこは『また今度』って言いましょうよ」
「そうですよー。あ、そうだ! 木城先輩、私とLoinの友だちになりましょうよ!」
綾はスマホを取り出して操作すると、二次元バーコードを画面に表示させる。
呆気にとられたレーナさんは、少し遅れて自分のスマホで綾の画面を読み取る。
「はいっ友だち追加~っ! えへへ、木城先輩! 今後ともよろしくお願いしま~す」
「え、ええ……よろしく……ね?」
こういった事に慣れていない木城先輩は綾の勢いにたじろぎつつも、嬉しそうな様子だ。
「では改めて、今日は私も一緒に水族館を回らせてくれて、本当にありがとう」
「うんっ! じゃあまたね、木城先輩っ!」
「ええ、『また』……」
レーナさんは微笑みながら答えると、綺麗なブロンドヘアーを靡かせながら出口へと歩いて行った。
「……じゃあ、俺達も帰るか」
「そうだね……あっ、蓮の告白見ていかなくてもいーの?」
綾は悪戯な笑みでこちらの様子を窺ってくる。
俺はやれやれと肩を竦めながら、さも当然のように返す。
「俺は『2人きり』の時間を大切にする男なんでね。そんな無粋な真似はしないよ」
そう言って俺は出口に向かう。
「あっは~言うねぇ~!」
嬉しそうな綾は、遅れて俺の隣に並んでくる。
今日を境に、あの二人の関係はまた一歩先へと進むのだろう。
俺は心の中で二人を祝福しつつも、一切進展のない自分と存在するかもわからない想い人を想像して、少し切ない気持ちになった。
今回もお読みいただきありがとうございます。
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