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第44話 水族館の"乱"



「先輩っ、あの眼鏡掛けたような魚ってなんて言うんですか?」


「あの子は『メガネモチノウオ』でスズキ目ベラ科よ。頭部の張り出た部分がナポレオンの帽子に似ている事から、『ナポレオンフィッシュ』とも呼ばれているそうよ」


「へぇ~。あ、この砂底から顔を出してるニョロニョロってチンアナゴ?」


「その子は縞々模様だから『ニシキアナゴ』ね。チンアナゴはこっちの黒点のある方よ」


「そうなんだ……砂から顔出してるの全部チンアナゴだと思ってた……」


「ニシキアナゴも『チンアナゴ亜科』ではあるから、完全に間違いだとは言いづらいわね」


 綾が機嫌を直してからというもの、レーナさんの隣でずっと魚の事を聞きまくっている。

 そしてレーナさんも、歩く生物図鑑と言っても差支えない程に、似たような見た目の魚でも一発で言い当てるし、豆知識も披露してくれている。

 心なしか、その瞳は非常に輝いているように見える。

 友達と回りたいっていうのは本心からそう思っていたんだな……。


「ねぇ先輩、あのでっかいのって、もしかしてジンベエザメ?」


「その通りよ。現生の魚としては世界最大ね」


「えっ、あれ魚なの!?」


 まぁ『サメ』だしなぁ。

 っていうか初めて生で見たけど、とんでもなくデカいな……。

 周りの魚達が飲み込まれちゃったりしないのか不安になってくる。


「霧島君は、何か気になる生き物はいたかしら?」


「そうっすね……あの水底でゆっくり動いてるサメですかね」


「ふふっ、霧島君……あれはサメじゃなくて『エイ』の仲間なのよ?」


「ぇえっ!?」


 でも背びれとか尻尾の形とか普通にサメだけどな……。


「あの子は『モノノケトンガリサカタザメ』という『エイ』の仲間なの」


「名前にサメって付いてるのに……」


 解せぬ……。

 言われてみれば頭の方はなんとなくエイっぽいし、ケンタウロスとかグリフォンとか、そういった類なのだろうと勝手に解釈する。

 それにしても、年2回この水族館に来ているだけあってとても博識だなぁ。

 愛着があるのか『あの子』とか『その子』って、もしかしたら個体の判別まで出来ていてもおかしくないような気がする。


「あ、そうだ! ねぇねぇ先輩。もしよかったら私とツーショ撮らない?」


「……『つーしょ』?」


「そうそう。私と二人で撮ろーってコト!」


 綾はレーナさんの隣でせがむ。

 グイグイ来る綾に少し戸惑いつつも、彼女は嬉しそうな表情を浮かべる。


「私でよければ」


「やった~。ほら遼ちゃん撮ってー!」


「はいはい」


 綾はレーナさんの腕に自分の腕を絡め、両手でピースの構えを取ると、それを見たレーナさんがカメラに向かって控えめにピースをした。

 ここだ!という所でシャッターボタンを押したが、夜景モードに切り替わっていたのでなるべく腕を動かさないように努める。

 数秒後撮影が終わったので、プレビュー画面で写り映えを確認しようとスマホを眺めていると、俺の両肩越しにレーナさんと綾がスマホの画面を覗き込んできた。


「ちゃんと綺麗に撮れたかなぁ~」


「周りが暗いから、撮るの難しそうだけれど……」


 期待する二人が見守る中、俺のスマホには夜景モードで撮った『ツーショ』が表示される。


「……わぁー、後ろのジンベエザメが良い感じに写ってくれてるね~」


「ホントだ。あとサメみたいなエイもクッキリ写ってるな」


「私の好きなトラフザメも、しっかり写ってるわ」


 どうやら奇跡的な一枚となったようで、二人はとても満足そうだ。

 姉ちゃんみたいな独特な写真センスじゃなくてよかった~……。


「じゃあさ、今度は私と遼ちゃんのツーショ撮ろうよ!」


「お。いいぞ!」


 実は俺も夏休みらしい写真の一枚や二枚欲しかったところだ。

 俺はスマホをレーナさんに渡して、綾と二人の写真を撮ってもらう事にした。


「じゃあ俺と綾が合図したらシャッターを押してもらっても良いですか?」


「ええ」


 俺は綾の隣に立ち、カメラに向かってピースサインを向ける。

 そして俺がレーナさんに合図を出した瞬間、綾が俺に抱き付いてくる。


「お、おい。話が違うじゃねーか……!」


「えー? 誰もピースするなんて打合せしてませんけど~?」


 ここ最近の綾、本当に距離が近すぎる。

 嫌ってワケじゃないのだが、これ以上俺のモヤモヤ感を増やされると、なんかこう……良くないのだ。

 それに、周囲からバカップルだと思われかねないし、早く撮影が終わって欲しい。


「……撮れたみたいよ」


「ほんとー? イイ感じにとれてるかなぁ」


 俺と綾はレーナさんの持つ俺のスマホの画面を注視して、処理後の写真を見てみる。


「おぉ~、良い感じじゃない?」


「ああ。さっきとは違って泳ぎ回る魚達が、流れ星みたいになっててとても綺麗に見えるな」


「魚達のはっきりとした輪郭は分からないけれど、こういう写真も趣があって良いわね」


 若干の不満を見せるレーナさんは、綾に俺のスマホを渡して俺の腕を引っ張りながら、先ほど俺と綾が立っていた場所に向かう。


「あ、あの。レーナさん?」


「何?」


「なんでちょっと不満そうなんです……?」


「……私もあなたと撮りたかったからよ」


 そう言ってレーナさんは俺の腕を抱くと、そのまま頭をこちらの肩に預けてくる。

 なんかコレ……大人なカップルがやるヤツじゃね?


「……はーい撮りまーす」


 こちらの合図を待たずに、淡白な声で写真を撮る綾。

 親友が別の友達と親しそうにしているのは、やはり楽しくないんだろうな。

 撮り終えた様子の綾を見て、俺とレーナさんは写真の出来栄えを確認する。


「……えっ!?」


「……うわ、凄いな」


「……こんな事ってあるのね」


 画像処理を終えて俺のスマホに映し出されたのは、ジンベエザメやトラフザメなどの魚達が、ほとんど全てカメラの方を見ているように写っている一枚だった。


「なんだか魚の友達も一緒に写ってるみたいで、とてもいい写真ですね」


「ええ……とても嬉しいわ」


 遠方から足繫く通うレーナさんの為に、魚達も団結してくれたのだろうか。

 まぁ多分向こうからはこっちの人間は見えていないのかもしれないが、そう思わせるほど良く撮れている。


「じゃあ最後は3人で撮りたいけど……」


「誰かに頼む?」


 俺と綾が誰かに頼もうかと周囲を見渡すと、レーナさんが一つ提案する。


「これ……『いんかめ』という機能で3人写れないかしら?」


「あ~! それ良い提案ですね!」


「でもインカメで撮るってなると、結構窮屈じゃないか?」


「いーじゃん! ほら、遼ちゃんスマホ持って~」


 綾はインカメを起動した状態で、俺にスマホを返してくる。

 そしてレーナさんと綾が俺を挟む形で身を寄せて撮影待ちの状態になる。

 美少女と美女に挟まれた俺は、役得だと思いながらも平静を装う。


「じゃあ1枚しか撮らないからなー。はい、3、2、1――」


 シャッターを押したタイミングで、二人とも俺の頬にキスをしてくる。

 一瞬理解が追い付かなかった俺は、慌てて二人から距離を取る。

 な、何してんの……!?


「あ~、遼ちゃん顔真っ赤~」


「霧島君、慌てすぎじゃないかしら?」


「あ、慌てますよ! ダメでしょそんな気軽にキスなんかしたら……!」


「だから慌てすぎだってー」


「そうよ。頬へのキスは、親しい友人には気軽にするものよ?」


 そうは言うが、せめて一言あっても良かっただろ……!

 クスクス笑い合う二人を見て、俺は揶揄われているんだなと思うと同時に、周囲の目がとても痛く刺さる事に気付く。


「ふ、二人とも、今後は異性に対して頬にキスしたりとか、気軽に身体を寄せてくるの禁止で!」


「え~?」


「もしかして、恥ずかしいのかしら?」


 あーはい。こーれ揶揄われてます。

 男の純情を持て遊びやがって……!


「恥ずかしいとかじゃなくて、もし俺じゃなくて他の男だったら、絶対気があるって勘違いしちゃいますよ!」


「安心して? 異性に対しては、霧島君にしかしないわ」


「そうだよ? 遼ちゃんにしかしないんだから」


 え……それって、ひょっとして俺の事が……?


「だって私、蓮と遼ちゃんくらいしか異性の友達いないし! 蓮にこんなことしたら、椎葉さんに悪いじゃん?」


「私も、霧島君くらいしか友人と呼べる関係の男性はいないから」


「……っあ~~」


 なるほど……そういう事か。

 言われてみれば二人ともそんな事言ってたな。

 星倉先輩の件に続いてここでも恥ずかしい勘違いをしてしまうとは……全然教訓を生かせていないじゃないか……。

 俺は笑いあう二人を見て、家に帰ったら悟りを開くまで勉強漬けの日々を送ろうと心に誓ったのであった。



 ~~~~~~~~~~~~



 レストランでの昼食を終えた俺は、お手洗いへと向かった綾とレーナさんを待ちながらスマホを眺める。


「相変わらず蓮からの返信がないな……何かあったのかな?」


 俺が見失ったというメッセージを送って以降、既読すら付かない状態が続いている。

 もしデートに夢中になっているのであれば何も問題はないのだが……。


「よっ。返信できなくてすまねぇな」


「あっ、蓮!」


 声を掛けてきたのは、眩しい笑顔を見せる蓮だった。

 表情から察するにデートは順調なようだ。


「よかった~。その様子だと、椎葉さんとのデートは順調そうだな」


「まぁな。愛衣も凄く楽しんでるみたいだし、オレもメッチャ楽しんでるよ」


「愛衣……ついに椎葉さんを下の名前で呼ぶようになったんだな」


「ああ。向こうもオレを下の名前で呼ぶようになったからな」


「っかぁ~おアツいねぇー」


 俺が肘で蓮を突くと、少し恥ずかしそうに笑って返してくる。

 こうやって親友が幸せそうな姿を見れて、俺としても非常に嬉しい。


「そういえば、その椎葉さんは今どこに居るんだ?」


「愛衣ならお手洗いに行ったぞ。まぁもしかしたらお色直しってヤツかもな」


「まぁ県外デートっていう一大イベントだし……え? お手洗い?」


「ああ……あ、もしかして綾も……?」


「今は綾だけじゃなくて、途中で会ったレー……木城先輩も一緒なハズ……」


 俺の言葉を聞いた蓮は途端に焦り始める。


「や、やべぇ……」


「おい蓮……綾が、俺たちの目的をうっかり話したりしてないよな?」


「……それ、あり得るな」


 俺と蓮は顔を見合わせる。

 おいおいおいマジかよ。


「ま、まぁでも偶然を装えば全然通ると思うぞ!」


「そ、そうだよな! たまたま遼たちと会っただけだもんな!!」


「そうね。"たまたま霧島君たちが、偶然あたし達の様子を窺ってただけ"だもんね?」


 俺と蓮は突然の女性の声に固まる。

 恐る恐るそちらを向くと、明らかに怒気を孕んだ雰囲気を醸し出す椎葉さんが、口元だけの笑顔で蓮を見据えていた。

 そしてその後ろには、『やらかしたー』って表情の綾と、状況を上手く呑み込めていないレーナさんの姿が。


「ねぇ蓮。あたしに隠してる事、もちろん聞かせてもらえるわよね?」


「……ハイ」


 ……蓮のこんなか細い声、初めて聞いたなぁ~。


今回も投稿が遅れてしまいましたが、お読みいただきありがとうございます。


次話も、明日10月28日に更新できるよう頑張ります……!


是非感想を頂けると励みになります!!

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