第43話 水族館の"変"
気付けば7月も最後の日となった。
ちなみに星倉先輩の件については俺の勘違いだったことが判明した。
きっかけは姉ちゃんが「伽奈も女装した遼ちゃんに抱き付きたいと思うわ!」と言った辺りで、どうも一線を越えたにしては軽すぎると思った事だった。
詳しく話を聞くと、以前ハグしたときに星倉先輩の反応が面白かったから、揶揄うついでに再びハグをしたとの事。
とても恥ずかしい勘違いをしてしまった俺は、今日までゲームなどの遊びを断ち切って、一心不乱に課題に取り組んだ。
そのおかげもあって、今日の蓮と椎葉さんの水族館デートまでに、ほとんどの課題を終わらせることに成功した。
やはり煩悩は身を亡ぼす。
俺はまた一つ教訓を得たのだ。
「……なんか修行僧みたいな顔だね」
隣の県へと向かう列車の中、窓側の席で車窓を眺めていると、隣に座る綾が俺の顔を覗き込みながら言ってくる。
「実際悟りを開きかけたからな。綾もたまには勉強や課題に1週間くらい打ち込んでみるといい」
「え~? それ面白いのー?」
「……面白くはない」
実際、課題を殆ど終わらせたことによる達成感はあったものの、福岡でのグルメや弟妹と遊ぶ写真を送ってきた朱音を見て、この1週間一切遊べていなかった俺は虚無感に苛まれていたのだ。
悟りと引き換えに充実感が得られなかった事を、とてもじゃないが俺は面白いとは思えなかった。
「じゃあ私は課題なんてやらな~い」
「いや課題はちゃんとやっとけ。じゃないとレギュラー落ちするぞ?」
「え~? でもこの前の大会は準決勝まで行けたんだし、監督だって私にレギュラーを続けさせたいと思うよ?」
「綾……お前中2の大会前に赤点取ってレギュラー落ちしたの忘れたのか?」
「うぐ……っ!」
俺がここまで綾に勉強や課題をやるように言い続けているのは、過去に彼女がやらかしたからだ。
練習試合での対戦成績の良さから、せっかく2年生でレギュラーの座を獲得できたのに、テストでの赤点や宿題の提出率の低さから、レギュラーを外されてしまった。
それ以降というもの、俺と蓮が口酸っぱく綾に言い聞かせ続けてきたのだが、最近またあの時の綾に戻りつつある。
「大会も終わって、そろそろ練習も落ち着いて来た頃だろ? 俺も見てやるから、ちゃんと課題はやるんだぞ?」
「は~い」
やる気があるんだか無いんだか……。
俺は溜息を吐いて再び車窓の外を眺める。
相変わらず外は憎いほど晴れ渡っており、冷房の効いた車内でもその暑さが伝わってくる。
今日はそんな外の暑さにも負けないほど、アツい光景が繰り広げられる事だろう。
非常にめでたい事だが、リア充を見せつけられるこっちとしては、ちょっとだけ嫉妬してしまう。
「そういえば、今日は蓮達と一緒に水族館回るの?」
「いや、俺達はあくまでも傍観者に徹しなきゃいけないから、蓮達とは別行動だな」
「そっか~」
「綾は蓮達と一緒に回りたかったのか?」
「そりゃそうだよ。最後に蓮と遊んだの、球技大会終わった後のカラオケだし」
言われてみれば、俺も蓮と最後に遊んだのは綾と同じく球技大会後の打ち上げだった。
蓮のヤツ、男である俺とすら距離を置いていたのか……ちょっと腹が立ってきた。
今日の水族館のチケット代は今度蓮に請求しよう。
「まぁ事情が事情だからな。今日のところは一旦我慢してくれ」
「うん。蓮はいなくても、今日は遼ちゃんが一緒に居てくれるもんね?」
「ああ。俺達2人で蓮と椎葉さんを眺めながら、ちゃんと水族館を堪能しような」
上機嫌な綾を見て、ふと思う。
なんかこの前のデート以降、やたらとオシャレな格好をするようになったなぁ、と。
いや、元々それなりにオシャレではあったが、なんというか……ちょっと大人になったような印象を受ける。
それに薄くはあるが化粧もしているようだし、この夏で一気に垢抜けたようだ。
「そういえば、ここ最近の綾ってちょっと変わったよな」
「そう? どの辺が?」
「服のコーデとかメイクとかかな。なんか心境の変化でもあったのか?」
「ん~なんていうか、私も高校生らしいカッコしたいなーって」
綾は珍しくジャストサイズの白Tを着ており、肩の縫い目あたりを指先で摘まむ。
「どう? 似合ってる?」
「ああ。ちゃんと可愛いぞ」
「ふふっ、ありがと」
下に履いてるデニムスカートは以前も見た事あるような気がする。
でもその時は確か、オーバーサイズTでゆったり目に見えるコーデだったハズ。
トップス一枚でここまで印象が変わるんだから、やはりオシャレは奥深い。
親友とはいえ、異性をあまりジロジロ見続けるのはよくないので、俺はまたしても車窓を眺める事にした。
なんというか、綾相手にドキッとさせられるのは、少し気まずく感じてしまうのだ。
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予定していた時間通りに水族館に到着した俺達は、混雑するチケット売り場の列に並んでいた。
今日は海側からの風がそれなりに吹いているので、比較的涼しく感じられる。
そんな中、俺は蓮に水族館に着いた事を連絡すると『オレ達も並んでる』と返って来たので周囲を見渡すと、隣の列前方に並ぶ比較的長身の男女が目に入る。
『見つけた!』とメッセージを送ると、『また見失ったら連絡くれ!』とだけ返ってきた。
「遼ちゃん、蓮居たよ~?」
「ああ。あの二人目立つから見つけやすいな」
「それもそうだけどさ……さっき蓮がこっそりスマホ触ってたのって、もしかして椎葉ちゃんには私達の事伝えてなかったりする……?」
「それ、俺たちの事情がバレたらヤバくないか……?」
好きな人から告白されるかもしれないデートを、知らない間に友達に見張られていたと知ったら、流石に距離を置かれるどころか絶縁されてもおかしくない。
つまり、椎葉さんには絶対にバレてはいけない隠密任務が唐突に発生してしまったのだ。
それを知ってか、綾はいつになく真剣な表情になる。
「……要は、私たちはスパイみたいなものって事だよね?」
「ああ……そういう事だエージェントA」
「ふふっ、腕が鳴るわね? エージェントR……"あーる"って言いにくいな……エージェントK!」
ノリノリの綾と俺は、たまたま用意していたサングラスを掛けて軽い変装をする。
これでインカムまであれば完璧だったが、まぁなくても雰囲気出るから問題ない。
「あっ! エージェントK! 二人はもうチケットを買って水族館に入るみたいよ?」
「良い報告だエージェントA。だが俺の方からは残念な報告だ」
「一体何よ?」
「……ちょっと恥ずかしくなっちゃったからやめない?」
「……やめよっか」
俺と綾は笑顔の受付スタッフからチケットを購入し、速足で入館する。
エントランスに入り、周囲を見渡して蓮と椎葉さんを探すが、人の多さから見つけられずにいた。
早速見失ってしまったので、俺は蓮に『見失った。。。』とLoinを送る。
返信を待つ間何もしないのはもったいないし、奥の水槽を見に行くか。
「蓮から場所の報告来るまで、あっちの水槽見に行こうぜ?」
「いいね~」
エントランスを抜けた先にいくつか水槽が並んでいたので、せっかくだし見てみる事にする。
「ねぇねぇ、なんか泥の上に小っちゃい魚がいるけど、打ち上げられちゃったのかな……?」
「『トビハゼ』だってさ。打ち上げられてるんじゃなくて、単にそういう魚なんじゃないか?」
「あぁ~ハゼかぁー。素揚げにするとおいしいよね~」
「まぁ美味しいけどさ」
「あと、ちっちゃいカニが居るよ? ……サワガニかなぁ」
「綾の中では『小っちゃいカニ = サワガニ』なのか……? 『ハクセンシオマネキ』ってカニらしいぞ。こっちの地域にも生息してるってさ」
なんだかこうして綾と一緒にいると、どうしても年の離れた妹もしくは従妹のように思えてしまう。
服装はちょっと大人なのに思考と言動が幼いので、認知的不協和を起こしそうになる。
「じゃあ次は隣の……ん?」
水槽……というより、小さな川のようになっているエリアを見てみると、ひときわ綺麗な女性が、座って何かをジッと見つめている。
あまり私服を見たことがなかったので誰かは分からなかったが、よくよく見てみると――。
「……レーナさん?」
「え? ……あ、ホントだ」
俺の視線の先を追っていた綾も、レーナさんの存在に気付く。
一体何を見ているのかは分からないが、小さな子供達が沢山居る中、一人でポツンと小川を見つめる姿はどこかシュールだ。
面白くてつい眺めていたが、こちらの視線に気づいたようで俺と視線がぶつかる。
あ、立ち上がってこっちに歩いて来た。
「霧島君、あなたも水族館に来ていたのね」
「ええ。そういうレーナさんこそ、わざわざ隣の県まで来られているなんて思わなかったですよ」
彼女は自然な流れで俺とハグをしようとするが、綾が俺を引っ張った事で空振りに終わる。
「……先輩は一人ですか?」
「あら入野さん、居たのね。今日は父と母に連れてきてもらったの」
「ふーん? ま、私は遼ちゃんと一緒に来てますけどねー」
何故張り合うのか。
あとレーナさんは綾の存在を認知していなかったのか……?
「そう。まぁ今日父と母は水族館じゃなくて、近くの砂風呂に入りに行っているから、実質私一人で回っているわ」
「やっぱ一人じゃないですか~。寂しいかもしれませんが、魚やアシカを眺めていたら少しは気が紛れるかもしれませんよ?」
綾はなんでレーナさんを煽るのか。
実は嫌いなのか……?
「ところで霧島君。折り入って話があるのだけれど」
「なんです?」
「え……無視?」
表情を変えずに俺と向き合うレーナさんは、少し恥ずかしそうにしながら提案をしてくる。
「実は私、友人と水族館を回る事に憧れていたの。だから……私と一緒に回ってくれないかしら?」
「だめーっ! 今日は私と遼ちゃん二人で回る事になってるんです!!」
「えっと、綾の言う通り、一応俺らは目的があって水族館に来ていまして……」
「……そう」
見るからに残念そうに肩を落とすレーナさんを見て、非常に心が痛む。
最近友達になったばかりの人を、俺はこんな風に扱ってしまっても良いのだろうか。
……否!!
「ですが、待ち合わせている友達が見つかるまでなら一緒に回れると思いますよ」
「……っ! ありがとう……」
「えぇ~~っ」
レーナさんは微笑みで応えてくれる。
やっぱ普段笑顔を見せない人が微笑むと、ギャップも相まってとても良いものが見れたような気分になるな。
一方綾は、俺と二人で回れなくなった事が気に入らないらしく、少し不機嫌になってしまう。
「む~、遼ちゃんそういうとこキラ~い」
「あら。私は霧島君のそういうところ、とっても好ましいと思うわ?」
今度はレーナさんが綾を煽る。
二人の間に、何か確執でもあるのだろうか……。
「まぁまぁ。レーナさんはこの水族館の展示に詳しそうだし、案内してもらおうぜ?」
「実はいつ友人と来ても良いように、展示を回る順序や内容を考えてきてるの」
「マジすか。メッチャ心強いっすね」
「ふーん……」
綾はレーナさんが一緒なのがそこまで気に食わないのか……。
まぁ誘いを受けたのは俺だし、ここは綾のフォローもしておかないとな。
俺はレーナさんに一言断りを入れ、綾を連れて少し離れて耳打ちをする。
「……綾、本当にごめん……」
「フーン……」
姉ちゃんも以前やっていた謎の『フーン』が、遂に綾にも伝染してしまった。
せっかく『親友』同士で遊ぶ予定が狂ってしまったのは、彼女にとっては非常に嫌な事だったんだろう。
しかし、あのままレーナさんを置いてどこかへ行くなんて事は、どうしてもできなかった。
「綾は、親友である俺と一緒に回りたかったのに、俺が勝手に別の友達を誘った事に怒ってるんだよな?」
「……うん」
「勝手に決めてごめん。先に綾に相談するべきだった」
「……」
「でもさ……俺、やっぱ独りぼっちで居る友達を無視するなんて出来なくて……」
「……知ってる」
綾の不機嫌そうな表情が、次第に寂しげなものへ変わっていく。
「私も……レーナ先輩の立場だったら、きっと同じように遼ちゃんと回りたかったと思う」
綾はレーナさんと同様、気軽に話せる友人が少ない。
だからこそ彼女の気持ちが分かるのだろう。
「でも、私遼ちゃんの『親友』だよ……?」
「そう……だな。この前、綾を優先するって約束したもんな」
「うん……でも、私もちょっとイジワルだったかなって、ちょっと反省してる」
綾は俯く。
1人だけを優先してしまうと他の誰かが寂しい思いをしてしまう。
それは蓮との一件で痛いほど実感している。
しかし蓮と俺には大きな違いがある。
それは、俺には『恋人』のような存在が居ない事だ。
だからこそ、『親友』を大事にしなければならないが、『友達』を蔑ろにしていい訳じゃない。
俺が葛藤を続けていると、ポツリと綾がつぶやく。
「……ねぇ遼ちゃん。もしかして木城先輩って、私と『同じ』なのかな?」
「……同じ?」
「うん。気軽に話せる異性の友達が、木城先輩も遼ちゃんくらいしかいないのかなって」
「どうだろう……でも、その可能性はあるかもな」
「なるほどね~……そっか……」
綾は何かを噛み締めるように、小さく「そっか……」と何度か繰り返す。
「分かった! 私、木城先輩と友達になるよ!」
「……え?」
「そうすれば私と遼ちゃんと木城先輩、三人とも友達って事になるでしょ?」
「そうだけど……でも……」
「あーもうっ!」
綾は唐突に俺の頬を小さな両手で挟む。
「私は遼ちゃんの後悔したような顔、見るの嫌なのっ!」
目線を上げると、少し悲しくも嬉しそうな彼女の表情が目に映る。
「それに、余裕のない女って思われるのも、なんかヤだし」
「……余裕なかったのか?」
「……そこは掘り下げないでよ」
徐々に明るさを取り戻してきた綾は俺の頬から手を離すと、いつも通りの笑顔になる。
「という事で! 今日は私も木城先輩と仲を深めちゃうから!」
くるりと身を翻して俺に背を向けたかと思うと、顔だけ半分こちらを向けながら彼女は宣言する。
「だから……私が木城先輩とマブになっても、妬かないでよ?」
今回も少し遅れてしまいましたが、お読みいただきありがとうございます。
これまで投稿したエピソードのスケジュールに整合性が取れていなかったので、数話ほど修正させていただきました。
次話も、明日10月27日に更新できるよう頑張ります……!
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