第42話 『TypeError:』
夏の暑さが本格的に厳しくなってきた今日この頃。
あまりの暑さに、あのセミでさえも鳴くのを躊躇っているようで、当然俺も外出する気力など湧くはずもなく。
去年までは夏休みも後半になるまで、ほとんど課題に手を付けなかったが、やることがない高校生帰宅部の俺は、少しでも暇を潰そうとクーラーの効いた涼しいリビングで課題と向き合っていた。
同居人の姉ちゃんはというと、昼前に「夕方には帰ってくるから」と言って買い物に出かけているため、今日の我が家は非常に静かだ。
おかげで課題の進捗もよく、この調子なら今日中に数学の課題全てが終わるかもしれない。
そんな時、スマホに一件の通知が届く。
「……お、木下さんか」
通知の内容を確認すると、木下さんから『今から通話してもいい??』とLoinのメッセージが届いていた。
俺は課題を進める手を止めて『いいですよ』と返信すると、早速木下さんから着信が入る。
「もしもしー」
『もし~? ゴメンねー急に通話しちゃって』
「全然問題ないっすよ。それで、どうしました?」
『えっとさ。この前、入野ちゃんとデートしてたっしょ』
何ぃーっ!?
ひょっとして気付かれてたのか……!?
決してやましいことではないのだが、勘違いされても面倒なので事情を説明する事にした。
「――って事情がありまして。決して俺と入野が恋仲だとか、そういう関係じゃない事は理解いただけましたか?」
『は~なるほど……友達のメンケアまでこなすとか、相変わらず優男だねぇ』
「まぁその"優男"が生んだトラブルなんすけどね」
『でも終わりよければ全てよしって言うじゃん? 私も色々あったけど、今じゃ充実した学校生活送れてるワケだし』
「確かに……木下さんが言うと言葉の重みが違いますね……」
一時は木下さんも休学や自主退学を考える程に追い込まれていたのだ。
それを思うと、やはりアフターケアというのは非常に大事だという事を実感する。
「それで、通話したかったのは、入野との件を聞くためって事で合ってます?」
『まぁ~それは興味本位で聞きたかっただけで、本題は別にあるの』
「興味本位で大分ぶっ込んだ事聞いてきましたね。それで、本題って?」
木下さんは少し間を置くと、気まずそうに聞いてくる。
『えっと……夏休み前に言ってた、私の話って覚えてるかなぁ?』
夏休み前……あ、テスト期間中の話か。
「ひょっとして花火大会の件ですか?」
『おしぃ~……! その前に私何か言ってたよね……?』
う~ん。正直花火大会の事しか記憶に残ってないな……。
その前って何か言ってたっけ……?
俺が当時の会話を思い出そうと長考していると、木下さんは電話越しでも分かるほど大きな溜息を吐く。
『……"私になんでもお願いできる権利"って、そんなに価値ないのかぁ~』
「あっ……あぁ~。そういえばそんな話しましたね」
初心な俺を揶揄ってただけだと思っていたので、すっかり記憶から抜け落ちていた。
「俺はてっきり揶揄われているだけだと思って、全然本気にしてなかっただけですよ」
『ホントにぃ~? 私にそんな価値がないとかじゃなくて~?』
「本当です。あとそんなに自分を卑下しないでくださいよ」
木下さん表面上は明るいけど、ちょいちょい闇の部分が顔を出してくるんだよなぁ。
それもこれも小野のせいに違いない。
『じゃあさー、私に何か一つお願いしてよ~』
「そんな事急に言われましても……」
人にやって欲しい事なんて、正直パッと思いつかないんだよなぁ。
基本的に自分の事は自分でするスタンスなので、仮に木下さんでなくても同じ考えになると思う。
『ホントになんでも良いからさ~。例えばホラ、霧島君も男の子だし、色々溜まってるモノがあるんじゃない?』
「溜まってる……そうっすね。確かにここ最近溜まってる欲求はありますね」
『でしょ? だからぁ~、私がその捌け口になってあげてもいいんだよ……?』
言われてみれば、ここ最近は身体も鈍っているように感じるし、正直クタクタになるまで運動したい欲求はある。
でも、木下さんって運動得意なイメージないんだよなぁ……。
「そう言ってくれるのは凄く嬉しいんですけど、多分俺の相手となると、相当大変だと思いますよ?」
『そ、そうなのっ!?』
「中学の時、バド部だった朱音に色々と付き合ってもらったんですけど、俺の体力は有り余ってるのに肝心の朱音はもうクタクタになっちゃってましたし」
『中学でぇ!? どれだけ激しい事したの!?』
「そうっすねぇ……あの時は確か、鉄棒にぶら下がりながら両足で相手を挟んだりとか、プランクしながら動いたりとかですかね」
『す、すご……そんなやり方あるんだ……』
アレは相当キツかったなぁ。
でも流石に男女では体力差があって、早々に朱音はリタイアしちゃったんだっけ。
『ほ、他には……?』
「んー、最近で言うと球技大会前に、姉ちゃんに手伝ってもらったりとか」
『"お姉ちゃん"!? それって大丈夫なの!?』
「まぁ姉ちゃんは動くの得意じゃないので最初は断ったんですけど、どうしてもやりたいって言うので……」
俺が宅トレするって言ったら「何か手伝わせて!」と言ってきたので、運動が苦手な姉ちゃんを抱きかかえてスクワットしたんだよな。
アレも全身に負荷が掛かってキツかったけど、案外抱えられる方も俺にしがみ付くのに筋力を使うらしく、トレーニング終わった時は姉ちゃんもクタクタだったなぁ。
『……ちなみに詳しく聞いてもいい?』
「もちろん。えっと、まず俺が姉ちゃんを抱き上げて、その状態で上下に身体を動かす感じですね」
『へ、へぇ~。なんか見たことあるかも……』
「自分も見よう見まねでトライしてみたんですけど、あれって実は抱えられる方もツラいらしいですよ?」
『そうなんだ……ぐ、具体的には……?』
「例えば俺の骨盤がちょいちょい当たって痛かったりとか、しがみ付く腕がキツかったり、あとは単純に揺さぶられる事自体がツラいらしいですよ?」
『……意外とハードなプレイなんだね……』
「まぁでも、終わった後のキツさがまた気持ちいいんですけどね。姉ちゃんも意外と楽しかったって言ってましたし」
俺は単に運動後の疲労感が鍛えてる感じがして気持ちよかったんだけど、姉ちゃんの場合は別の理由で楽しかったのかもしれないな……。
『霧島君って、案外経験豊富なんだね……?』
「そうかもしれないっすね。こう見えて結構鍛えてますし、特に下半身には自信ありますよ」
『ほぅ……えっと、嫌だったら答えなくても良いんだけどさ。その……おっきいの……?』
「えぇーどうっすかね……?」
俺は自分の太ももとふくらはぎに目を落とす。
最近はウェイトトレーニングもしてないし、以前よりは少し筋肉も落ちただろうけど、多分帰宅部の中ではまだトップレベルをキープできてるんじゃないだろうか。
『ひょっとして……今確認してる?』
「よく分かりましたね」
もしかしたら衣擦れの音が入っていたのだろう。
意外と鋭いな。
「えーっと、多分なんですけど。帰宅部の中では一番の自信がありますね」
『っスゥ~……』
何か木下さん息が漏れてない……?
もしかしてそんな事ないのかな……。
『え、えっとさ……私こんな事言ってるけど、実は"そういう"経験ないんだよね……』
「まぁ……なんとなくそんな気はしてました」
『バレてたのっ!?』
「ええ。脚とか腕を見れば分かりますよ」
『マジかぁー……』
男女問わず、運動している人はある程度筋肉質なのだが、木下さんは姉ちゃんと同じく筋肉量が少ないので、普段からトレーニングしていない事はある程度察する事ができるのだ。
『じ、じゃあさ……今度、私に色々教えてくれないかな……?』
「いいですよ。ちょうど俺も鈍った身体を動かしたかったんで、それを一つ目の"お願い"としてカウントしてもらってもいいですか?」
『もっ、もちろん!!! むしろありがとう!!!』
木下さんはやたら興奮した声で感謝を伝えてくる。
「日程は……そうですね。8月に入ってからでもいいですか?」
『霧島君の方で決めちゃっていいよ!!!』
「わ、分かりました。じゃあ後程メッセージ送りますね」
『うんっ!! 待ってる!!!』
非常に元気の良い木下さんの同意を最後に、俺は通話を終える。
あんなに興奮するなんて、もしかしたらトレーニングの才能があるのかもしれないな。
俺はカレンダーを確認しながら、どんなトレーニングメニューにしようか悩んでいると、再び着信が入る。
今度は星倉先輩からのようだ。
「はい、もしもし」
『もしも~し。遼君いまヒマ~?』
「ええ。ずっと家で課題やってました」
『えらすぎ~。私なんてずっと家でゴロゴロしてたのに~』
電話越しに聞こえてくる衣擦れの音から、ベッドか床で寝転んでいるのだろうと推察できる。
「それで、今日はどういう用件ですか?」
『えっとね……以前話したコト、覚えてる……?』
この前橘さんと星倉先輩がウチに遊びに来た時の話だろうか。
確か"姉ちゃんへの想いについて、今後は相談したい"的な事を言っていたな……。
「ええ。もちろん覚えてますよ」
『そっか……よかった……』
安堵の声を漏らす先輩は、『実はね……』と話を進める。
『あれから自分のキモチを整理してみてさ、もう少し自分自身と向き合ってみた方が良いんじゃないかって思うようになったんだよね』
なるほど。
つまり自分の想いが本当に恋愛感情なのか、確かめたいと思ったワケだ。
「とても良い考えだと思います」
『だよね~。でもさ、私はもう咲来の身体を知っちゃったから、他の誰かと~って事も考えられなくなっちゃって……』
「ね、姉ちゃんの身体を知っちゃった……?」
あれ、俺の思い違いだろうか……。
確か姉ちゃんと星倉先輩は、俺の知る限りではただの友人関係のままだったハズだが……。
『実はね? 今日咲来が私の家に来たの』
「え、そうなんすね」
『でね? 温泉の話をしてたら、なんか咲来が興奮しちゃって……私を抱いてきたの』
「まっ、マジすか!?」
オイオイオイ!!!
実の姉のそんな話聞きたくなかったんだけど……!!!
……でもちょっと気になるな。
「えっと……その……ど、どういう感じで……?」
『そうだね……こう、座りながらっていうか……膝立ちで向き合って……みたいな?』
恥ずかしそうに答える星倉先輩。
なんか生々しいな……!
「す、すみませんこんな事聞いちゃって……弟の俺には話しにくかったですよね……?」
『でも、こんな事を話せるの……遼君しかいないし……』
それはそうかもしれないけど!
でもそこまで情事を細かく説明してくれるなんて思ってなかったからさ……!!
『でもさ、そのあと一個だけ疑問が出てきちゃってさ』
「……なんです?」
『咲来に抱いてもらって、凄く心地よかったんだけどさ……それって、本当に咲来だったからなのかな?って』
それってつまり、姉ちゃん以外に『抱いて』もらった時も、同じような感想を抱くか……ってコト!?
「それって星倉先輩的にはオッケーなんですか!?」
『もちろん知らない人相手はヤだよ? だから……さ。私が心を許せる相手ならいいカナ……って』
イカンぞ……それはイカンぞ……!!
このままでは星倉先輩がとんでもない人になってしまいかねない!!!
「ダメですよそんなの! それはあまりにも……自分を安売りし過ぎですよ!!」
『そっか……そうだよね』
思い留まってくれたか……?
『じゃあ……さ。遼君で試してみても……いい?』
「お、お……俺っすか!?」
『うん。だって咲来の弟だし、私も遼君となら……その、いいかなって』
……まじ!?
ホンキで言ってるのかこの人!?
「でも俺、男っすよ!?」
『うん、それは分かってるよ。だからこそ知りたいっていうか……』
ええ~……マジかー!
そりゃ星倉先輩は美人だしスタイルもいいけどさ!
そういうのはまだ早いんじゃないか!?
「その……俺、そういうのやったことなくて……」
『大丈夫。私もそんな経験ないし、ダメそうだったら別の案もあるし』
「べ、別の案……?」
『うん。私が持ってるスペアの制服を持って行って、遼君に女装してもらうの』
なんてアブノーマルな事を言うんだ星倉先輩は!!
『……今ちょっと想像したんだけど、遼君の女装……多分イケるかも』
「何想像してんすか! 危険すぎますよ!!」
『とりあえず今度咲来が居る時に試そ? 多分咲来も喜ぶと思うし』
「姉ちゃんが喜ぶ!? あの人も大概だな!?」
実姉の知りたくもない癖を知ってしまい、俺はどうしたらいいか分からなくなってしまう。
『じゃあそーゆー事で。楽しみにしてるね~』
「あ、ちょっと!! 俺は同意してないですよ!?」
俺の叫びも空しく、通話が終了してしまった。
なんてことだ……俺、こんな形で初めてを捨てるのか……!?
想像すらできなかった事態に、俺は課題を進めるどころではなくなってしまう。
今俺が直面しているこの非常事態から脱する事はできないかと思考していると、玄関の扉が開く。
「ただいまー」
「う、ウワァーー出たーーーっ!!」
「えっなになに!?」
「お、弟に女装させたい変態姉ちゃんがーーっ!! に、逃げなきゃ……!!!」
俺は急いで自室に駆け込み、扉を閉めて初めて鍵を掛ける。
ダメだ……!
このままじゃ俺の貞操が……!!!
「ちょっとー!! 弟に女装させるのは姉の特権なんだからね!! 変態じゃなくて常識なんだからー!!!」
扉の前で意味の分からない主張をする姉ちゃんを無視し、俺は今後の事を真剣に考え始めるのだった。
今回も少し遅くなってしまいましたが、何とか日を跨ぐ前に投稿できました……!
次話も、明日10月26日に更新できるよう頑張ります……!
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