幕間2 それぞれの思惑
「ただいま~」
「おかえり……あら? なんだか凄く疲れてない?」
「まぁねー。こんな暑い中、ずっと歩きっぱなしだったからね~」
母親から疲労を指摘された少女は玄関に座ってスニーカーを脱ぎながら、どこか呆れにも似た声で返答する。
ハーフアップにまとめ上げられた彼女のうなじには、薄っすらと汗が滲んでおり、疲労度合いを映し出しているようだった。
ゆっくりと立ち上がってスリッパに履き替えてリビングへ向かうと、奥の方から幼い男の子と女の子が少女に駆け寄る。
「ねぇねおかえりー!」
「りー!」
「はーいただいま~」
少女は疲れなど一切見えない慈愛の眼差しで二人を撫でる。
「守と心愛は、今日もちゃんと良い子にしてたの~?」
「うんっ! 今日は心愛といっしょに宿題の絵日記かいてた! えらいでしょ?」
「わぁ! 偉いじゃん!」
守と呼ばれた男の子の頭部をワシャワシャと撫でるのを見た女の子の心愛は、その光景を面白くなさそうな表情で見つめ、文句を言い始める。
「でも守はあたしが宿題やろっていうまで、ずっとヘンシンごっこしてたじゃん」
「えー? 心愛だって絵日記かいてるとちゅうで、おんなの子の絵かいてたじゃん」
「あたしのはしょうらいへの"とーし"!」
「じゃあボクもしょうらいへの"とーし"!」
守と心愛が喧嘩しそうな雰囲気になった所で、少女はムッとした表情で二人を見る。
「あー。喧嘩する悪い子には、お土産あげないからねー」
その言葉を聞いた二人は、焦って取り繕おうとする。
「ねぇねちがうんだって! これは心愛と"とーし"の話をしようとしてたの!」
「そうそう! "とーし"は大事だってニュースで言ってたし!」
「ほんとにぃ~?」
「「ほんとほんと!!」」
息の揃った二人を見て少女は笑うと、手に持ったビニール袋へと二人の視線を誘導する。
「じゃあ良い子にしてた二人には、ねぇねからお土産がありまーす!」
「まじ~!?」
「ねぇね、この中見てもいーい?」
少女は笑顔で頷くと、二人はビニール袋の中を覗き込む。
「うわ~! これって全部おかし!?」
「チョコもいっぱい入ってるーっ!」
その袋の中には、大量の菓子が詰め込まれていた。
夢のような量に、二人は興奮を隠しきれない様子だ。
「こんなにたくさんあったら、"ごうぜい"におかしパーティーできるじゃん!」
「守、"ごうせい"だよ!」
喜ぶ二人を見て、少女は疲れよりも嬉しさが勝ったが、心配そうに見つめる母親を見てふと我に返り、注意を呼び掛ける。
「お菓子パーティーしちゃうとすぐなくなっちゃうでしょ? あと、これはお母さんに預けておくから、食べたい時はちゃんとお母さんに言ってお菓子を貰うのよ?」
「「はーい!」」
元気よく返事をした二人は、そのまま自分たちの部屋へと走り去る。
「ちょっとー! 二人とも走ったら近所迷惑でしょ~!」
「「ごめんなさーい!」」
部屋から聞こえてきた返事を聞いて、少女は溜息を吐きながらリビングで食事の支度をする母親の元へ歩み寄る。
すると母親は、少し心配そうに少女に聞く。
「そんなに沢山お菓子買って来ちゃって、大丈夫?」
「見た目より安いから全然大丈夫だよ」
「え? もしかして福引の景品とか……?」
「たまたまゲーセンで会った、クレーンゲーム上手い先輩に取ってもらったの」
「そうなのね……?」
母親は複雑そうな表情で答える娘を見て、この話は深掘らない方が良いと判断して話題を変える。
「そういえば、あの子とは最近どうなの?」
「どうって?」
「ほら、最近は中学生の頃以上にあの子の話題を出すじゃない?」
「え、そうだっけ……?」
娘が語る話題全てを記憶しているわけではないが、母として娘の話の傾向は概ね理解しているのだろう。
片や話している本人は、自分が発している話題の傾向を理解していないようで、信じられないという表情をしている。
「だからお母さんてっきり、今日はあの子とデートに行ってたんじゃないかって思っちゃって」
「わ、私が!? デート……!?」
赤面する娘を見て、母親は嬉しそうに話す。
「ほら、昔からずっとあの子にベッタリだったじゃない? だから遂に付き合い始めたのかなーって」
「ち、違うから! 私はただの幼馴染ってだけで、それ以上でもそれ以下でもないんだから!!」
「ふーん? あの子って凄くイケメンだし、可愛い朱音とすごぉ~くお似合いだと私は思ってたんだけど」
「まぁ……確かにイケメンで魅力的かもしれないけどさっ!」
必死で弁明するが、あの子の容姿の良さを否定しない辺り、これは相手が落ちるのも時間の問題だろうと母親は嬉しさを滲ませる。
自分の娘というバイアスが掛かっている事は否定できないが、元々娘の容姿は整っていると思っており、高校生になってからは拍車を掛けるように垢抜けたのだ。
そんな娘に言い寄られては、さしもの『あの子』ですら恋に落ちても仕方がないと思わざるを得ない。
母親は奥手でいじらしい娘の背中を押したい一心で発破をかける。
「でも、そんなイケメンなあの子が、もし他の女の子と付き合っちゃったらイヤじゃない?」
「……別に?」
「ホントにぃ~? 例えばあの子が友達の女の子の魅力に気付いちゃったら、もしかしたら朱音と2人きりじゃ遊んでくれなくなるわよ?」
「っ……!」
母親にとっては冗談のつもりで言った例え話だったが、それを聞いた娘の表情が強張る。
予期せず雰囲気が一変した娘を見て、母親は心配になる。
「朱音……?」
「……それは、それだけはイヤ」
まるで『現実に起きうる事態』と思わせるような、据わった目をする娘を見て、母親も表情を一変させる。
「朱音?」
「……なに?」
「あの子は……遼君だけは、絶対他の子に取られちゃダメよ?」
「当り前だし。遼に寄り付く変な虫は、『ウチ』が寄せ付けないようにしなきゃいけないんだから……」
母親は娘の様子から『あの子』が置かれた状況を読み取り、尚も警戒の色を薄めず忠告する。
「いい? もしあの子が自分がモテる事に気付いたら、いくら可愛い朱音と言えど、数多く存在する女の子の一人として認識されかねないわ」
まるで自分事のように、切迫した表情で娘を見据える。
「だから朱音は、あの子に『自分はモテる』って自覚させないようにした方が良いわ」
「それは今までもやってきた事だし……」
「じゃあもう一歩進めて、あの子には朱音しかいないって思わせるの」
「『ウチしかいない』……?」
あまりピンと来ていない娘に対し、母親はより具体的なアドバイスを、二人の幼い子供達に聞こえないよう、こっそりと耳打ちをする。
「そう。例えば……に……で、…………する。とか」
「確かに……。そうすれば、遼の隣に最後まで立っていられるのは『ウチ』だけ……!」
それまで据わっていた娘の目が、卑しく、そして徐々に光を失い始める。
母親はそんな娘の瞳を見て、自分の想定していない方向に向かわないか不安に駆られる。
「でもこれだけはお母さんと約束してほしいの。『絶対に敵を作っちゃダメ』。そうしないと朱音は『また』悲しい思いをしてしまうから……」
「うん、分かってる。もう二度と『あんな思い』はしたくないから……」
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誰も居ない戸建て住宅で、一人の少女が外出着のまま椅子に座り、机の上に置かれたアクセサリーを指先で愛でていた。
少女の表情はとても穏やかだが、眉が下がっているようにも見える。
「『親友』かぁ……」
ポツリと呟いたその声には、どこか不満と嬉しさが共存していた。
「『恋人』と『親友』、どっちがずっと一緒に居られるのかな……?」
少女はアクセサリーに問いかけるが、部屋の電気に照らされたそれは彼女の瞳に光を反射させているだけに留まる。
もちろん返事を期待して声を掛けたわけではない。
彼女は傍に置いてあったポーチから若い男女が写っている写真にも似た厚目の紙を取り出して、おもむろにアクセサリーの隣に置く。
「ふふっ。なかなか良いのが撮れたな~」
その画に写る、彼女と同じ姿をした少女を抱きかかえる少年の頭部に、隣に置かれたアクセサリーを愛でた時と同じように指先で触れる。
伝わってくるのは、なめらかなプリントの感触だけ。
けれど彼女には、まるで彼の肌に触れているように感じられた。
"クロスモダリティ効果"
ある感覚が、別の感覚に影響を与えて変化させてしまう認知心理学の現象の事を指す用語ではあるが、彼女は今まさにその効果を享受しているようだ。
しかし生身の人間ではない事は明らかであり、少女はどこか物足りなさそうに溜息を吐く。
「……やっぱり『恋人』の方が良いのかなぁ」
『親友』と『恋人』は似て非なる存在。
最近ある男友達と和解した際、彼女が身をもって実感した事だ。
両者には超える事の出来ない一線があった。
事実その男友達は、『親友』であるはずの少女よりも『想いを寄せる人』を優先するあまり、少女の事を蔑ろにしてしまったのだ。
どれだけ長い年月を共に過ごそうが、たった数か月共に過ごしただけの『その存在』は『親友』では太刀打ちできない程の壁を築き上げてしまった。
別に異性として彼を好きだった訳ではない。
だが、『親友』として彼を想う気持ちは、一人を除いて誰にも負けない自信があった少女は、その存在に事実上敗れてしまったのだ。
それが『親友』と『恋人』の差であった。
一人の『親友』が遠い存在となってしまった少女にとって、残されたのは『幼馴染』の少女と、今日『親友』になった少年しか居ない。
「もしあの二人が付き合っちゃったら、きっと私は……」
少女は想像した事を言葉に出そうとしたが、最後まで言い切る事ができなかった。
もし言ってしまったら、自分が居心地のいい場所が無くなってしまうような、そんな気がしてしまったからだ。
あの時の絶望にも似た気持ちはもう、二度と味わいたくない。
「もう、誰にも私の居場所は奪われたくない……!」
少女は親友と和解した後、居場所を奪われない方法を思いついた。
これまでの自分には貪欲さが足りなかったのだ。
テニスというスポーツを通して磨かれた闘争心は、それまでの甘い自分からの脱却へと彼女を突き動かした。
そうして発現した彼女の野心は、一つの解を導き出した。
"奪われない為には、彼を独占できる立場になればいい"
恋人になれば、今ある友達まで失うかもしれない。
だったら『親友』のまま、彼が自分だけを選んでくれればいい、と。
彼とのデートを通して、そう強く思うようになった彼女の表情は、あどけない少女のものから、一人の女性のものへと変貌を遂げた。
ただし、半ば強制的に成長せざるを得なかった彼女は、未だ『恋心』というものを知らないままだ。
いや、既に持っているのかもしれないが、彼女は未知の感情を自覚することなく成長してしまった。
それ故に本来であれば『"恋人" = "自分が目指す存在"』とすべきところを『"恋人" = "自分の敵"』と定義したのだ。
間違いを抱えたプログラムでも、止まらずに動き続けることがある。
彼女の思考もまた、誤りに気づかないまま先へ進んでいた。
「遼ちゃんが、私だけを見てくれて、私だけを想ってくれて、私だけを選んでくれるように、これからは頑張らないとな~」
一見すると『恋する乙女』に見えなくもない彼女は、定義付けを誤ったまま思考し続ける。
その行く末は、本人にも、周囲の人間にも分からない。
多くの人にとっては可愛らしく見える笑顔で、彼女は再びステンレス製の『ピンゾロ』のダイスを見つめる。
1の出目に填め込まれたルビーにも似た小さなガラスは、そんな彼女の笑顔に隠れた本性を映し出していたのかもしれない。
今回も遅れてしまい大変申し訳ございません!
幕間に書きたい内容を取捨選別して校閲してたらこんな時間での投稿となってしまいました……。
そしてこの話を以て第二章が終わり、次の投稿から第三章へと突入します。
そしてその次話は、本日10月25日更新予定となりますので、何卒今後も読んでいただけますと幸いです!
そして当作品にリアクションや評価を付けてくださった読者の方がいらっしゃるのを、つい最近知りました。メッチャ嬉しいです。
あと普段見てくださっている方々も、いつも本当にありがとうございます。
これを励みに今後も頑張ります!!
※表現を一部最適化しました




