第40話 『ピンゾロ』
エレベーターの扉が開くと、プリクラの筐体が所狭しと並ぶ空間が広がっていた。
俺と綾はその光景を前に面食らってしまう。
「……機種多すぎない?」
「全部一緒に見えるけど、何が違うんだろ……?」
折角なのでじっくりと見て回りたいところだが、木下さんや朱音とかプリクラ詳しそうだし、さっきの彼女たちの様子を鑑みるに俺たちの居るフロアまで来る可能性も充分考えられる。
焦る俺は手早く機種を選ぼうとする。
「なぁ、綾はどの機種が良い?」
「えぇ~……じゃあ、奥のアレにする!」
そう言って彼女が指さしたのは、奥まった場所にある筐体だ。
正直全部同じに見えるので具体的な差異は分からないが、どうやら『盛れ』が売り文句である事は分かる。
俺達は少し早歩きで目的の筐体へと向かい、受付ブースで入金を済ませて素早く撮影ブースに入る。
「この暖簾、意外と隙間がないから咲来さん達にバレないかも……!」
「暖簾て……ラーメン屋じゃないんだから……」
綾のワードチョイスに思わずツッコんでしまったが、確かに隙間なくシートが垂れ下がっているおかげで、恐らく外から見ると俺達の上半身が完全に見えないようになっている。
プライバシーへの配慮なのか、はたまた撮影時の外からの光の映り込みを気にしているのかは分からないが、今の俺達にはありがたい状況だ。
「……遼ちゃんっ」
声を潜める綾は、緊張した面持ちで自分の口の前に人差し指を当てる。
もしかしたら誰かが近くに居るかもしれないと思い、俺も耳を澄ませる。
「咲来さん、本当にこのゲーセンで合ってるんですか……?」
「ええ。間違いないわ」
朱音と姉ちゃんだ……!
2人はこのフロアを練り歩いているようだ。
俺と綾は顔を寄せ、小声で話す。
「ねぇ遼ちゃん、今気づいたんだけどさ……」
「なんだ?」
「もしかしたら、遼ちゃんの履いてる靴を咲来さんに見られたらバレちゃわない……?」
「……確かに」
綾の指摘通り、姉ちゃんは俺の持っている靴を全て把握してる可能性は充分考えられる。
そうなると、今俺の履いているスニーカーを姉ちゃんに見られないよう工夫する必要がある。
しかし、靴下になったとしたら、それはそれで怪しまれてしまうので、スニーカーを脱ぐわけにもいかない。
俺は何か策が無いか、狭いプリクラの撮影ブース内を見渡す。
隠れられそうな場所は一切見つからない。
となると、仕方がない……。
「綾、俺を抱える事は出来るか……?」
「ん~……体重いくつ?」
「60kgくらいだった気がする」
綾は少し考えると、背景パネル前にポーチを置く。
「多分1~2分くらいならいけると思うよ」
「そうか……なら、姉ちゃん達がなるべく近くに来るタイミングを見計らわないとだな」
「だね……よっ」
撮影ブース内で部活前さながらの動的ストレッチを始める綾。
傍から見たらあまりにも不可解な光景だと思うが、大会前にケガをされても困るので俺は綾に一つだけお願いをする。
「もし辛くなったらいつでも降ろしていいからな? くれぐれも、無理だけはしないでくれ」
「分かってるって……っ」
じっくり身体を解す綾を横目に、俺はしゃがんで外の音を聞く。
ふむ……話し声が近づいてくるな……。
俺は怪しまれないように画面の操作を進めたところ、予想外の事態が発生した。
プリクラ筐体から発せられるガイダンス音量が想像以上に大きく、外の音が聞こえにくくなってしまったのだ。
俺は咄嗟に綾へ目配せすると、綾は俺の太ももと背中に手を回し、お姫様抱っこの要領で俺を力強く持ち上げる。
見た目は細いのに、一体どこにこんなパワーを隠しているのだろうか、とても不思議だ……。
抱えられた俺は、そのままガイダンスに従って『写り』のモードや、アップと全身の撮影枚数の配分などを設定していく。
「なんか、この辺から遼の気配がする」
「えっ、咲来さん超能力者だったりします……?」
近くで姉ちゃんと朱音の声がする。
なんで分かるの……?
俺は綾の表情を一度確認してみるが、緊張しているのか少し顔が強張っている。
心なしか力が入っているようにも見え、俺は綾が心配になってくる。
「んー? ここかしら……?」
「咲来さん……間違ってたら超気まずいですよ……?」
「うっ、確かに。でもアタシのゴーストが……」
姉ちゃんってサイボーグだったの?
あまりにも察しが良すぎるし、とても同じ人間とは思えないから、仮にそうだったとしても俺は驚かない気がする。
現に俺の視点からは姉ちゃんと朱音の足元が見えており、俺が綾に抱き上げられている光景を見られてしまうのは時間の問題だ。
万事休す……。
「あれ? もしかして朱音ちゃん……?」
「あっ、木下先輩……と木城先輩っ!?」
どうやらUFOキャッチャーをしていた木下さん達も5階に上がって来たらしい。
どうしよう、人が増えちゃった……。
「どうしてここに……?」
「私はレーナちゃんがゲーセン行った事ないって聞いて、折角だからどういう遊びができるか教えて回ってるの」
「ああ……だからその大きなぬいぐるみを抱いてるんですね」
「そうそう。レーナちゃんは飲み込みが早くて、そのぬいぐるみも500円くらいで取れちゃってさー」
レーナ先輩UFOキャッチャー上手いのか……。
今度機会があったら見てみたいな。
「んで、朱音ちゃんと……そちらの……」
「霧島咲来よ」
「霧島さん……ん?」
「先日はお世話になりました。久峰高校生徒会の木城です」
「ああ、やっぱり木城さんだったのね」
「レーナちゃん知り合い?」
「そうね。あなたも少し関係のある方よ」
「って事は……ひょっとして霧島遼君のお姉さんっ!?」
「そうよ。弟がいつもお世話になってるわね」
俺らのいるプリクラの筐体の前で雑談に花を咲かせ始める。
綾の腕がプルプル震えてきているので、流石にそろそろ限界かもしれない。
俺は綾にこっそりと耳打ちする。
「綾……無理はするなよ……?」
「……イヤっ。折角遼ちゃんから誘ってくれたデート、最後まで二人きりで居たい……っ!」
そうは言っても、綾はスニーカーではなくヒールの高さが少しあるストラップサンダルを履いているので、踏ん張りも効きにくいハズだ。
綾の事を第一に考えるなら、やはりどこかで諦めるべきだろう。
疲れによるものなのか、はたまた冷や汗かもわからない雫が彼女の顔を滴り、俺のシャツに染みを作る。
もう諦めようと俺が判断しかけた時、木下さんの探るような声が聞こえてくる。
「ちなみになんですけど、お二人もプリクラ撮りに来たんですか?」
「…………まぁ、そんなところね」
「もしよかったらなんですけど、私達と一緒に撮りませんか……?」
ナイス提案!
会話に間が生まれているところから察するに、姉ちゃんと朱音は悩んでいるのだろう。
「木下さん、無理して私の為に霧島さんと住吉さんを誘わなくても大丈夫です。私は『ぷりくら』を体験できるだけでも充分嬉しいですから……」
「……はぁ、分かったわ。木城さんとは生徒会同士、今後もお世話になる事もあるだろうから、私達もあなたたちに付き合うわよ」
よしっ! 珍しく姉ちゃんが折れてくれた……!!
すると、ブースの外に居る4人は別の筐体へと去って行った。
完全に気配が消えたことを確認して、俺は綾に目配せする。
「……っはぁーしんどかった~」
「ありがとう綾、よく踏ん張ったな」
ようやく俺を降ろせた綾は、解けた緊張感から少しよろけてしまう。
俺はすかさず綾の身体を支えようと肩を抱く格好になる。
その瞬間撮影機からストロボが焚かれ、俺と綾は遅れて自分たちが撮影されている事に気付く。
綾はこちらを見上げながら、俺にお願いをしてくる。
「ねぇ、これだけ頑張ったんだし、何かお返しがほしいなぁ~」
「お返しねぇ……」
気付けば最後の一枚となっており、俺はパッと思いついたお返しをする。
「じゃあ、ちょっと失礼して……」
「え……ひゃっ」
俺はさっき抱きかかえてくれたお返しに、今度は綾をお姫様抱っこする事にした。
これでギブ&テイク成立だな。
でもこういうのって本来はカップルがやるやつだよな……俺がやっちゃってよかったのかな……?
などと考えていると、気付けば今の状態が最後の一枚として撮影されてしまったようだ。
綾は俺の腕の中で、少し驚きつつこちらを見る。
「えっと……」
「さっき俺を抱きかかえてくれただろ? だから同じ事を綾にやればいいかなって思ったけど……嫌だったか?」
「う、ううん。全然、嫌じゃないけど……」
綾は俺を見ながら頬を赤く染める。
まぁ流石に恥ずかしいよな……でも俺だって綾に抱えられている所が撮影されてしまったワケだし、ここはお互いさまという事で……。
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プリクラを撮り終えた俺達は、姉ちゃん含めた4人と鉢合わせないようにゲーセンを後にして再びアーケード街を歩き始める。
予定が少し狂ってしまったが、こんなこともあろうかと俺はなるべく移動距離が短いようにプランを立てていたので、修正も簡単だ。
次に向かったのは通りの一角にある小規模な雑貨屋。
ここは俺にとっては思い入れのあるお店だ。
俺は綾が付いてきているか確認しようと振り返るが、後ろに居たはずの綾が居ない。
どこに行ったのかと辺りを見回していると、何故か2人の陽キャに絡まれていた。
「ねぇ今日一人なの? そこのスタバで飲み物奢るからちょっと話さない?」
「ってかメッチャ可愛いじゃんこの子! モデルか何かやってる?」
「……」
綾は気にも留めず、ひたすらにスマホの画面を凝視している。
一体どういう状況なんだ……?
俺は綾の元へ駆け足で向かい、彼女の手を握る。
「こんなとこで何突っ立ってんだよ。ほら、行くぞ」
「……あ、ゴメン遼ちゃん」
「んだよ、彼氏持ちか……」
「こんな可愛い子放置すんなよ! 一人だと思ってナンパしちまったじゃねぇか!」
「す、すんません……」
「お前ツラは良いんだからよ、ちゃんと彼女見とかねぇと捨てられるぞ!」
「はい、すんません……」
ぐうの音も出ない程正論をぶつけられてしまった。
こんな立派な考え持ってるのに、なんでこの人たちナンパしてるんだろ……。
俺は謝りながら綾の手を引き、再び雑貨屋へと向かう。
「すまん綾、ずっと俺の後ろを歩いてきてるものだと思い込んでたわ」
「こっちこそゴメンね。あと、ナンパ師から救ってくれてありがとね……?」
あれはナンパ師なのか……?
というか、綾は俺が手を引くまで自分が話しかけられてるって自覚してなかっただろ。
「とりあえず歩きスマホはやめような。さっきみたいになるし……」
「う、うん。そうする」
俺達は雑貨屋の店内に入り、アクセサリー類を見て回る。
「ねぇ遼ちゃん。なんでこの雑貨屋なの?」
「それはな、ここは俺と蓮が初めてシルバーアクセを買ったお店だからなんだ」
そう。
ここは綾が橘さんから貰った革細工のキーホルダーを俺たちに自慢してきて、それを羨ましく思った俺と蓮が立ち寄った雑貨屋なのだ。
「あー! ひょっとして蓮が今でもキーホルダーにしてるあの指輪!?」
「そうそう。ちなみに俺も家の鍵に付けてるぞ」
ポケットから鍵を取り出し、綾に見せる。
「ホントだー! ってか何私抜きでアクセ買ってんのよ~」
「だって綾は橘さんから革のキーホルダー作ってもらってただろ? 俺と蓮はそれが羨ましくて雑貨屋巡ったんだよ」
「え、じゃあなんで革キーホルダー買わなかったの?」
「単純に売ってなかったんだよ。だから仕方なく気に入った指輪のアクセを買ったんだ」
仕方なく買ったとはいえ、当時の俺たちにとってシルバーアクセはとても輝いて見え、つい夢中で選んでしまったのも今となっては懐かしいものだ。
とはいえ、本物の『シルバー』アクセではなく、恐らくステンレス製の安価な物だったが、思い出はプライスレスという事でその辺のツッコみは野暮だ。
「んで、なんでこのお店に立ち寄ったの?」
「それはな、今度は綾と俺でお揃いのアクセを買おうかと思ってさ」
「えっ?」
中学の時は綾をハブってしまったので、今更その罪滅ぼしをしようという贖罪でもある。
今の蓮には、素敵な女性が近くに居るからハブっても良いと思ったのはここだけの話だ。
「だから、綾の気に入るアクセサリーを自由に選んでくれ……あ! ただし一つ3500円以内な!」
「ふふっ、分かった! 気合入れて選んじゃうぞ~」
店舗が小さいこともあってアクセサリーの売り場自体は非常に小さいが、綾は10分以上掛けて真剣に選んでいた。
「うーん……よし! 遼ちゃん、コレなんかはどう?」
綾が選んだのは、二つのダイスそれぞれの『1』の目に赤いガラスが填め込まれた物と、『6』の目すべてに赤いガラスが填め込まれた物だった。
なんだか運気が上がりそうなアクセサリーだなぁ。
「へぇ~、ダイスのネックレスか。なかなかオシャレで良いんじゃないか?」
「でしょ? 本当は指輪も考えたんだけど、そういうのはちょっと早いかなって……」
「そっか……?」
俺と蓮は指輪のアクセを買ったし、今となってはむしろ子供っぽかったかなって思ってるんだけどな。
どうやら中学生はおろか、高校1年生にとってもまだ早い代物だったようだ。
綾から二つのアクセサリーを受け取り、俺はレジで会計を済ませる。
すると、なんと合計額が6,666円だった!
なんか強そうな出目に見えてきて、幸先が良いように思えてしまう。
そして何故か機嫌が良い女性の店員さんが、サービスとしてアクセサリーを保管する用の革製のケースを付けてくれた。
俺は店員さんに感謝を伝えて店の外に出て、綾にどっちのダイスにするか聞く。
「綾はどっちが良いんだ?」
「んー……私はやっぱ『1』かな!」
「じゃあ俺は『6』の方だな。ちなみに理由を聞いてもいいか?」
綾は笑顔のままだが、少し冷たく感じるような瞳でピンゾロのダイスを眺めながら告げる。
「だって私……『一番』になりたいって、最近思うようになったから」
今回も投稿が遅れてしまい大変申し訳ございません。
明日までは今日と同じくらい遅れてしまう可能性が高いので、何卒ご容赦ください……!!
次話も、明日10月23日に更新できるよう頑張ります……!
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