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第38話 越えられない壁


 星倉先輩は唖然とする俺を見て、自嘲気味に笑う。

 別れた男子以外とも何人か付き合っていたのを耳にした事があるが、いずれも短期間で別れている。

 相手にそう思わせる原因があったのか、はたまた星倉先輩自身が何かを抱えているのかは分からない。

 俺の内心を見透かすかの如く、星倉先輩は話し始める。


「私、高校生になってから咲来と友達になったんだけどさ。ずっと一緒に居ると、咲来にアプローチしてくる男子が凄く多いなーって実感するんだよねー」


「確かに。姉ちゃんの口から聞くことは殆どないですけど、知り合い伝手に告白されたっていう話はよく聞きますね」


「でしょ? でもさ、私はそんな人たちを見ていて、ずっと不思議に思ってる事があるの」


「不思議に思ってる事……?」


「そう。咲来っていう『高嶺の花』に対して、彼らはどう見ても『釣り合っていない』のに、どうしてアプローチするんだろうってさ」


 星倉先輩の疑問はなんとなく分かる。

 『釣り合っていない』は少し言葉が過ぎるとは思うが、付き合える可能性が低いのにも関わらず、相手に告白するのは男女関係なく起きうることだ。

 しかし、その動機は俺にとっても、未だずっと分からないままだ。


「んで、実際どういう人なんだろ~って思ってアプローチしてみたら、案外皆コロッと簡単に落ちちゃうからさー」


「それは単純に星倉先輩が魅力的だからじゃないんですかね……?」


「あはっ、うれしー事言ってくれるねぇ~」


 嬉しそうに笑いながらも、どこか影があるようにも見える。


「でも付き合ってみたら本当に大したことない人ばっかりで、どう足掻いても咲来とは絶対に合わないだろうなって実感したねぇー」


「大したことないって、具体的には?」


「んー、簡単に言うと『自分の事しか話さない』か『常に受け身』ってところかな。ぶっちゃけ容姿とかどれだけ良くても、咲来と釣り合うには中身も大事だと思うからさ~」


 姉ちゃんや星倉先輩からすれば、言い寄られる事が多いだけに異性に対する評価基準がとても高いようだ。

 そうなると、今度は逆の事も気になる。


「じゃあ、星倉先輩が思う『高嶺の花』と『釣り合う』具体的な男性像ってあるんですか?」


「えー、それ聞いちゃうー?」


「そりゃ気になりますし」


「そうだねぇ~。多分『咲来が心を許している人』じゃないかな」


「……なるほど」


 姉ちゃんが心を許している人かぁ。

 もしかして、以前道端で会った佐伯さんとか……?

 まぁ何にせよ、ハードルが相当高いのは間違いなさそうだ。


「ちなみに星倉先輩の、好みのタイプとかって……」


「え~? 遼君私のこと気になるのー?」


「ある意味で気になっているのは事実なんですけど、今まで付き合ってきた人達とは別に、好きなタイプとかってあるのかなーって思いまして」


「んー……誰にも聞かれたくないから、ちょっとだけ耳を貸してもらってもいい?」


「はい……」


 俺は身を乗り出して、星倉先輩の方へ耳を寄せる。

 すると、とても小さい声で端的に告げる。



「実は……咲(・)来(・)が(・)タイプなんだ」



「……まじすか」


 衝撃の告白に俺は思わずポカンと口を開ける。

 姉ちゃん男子だけじゃなく女子にも人気あるのは知ってたけど、まさか星倉先輩もそうだったとは……!


「ま、こんな事絶対に言えないし、咲来には絶対バレちゃダメな事なんだけどね」


 そう語る彼女の表情は、少し悲しそうだった。


「じゃあ、なんで俺なんかに話してくれたんですか……?」


「なんて言うか、遼君って咲来と同じで、話してると落ち着くから……かな?」


「そうなんすね……」


 星倉先輩も、恐らく自身の事を『高嶺の花』と『釣り合わない』と考えているのだろう。

 だからこそ、少しでも傍に居続ける為、そして自分の恋を少しでも紛らわそうと、姉ちゃんに告白した男子と付き合ったりしているのかもしれない。

 そう考えると、とても切ない気持ちになってくると同時に、俺が介入してはいけない歯がゆさに襲われる。


「あの……星倉先輩」


「……何かな?」


「俺でよければ、いつでも話を聞きますから」


 何もできないなら、せめて……彼女が『本音』で話せる相手が居れば、少しは気も紛れるかもしれない。

 星倉先輩は目を見開く。


「……いいの?」


「もちろん。姉ちゃんの事なら、俺が一番近くで見ていますし」


「私、遼君が思ってる以上に面倒な女だよ? それでも大丈夫……?」


「気にする必要はないですよ。むしろ、そういう所も含めて話せる相手は必要だと思いますから」


「……分かった。ありがと、遼君」


 笑う彼女の目には、薄っすらと涙が浮かんでいるようにも見える。

 これまで胸の中に閉じ込めてきた物を、ようやく解放できる機会を得たんだ。

 星倉先輩は大きく深呼吸をすると、以前にも増して晴れやかな表情になる。


「はぁー……本当は口に出すつもりはなかったんだけどなぁ~」


「そうなんですか?」


「うん。一生この気持ちを抱えて、墓場まで持って行くつもりだったから」


 まぁ、そりゃそうか。

 姉ちゃん相手には絶対言えないし、知られちゃいけないワケだしな。


「じゃあ、せっかくなんでLoinの友だち登録しません?」


「おっ、いーねぇ~」


 俺は星倉先輩と互いに友だち登録を済ませる。


「ふふっ、霧島姉弟どっちも友だちになっちゃったぁー」


「弟の方には、いつでも本音トークをしてもいいですからね?」


「うん、そうさせてもらうよ。あ、でも文章で残すのはリスキーだねぇ」


「あ、確かに……姉ちゃんに見られないとも限らないですもんね」


「となると、通話か直接話すかのどっちかだねぇ」


 こういう風に知られてはいけない秘密を共有するの、何気に初めてかもしれない。

 ちょっと不謹慎かもしれないけど、ワクワクしてしまうな。


「後々、俺と星倉先輩にしか分からないワードとかハンドサインとか、そういうの考えてみるのもアリでは……?」


「そんなスパイ映画みたいなカンジがいいの?」


「だって知られちゃいけないワケですからね。もしかしたら参考になるかもですよ?」


「ふはっ! ホント、そーゆーとこ咲来とそっくりだなぁ~」


 思わず吹き出す星倉先輩。

 え、俺って姉ちゃんと思考回路一緒なの……?


「まーとりあえず、話したい事あったら遼君に連絡するから。覚悟しといてね~」


「望むところです」


 俺と星倉先輩は、共に怪しい笑顔を浮かべながらグータッチを交わしていると、外から帰ってきた姉ちゃんと橘さんが、訝し気な表情をする。


「……伽奈? 遼と何してるの?」


「んー? 意気投合したからグータッチ!」


「……何で意気投合したの……?」


「ちょうど姉ちゃんの話をしてたんだよ」


 姉ちゃんは一転して嬉しそうに声を弾ませる。


「えっ、ねっ、伽奈ぁ~。遼はあたしの事、なんて言ってたの?」


「えーっとね、私が『咲来はモテるんだよーっ』て話したら『姉ちゃんの事は、俺が一番近くで見てるから』って、なんか対抗心燃やしちゃってさ~」


 そんな事言ってない!?

 いや、言ってないワケじゃないけど、話の流れが違うじゃん!!

 姉ちゃんはとても上機嫌になり、俺に抱き着いてくる。


「えぇ~? 遼はあたしが他の男に取られると思ってジェラったの~?」


「ジェラってないよ」


「もぉー、言ってくれればいいのに~。ひょっとしてあたしと一緒に寝たくなっちゃった?」


「なってないよ」


「しょ~がないなぁー、今日はどっちの部屋で寝る? あたしの部屋が良い?」


「自分の部屋で1人で寝るよ」


「遼の部屋? 分かったわ!」


 全然聞いちゃいねぇ……。

 星倉先輩が余計な事言うから、姉ちゃんが超面倒モードに入っちまったよ。

 俺はジトーっと星倉先輩の方を見ると、彼女は何故か少し頬を上気させていた。

 あ、そうだ……!


「姉ちゃん、ちょっと聞いて?」


「なぁに?」


「実は俺の言葉を引き出せたのは、星倉先輩の巧みな話術のおかげかもしれないんだ」


「えっ、伽奈……そうなの?」


「え……いやぁ~まぁ、そう……だっけ?」


「俺は全然無意識だったからなぁ~、星倉先輩が居なかったら絶対あんな事言わなかっただろうなぁ~」


 俺の発言を聞いた姉ちゃんはピタリと動きを止め、ゆっくりと星倉先輩の方を向く。


「……かぁ~なぁ~っ!」


「ひゃわっ!」


 姉ちゃんは、今度は星倉先輩に抱き着く。

 ふふ……計算通り!!


「さっ咲来~、急に抱き着かないでよ~!」


「ほんっと、伽奈ってばサイコーねっ!」


「~~っ!!」


 星倉先輩はショートヘアも相まって少しボーイッシュだが、控えめに言ってもかなり美人だ。

 姉ちゃんもそんな美人枠に入るらしいので、傍から見たら眼福だろう。


「えっと……よく分かりませんが、仲がよろしいんですね?」


「まぁ姉ちゃんの数少ない友達だからね。俺と蓮みたいな感じじゃないかな?」


「え……日向さんと霧島君は……その、抱擁を交わし合う仲という事なんでしょうか……?」


「橘さんからしたら、俺と蓮はそういう仲に見えるの……?」


「ぇえっ!? だって、霧島君が言ったんじゃないですか……っ!」


 そうだけど、そうじゃないんだよ橘さん……。

 女子二人が抱き合ってても周りは何も思わないかもしれないけど、男二人が抱き合ってたら『そういう事』なんじゃないかと疑われちゃうじゃん。


「詳しくは省くけど、普通男同士で友情の証として抱擁を交わすのは、日本では殆ど見られない事なんだ。分かってくれるね……?」


「なるほど……そういうものですか」


 橘さんは脳内のメモに恐らく書き残しているのであろう。視線を上に向けながら頻りに頷いている。

 そんな彼女を見ていて、ふと思い出す。


「ところで、さっき姉ちゃんとはどんな話をしたの?」


 少し苦い表情をしながら、橘さんは端的に答える。


「……言えません」



 ~~~~~~~~~~~~



 我が家で、4人で食事を摂ったのはいつ振りだろうか。

 確か高校入学当初に俺、姉ちゃん、星倉先輩、朱音の4人で俺が初めて作ったカレーを食べて以来な気がする。

 まぁ今回は朱音と橘さんが入れ替わっただけのような気がするが、あれからもう3か月以上経つのか……思ったよりあっという間に時間が過ぎていくな。

 テーブルから食べ終わった取り皿や食器類とピザ箱を片付ける。


「あっ、わ、私も手伝います……っ!」


「橘さんはゲストなんだし、座ってゆっくりして大丈夫だよ」


「た、確かに私はゲストですが、何もしないのは手持無沙汰と言いますか……」


 ワンピースの裾を弄りながらもじつく橘さんを見て、俺は断るのも忍びないと思い、着ようと思っていたエプロンを橘さんに渡す。


「じゃあお言葉に甘えて、一緒にサクッと片付けちゃおっか」


「はいっ! あ、あの……このエプロンは……?」


「橘さん綺麗なワンピース着てるから、洗剤とか汚れが付くの勿体ないと思ってさ。俺のでよければ使ってよ」


「わっ……い、いいんですか?」


「もちろん」


 橘さんは俺のエプロンを着て、後ろの紐を結ぼうとする。


「あ、あれ……ひ、紐が……!」


 そっか。俺のサイズだと腰紐がお尻の位置に来ちゃうのか……。

 悪戦苦闘する彼女の姿を見て少し微笑ましかったが、流石に手助けをする。


「俺が結ぶよ」


「す、すみません……」


 俺はサクッと腰紐を結び終えると、橘さんは嬉しそうに顔を綻ばせる。


「ありがとうございます……!」


「どういたしまして。それじゃ俺は洗い専門でやっていくから、橘さんは水切りし終わった食器類を布巾で拭き上げてもらっていい?」


「分かりました、お任せくださいっ」


 俺は水道の蛇口を捻り、洗い物を始める。

 普段は朱音が洗い物で俺が拭き上げだから、なんだか新鮮だな。

 橘さんには少し失礼かもしれないが、もし彼女と同棲したらこんな感じなのだろうか。

 献身的で、頭脳明晰で、努力家で……そして可愛らしい女の子と毎日生活を共にしたら、それはそれは幸せだろうなぁ。

 俺は洗った食器を、無意識に手渡そうと左側に差し出すと、察しの良い橘さんはそれを受け取る。

 ふと我に返って橘さんの方を見ると、にこりと笑い返してくる。

 ……あー、なんだか幸せに感じてしまうなぁ。


「い、いつもありがとうね、り……遼くんっ」


「こちらこそありがとう……し、詩織ちゃん……?」


 最後が疑問形になってしまったのは、ついうっかり橘さんを名前で呼んでしまった事もあるが、背後からの強烈なプレッシャーを感じたからに他ならない。


「しぃ~お~り~ちゃ~ん?」


「はひっ、す、すすみませんっ……!!」


 振り返ると、椅子に座りつつも、こめかみに青筋を立てて犬歯をむき出しにして威嚇する姉ちゃんの姿があった。

 そしてそれを面白そうに眺める星倉先輩は、俺に向けてこう言い放つ。


「やっぱ、遼君は隅に置けない子だねぇ~」


今回もお読みいただきありがとうございます。


次話も、明日10月21日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!


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