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第37話 姉の親友


 橘さんと俺は、書き置きの件や好きな人の話題など、ある意味で盛り上がった後は当初の目的である夏休みの課題に取り組んでいた。

 最初は橘さんに教わりながら数学の課題をこなすつもりでいたが、先の期末テストでの勉強会のおかげでスラスラと解けているので、今のところ一人でも問題なく進める事ができている。

 やはり勉強は大事なんだなぁと実感しながら解き続けていると、スマホに通知が来る。


『今夜、たまにはピザパしない??』


 姉ちゃんからのLoinだった。

 恐らく生徒会交流会が終わったのだろう。


『いいね! 帰りにコーラとか買って帰るよ!』


『いーや! 私が買って帰る!!!』


 何で張り合ってくるんだよ……。

 まぁいいけどさ。


『ではお姉様、よろしくお願いします』


『うむ。苦しゅうない』


 摂政かな?

 課題に戻ろうとすると、再びLoinの通知が来る。


『今何してるの?』


『友達と一緒に課題やってる』


『誰と?』


『橘さん』


 そう送ってすぐに既読は付いたが、返答はない。

 俺は少し画面を眺めた後、再びスマホを伏せて課題に取り掛かる。


「ご家族から連絡ですか?」


 察しの良い橘さんは、課題に目を向けながら質問してくる。


「そうだけど、よく分かったね」


「霧島君って、お姉さんからのLoinが来た時は凄く穏やかな表情をされているので、とても分かりやすいんですよ」


 流石の観察力だ。

 っていうか、俺ってそんなに顔に出てるんだな。


「そうなんだ。橘さんはよく見てるね」


「ふふっ。霧島君は見ていて面白いですから」


 俺ってそんな変な顔してるの?

 面白いって言われると、俺の無意識の行動が実は奇行なんじゃないかと不安になってくる。


「そんなに面白いの?」


「はい。難しい問題を前にすると、眉間に皺が寄るだけじゃなく、口もすぼめるところとか、とても可愛らしいですよ?」


 橘さんはコロコロと笑いながらも課題と向き合っている。

 っていうか口すぼめてたんか俺……無意識って怖いな。

 クセを見抜かれて、何故か対抗心が燃えてきた俺は、橘さんの無意識のクセがないかジッと見つめてみる。

 ……まつ毛メッチャ長いな。あ、よく見たら首筋にほくろあるな……今ちょっと目を細めたぞ!

 橘さんの手元を見ると、問題を解く手が止まっているように見える。

 ってかシャーペンの握り方凄く綺麗だな。教科書に載っていてもおかしくないくらい理想的な気がするけど……。


「あ、あの……」


「……うん?」


「そんなに見られると……少し恥ずかしいです……」


 橘さんの顔を見ると、俺の方を向いていた。


「あ、ゴメン。つい橘さんのクセを見ようとしちゃってた」


「そう、ですか……」


 一度気になると何か分かるまで集中してしまう俺は、そのまま橘さんの表情を注視し続けてしまう。

 橘さんの瞳って、案外薄い茶色なんだなぁー。今日の髪型的に左耳が見えるな……あ!


「橘さんピアッサーで耳たぶに穴開けたでしょ」


「ぇえっ! どうして分かったんですか!?」


「だって塞がりかかってるけど、明らかに窪んでる部分あるし」


「だ、誰にも言わないでくださいねっ!?」


 へぇ~、ピアス付けようと思ったんだなぁー。

 個人的に今の橘さんのコーデなら、ピアスなしの方が似合うと思うけど。


「ピアス付けたいの?」


「えっと……ファッション誌でピアスを付けているモデルさんを見て、私も付けたら垢抜けて見えるかなと思いまして……。実際に付けてみたら、私にはまだ早いかなって……」


 オシャレに貪欲なのは決して悪い事じゃないし、校則的にはピアスは禁止だが耳たぶに穴を開けること自体を禁止されているワケではない。

 しかし、まぁ賢明な判断だ。

 そのまま橘さんの顔を見続けていると、彼女もこちらを凝視していた。

 何も言わず、ただひたすらにこちらを見続けているので、俺も負けじと橘さんから目を逸らさずにジッと見続ける。


「……」


「……」


 きっとこれは『先に目を逸らした方が負けゲーム』に違いない。

 たまに姉ちゃんから仕掛けられることがあるが、俺は今まで一度たりとも負けた事がない。

 不敗神話を守るため、俺は決して負けられない戦いへと身を投じる。


「……」


「……ぁ」


 徐々に顔が赤くなってくる橘さん。

 これはいつもの勝ちパターンだ。

 あともう一押し……!


「……」


「……~~っ!」


 彼女の目が少し潤んできたようにも見える。

 姉ちゃんが相手なら既に俺が勝っているハズなのだが、意外にも橘さんは粘っている。

 俺は最終手段として、身を乗り出して橘さんの顔に、徐々に自分の顔を近づけていく。

 ここで真顔は崩さない。

 何故ならこれは『にらめっこ』ではないからだ……!

 俺に奥の手を使わせるとは、橘さん……なかなかやりおるな。


「……」


「ひゃぁ~~……」


 遂に声が出た!!

 俺の勝ちは目前……ッ!

 更に顔を近づけると、橘さんはギュッと目を閉じて少し唇が開く。

 そのまま心の中で三つ数える。

 …………よしっ!


「はいっ俺の勝ち~」


 『瞬き以外で3秒以上目を閉じるのは敗北』という霧島姉弟ルールに則り、俺は勝利宣言をする。

 いやぁ強敵でした……。

 完走した感想は、『目の乾燥がツラかった』。

 などという宇宙空間の温度にも等しい俺の脳内を見抜いてか、橘さんはプルプルと震えながら不満の声を上げる。


「こういうのはっ! 冗談で済まされませんからねっ……!」


「ハイ……すみません……」


「さっ、再戦を申し込みますっ!!」


 負けず嫌いな橘さんが、嬉しさと悔しさの入り混じった複雑な表情で訴えた時、俺のスマホに着信が入る。

 どうやら姉ちゃんからLoin通話が来たようだ。

 俺はやる気満々の橘さんを宥めつつ電話に出る。


「あ、もしもしー?」


『……遼、今何やってたの?』


「え? 橘さんとミニゲームして遊んでたけど」


『それってもしかして……あたしとたまにやる、『アレ』?』


「うん。そうだけど」


 そう言うと、姉ちゃんから電話越しに、謎の圧を感じ取る。

 え? もしかして怒ってる……?


『あのさ、遼』


「……何?」


『橘ちゃんに代わってもらってもいい?』


「う、うん。えっと橘さん、姉ちゃんが橘さんと話がしたいって……」


 俺がそう告げると、橘さんは一気に青ざめた表情になり、恐る恐る俺のスマホを受け取り、耳に当てる。


「……あの、橘詩織です……。あ、はい。いつもお世話になっております……」


 怯えつつ俺も聞いたことがないような事務的な返答をする橘さん。

 漏れ聞こえる姉ちゃんの声色は、何を話しているかまでは分からないがとても冷たいように感じる。


「はい……えっ、私が、でしょうか……?」


 何故か俺の方を見ながら冷や汗を流す橘さんを見て、少し怖くなってくる。

 一体どんな会話をしているのだろうか……。


「はい……分かりました。両親にはそう伝えておきます……はい……」


 遂に橘さんの両親まで……。

 ホントにどんな話をしてるんだよ。

 やきもきしている俺に、橘さんは震える手でスマホを返してくる。


「あ、あの……霧島君に代わって欲しいとの事で……」


「あ、ああ。もしもし……?」


『今夜橘ちゃんもピザパに誘ったから。キリがいい所で帰ってきなさい』


「わ、分かった」


 以前綾が俺とハグをした時以来の感情の分からない声で一方的に告げられ、そのまま通話が終了する。


「えっと……橘さん、大丈夫そう……?」


「は、はひ……粗相のないよう、き、気を付けて伺いますね……?」


 極度の緊張から無意識にキャミワンピの鎖骨あたりにある肩紐を指先で弄る橘さん。

 なるほど、橘さんは緊張すると鎖骨周辺にある服の一部を弄るクセがあるようだ。

 どうでもいい他人のクセを見抜きつつ、俺は若干震える手でシャーペンを握り、再び課題へと向き合うのだった。



 ~~~~~~~~~~~~



 緊張する橘さんと自転車で、俺の住むアパートまでやってきて、玄関ドアの前に立つ。


「えっと、橘さん……大丈夫?」


「は、はい……いずれ咲来さんにはご挨拶を、と思っていたので……」


「そうなんだ……?」


 何故姉ちゃんに挨拶する必要があるのかは分からないが、『お世話になってます』的なアレだろうか。

 橘さんの心の準備が出来たようなので、俺は扉を開ける。


「やほー遼君。ひさしぶりだねぇ~」


「星倉先輩、いらっしゃってたんですね」


「生徒会交流会終わりに、なんか急に咲来に誘われちゃってさー」


 出迎えてくれたのは、ショートヘアーの似合う星倉伽奈先輩だ。

 俺が知る数少ない姉ちゃんの友達で、その気だるげな喋り方は、以前ムラカド・ベーカリーで会った朱音のギャル友(?)を思い出させる。

 あの姉ちゃんが唯一心を許しているという事もあって、俺にとってはとても印象深い人だ。


「おかえり遼。橘ちゃんも上がっていいわよ」


「は、はい……! お邪魔します……」


 俺と橘さんは玄関で靴を脱ぎ、星倉先輩と姉ちゃんが座るリビングのダイニングテーブルに向かう。


「あー、その子が咲来の言ってた橘ちゃん?」


「そうよ」


「ど、どうも初めまして……橘詩織と申します」


「やぁやぁ初めまして、星倉伽奈(ほしくら かな)だよー。気軽に伽奈って呼んでね~」


 緩い笑顔で橘さんに手を振る星倉先輩。

 橘さんもおずおずと控えめに手を振り返す。


「でさー咲来。ピザっていつ来るのー?」


「さっき頼んだから、多分40分後くらいには届くんじゃないかしら」


「ひゅぅ~、相変わらず用意がいいねぇー」


 俺と橘さんが手持無沙汰に立ち尽くしていると、姉ちゃんは席を立って橘さんの元へ歩み寄る。


「ふぅん……? なかなか気合が入っているわね」


「え、えっと……恐縮です……」


 まるで蛇とそれに睨まれた鼠のような光景だ。

 何故姉ちゃんは橘さんに威圧的なオーラを放っているのかは分からないが、萎縮している橘さんが不憫に思えてくる。


「ねぇ橘ちゃん。ちょっと外で話さない?」


「ひぇ……も、もちろんです……」


「なぁ、そんなに威圧したら橘さんが可哀そうだろ」


「威圧なんてしてないわよ。私はただ、橘ちゃんを見定めてるだけよ」


 いや、どう見ても圧が凄いんだけど……。

 姉ちゃんは怯える橘さんの手を引き、玄関から外へと出て行く。

 橘さんは、さっき入ってきたばかりだというのに。

 ……橘さん、無事だといいけど……。


「いやぁ~相変わらず遼君も隅に置けない男の子だねぇ~」


「からかわないでくださいよ。橘さんとはただの友達ですから」


 俺の言葉を聞いた星倉先輩はカラカラと笑うと、対面に座るよう促してくる。


「まぁまぁ、自分の家なんだしそこに座りなよ」


「そうっすね。っていうか、星倉先輩は最近彼氏とは上手くいってるんですか?」


「え~? 今それ聞くぅー?」


 俺は椅子に座りながら星倉先輩の近況を聞く。

 確か以前、後輩の男子と付き合い始めたって話を本人から聞いたが、数か月間何も聞いていなかったので、少し気になったのだ。

 星倉先輩はあっけらかんと俺の問いに答える。


「実は夏休み前にフッたんだよねぇー」


「え、マジすか。でも星倉先輩の方から告白しませんでした?」


「まぁーそうだけどさ。付き合ってみたら思ってたのと違っててねぇ、所謂『蛙化』ってヤツ?」


 俺の聞いた話では、姉ちゃんに告白した後輩君にアプローチして付き合い始めたって事だったけど、そんな簡単に別れるものなのか……?


「それって深掘っても良かったりします?」


「んふふ~、気になるんだ?」


「そりゃ俺も年頃の男子ですから」


 星倉先輩は普段と変わらない口調で飄々としながら別れた理由を話し始める。


「別れた理由は単純で、咲(・)来(・)と(・)全(・)然(・)釣(・)り(・)合(・)わ(・)な(・)い(・)男(・)だ(・)っ(・)た(・)からだよ?」


今回もお読みいただきありがとうございます。


次話も、明日10月20日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!


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