第36話 橘詩織の推理 ~下~
『差出人は3人いる』
それが橘さんの出した結論だった。
しかし、郵便受けに入れられた数と合致しない。
「でも4通あるよ?」
「それについては、今から解説していこうかと思います」
橘さんはメモ帳を閉じて、今度はルーズリーフを1枚取り出し、そこに書き込み始める。
「まず1枚目と4枚目の写真は、筆跡も同じですし、使用している紙質も非常に似ています」
「なるほど……?」
「それにこれは……いえ、その……霧島君への気配りやなんとなく推察できる人物像からも、同一人物であると断定できます」
『牛乳』と『ハンカチ』と書いて、それを〇で囲って一本の線を引く。
少し言いよどんだのが気になるが、そこまで言い切るのは、よほど確信めいた何かがあるのだろう。
「じゃあ『牛乳を買って』と書き置きを残した人とハンカチを届けてくれた人は同じ人なんだな。もしかして男っていう事も――」
「それはありません」
「え、でも証拠的には字の上手い男って可能性も――」
「『絶対に』女性です」
「……そっか」
有無を言わせぬ圧力に負け、俺は彼女の考察に同意せざるを得なかった。
少し強めの筆圧で『牛乳』と『ハンカチ』を結んだ線の横に『女性!』と書き込むと、次の推理を進める。
「次に『ちゃんと手当てをして』と書かれた手紙と絆創膏について、こちらは恐らく『男性』かと思われます」
「……マジ?」
「その証拠に、確かに字は綺麗ですが筆圧は強いですし、堅い印象を受ける筆跡をしています」
「でもさ、目撃者の大家さんが『女の子』だって言ってたけど」
「……身長が160cm以上だと推定されたのは、その時ですよね?」
「そうだけど……」
「となると、女性よりも男性で160cm以上の方が身長の統計的にも可能性は高いですし、なにより細身で女性に見える男性も世の中には多いので、大家さんが女性と見間違えてしまったのではないでしょうか?」
橘さんの意見は確かに筋が通っている。
実際大家の大塚さんもハッキリと差出人を見ていたワケじゃないし、細身の男性であった可能性も充分考えられる。
「でもさ、男がこんな可愛らしいシールで封筒の封をしたり、夢の国のキャラクターの絆創膏を持っていたりするかなぁ」
「それは……彼女から貰った物か、同棲していて拝借した可能性も考えられませんか?」
「……確かに」
つまり橘さんの推理では、手紙に関しては『彼女のいる細身の男性が、わざわざ俺に手当てするように勧めてきた』という事になる。
俺の幻想を打ち砕くかの如く、橘さんは『手紙』に『※男性』と注釈を入れる。
「そして最後の『小野翔也に気を付けて』ですが、こちらも『男性』かと」
「……そっか」
締めと言わんばかりに『小野翔也に気を付けて』と書いて、その横に『※男性』と書き加える。
「ちなみに理由を聞いても?」
「答えは単純です。粗い筆跡と雑に破られたような紙、そして何より『小野翔也』から圧力を掛けられていた男性が多かったと聞き及んでいます」
実際、小野から言いがかりをつけられていたり、弱みを握られて彼女を寝取られたりした男子生徒の話を、事件の後から噂で聞く事もあった。
もしその噂が本当だったとしたら、橘さんの推論は正しいと思わざるを得ない。
書き込まれたルーズリーフを見ながら、俺は『女性!』と書かれた部分を指差す。
「えっと、差出人の中で女性なのは、たった一人って事?」
「そうなりますね」
「じゃあ俺が好きなタイプと言っていた身長160cm以上の女の子は?」
「男性ですね」
「……おっけーぃ」
俺はこれまで、差出人が全員女の子でモテ期が来たのかと思っていたが、どうやらそれは俺の幻想が生んだこの世に存在しない女の子だったようだ。
ただ嬉しい部分もある。
それは、少なくとも一人の女性が俺に『善意』を差し出してくれているという事実だ。
「ところで……その……霧島君は、その『女性の差出人』に対して、どのようにお考えですか?」
さっきまでのキッパリとした口調はどこへやら、橘さんは自信なさそうに聞いてくる。
「ん~まぁ、もっと知りたいとは思うし、凄くその人に興味はあるよ」
「そうなんですかっ!?」
「おおう……そ、そうだよ……?」
橘さんは嬉しいやら恥ずかしいやら、身体をくねらせながら何やら想像しているようだった。
やっぱ恋バナ好きなんだねぇ。
「逆に聞くけどさ、橘さんは好きな人とかいないの?」
「わっ私ですか!?」
「あ、もし言い難かったら無理して言わなくても大丈夫だから」
薄い化粧の上からでも分かるほど頬を赤くする橘さんは、少し悩んだ後、恥ずかしそうに話し始める。
「えっと……カッコよくてオシャレで、でもそれでいて私にも優しく、気を遣ってくれる人……です」
「へぇ~。そういう人が橘さんの近くに居たりするの?」
俺の問いに、少し迷いつつもコクリと頷く。
そっかー、橘さんも案外ちゃんと恋してるんだなぁ。
「でも、その方は周りの女性からも凄く人気があって、私なんかじゃ太刀打ちできなさそうに思えてしまって……」
「あー、その人モテるんだ」
「はい……」
「だから橘さんも、最近オシャレしようと努力してるって事?」
「……そんなところです」
えぇー? こんな可愛らしくて清楚な子、絶対男子に人気出ると思うんだけどなぁ~。
「その方も、私に興味があるようなことを言ってくれたんです。遠回しに、ですけど……」
「マジか」
ひょっとしてその相手って……いや、ないとは思いたいが……。
「……もしかして、図書室で一緒になることが多かったりする?」
「えっと……たまに?」
「あと、手が触れ合ったりとかは……?」
「……触れ合ったと言いますか、握り合って、しかも抱きとめられましたね」
そこまでやってたの中尾君!?
恥ずかしそうに微笑む橘さんを見て俺は確信する。
中尾君……どうやら間違っていたのは俺の方だったよ……。
やはり男は見た目じゃなく、その中身だったのだと俺は思い知る。
別に橘さんの事を俺は異性として好きなワケではないが、何故か『そうであってほしくない』と願う自分も居る。
しかし、二人の恋路を邪魔するわけにはいかない。
俺は少し掠れた声で、橘さんを応援する。
「そっか……その恋、実るといいね……」
「はいっ! ……って、霧島君?」
「どうした……?」
「なぜそんなに『辛そう』なんですか……?」
えっ、俺そんな顔してる?
もしかして顔に出てた……?
橘さんは俺の様子を見るや否や、表情を変えて思案する。
ひょっとして俺の浅ましい考えが読まれたのか!?
「……もしかして、霧島君は私の好きな人が、図書委員の中尾君だと思っていたりします?」
バレてた!!
俺は正直に白状する。
「えっと……まぁ、そうかなって……」
すると橘さんは、珍しく大きく溜息を吐く。
「私は『カッコよくてオシャレで』と言いましたよね?」
「うん。だから中尾君も、最近はオシャレに気を遣うようになったのかなって……」
「そんな事ないです。中尾君はいつも寝癖が付いていて、ボランティアの時も『Ass Clown』と書かれた恥ずかしいTシャツを着ていました。裾直しをしていないジーパンには、じゃらじゃらとチェーンまで付いていて……それを『オシャレ』というのであれば、私の認識を改めますが」
中尾君……。
「でも彼、実は凄く優しくて、気も遣えるんじゃ……?」
「確かに、図書の場所を本棚まで行って教えたり、机の上に放置された本を戻したりしてくれます」
優しいし気を遣えているじゃないか中尾君!
「でも、本棚まで案内するのは女子相手だけですし、放置された本を戻すのだって私を含めた女子の図書委員が、その本に触れる瞬間をわざわざ狙ってやっている事ですし」
ダメじゃないか中尾君……!!
「第一、霧島君は、女子と目も合わせずに胸や脚ばかり見ている男性がモテると思っているんですか?」
「えっと……ハイ。モテないと思います……」
気持ちは分かるがちゃんと目を見て話そう中尾君ッ!!!
「ですよね!? 霧島君の思い違いは、私に対しても失礼だと思いますっ!」
ヤバい……未だかつてないほど橘さんを怒らせてしまった。
ここは素直に謝ろう。
「……橘さんの好きな人を勘違いしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「まぁ、いいですけど」
怒りが収まらないのか、橘さんは愚痴を言い始めてしまう。
「大体、図書委員になった時は全然私に興味なかったのに、少しスカートを短くしたりフレグランスを使い始めた辺りから、中尾君は私の事を変な目で見るようになってきましたし……」
「橘さん、スカート短くしてるの?」
「もちろん校則に抵触しない範囲で、ですが」
最近、橘さんが垢抜けてきたと感じた理由はそれか!
いや、決してスカートを短くすれば良いって話ではないが、最近橘さんが密かに男子から注目され始めているのは紛れもない事実だ。
「男性から好意を持たれる事自体は、私にも魅力が出てきたのかな?って思えるので自信に繋がってきているのは確かです。でも、そういうイヤラシイ目で見られて、あまつさえ下心が見え透いている方に言い寄られるのは、とても不快です……!」
橘さんは、自分に対して好意を寄せる人が増えてきた事を自覚しているんだな。
流石の洞察力だ……。
「そっか……橘さんはそういう葛藤を抱えているんだね」
「そうです。だから中尾君のような方とは、お付き合いしたいなんて思いませんっ」
「…………なるほど」
中尾君……残念ながら、君の推察は真逆だったようだ。
ぷんすこと怒る橘さんを前に、俺はそう結論を出さざるを得なかった。
しかし、ここで個人的な疑問が浮かぶ。
「えっと、もしかしたらまた不快な気持ちにさせちゃうかもしれないんだけどさ……その、もし橘さんの好きな男性が、橘さんの事を……下心のある目で見てきたとしたら……?」
「……えぇっ!? そ、それは……その……う、嬉しいと言いますか……有難いといいますか……」
『有難い』!?
さっきは下心の見え透いた男に言い寄られるのは不快って言わなかった!?
「でもさっきは……」
「そ、それはっ! だって、す、好きな男性からそう見られるのは……違うので……」
はぇー、女心ってやっぱり難解だなぁ……。
好きな相手とそうじゃない相手では、そこまで考えが違ってくるのか。
また一つ、俺は賢くなったな。
「ぎ、逆に! 霧島君は不快じゃないんですかっ……!?」
「うーん、そんな目で見られたことないし、そういう女の子と出会った事ないからなぁ」
女心が分からない理由の一つは、俺自身には、そういう下心を向けられた経験がほとんどないからだ。
好奇の目を向けられることはあっても、胸元や脚をジロジロ見られた覚えはない。
「例えば、腕とか首筋とか、はだけたお腹を見られても、不快に思わないんですか?」
「え? むしろそんなところを見る女子とかいるの?」
「いますよ!! 霧島君は無防備すぎますっ!」
またしても橘さんに怒られてしまう。
でも理由が分からん……。
「霧島君のようなカッコいい男性は、血管が浮き出た腕とか、綺麗な首筋とか、チラッと見える腹筋が割れたお腹を、女性からイヤラシイ目で見られてるって自覚するべきです!」
いや、待ってほしい。
色々ツッコみたいところはあるけども。
「橘さんって、俺の事カッコいいと思ってくれてるの?」
「うっ……! まぁ……否定しません……」
1つ嬉しい事実が知れたが、大事なところはそこじゃない。
「俺って、イヤラシイ目で見られてるの……?」
「い、いや……私は見てません……見てませんっ!」
顔を真っ赤にして、激しく首を横に振る橘さん。
「えっと、橘さん以外の女子は?」
「う、うぅ……たまに居ます……」
マジか!
俺ってイヤラシイ目で見られてたんだ!
ただひたすらに驚きしかない。
「もうこの話、やめにしませんか……!?」
「お、おう」
耳まで赤くなった橘さんは、ぎこちない動きで夏休みの課題と筆記用具をテーブルの上に置く。
俺も同じく、カバンから課題と筆記用具を取り出してテーブルに置いた。
その時、ふと橘さんを見ると、俺の左腕に視線が行っているように見える。
「……ひょっとして、今俺の腕を見てた……?」
「っ! み、見てませんっ!!」
今回もお読みいただきありがとうございます。
次話も、明日10月19日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!
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