↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/54

第35話 橘詩織の推理 ~上~


 夏休みに入って3日目となった今日。俺はクーラーの効いた部屋で、寝転がりながら雑学動画を眺めていた。

 今年の夏休みは確かに予定が多く入っている。とはいえ、帰宅部の俺はテニス部に入っていた頃と比較して、練習や試合といった予定が一切入っていないのだ。

 その事実を失念していた俺は、想像以上にやる事が無い現状を憂いていた。


「暇だぁ~……」


 姉ちゃんは生徒会交流会に参加するため不在。

 蓮や綾も部活で予定は空いてない。

 レーナさんは、多分姉ちゃんと同じ生徒会交流会に参加していると思われる。

 朱音は朝からムラカド・ベーカリーでバイト。

 ……もしかして暇なのって、俺だけなんじゃないだろうか。

 少し不安になってきたので、今日の予定を把握できていない橘さんと木下さんに、それぞれ『今日は何してるの?』とメッセージを送ってみる。

 2人とも一瞬で既読が付き、それぞれ返信が来る。

 橘さんからは『家で夏休みの課題に取り組んでいます!』。

 木下さんからは『友達とカラオケに来てる!』と。

 なるほど、2人とも暇ではなさそうだな……。

 スマホの画面を、再び雑学動画に切り替えようとした時、橘さんから『もしよろしければ、ご一緒に課題やりませんか?』とのお誘いのメッセージが届く。

 折角なので、俺は橘さんからの誘いを『いいね! 一緒にやろっか!』と受ける事にした。

 遅れて木下さんから『霧島君も来るー?笑』と来たので『いや、気まずいのでやめときます笑』と返した。


「よし、じゃあ着替えて準備すっか~」


 俺はベッドから起き上がって全身を大きく伸ばす。

 夏休み3日目にして、ようやく俺は暇から解放されるのだった。



 ~~~~~~~~~~~~



 俺は今、初めて橘さんの自宅の前に立っている。

 うちからは自転車で大体20分ほどで、綾の家からほど近い事を知ったのだが、今はそれどころではない。

 朱音や綾はまだしも、橘さんの自宅に誘われたのは予想外だったので、少し緊張しているのだ。

 しかも、今日は平日で家の人は仕事に出ているらしく、なんと橘さんと2人きりになるという。

 いや、まぁ最近綾とも2人きりになる事も多いけど、慣れ親しんだ友達と、最近話すようになった友達とでは大きな違いがある。

 俺は深呼吸をして、インターホンを押そうとしたところで、玄関の扉が開かれる。


「お、お待ちしてました! 外は暑いので、中へどうぞ……!」


「ああ、そうさせてもらうよ」


 扉を開けてくれた橘さんに迎え入れられ、俺は玄関で靴を脱ぐ。


「お邪魔します。今日は誘ってくれてありがとう」


「い、いえいえ! こちらこそ、こんな暑い中わざわざ来てもらって、ありがとうございますっ!」


 俺が家に上がると、橘さんはそのまま二階へ案内してくれる。


「えっと、わ、私の部屋でも大丈夫ですか?」


「もちろん。むしろ俺なんかが橘さんの部屋に入っちゃっても大丈夫?」


「全然っ! こういう事があってもいいように、自室はいつもきれいにしていますので……!」


 凄いな橘さん。

 俺なんて自室に人を入れる事なんて考えてないから、ずっと物が散乱しているというのに。

 二階へ上がり、橘さんは『Shiori』と書かれた木製の札が掛かっている部屋の扉を開ける。

 彼女の言う通り、部屋はきれいに片付いていた。壁一面の棚に並ぶ本や、作業台を兼ねているらしい机の上に整えられた道具類に感心していると、橘さんは少し困った表情をする。


「あの……女子っぽくないですよね……」


「いやいや、綺麗にまとまってるし、小物入れとか可愛いから普通に女の子の部屋って感じがするよ」


「そ、そうですか? えへへ……」


 確かに一見作業部屋感はあるが、白を基調とした家具や小物には、キャラクターや柔らかな印象の柄があしらわれていて、一目で女の子の部屋だと分かる。

 俺の言葉に照れながらも橘さんは寛ぐように勧めてくる。


「飲み物やお菓子などご用意するので、霧島君は是非座ってゆっくりなさってください」


「ありがとう。そうさせてもらうよ」


 手触りの良いふかふかの絨毯の上に座ると、橘さんは嬉しそうに部屋を後にした。

 改めて部屋を見渡して思うが、この前お邪魔した綾の部屋とは真逆というか、非常に整っている印象を受ける。

 作業台のラックには、ハンマーなどの道具類が整然と並んでいる。隣の引き出し付きラックにも、中身が一目で分かるよう手書きのラベルが貼られていて、彼女の几帳面さがうかがえる。

 また壁掛けのラックには、それまで橘さんが手がけたであろう革細工などの手芸品が丁寧に飾られており、それぞれ可愛さが垣間見えるあたり、やはり女の子なんだなぁと思わされる。

 座ったまま部屋を見渡していると、飲み物とお菓子を載せたトレイを持ち、よたよたと戻ってくる橘さんが目に入った。俺は慌てて立ち上がり、彼女の持つトレイを支える。


「あ、す、すみませんっ」


「気にしないで。俺も少し手持無沙汰だったから、ちょうどよかったよ」


 俺の軽口に安心する橘さんからトレイを受け取ってテーブルの上に置いて、俺は再び絨毯の上に座る。

 そして対面に座る橘さんを見て思う。

 夏休みの課題をやるだけなのに、やたら気合の入った身だしなみをしているなぁ、と。

 細いリボンで後ろ髪をハーフアップにまとめ、白Tにセージグリーンのキャミワンピースと、とても清楚な感じでまとまってはいるが、まるでどこかに出かけるような雰囲気だ。

 しかも、多分薄く化粧をしているようで、彼女の唇もいつもより少し赤く見える。


「えっと、もしかしてどこかに出掛ける用事でもあった……?」


「いえ……? 今日は一日家にいる予定でしたけど……はっ! わ、私、どこか変ですかっ!?」


「いや、凄く可愛らしい格好をしているなと思ってさ」


「かっ可愛い……!?」


 驚いて両手を頬に当てる橘さん。

 あ、もしかしてこういうのってハラスメントになったりするのかな……。

 最近SNSでも、男性からの褒め言葉が、女性にとっては嬉しくない場合もあるって話を見かけるし、あまり気軽に可愛いとか綺麗とか容姿を褒めない方が良いのかもしれない。


「あ、ゴメン。軽率だったね……」


「い、いえ! あまり言われ慣れていないものでして……その、凄く嬉しいんですけど、心の準備と言いますか……」


 橘さんはもじもじと自身のネイルを触り始める。


「そのネイル、自分でやったの?」


「……え? そうですけど……」


「へぇ~凄いなぁ。よくネイルはするの?」


「1か月ほど練習していたんですが、誰かにお見せするのは今日が初めてでして」


 思ったより長い期間練習していたことに驚く。

 何か彼女を『そうさせる』出来事でもあったのだろうか?


「何かきっかけとかあったの?」


「そうですね……その、霧島君や住吉さん達と出かけた時に、皆さんオシャレなのに、私だけ全然オシャレじゃなくて……。私も少し垢抜けたいなって思った事がきっかけですね」


「そうなんだ」


「あと……霧島君に、もっと褒められたらいいなって……」


 よほど恥ずかしかったのか、顔を赤くして俯いてしまう。

 俺は『今のままでも可愛いと思うよ?』というありきたりな褒め言葉を飲み込み、なるべく橘さんが驚かないように気を付けながら彼女を褒める。


「すごく努力家なんだね。多分橘さんが垢抜けちゃったら、凄くモテるようになると思うよ」


「本当ですか!? あ、でも、霧島君は私が色んな男性からアプローチされるようになったら、その……どう思います?」


「どうって、それだけ橘さんが魅力的になったって事じゃん? そんな友達と一緒に居られるのは俺としても鼻が高いよ」


「そうなんですね……」


 あれ、今度は少し落ち込んじゃった。

 褒め方ミスったかな……。


「ちなみに霧島君は、どんなタイプの女性が好きなんでしょうか……?」


「俺ぇっ!? えっと、そうだなぁー……俺の事を理解してくれて、一緒に居て楽しい子かなぁ」


 何故急に俺の好みの女性の話になったのか分からないが、ひょっとして一般論を聞いているのだろうか?


「ふむ……ちなみに具体的にこういう人が好み、とかって……」


「具体的かぁ……字が丁寧で、身長が160cm以上あるかもしれない人かなぁ」


「160cm以上……」


「あ、いや、『かもしれない』って話だし、世間一般ではそうじゃないと思うからね?」


「えっと……何か霧島君をそう思わせる出来事などがあった、という事でしょうか?」


「まぁ……」


 例の『書き置き』や『手紙』の件、流石に橘さんに言っても良いよな……?

 特段隠す事ではないけど、もし話が広がって俺へのアプローチが無くなってしまったら寂しいなと思って、限られた人にしか話していない。

 しかし、もしかしたら橘さんの洞察力をもってすれば、少しは差出人の正体に近づけるかもしれないと思い、俺は打ち明ける。


「実は、少し前から俺に宛てた『書き置き』や『手紙』が郵便受けに入れられている事があってさ」


「……はい」


「その人とお近づきになりたいって思ったことがきっかけかな」


「なるほど、そうなんですねっ!」


 嬉しそうに声を弾ませる橘さん。

 やはり女の子はこういった恋バナが好きなんだろうな。


「あ、でも……『手紙』、ですか……?」


「うん。最初の書き置きと手紙を見比べたら、字の書き方や筆圧が違ってさ。差出人は一人じゃないと思ってるんだよね」


「それで、何故160cm以上の女性だと分かったんですか?」


「手紙が入っていた日に、大家さんが共用部にいた女の子を見たんだって。自分より背が高かったかも、って言っててさ」


「ふむ……」


「大家さんは姉ちゃんと同じくらいに見えるから、160cm以上かなって思ったんだよね」


「そう……ですか……」


 途端に歯切れが悪くなり、何か考え事を始める橘さん。

 もしかして、推理してくれているのだろうか?

 しなやかな指を顎に当てて、まるで名探偵のような雰囲気を醸し出していたかと思うと、何か分かったようにハッとする。


「なるほど、そういう事ですか……」


「何か分かったの?」


「ええと、その『書き置き』や『手紙』を見せて頂く事は可能でしょうか?」


「現物は家にあるけど、ちょっと待ってね」


 俺はスマホで撮った写真を順番に見せていく。

 橘さんは興味深そうに画面を眺め、途中からメモ帳を取り出して何やら書き込み始めた。

 一通り見せ終わると、彼女は少し複雑そうな表情で結論を口にする。



「私の見立てですと、差出人は『3人』いると思います」


今回もお読みいただきありがとうございます。


最近また仕事が忙しくなってきて、書き溜めていたプロットも心許なくなってきました……。

次話も、明日10月18日20:30頃に更新できるよう頑張りますが、またどこかでお休みをいただくかもしれません……!


是非感想を頂けると励みになります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。