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第34話 仲直りの方法


 夏休み前最後のHRでは、担任の恒久先生がゆるい雰囲気で締めの挨拶をしていた。


「えー期末テストで赤点取った生徒は夏休み入っても学校で補習があるからなー。ちゃんと来いよー」


 赤点を取ったであろうクラスメイトが数人憂鬱な雰囲気で返事を返す。


「それ以外の生徒は文字通り夏休みだ。高校生になって初めての夏休みに浮かれるとは思うが、羽目を外しすぎて先生達の仕事を増やさないでくれよ。頼むから……」


 とても感情が籠っているように聞こえるが、以前にも何かあったのだろうか。


「はーい、じゃあ最後のHRはこれで終わりー、かいさーん」


 先生の合図を聞いて、クラス中が歓喜の声を上げて各々解散していく中、俺は部活に行こうとテニスバッグを背負う綾を呼び止める。


「あのさ綾、ちょっとだけ時間をくれないか?」


「……私、これから練習なんだけど」


 少し怒気を含んだような返事をされる。

 銭湯での一件以降、俺は綾から少し距離を置かれてしまっていた。

 毎回話しかけようにも、今みたいに断られてしまうのだ。


「この前の件を謝りたいんだ」


「別に……私は謝って欲しいワケじゃないから」


 そう言うと、俺の言葉の続きを待たずして部活へと行ってしまった。

 俺はどうやら、初めて綾を本気で怒らせてしまっているようだ。

 恐らく、相手が綾だと分かっていながら、田野君の恋を応援していたのが原因だ。

 以前二人で話した時、綾は『恋人は作るつもりはない』と言っていた。

 彼女の心中を完全には理解できないが、『友達との距離ができる』事を非常に恐れていたのは覚えている。

 だから、もしかしたら綾は、俺が『恋人ができて、友達との距離ができてもいい』と考えてるように捉えたのかもしれない。

 その部分の謝罪と訂正をしたいのだが、こうも逃げられてしまっては正直お手上げだ。


「もしかして遼、入野とケンカしてるのか?」


 物珍しそうに蓮が声を掛けてくる。


「ケンカって言うよりは、俺が一方的に悪いっていうか……」


「へぇー。入野が本気で怒ってるのも珍しいけど、その怒ってる相手が遼ってのも超レアだな」


「言われてみればそうかもな……今まで綾とは口論になった事は皆無だし」


 だからこそ、対処が難しい。

 そもそも話を聞いてくれない綾に対して、どうやって説得をすれば良いのか、俺には分からない。

 そう悩む俺に、蓮はアドバイスをくれる。


「オレも最近椎葉と接していて分かってきたんだけどさ、今の状態の入野に謝ったところで、多分聞き入れてくれないと思うぞ」


「え、そうなのか?」


「だから、こういう時はまず『デート』に誘うんだ」


 『デート』……?

 俺が綾を……?


「えっと……俺と綾はそういう関係じゃないんだけど……」


「わーってるって。つまり、ちゃんと2人きりになれる状況を作って、いい雰囲気になってから謝罪を切り出すんだ」


「……なるほど」


 やたら具体的な話だが、もしかして蓮も椎葉さん相手に何かやらかした経験があるのだろうか。

 しかし蓮の話はとても良い参考になった。


「ありがとう蓮。もう一回リベンジしてみるよ」


「ああ。ダメだったら『奥の手』もあるから、必要だったらオレに聞いてくれ」


「分かった。じゃあ行ってくる!」


 俺は綾が居るであろう、テニスコートへと駆け足で向かう。

 途中で木城先輩に呼び止められたが、「すみません、先約がありまして……!」と非常に心苦しくも断わらざるを得なかった。

 生徒玄関で靴に履き替えて部室棟を歩いていると、練習着に着替えた綾を見つけた。


「綾、もう一回だけ、俺の話を聞いてほしいんだ」


「遼ちゃん……私、これから練習――」


「ちょっとこっちに来てくれ」


 俺は有無を言わさず綾の手を握り、人目の少ないプールの裏へ連れていく。


「……この辺なら大丈夫か」


「わざわざ人目の少ないところに私を連れ出して、一体何を話すつもりなの?」


「そうだな……あまり他人に聞かれたくない話だから」


「ふーん? ま、期待はしないでおくね」


 相変わらずの冷めた態度に思わず怯みそうになるが、今後も綾と良好な関係を築く為に俺は強気に出る。


「綾、俺とデートしてくれないか?」


「……え?」


「もちろん2人きりで、だ」


「……本気?」


「ああ。もし途中で知り合いに会ったとしても、絶対綾の事を最優先に行動するって誓う」


「はぇ……」


「俺はこのデートで、綾との関係をもう一歩先に進めたいんだ」


「ぇえっ!?」


「そこでもし、俺が間違いを犯したら……今までの関係では居られなくなるとは思ってる」


「そりゃそうだよ……!」


「だから、そうなった時は、俺が全ての責任を負うって約束する」


「ひゃぁぁ~~……!」


 顔を真っ赤に染め、両手で顔を覆う綾に対し、俺は左手を差し伸べる。


「だから綾。俺と一緒に、デートしてくれないか?」


「うぅ……は、はいぃ……」


 おずおずと俺の左手の指先を、綾は両手で優しく掴んでくる。

 よしっ! まずは第一関門突破だ……!

 綾が以前俺に対して『デート』というワードを気兼ねなく使ってきたので、意趣返しとして俺も使う事にした。

 一か八かの博打だったが、反応からしてセーフだったと見て良さそうだ。

 それに、もし俺がデート中に、綾が幻滅するような失敗や間違いを犯してしまったら、当然それまでの友達の関係を続けるのは難しくなるだろう。

 だから、そうなった場合は俺自身が責任を取って、恋人探しを諦め、綾が充実した学校生活を送れるよう全力でサポートしようと考えた。

 綾が友達と離れるのを怖がっているなら、せめて俺から距離を作るような事はしたくなかったのだ。

 咄嗟の判断だが、綾から承諾を得る事に成功した俺は、少し気を抜いてしまう。


「ね、ねえ遼ちゃん……?」


「ん?」


「私と遼ちゃんの間に、その……間違いが起きちゃったら、今までの関係に戻れなくなっちゃうよ……?」


「ああ、もちろん承知の上だ」


「それに、も(・)し(・)そ(・)う(・)い(・)う(・)事(・)に(・)な(・)っ(・)ち(・)ゃ(・)っ(・)た(・)ら(・)、咲来さんには……その、なんて説明するの?」


「姉ちゃんが納得するまで、ずっと説得し続けるよ」


「ふわぁ~……ホントにホンキじゃん~……」


 俺の指先を握りつつも身体をくねらせる綾。

 なんだか想い人を本当のデートに誘ってるみたいで、もしかしたら勘違いさせちゃってるかもしれないが、相手はあの綾だ。

 『恋人を作らない』と本心を口にした訳だし、流石にそんな勘違いをする事はないハズだ。


「じゃあ早速日程を決めようか」


「うん……」


「綾はテニス部のレギュラー選抜だし、試合に影響が出るとマズいだろうから、夏の大会以降にするか?」


「むしろ大会前の方がいい!」


「そ、そうか。じゃあ空いている日を教えてくれ」


 急に押しが強くなった綾は、すかさずバッグからスマホを取り出し、鬼気迫る勢いでスケジュールを確認し始める。


「今週……は、流石に無理で、来週は……ギリ行けそう……?」


「えっと、綾の練習が第一だからな? わざわざ忙しい大会前じゃなくても……」


「合宿前なら……! よし、じゃあ来週の金曜日はどうかな?」


「俺の方は大丈夫だ。問題ない」


「やったぁ! じゃあ来週の金曜日、楽しみにしておくね!」


 まるで夏の太陽のように眩しい笑顔を見せる綾は、ここ最近で一番機嫌が良さそうに見える。

 そこまで期待してくれるなら、俺も気合が入るというものだ。


「じゃあ集合場所とか決まったら連絡するよ」


「うんっ! わぁ~やったぁ~」


 スマホをその控えめな胸元に抱き寄せて、だらしない笑顔を見せる綾は、そのまま上機嫌で去って行った。

 さて、帰ったらもう一度夏休みの予定を確認しよう。

 俺はプール裏から少し遠回りをして駐輪場へ向かう途中、武道場の脇で木城先輩とバッタリ出会う。


「あ、木城先輩。さっきはすみませんでした」


「……ええ、気にしないで頂戴」


 気分でも悪いのか、少し顔色が優れないように見える。

 少し不安になり、俺は体調を伺う。


「あの……ひょっとして体調悪いんですか?」


「……そうかもしれないわね」


 俺の考えは当たっていたようだ。

 もしかしたら熱中症かもしれないと思い、俺はすぐさま保健室へ行くよう提案する。


「熱中症だったら怖いので、保健室に行きましょう。俺も付き添うんで」


「分かったわ……」


 辛そうな木城先輩の手を取り、ゆっくりと校舎の方へと向かう。

 その間、無理に木城先輩を喋らせて体力を消耗させるとマズいと思い、保健室に着くまでの間、一言も交わすことはなかった。



 ~~~~~~~~~~~~



 保健室のベッドに横たわる木城先輩は、力なく天井を見つめる。

 潮見先生は『熱中症かもしれないから、しばらくは経口補水液をちゃんと飲んでね』と言って、職員会議を欠席する旨を知らせに職員室へと駆けていった。

 俺は木城先輩を放っておけず、ベッドの横に椅子を寄せて座っていた。


「木城先輩、大丈夫ですか?」


「……私、あまり体調を崩さないのだけれど、今日はあなたに不甲斐ない所を見せてしまったわね」


「人間、生きている以上誰だって体調を崩すことはありますよ。全然気にする必要なんてないです」


 体調を崩すと、さしもの木城先輩でも少し弱気になるらしい。

 俺は先輩を励まそうと、花火大会の件を聞こうと思っていたが、俺より先に先輩の方から話題が上がる。


「霧島君は以前、彼女が欲しい、モテたいと言っていたわね」


「え? まぁ、そうですけど……」


「それは今でも変わらないの?」


「……そうですね、自分も恋愛とかしてみたいですから」


 何故その話題なのだろうか。


「そう……じゃあやっぱり、あなたは入野さんと、お付き合いをするつもりなのね」


 ……ん?


「あなたの恋が、成就する事を心から願っているわ」


「あの、ちょっと待ってもらってもいいですか?」


「何かしら」


「俺、別に綾と付き合うつもりはないですよ?」


「……?」


 まるで『あなた、何を言っているの?』と言わんばかりに疑問を浮かべる木城先輩。

 あ、もしかしてさっき綾をデートに誘ったところを見られたのかな……?


「もしさっきのプール裏の事を話しているのであれば、あれは単に俺が綾と仲直りしたいからデートに誘っただけですよ?」


「……つまり、あなたと入野さんは既に付き合っているという事?」


「違います。綾とは友達です」


「でも、『今までの関係で居られなくなる』と言っていたわよね?」


「それは『もし仲直りできなかったら、友達の関係を保つことが難しくなる』って意味ですよ」


「…………なるほど」


 長い沈黙を経てようやく状況を理解した木城先輩は、大きく深呼吸をする。

 さっきの綾に対する誘い文句、やっぱ勘違いする人も出ちゃうか……。

 少し顔色が良くなった様子の木城先輩は、少し不機嫌そうにする。


「霧島君。あの言い方は些かよろしくないかと」


「はい……俺も後になってそう思いました」


 表情は相変わらずほとんど変わっていないように見えるが、最近木城先輩の表情が読めるようになってきた俺からすれば、むしろ若干怒っているようにも見える。


「あと、私の事は『レーナ』と呼んでほしいと言ったわよね?」


「す、すみません……今まで先輩の事を、名前で呼び捨てにしたことなんてなくて……」


「それはつまり、『あなたの初めて』という事かしら?」


「ええ、まぁ……」


 木城先輩……いや、レーナ先輩は再び深呼吸をすると、今度は少し恥ずかしそうな表情を浮かべる。


「実は私も、身内以外の男性から名前呼びされるの、『初めて』なの」


「そうなんですか!? でもドイツじゃ名前呼びが普通なのでは……?」


「……そこはカウントしないわ。だって私、小学生からずっと日本に住んでいるし、国籍だってちゃんと日本だから」


「そうですか……」


 思いもよらないノーカン宣言。

 レーナ先輩ってこういうごまかし方をするんだな。

 やっぱり可愛らしい人だ。


「じゃあ改めてレーナ先輩」


「『先輩』は不要と言ったはずよ?」


「すみません……やっぱり癖で『先輩』を付けちゃいますよ」


「……木下さんは『先輩』を付けていないのに?」


 うぐっ! 痛い所を突いてくるな……。

 じゃあ妥協案で――。


「では、レーナさん」


「……何?」


「体調はいかがですか?」


 問われたレーナさんは、ほのかに笑顔を見せて答える。


「とても、元気になったわ」


今回もお読みいただきありがとうございます。


次話も、明日10月17日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!


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