第32話 『見た目』と『中身』~下~
冷水シャワーと羞恥による体温の乱高下を経て私服に着替えた俺は、何故かリビングで一言も発しない姉ちゃんと綾の正面に座っていた。
ひょっとして俺が逆セクハラしてしまったせいか……?
いや、むしろ俺は姉ちゃんからハラスメントを受けてたような気もするが。
謎の空気感に堪えかねた俺は、シャワーが冷たいままだった事を知らせる。
「あー、てかさ。お湯が出なかったんだけど、姉ちゃん何か知ってる?」
「えっと……ちょっと確認するわね」
そう言って気まずそうに立ち上がって、キッチンへ向かう姉ちゃんは給湯器のリモコンを確認する。
「……なんかエラーっぽいのが出てるけど」
「え、ホントに?」
俺も立ち上がって姉ちゃんの隣に立ち、給湯器リモコンの表示を確認する。
そこにはエラーコードを示すように文字が点滅していた。
「あたし、管理会社に連絡してみるわ」
そう言って姉ちゃんは電話をし始めたので、俺は再びリビングで綾の正面に座る。
なるべくこちらを見ないように視線を泳がせたり俯いたりして恥ずかしそうにする綾を見ていると、何故か俺まで少し恥ずかしくなってきてしまう。
「えっと、ごめんな? 俺の裸なんて見たくなかっただろ」
「う、ううん? むしろ謝るのはこっちだし!」
「そうか……まぁ、この件はお互い水に流そう」
「そだね! シャワーだけに……?」
相変わらず俺のギャグを察するの上手いな。
少しサムい雰囲気になってしまったので、話題を変える。
「そういえば、蓮とはちゃんと話できたのか?」
「うん! 距離置きすぎちゃってゴメンって謝られたけど、私も我儘過ぎたなーって反省したんだよね」
「そっか。昨日の帰り際も蓮と綾が楽しそうに話してたから、俺はちょっと安心したよ」
「あはは……ホント、遼ちゃんには感謝しきれないや」
綾は両腕で頬杖をつくと、そのまま俺を凝視してくる。
「……なんだ?」
「ん~? 友達を鑑賞してるだけー」
「なんだそれ」
俺は呆れつつも、綾の穏やかな表情を見て、自然と嬉しさが込み上げてくる。
「ねーねー、夏休み何して遊ぶー?」
「そうだなぁ……あ、そういや買い物に行く件ってどうなったんだ?」
「あっ、そうじゃん! すっかり忘れてた!」
綾は慌ててスマホを取り出したかと思えば、日程を確認する。
「えーっと、8月の2週目とかどう?」
「8月の2週目……俺は全然大丈夫だぞ」
「分かった! じゃあ詩織ちゃんにも聞いとかなきゃね」
「だな」
俺と綾の話がひと段落したタイミングで、管理会社との通話を終えた姉ちゃんがリビングに戻ってくる。
溜息を吐く様子を見るに、なんとなく状況を察してしまう。
「姉ちゃん、もしかして……」
「うん……修理が必要だって」
「ちなみに修理はいつ?」
「最短で1週間後、だそうよ」
俺と姉ちゃんは深い溜息を吐く。
つまり来週まで、風呂に入る為だけにわざわざ実家へ戻る必要があるという事だ。
そこまで遠くないとはいえ、少し億劫に感じてしまう。
「ま、仕方ないわね。後でお母さんにLoin入れとくわ」
「はーい……ってかさ、今日くらい銭湯でも良いんじゃないか?」
「あー確かに。せっかく入野ちゃんも居る事だし」
「え……私?」
きょとんとする綾に対して、姉ちゃんは至極当然と言わんばかりに告げる。
「うん。この後家に着替え取りに行ってもらって、一緒に極楽湯行きましょ」
「え、えぇっ!? わ、私もご一緒しても良いんですか!?」
「ええ。だってこの前入野ちゃんと約束したじゃない、一緒に銭湯行くって」
「い、言いましたけど、こっ心の準備とか……!」
「で、行くの? 行かないの?」
「もちろん一緒にお供させていただきますっ!!」
興奮した様子の綾は、急いで鞄を持って靴を履き始める。
「入野ちゃん、現地集合でもいいかしら?」
「は、はひっ! サッと帰ってサッと向かわせていただきますっ!」
そのままの勢いで出て行ったかと思えば、再び玄関の扉を開けて「あ、今日もお邪魔しましたっ!」と礼を言って入野は帰っていった。
「なんだか、入野ちゃんって小動物みたいで可愛いわね」
「人間としては認識してないんだな……」
姉ちゃんの中で、綾はペットのような存在だという事が判明した。
せめて妹のような存在とか、そういう風に認識してあげてほしいものだ。
「じゃ、あたし達も準備して行きましょうか」
「そうだな。あんまり綾を待たせちゃうのも申し訳ないしな」
俺と姉ちゃんは着替えやタオルをリュックに詰めて、銭湯に向かう準備を整えたのだった。
~~~~~~~~~~~~
うちから比較的近場かつ安めのスーパー銭湯といえば、ボウリング場に併設された極楽湯だ。
駐輪場に自転車を停めて入口へ向かうと、オーバーTにハーフパンツというかなりラフな出で立ちの綾が、汗だくで俺と姉ちゃんを出迎える。
「お待ちしておりましたっ! 今日は何卒、よろしくお願いしますっ!」
「うむ。苦しゅうないぞ」
「姉ちゃんは誰になり切ってるんだよ……」
「え? 紫式部」
この前話題に上がった源氏物語に引っ張られすぎだろ。
あと、そんなやんごとなき出自でもないだろ。
色々ツッコみたいところだが、ここで時間を浪費してもしょうがないので、俺たちは両親から貰った有効期限ギリギリの回数券を手に、施設の中に入る。
2階で靴をロッカーに入れて受付を済ませた俺達は、ロビーで大体の入浴時間を共有する。
「俺は多分30分くらいで出てくると思うけど、2人は?」
「ん~サウナで整いたいし、大体1時間くらいかしらね」
「い、1時間も一緒に居ても良いんですか!?」
「もちろん! 入野ちゃんにはい~っぱい聞きたい事があるから、1時間じゃ済まないかもね?」
「あ、はい……」
鋭い眼光から色々察した綾は、女湯の暖簾をくぐる姉ちゃんの後ろを、まるで従者のようについていった。
1時間か……まぁ、余った時間でソシャゲでもやっとけばいっか。
俺はあまり深く考えず男湯の暖簾をくぐり、ロッカーで服を脱ぐ。
周りに男しかいないとはいえ、未だに公衆浴場で服を脱ぐことに抵抗がある俺は、腰にタオルを巻いてそそくさと浴場の中へと足を踏み入れる。
銭湯特有の湿潤な空気を肌で感じながら、俺は洗い場へと向かい、疲れと汚れを流そうと椅子に腰掛ける。
「あれ……ひょっとして霧島君っすか?」
声を掛けられた方を向くと、そこには田野君が居た。
一瞬誰か分からなかったが、この特徴的な声には聞き覚えがある。
「もしかして、田野君?」
「そうっす! 覚えててくれたんすね!」
「そりゃ一緒に優勝目指した仲だからな。忘れるわけないよ」
本音を言うと、最近喋ってなさ過ぎて忘れかけていたが、本人と俺の面子の為にもここは内緒にしておく。
「いやぁ~まさかこんなところで霧島君と会えるなんて、超ビックリっす!」
「俺も同じ気持ちだよ。田野君は普段からここに来るの?」
「まぁー月イチって感じっすね~。ウチのバスタブ超小っちゃいんで、たまに銭湯のデカい風呂に浸かってストレス発散しに来てるって感じっす」
「なるほどな。それメッチャいいね」
うちも浴槽は狭いから、最近身長が伸びてきた俺にとってはかなり窮屈だ。
まぁ実家に帰ればそれなりに広い浴槽に浸かれるが、わざわざ風呂に入るためだけに行くほどではないと考えていた。
しかし、元々は湯船に浸かるのが好きだったし、田野君の考えには凄く同意できる。
「俺も田野君と同じく、来月から月イチでここに来ようかなー」
「本当おススメっすよ。自分も高校生になってから、お小遣いで回数券買うくらいにはハマりましたし」
田野君は短い髪をワシワシと洗いながら俺に銭湯通いを勧めてくる。
後で回数券の金額確認して来よ。
「ちなみに霧島君は、今日はどうして銭湯に?」
「実はウチの給湯器が壊れたっぽくてなぁ。冷水しか出なかったから、今日は俺が我儘言って姉ちゃん達と一緒に来たって感じ」
「へぇー。暑い時期に自宅で汗流せないの、ちょっとツラいっすね……」
同情してくれる田野君は、自分の髪を洗い終えると少し興味深そうにこちらを見てくる。
「……えっと、俺の顔に何かついてる?」
「あっ申し訳ないっす! いや、メッチャ丁寧に髪の毛洗うなーって思って」
俺は揉み込むように自分の頭を洗いながら、田野君の問いに答える。
「ホントは俺も雑に洗いたいんだけどな~。一度癖になるとやめられなくてさ」
「え、何か理由とかあるんすか?」
……まぁ、田野君になら本当の事を言ってもいいか。
「田野君……笑わずに聞いてほしいんだけど、いい?」
「は、はい」
「実は、元々はモテたくて始めた事なんだ」
「……え?」
まるで分からないといった表情の田野君。
まぁ、そうなるよね。
「そもそも俺ってあんまり自分に自信なくてさ。姉ちゃんみたいにモテたくて、中学の頃から身だしなみに気を遣うようになったんだよね」
「そうなんすね。でも霧島君って普通にモテてないっすか?」
「そんなワケ……」
「いやいや。これは先輩の受け売りっすけど、恋愛感情は置いといても、周りに仲の良い異性が何人も居たりするのも、充分モテてるって言えるらしいっすよ?」
「え、そうなの?」
思わずシャンプーを洗い流す手が止まる。
「だから少なくとも自分にとっては、霧島君は充分モテてるように見えるっす」
「……マジか」
そうか……そういう考え方もあるのか。
俺は今まで『モテる=女子から告白される』としか考えていなかった。
もし、仮にだけど。
田野君の『モテる=複数の異性と仲が良い』を当てはめると、既に俺はモテているのかもしれない。
「でもさ、女の子から告白されないのって、結局俺に魅力がないからじゃないのか?」
「いやいや、自分たちまだ高校1年っすよ? それに霧島君は、見た目だけじゃなくて中身もイケメンなんすから、それに気づいた女子たちから絶対告白される気がするっす!」
「えぇー? 本当に~?」
田野君はやたら俺の事を褒めてくれるが、どうも現実味がない。
今のところ俺に恋愛感情を向けてきている女子は、知る限りだと誰一人としていないのだ。
話したり考えたりしている間に全身を洗い終えた俺は、田野君と共に露天風呂へと場所を移す。
俺の隣で肩まで湯に浸かった田野君は、しみじみと語り始める。
「っていうか、霧島君見てると自分ももっと自分磨かなきゃなーって思ってきたっす」
「それはまた、どうして?」
「この前入野さんに告白して気付いたんすよ。自分はまだ、入野さんと肩を並べられるほど、努力出来てないんだなーって」
そう語る彼は、湯気の向こうへぼんやりと視線を向けていた。
「でも、田野君だって気が遣えるし、見た目だってカッコいいと思うけどな」
俺は本心からそう思っている。
実際球技大会では彼の判断力やチームを鼓舞する快活さに、大いに助けられた。
そして、綾の隣に立つ姿を想像しても、田野君の容姿は見劣りしないと思ったんだ。
「へへっ、霧島君にそう言ってもらえるの、素直に嬉しいっす」
田野君は顔から滴る汗を拭いながら、悔しそうな表情を浮かべる。
「でも、やっぱ自分は最後の最後まで、入野さんの隣に立つ自分が、全然想像できなかったんです……」
「そっか。それは自分の見た目がって事?」
「まぁ……大体そんなところっす。入野さんの私服を初めて見た時、可愛いなって思うと同時に、自分はどうなんだろうって思っちゃったんすよ」
俺はふと、中尾君の事を思い出した。
いま田野君の言った事とは真逆の事を、彼は主張した。
どちらが正しいかを判断するつもりは無いのだが、俺は田野君の抱える気持ちの方に、どうしても共感できてしまう。
「その後に霧島君から何着か服を見繕ってもらって、『ああ。入野さんと釣り合うのは、霧島君みたいな人なんだな』って思っちゃったっす」
「そんな事――」
「そんな事あるっす! だから自分は、霧島君みたいな男になりたいって、心から思うようになったんです!!」
真正面から想いをぶつけられた俺は、次の言葉を発せなかった。
『霧島君みたいな男になりたい』。
そんな事を言われる日が来るなんて思ってもみなかった。
「あ、すみません……! こんなこと言われて、迷惑だったっすよね……?」
驚愕に固まる俺を見て、申し訳なさそうに謝る田野君。
「えっと……初めてそういう事言われたから、ちょっとビックリしちゃって」
「そうっすよね! ホント、申し訳ないっす!!」
「いやいや、謝らなくていいよ!」
「ほ、ほんとっすか?」
「ああ。むしろ少し嬉しいくらいだよ」
そうか……俺の考えを理想とする人って、案外居るんだな。
ギャル達だけでなく、田野君だって心から褒めてくれた。
少し自己肯定感が上がった俺に、田野君は安堵しつつ感謝の意を伝えてくる。
「霧島君。この前は入野さんと話す機会をくれて、本当にありがとうございました」
礼を言い終えると、彼は己の拳を静かに握りしめた。
「もっと自分自身を磨いて、霧島君と肩を並べられる日が来た暁には……」
「……暁には?」
俺の問いに、ニヤリと笑みを浮かべる田野君は、己の目標を宣言する。
「入野さんに、もう一度告白するっす」
今回もお読みいただきありがとうございます。
次話も、明日10月15日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!
是非感想を頂けると励みになります!!
※買い物の日程に不備があったので修正しました




