第31話 『見た目』と『中身』~中~
リサ先輩に誘われた俺は、一度先輩と別れ、少し時間を置いてからムラカド・ベーカリーへと向かっていた。
大好きなクロワッサンを思い浮かべて気を晴らそうとしたが、中尾君へのやらかしが頭から離れず、気分は少し落ち込んだままだった。
善意は必ずしも良い事とは限らない。
自分が良かれと思ってやったことでも、相手には余計なお世話だと受け取られる事がある。俺は今日、それを思い知ったのだ。
小野先輩の件も、椎葉さんや田野君の件だって、実は当事者にとってはいい迷惑だったかもしれない。
書き置きや手紙を貰ってからというもの、俺は少し他人に対して善意という名の独善を押し付けがちなのかもしれない。
俺は自嘲気味になりながら、ムラカド・ベーカリーの扉を開ける。
「いらっしゃーい。待ってたよ~」
「うわっ! ガチであのカットモデルの子じゃん!」
「ホントにリサちんの後輩だったんだー」
「そだよ~」
店に入るや否や、俺はギャルたちに囲まれてしまった。
彼女たちの視線で身体中穴だらけにされる錯覚に襲われた俺は、思わず硬直してしまう。
「目でっか~、まつ毛バッシバシ~」
「ってか肌綺麗すぎん? 化粧水とか乳液使ってんの?」
「髪もメッチャ綺麗でウケる。ね、ちょーっち触ってもいい?」
「え、ええ……」
「うわやっば! サラサラすぎん!? ほら、さーやも触ってみ?」
「えっぐー、めぐより髪質いいじゃん」
俺の髪やら顔やら触ってくるギャル達に少し怯えていると、リサ先輩は笑いながら止めに入る。
「あんたらベタベタしすぎ~。ほら霧島困ってんじゃん」
「あーゴメンゴメン!」
「手軽に触れそうだったからつい」
手軽……?
よく分からない言い訳が少し引っかかるが、容姿を褒められる事自体はとても嬉しい。
「んで、今日この霧島がね? オタク君に超~いい指摘しててさ」
俺そんな指摘してたか……?
「『メッチャ頑張ってオシャレした子と一緒にデートしてるクソダサい自分を、引きで見てみ』ってさ」
「そんなヒドイ事言ってないっすよ!」
「いやいや、アタシからしたら似たようなもんだって」
俺は単に『オシャレしてくれる相手に対して、自分もオシャレして応えてあげた方が良いんじゃないか?』っていう意図で言ったんだけどな。
もしかして傍から聞いたら、そんなキツイ事言ってたように聞こえたのかな……。
「マジ!? 霧島メッチャやさしくね?」
「それな~。なんかオタク君、自分の見た目には無頓着っぽかったし」
「いるよね~。面食いのクセに自分磨けてない男ー」
いや言い過ぎじゃね?
俺は中尾君の名誉のためにも、彼を少し庇う。
「えっと、俺も昔は自分の見た目に無頓着だったんで……その、彼をそこまで悪く言わないでください」
俺の言葉を聞いて顔を見合わせるギャル達。
「優男すぎてウケる」
「絶対女に苦労しそ~」
余計なお世話だ。
「って感じで、なんか罪悪感でヘコんでたんだよね~」
「はぁ~? そんなんでヘコむ必要ないって!」
「そうそう。少なくともウチらは霧島の言った事、ふつーに正論だと思うし」
なんかメッチャ励ましてくれるな……。
ギャルって正直に思った事言う生き物だと思っているから、多分彼女達も本音で言ってくれてるんだろうな。
「てかさ、キミって彼女居んの?」
「えぇ? いや、居ないっすけど……」
「マ!? なんで!?」
「いや、こっちが聞きたいっす」
するとリサ先輩はギャル達を集めてひそひそ話を始める。
一体何の話をしているんだろうか。
「……えっ、そういう事!?」
「あー、それじゃあムリだわな~」
先輩から何か情報を得たギャル達は、気の毒そうにこっちを見ながら口々に残念がる。
いや、なんで?
「えっと……俺、どこかダメなとことかあるんですか……?」
「いや~ダメっていうか、まぁ……」
「罪な男だな~ってさー」
『罪な男』!?
いやホントにどういうことだよ……!
「ま、そのうち霧島にも彼女できっから!」
「そーそー。なんならあーしで練習する?」
「いや、さーや彼氏居んじゃん」
「だって最近アイツ冷たいし、焦らせたいじゃん?」
そんな事情に俺を巻き込まないでくれ……。
「まー冗談は置いといてさ、霧島はもっと自分に自信持ちな~?」
「ホント、霧島みたいな男子は絶対女子からモテるし」
「ってか、霧島の言ってた事間違ってないから。そこはウチらが保証するし!」
「朱音も言ってたけど、霧島は今のままでいーんだから、あんまり気にすんなって」
口々に俺を励ましてくれるギャル達に、俺は思わず感激してしまう。
やっぱりギャルって根は優しいんだな……。
「あ! ねぇねぇ、もしよかったらウチらとツーショ撮ってよ!」
「そうじゃん! アタシも撮りたいんだけど!」
「あーしもインスタに上げたいし、いーよね?」
「えっと……顔を隠してくれるなら」
俺なんかと写真撮ってもしょうがなくないか……?
もしかして彼女達なりの優しさなのだろうか。
そうこうしているうちに、ギャル達が代わる代わる俺の隣に立ち、ツーショットを撮り始めた。
うわ……この人腕とか組んでくるし、距離感バグってないか?
こんなん勘違いするなっていう方が無理だろ。
ギャル達との交流にドギマギしていると、入り口で固まる朱音が視界に入る。
なんか目のハイライトが消えてるみたいで怖いんだけど……。
「……青葉先輩?」
「おーおかえりー。ちょうど良いし、朱音も霧島とツーショ撮りなよ~」
「え、う、ウチ!?」
「そーそー、あーしらが鞄とか持ってあげるからさー」
「え、ちょ、ちょっと!」
あれよあれよという間に俺の隣に立たされる朱音。
さっきの怖い表情はどこへやら、今度は顔を赤くして慌てはじめる。
「ほらほら! ちゃんと腕とか組んでさー!」
「あ、あのっ!」
「霧島も! あかちゃんに頭寄せてあげなよー」
「お、俺っ!?」
「おーいいね! じゃあ一枚撮るよ~」
「じゃあ次はさ~、霧島があかちゃんハグしてあげてさ~」
「マジすか!?」
ギャル達に手を取られ、半ば強制的に朱音の腰へ回される。
あれ、朱音ってこんなに腰細かったのか……。
「んで、あかちゃんも霧島に抱き着いて~」
「わっ、わぁ……!」
某ちいさくてかわいいキャラみたいな声を上げる朱音も、青葉先輩達によって俺に抱き付かされる。
顔を朱色に染めて、こちらを見上げてくる朱音を見て、俺も少し恥ずかしくなってしまう。
「うーわっ、ちょーメロいんだけど~!」
「あーしも霧島みたいなカレシほし~」
「だからさーや彼氏いんじゃん」
ギャル達が盛り上がる中、俺は何故か朱音の顔から目を逸らせずにいた。
ああ、そっか。
俺……朱音の事を、今初めて異性として意識しているのか。
細い腰に、可愛らしくも大人びてきた顔立ち。
そして、今まで気付かなかった、主張する彼女の胸。
……こんなにも朱音って、可愛かったんだな。
小野が朱音に惹かれた理由だけは、少し分かった気がした。
こうして向き合うと、朱音との身長差を否応なく感じる。
それに少し潤んだ彼女の瞳を見ていると、何故だか庇護欲が湧いてきてしまう。
朱音の瞳に吸い込まれそうになった時、気まずそうに声を掛けられる。
「あー……凄く申し訳ないんだけどね? 一応ここパン屋で、他のお客さんも来るんだよね……」
ムラカド・ベーカリーの店長である村角さんは、気まずそうに帽子の上から頭を掻く。
「ひゃっ! あ、ご、ごめんなさいっ! 着替えてすぐ仕込みに入りますっ!」
朱音はパッと俺から離れると、逃げるように奥の方へ走り去る。
取り残された俺の元へ村角さんはやってくると、俺の肩をポンと叩いて申し訳なさそうにする。
「ごめんねぇ~霧島君。本当はもう少し様子を見ていたかったんだけどねぇ」
「い、いえっ! お仕事の邪魔をしてしまってすみませんでした!」
「う~ん、青春だねぇ~」
村角さんは怒るでもなく、むしろ嬉しそうにしながら厨房へと戻っていった。
そういえばここはお店だった。
半ば強制的とはいえ、TPOを弁えた振る舞いとは程遠かったのは事実だ。
それでも、これまで幼馴染としか思っていなかった朱音を、『女の子』として意識してしまった事は否定できない。
ふと横を見ると、ニヤニヤしながらこちらを見るギャル達と目が合う。
「ウチらと反応違い過ぎな~い?」
「もしかして、あかちゃんの魅力に気付いちゃったんじゃな~い?」
「さっき撮ったメロい写真、霧島にも送ろっか?」
「ええと……お、お邪魔しましたっ!!」
俺は恥ずかしさのあまり、逃げるようにムラカド・ベーカリーから出て、そのまま全力で自転車を漕ぎ始める。
「あ゛ぁ゛~~~……次朱音と会う時、俺どんな顔すりゃいいんだよーーー」
思わず口から出た俺の想いを代弁するかの如く、一匹のセミがジジッと鳴きながら俺と並走したかと思うと、飛んできたムクドリに捕食されてしまった。
嗚呼……なんと儚い……。
~~~~~~~~~~~~
帰宅して早々、俺は汗だくになり火照った身体を冷やすように冷水シャワーを浴びていた。
幼馴染をそういう目で見てはいけないと、中学生の頃からずっと思い続けてきたのに、何故か今日その一線を越えてしまった。
どうして朱音を一人の女の子として見てしまったのか、自問する度に朱音とのハグを鮮明に思い出してしまう。
そしてそれを忘れようとすると、今度は木城先輩とのハグが。
さらに意識を切り替えようとすると、俺のベッドでハグをしてくる綾が。
一人の女の子として意識しないようにしていた友達まで、何故か思い起こされてしまう。
たかがハグ一回で、こうも俺の理性は脆く崩れ去ってしまうものなのか。
一体俺は、どうしてしまったんだ……。
ひたすらに冷水シャワーを浴び続けて、俺はある事に気付く。
「……もしかして俺、友達や幼馴染を『書き置きちゃん』と『手紙ちゃん』に、重ね合わせているのか……?」
郵便受けに入っていた書き置きや手紙を受け取ったとき、俺は確かにときめいていた。
今回のこの感情は、その時に近いものがある。
まるで、叶わぬ恋に想いを馳せる少女漫画のヒロインみたいだ。
俺はあの手紙を受け取った時のようなときめきを、彼女達にも感じてしまっているのではないか?
もしそうだとしたら、俺は見たこともない相手に『こんな可愛い子だったらいいな』と期待していることになる。
これって、相手の外見を気にする、俺が一番なりたくない男の思考そのものじゃないか……!
混乱している俺は、謎の理論で自分に喝を入れて、徐々に冷静になっていく。
「ふぅ……」
一息吐いたところで、冷水シャワーを浴び続けていたせいか今度は寒さが襲ってきた。
俺は慌てて温水に切り替えて身体を温めようとする。
「……あれ? 全然温かくならないんだけど……!」
急いでシャワーを止めて風呂場を出ると、洗面台で手を洗う姉ちゃんと、タオルで汗を拭く綾とバッタリ出くわしてしまう。
「……あ、遼ちゃん……?」
「入野ちゃん。見ちゃダメよ」
姉ちゃんは目にも留まらぬ速さで綾の視界をバスタオルで塞ぐと、裸の俺を凝視しながら冷静に言葉を発する。
「もしかして、冷水でも浴びてたの?」
「え、うん……」
「そっか、だから……」
姉ちゃんが俺の下腹部に視線を落とす。
恥ずかしくなった俺は再び風呂場に戻ってドアを閉める。
「い、いいから! 早くリビングに行ってよ!!」
「ごめん遼! でもお姉ちゃんはどんな遼でも大好きだから!」
「わ、私も! どんな遼ちゃんでも、ずっと友達でいるからね!」
意味の分からない事を言いながら洗面台の前から退散する姉ちゃんと綾。
さっきまで寒かったのに、またしても身体が熱くなってくる。
「……今度から日中にシャワー浴びるのやめとこ」
先ほどとは異なる火照りを感じながら、俺は心に決めたのだった。
今回もお読みいただきありがとうございます。
次話も、明日10月14日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!
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