第30話 『見た目』と『中身』~上~
テスト期間最後の物理を確かな手応えと共にやり遂げ、俺は早速夏休みに想いを馳せていた。
かつてこれほどまでに女子とのお出かけが予定された夏休みがあっただろうか。
もちろん姉ちゃん、朱音、綾とは中学時代も遊びに行く事はあったが、姉ちゃんは身内だし、朱音は幼馴染だし、綾に至っては基本的に蓮も一緒だったから、異性とお出かけというよりは家族もしくは友達と出かけるといった感覚の方が近かった。
しかし、今夏は一味違う。
綾発案のショッピングに同行する事となった橘さんは、高校生になってちゃんと接するようになった異性だし、木下さんも木城先輩も初めて一緒に出掛ける異性だ。
これぞまさしく青春。
浮かれるなという方が難しい話だ。
恒久先生が「夏休みはもう少し先だから、羽目を外し過ぎるなよ」と呼びかけてHRを締めると、クラスからは安堵と悲壮感どちらの溜息も聞こえてきた。
俺は鞄に勉強道具をまとめながら、帰りにムラカド・ベーカリーに寄ってパンを買って帰ろうと、この後の予定を考えていた。
すると、珍しく急ぎ足の橘さんが俺の目の前までやってくる。
「き、霧島君! そういえば買い物に付き合っていただくお話って、日程決まっていませんでしたよね?」
「そうだな。何せ綾がなかなか空いている日を教えてくれなくてな」
俺は綾の机の方を見ながら、橘さんに事情を説明する。
何故かは分からないが、綾はHRからずっと机に突っ伏している。
あれだけテスト勉強したのに、出来が悪かったのだろうか。
「で、では……もしよかったらなんですが、今度2人で美術館に行きませんか?」
「えっと、それは綾と遊びに行く日とは別でって事?」
「はいっ。えと、私1人だとなかなか勇気が出なくて……もしよかったら霧島君も一緒に来てほしいなって思いまして」
橘さんは細い指先をモジモジと絡ませながら、不安そうに誘ってきた。
美術館かぁ。中学生の頃に校外学習で行ったきりだな。
「日程さえ合えば全然行くよ」
「ホントですか!? あ、ありがとうございますっ!」
橘さんは嬉しそうな表情になると、すかさず自分の鞄から手帳とペンを取り出す。
「で、では、8月はいかがですか?」
「8月かぁ。ちょっと待ってね」
俺はスマホを取り出して予定を確認する。
うん。分かってはいたが、何の予定もなかった。
だが、なんとなく予定の多い男として振る舞いたかったのだ。
「ひょっとして、霧島君は夏休みって予定でいっぱいなんですか……?」
「うん……まぁ……そこまでじゃないけどさ、一応確認は大事じゃん?」
橘さんに聞かれて思ったが、予定が詰まってるように見栄を張るのは、なんだか相手に対して申し訳ない気持ちが湧いてくるな。
それになんだか、悲しい気持ちにもなってきた。
この振る舞いは封印しよう……。
「とりあえず8月の初週なら何も予定はないよ」
「分かりました! では、詳しい日時と集合場所はLoinにてお伝えしますね!」
「おっけー」
嬉しそうに手帳を抱く橘さんを見ていると、改めて自分の夏休みの日程が埋まっていく事を、俺自身も嬉しく感じてしまう。
いやぁ~女の子と2人で美術館かぁ……とても楽しみだ。
「ちょっといいかな……霧島君?」
申し訳なさそうに話しかけてきたのは、確か中尾君……だったかな?
ほとんど話した事がなかったので記憶が曖昧だが、たしか橘さんと同じ図書委員だったはずだ。
「ああ。どうかしたのか?」
「えっと……実は聞きたいことがあって」
中尾君は橘さんの方をチラチラ見ながら、なんだか話しにくそうにしている。
あ……もしかして……?
「いいよ。ここじゃあなんだし、ちょっと場所を変えるか」
俺は中尾君の雰囲気から『何か』を察して、場所の変更を提案する。
「わ、分かった!」
「ゴメン橘さん。詳しい事は後でもいいか?」
「あ……はい。大丈夫です」
少し申し訳なさを感じつつ、俺は中尾君と教室を後にする。
「中庭でもいいか?」
「そ、そうだね。あそこ人通りも少ないし……」
ずっと緊張しているのか、少し強張った顔で頻りに周囲を気にしている中尾君。
俺は中尾君の『何か』について考察を深める。
彼は図書委員で、橘さんと一緒になる事が多い。
それにさっきは橘さんの事をチラチラ見ていたので、恐らく『そういう事』なのだろう。
中庭に着いた俺は中尾君に向き合い、相談内容について聞く。
「それで、中尾君は俺に何を聞きたいんだ?」
「え、えっと……霧島君は……」
「うん」
「霧島君は、橘さんとは、どういう関係なんだ……?」
ホラ来た!
やっぱそういう事だよな!
「俺と橘さんは只の友達だよ」
「そ、そうなんだ! よかった……」
安堵の表情を浮かべる中尾君を見て、俺は自分の推測に確信を持つ。
「もしかして中尾君は、橘さんの事が好きなのか?」
「まぁ、そういう事になるかな……」
恥ずかしそうに俯く中尾君を見て、俺は自分の推理が当たっていた事が分かり、少しテンションが上がってしまう。
女心は全然分からないが、男心なら察する事ができるんだぞ俺は……!
見えない誰かに向かって心の中でガッツポーズを決めると、中尾君に詳しく話を聞く事にする。
「んで、どんなところを好きになったんだ?」
「えっと……まず清楚で可憐なところ、かな……」
なるほど、『見た目』は確かに大事かもな。
中身も大事だが、第一印象であるルックスもその人の特徴だし個性だ。
俺は決してその考えを否定するつもりは無いし、むしろ正直に言ってくれた中尾君を褒めたいところだ。
「あと単純に、僕にも優しい所とか……」
「なるほどな。近くで接しているが故に、橘さんの魅力に気付いたワケだ」
「まぁ……そんなところかな」
っかぁー、橘さんもやっぱモテる女子だったんだな~。
俺も異性からモテたいよ……。
「それで……今度花火大会に誘おうかなって思ってて」
「えぇっ!? いくら何でも早くないか!?」
マズいぞ……これは田野君パターンだ!
相手が自分に好意があるか分からないまま突っ走るのは非常に危険だ。
驚く俺を他所に、中尾君は自らの考えを主張する。
「早くないよ! むしろ僕が誘ってくれるのを、彼女は待っているハズなんだ……!」
「……え?」
おや、なんだか雲行きが……。
「えっと、もしかして橘さんは、中尾君に好意があると……そう思ってるのか?」
「うん……だって、この前も僕と手を繋いだし……」
「……本当に?」
「ホントだよ! 図書室の机に放置されていた本を取ろうと思ったら、橘さんと手が重なっちゃって……」
それは……ギリ手を繋ぐに入らないのでは?
「しかも、嫌な顔をするでもなく、ちょっと困った笑顔を僕に向けてきたんだよ?」
それは単に気まずかっただけでは?
「だから、正直霧島君と談笑している彼女を見ていると、浮気をしているんじゃないかと思っちゃって」
これは……拗らせてないか……?
「ちょっっと待ってくれ!」
「あ、ゴメン……喋りすぎちゃったよね……」
「いやそこじゃなくて!」
俺は中尾君に、自分の考えを正直に伝える。
「非常に言いにくい事なんだけど……多分、中尾君の勘違いかも……」
「か、勘違い……?」
「うん。ちなみに中尾君は、普段何人くらいの女子と話してるんだ?」
「えっと、橘さん以外だと購買のおばちゃんと、大島先生くらい……かな?」
『女子』……? いや、流石に失礼すぎるか。
「いいか、中尾君。これから俺が話をするから、よ~く聞いてほしい」
「え? ……うん」
「まず、橘さんは誰にでも優しいんだ。だから、中尾君が好意だと思っているそれは、彼女からしたら善意に過ぎないと思う」
そう。橘さんは俺に対しても、おかずをくれたり勉強を教えてくれたりするが、それはあくまでも善意なのだ。
俺は中学1年生まで仲良くしてくれていた高校生のお姉さんが、俺に好意があると思い込んでいた時期があった。
そのお姉さんが県外に引っ越してしまうと分かって真意を聞いたのだが、回答は『勘違いさせちゃってゴメンね? 遼くんは可愛い弟だと思って接していたから……』というものだった。
つまり、善意か好意かを主観だけで判断するのは、非常に難しいという事だ。
「俺も過去に似たような経験をして学んだことなんだけどさ。もしかしたら中尾君も、俺と同じ轍を踏んでいるかもしれないんだ」
「なるほど……霧島君でも、女子にフラれる事ってあるんだ」
「フラれてないが!?」
自分に好意があるか聞いただけで、そもそも告白してないんだぞ?
あれはフラれた内に入らないはずだ。
「……分かったよ。モテる霧島君がそう言うんだ……もうちょっと橘さんの事を、知ってみようと思う」
「別にモテてないけど、その方がいいと思うよ」
思ってたより聞き分けの良い中尾君に安心した俺は、もう一つ気になっていた事を聞く。
「あと、中尾君は普段どんな格好をしてるんだ?」
「え? まぁ、中学の頃に買ってもらったカッコいい英字Tシャツとか、チェーンのついたジーパンとか……」
「……なるほど。髪型は?」
「このままだけど」
改めて見ると、中尾君の後頭部には寝癖が残っていた。
あちゃー……これはマズいな。
「……中尾君。すごく言いにくいんだけど、今よりも見た目が良くなるようにした方が良いかも」
「え? でも僕ってそれなりに悪くない見た目だと思うんだけど」
「えーっと……少なくとも中尾君の普段着は、高校生男子の流行りじゃないからさ」
「流行りって……別に橘さんはそういうの気にしないと思うんだけど」
「もしそうだったとしても、メッチャ着飾って可愛い格好の橘さんと一緒に歩いてる姿を想像してみてよ」
「うん……かわいい……」
「んで、引きの視点で自分と橘さんが並んで歩いてる姿を考えてみて?」
「うん……お似合いだなぁ……」
ダメだこりゃ……。
「じゃあ、例えばだけど……俺が橘さんと一緒に歩いてる姿を想像してみてほしい」
「え? 嫌だけど」
「……そっか」
まぁ本人がそれでいいなら、無理強いする必要はないか……。
別に服がダサかろうと恋人がいる男も居るわけだしな。
余計なお節介だと気付いた俺は、それ以上中尾君の服装や身だしなみについて触れないようにした。
「っていうか、別に橘さん以外からモテたいとか……そういうのじゃないから」
「そうだよな……ゴメン、俺が間違ってたよ。今の中尾君も魅力があるワケだしな」
俺は己の善意が余計なお世話だと痛感した。
普段から蓮の服を選んだりとか田野君からも服を選んでほしいと頼まれた事もあって、俺は天狗になっていたのかもしれない。
「まぁでも……橘さんから好意があるかどうかは、もう少し気にしてみるよ」
「ああ。頑張ってくれ」
中尾君は何かブツブツと呟きながら校舎の方へと帰っていった。
そうか、誰か1人からモテたいのであれば、万人受けする格好をする必要はない。
恋愛をしたことがない俺は、今まで気にしたことがなかった。
結局は中身が肝心なんだろうし、見た目の事ばかり口を出した俺は、中尾君にとってはさぞ嫌な奴に見えただろう。
『書き置きちゃん』や『手紙ちゃん』だって、もしかしたら俺の容姿ではなく、中身を慕ってくれているかもしれないし。
俺は『やらかした』と思い、肩を落とす。
「これは……反省だな」
「そうかなぁ~、アタシは霧島の意見にさんせーだけど」
誰も居ないと思っていた背後から声がしたので、驚いて振り向くと、柱の陰から棒付き飴を咥えたダウナーギャルが出てきた。
「えっと……」
「あー、そーいえばちゃんと自己紹介してなかったケド、アタシは2-Eの青葉璃沙。気軽にリサって呼んでね~」
青いインナーカラーの髪とピアスを揺らしながら歩み寄ってくるリサ先輩は、自分のスマホを俺に見せてくる。
「よろしくお願いします……って、それは……」
「コレ、霧島でしょ?」
スマホに写っていたのは、カットモデルとしてホームページに掲載されている俺の写真だった。
確か高校生になった時に、美容室の店長から『霧島姉弟は絵になるから、是非カットモデルとして写真を撮りたい』とお願いされた時のヤツだ。
「ええ。よく分かりましたね」
「そりゃぁね。朱音が自慢してきたから、ちょー覚えてるし」
あいつ、俺の前では『ふーん。ま、天狗になんないようにね』とか言ってきたクセに……。
リサ先輩はスマホをポケットに仕舞いながら、俺の肩にポンと手を乗せてくる。
「で、アタシはそういう目に見える努力をしてる男の方が、第一印象は良いと思ってんのよね~」
「そうっすか……ありがとうございます」
そう言って励ましてくれるリサ先輩に、俺は頭が上がらない。
「ねぇ。この後暇なら、ムラカド・ベーカリー来ない?」
「え? まぁ、今日はパン買って帰ろうかなって思ってたんで行くつもりではありましたけど」
俺の言葉を聞いたリサ先輩は、そのまま肩を組んでくる。
彼女から漂うムスク系の香りと、密着した身体に思わず緊張してしまう。
先輩はそんな俺を見て少し笑うと、顔を寄せて耳打ちしてくる。
「キミの努力を、実は色んな人が認めてくれてるって教えてアゲル」
今回もお読みいただきありがとうございます。
次話も、明日10月13日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!
是非感想を頂けると励みになります!!
※美術館の日程を誤っていたので修正しました




