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第28話 宿世


 俺と綾は姉ちゃんと朱音に、半ば強制的に俺の部屋の床で正座させられていた。

 2人とも雰囲気こそ違えど、激怒しているのは明白だった。

 般若状態の朱音が先に詰問を始める。


「色々聞きたいことはあるけど、まず二人はいつから家にいたの?」


「……多分、10分くらい前かと」


「何をしていたの?」


「……ハグしていました」


「どこで?」


「……俺のベッドの上です」


「誰が始めたの?」


「……私です」


「なんでハグをしたの?」


「……遼ちゃんが上の空で構ってくれないのが寂しくて、ちょっと魔が差しちゃったからです」


 そんな理由で綾は俺にハグをしたのか……。

 あまりにも迂闊……ッ!

 お手本のような5Wで朱音が質問したかと思えば、今度は阿修羅の姉ちゃんが仁王立ちで綾を見下ろしながら、更なる質問をする。


「で、どんなふうにハグしたの?」


「えっと……ベッドで寝ている遼ちゃんがこっちを向いたので、お腹の横から手をえいって差し込んで、そのままハグしました」


「それで?」


「……遼ちゃんの胸に顔を埋めました」


 そこまで言う必要あるのか?

 まぁ、状況確認は大事かもしれないけど。


「……で、どうだった?」


「えっと……居心地がよかったです。あと、遼ちゃんの身体が思ったより汗臭かったです」


 おい、最後の情報は余計だろ。

 あと外暑かったんだから汗臭いのは当然だろ、シツレイなヤツだな……。

 姉ちゃんは綾からの詳細なレビューを受け、身体をワナワナと震えさせると、滝のような大粒の涙を流す。


「い゛い゛な゛ぁ゛ーーーッ゛!!!」


「さ、咲来さんっ!?」


 突然泣き叫ぶ姉ちゃんに驚く朱音。


「えっと……もしかして咲来さんも、遼ちゃんにハグしたいんですか……?」


 綾の指摘に姉ちゃんは力強く頷く。



「抱ぎたいっ!!!!」



 やめろ。

 二重の意味で。


「あの……姉弟なんですし、普通にハグすれば良いんじゃないですか……?」


 朱音の問いに、姉ちゃんは号泣しながら首を横に振る。


「入野ちゃんの香りがしそうだからしない゛っ!!」


 なんだその、まるでお気に入りのぬいぐるみにタバコの匂いが移った子供みたいな理由。

 泣き続ける姉ちゃんを宥めながら、朱音はこちらをキッと睨むと俺らを責め始める。


「あんた達のせいで咲来さん泣いちゃったでしょ! ホラ、早く謝んなさい!!」


「「ご、ごめんなさい……」」


「咲来さん? 遼たち謝ってくれましたけど、どうします……?」


「うぅ……遼が今週一緒に勉強してくれるなら許す……」


「って咲来さんは言ってるけど、あんた達はどうすんの!?」


 なんか親みたいな怒り方するじゃん。

 ってか、姉ちゃんはその扱いでいいのか……?


「……分かった。綾もそれでいいな?」


「うん……」


 冷や汗をかきながら顔を青くして反省している様子の綾。

 いや、むしろ何かに怯えているようにも見える。

 ……ああそういえば、以前綾の口から「推しは『咲来さん』」って聞いたな。

 もしかして、姉ちゃんに嫌われることを恐れているのか……?

 一向に泣き止まない姉ちゃんと、まるで子供をあやすように姉ちゃんの背中をさする朱音、そして怯える綾と正座で足がしびれてきた俺。


 なんだこのカオスな状況……。



 ~~~~~~~~~~~~



 ややあって、流石に落ち着きを取り戻した姉ちゃんに対して、綾は土下座をしていた。


「ほんっとうにごめんなさい咲来お姉様っ!! 何卒このわたくしに御慈悲を……っ!!」


「フーン……」


 姉ちゃんは大人げなくずっと知らんぷりを続けてる。

 かれこれ10分以上このやり取りを繰り返していて、流石に綾が可哀そうになってきた。


「あのさ姉ちゃん」


「……なによ」


「俺が言うのもなんだけどさ、流石に許してあげようよ……」


「……イヤ」


「えぇ……」


 イヤイヤ期に入った子供かよ……。

 姉ちゃんの幼児退行が止まらねぇな。


「どうしても綾を許す気はないのか?」


「うん」


 ハッキリ言いやがった……。

 仕方ない、本当はやりたくないけど奥の手を使うか。


「はぁー……綾を許してあげてたら、夏休みに温泉連れて行ってあげたのになぁー。まぁ、俺も許されたワケじゃないし、しばらくは自分の部屋に籠るしかないか~」


「……じゃあ許す」


 手のひら返すの早いな。


「でも、綾を許すつもりはないってさっき……」


「許す」


 えぇ……姉ちゃんチョロすぎて、逆に不安になってきた。


「綾はずっと姉ちゃんの事を尊敬してたから、仲直りの印にハグとかしてあげても良いんじゃないか?」


「……わかった。入野ちゃん、頭を上げて?」


「はいっ」


「あたしも少し大人げなかったわね」


「そっ、そんな! 謝らないでください!」


 膝立ちになって慌てる綾を、優しく抱擁する姉ちゃん。


「今回の件は遼の顔に免じて許してあげるけど、次は無いと思いなさい……?」


「うぐっ……! は、はひっ、胸に刻んでおきますっ!!」


 許されたことを有難い慈悲と受け取った綾は、しっかりと抱きしめるように姉ちゃんの背中に手を回した。

 だが肝心の姉ちゃんは複雑そうな顔をして、形だけのハグをしている。

 なんだこれ。


「ところでさ遼。ちょっと聞きたかったことあるんだけどさ」


「なんだよ朱音」


「なんで綾ちゃんの事名前で呼んでんの?」


「なんでって、まぁ……成り行きで」


 どうしてそんな事気にするのかと朱音の方を向くと、姉ちゃん同様複雑そうな顔をしていた。


「……もうちょっと詳しく聞きたいな」


「なんでだよ」


「気になるから」


 なんで……?

 まぁ、隠すほどの事でもないけど、あの時朱音に昔の事をイジられた事を思い出して、また話のネタにされるんじゃないかという思考に行きついた俺は、黙秘する事にした。


「……教えない」


「……あっそ」


 意外にあっさり引いた朱音は俺の部屋を出て行く。

 もっと食い下がってくるものだと身構えていただけに、拍子抜けしてしまう。

 いつもだったら全部白状するまで追撃してくるのになぁ。

 俺は抱き合う姉ちゃんと綾の隣をすり抜け、カバンを手に取ってリビングへ向かった。

 そして、俺にとっては明日の山場である、古文のテスト前最後の追い込みをしようと勉強道具をテーブルに広げる。


「遼って古文苦手なの?」


「ん? まぁそうだな。俺らが喋ってる日本語とは思えない程度には」


「ふーん? じゃあ、ウチが教えてあげよっか?」


 そう言いながら身体を俺に寄せて教科書を覗き込んでくる朱音。

 なんか最近距離が近いというか、中間テストの勉強してた時は向かいに座ってた気がするけど……。

 隣から薄っすらとシトラスの香りを感じつつ、朱音に問う。


「ありがたいけどさ、なんか最近の朱音。俺の隣に座る事増えたよな」


「……そうかな?」


「だって中間テストの時は俺の向かいに座ってたじゃん」


「……そうだっけ?」


 ひょっとして無意識なのか?

 小野との一件があって最近男子生徒との距離を取っている気がしていたけど、ただの思い過ごしだったのだろうか。


「まぁ、確かに隣で見る方が文字も読みやすいしな」


「そうね。ってか遼だって図(・)書(・)館(・)で(・)綾(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)の(・)隣(・)に(・)座(・)っ(・)て(・)た(・)じゃない」


「あれはたまたま席の配置的に……え? あの時朱音、学習室に居たのか?」


 確かに図書館での勉強会では綾の隣の席だった。

 だが、朱音がその光景を見ていたのは知らなかったし、学習室を出入りするときに朱音が居た事には全く気付かなかった。


「いや……居なかったケド」


「じゃあ、なんで俺と綾が隣り合って勉強していたことを知っているんだ?」


「……べつにどうでもよくない? そんな事よりも、古文はどの辺が苦手なの?」


 雑にはぐらかされてしまったが、まぁ確かにどうでもいい事ではあるか。

 もしかしたらたまたま外から見えていたかもしれないしな。

 俺は勉強モードに入ると、徒然草のページを開いて第五十二段を指差す。


「この『極楽寺・高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。』の『かばかり』って何だっけ?」


「『これだけ』って意味。麓の極楽寺とか高良神社を拝んで、それでお参りは済んだと思っちゃったの。って大島センセ言ってなかったの?」


「マジか……ワンチャン寝てたかも……」


 ノートを開いて確認すると、板書がところどころ飛んでいたので、恐らく睡魔と戦っていたのかもしれない。


「遼ってば、中学の時から古文苦手だったけど、相変わらずてんでダメね」


「しょうがないじゃん。だって同じ日本語とは思えないし」


 昔から古文特有の言い回しや活用形態を覚えるのが苦手だったので、中間テストでも朱音や姉ちゃんに教わらなかったら、結構危なかったのは事実だ。


「ってか、逆に朱音は古文得意だよな。なんかコツとかあるのか?」


「コツっていうか、遼が質問してきそうなところを事前に勉強してたら、自然と読み解けるようになっただけよ」


「へぇー、図らずも俺のおかげで朱音は古文得意になったんだな」


「そういうコト」


 朱音が自慢気にしていると、姉ちゃんが俺の隣に座りつつ、俺の肩に寄りかかってくる。


「あたしは元々古文とか好きだったけどね」


「マジ? なんで?」


「んー、源氏物語とか自分で読み込む程度にはメッチャ好きだからねー。今習ってるけど、楽しすぎて授業後とか先生に質問しに行くもの」


 そんなに面白いのか。

 よく分からんが、何かが姉ちゃんの琴線に触れたんだろうな。


「ちなみに、多分遼たちも今年の冬頃から習い始めると思うから、先に勉強しておいても良いんじゃない? 特に遼は」


「確かに。遼は絶対予習しといたほうが良いよ」


 姉ちゃんと朱音がやたらと推してくるが、そんなに難しいのだろうか。


「いや、冬ってまだまだ先じゃん。別にいま勉強する必要なくないか?」


 俺の疑問に二人は深い溜息を吐く。

 いや、今は期末テストに集中したいんだから、そんな先の事を勉強したって脳のリソースが勿体なくないか……?


「あのね遼、『少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。』よ」


「はぁ」


 つい気の抜けた返事をしてしまった。

 なぜそこで徒然草の問題文が姉ちゃんの口から出てきたのかは分からないが、それだけ難しいって事なのだろうか。

 謎は深まるばかりだが、そういえば本来居るはずのもう一人の姿が見えない事に気付く。


「そういえば綾はどうしたんだ?」


「入野ちゃんなら遼の部屋でボーっとしてたわよ?」


 なんで勉強会の主催が勉強せずボーっとしているんだよ。

 俺は姉ちゃんを押し戻しながら立ち上がり、自分の部屋に向かいながら綾に声を掛ける。


「おーい、勉強会したいって言ってた人ー。サボらないでくださーい」


 反応が一切返ってこないので、何をしているのかと様子を窺うと、何故か膝立ちのまま放心している綾の姿があった。


「何してんだよ。ほら、リビングで古文の勉強するぞ」


 綾の腕を掴んで立ち上がらせようとしたら、彼女は俺の手を振り払った。


「やめてよっ! 私の身体に触らないでっ!」


 俺が掴んでいた自分の右腕を大事そうに抱き寄せる綾。


「えっと、ゴメン……。流石に気安すぎたな……」


 意識していなかったが、もしかしたらこれってセクハラだったかも……と自省しようとしていた矢先、綾は夢見心地で独り言を呟き始める。


「咲来お姉様……貴女の御身体に触れたこの身体、ふくよかで柔らかいブラ越しの胸部の温もりを忘れないよう、絶対に洗わない事を誓います……」


「いや、ちゃんと風呂には入れよ」


 流石の俺も、綾の発言には思わず引いてしまった。


今回もお読みいただきありがとうございます。


次話も、明日10月11日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!


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