第27話 想いを伝える方法
あの後、蓮と綾がどうなったか気になりすぎて生徒玄関周辺でウロウロしていると、凛とした鈴のような声に話しかけられる。
「あなた、こんなところで一体何をしているのかしら?」
声の主は、俺の姿を見て訝しむ木城先輩だった。
「えっと、友達の用事が終わるのを待っているんです」
「なら、もっと涼しい場所に移っても良いんじゃないかしら?」
「……確かに」
考え事をしていたせいで一切気付かなかったが、わざわざこんな暑い場所で待たなくても、奥の展示スペースで常設されている椅子にでも座っておけばよかったな。
少し気まずさを覚えた俺は話題を逸らす。
「そういえば、木城先輩は今回の期末テストって、全体的にどのくらい点が取れる自信あります?」
「そうね……凡そ9割以上は取れると思うわ」
9割以上って、ほぼ満点じゃないか。
容姿端麗で頭脳明晰とか、相変わらずモテる要素しかない人だな……。
「やっぱ木城先輩ってスゴイ人ですね」
「私からすれば、あなたも大概スゴイ人だと思うけれど」
「え? 俺のどこが凄いんです?」
「誰とでも仲良くなれそうなところ、気遣いが上手いところなど、主に人間関係の構築が上手いところかしら」
姉ちゃん以外に凄いと言われた経験があまりないので、少し照れくさくなってしまい、ハンカチで顔の汗を拭くフリをしながら謙遜してしまう。
「全然そんな事ないですよ。木城先輩の方が勉強できますし」
「確かに勉強の結果は試験の点数として数値化されるけれど、人間ってそれだけでは生きていけないから」
「それはそうですけど、そこは素直に喜んでくださいよ」
「あら、じゃあ私も同じ言葉をそのままあなたに返すわ」
木城先輩の無表情ながらも、どこか俺を揶揄うような言動に少し嬉しくなってしまう。
「木城先輩、以前よりも表情豊かになったような気がします」
「そう? 周りから言われた事はないけれど」
「いやいや、冗談を言ってる時とか、嬉しそうな時とか結構分かりやすいですけどね」
確かに表情の動きは少ないが、口調や目の動きが以前に増して分かりやすくなったように思える。
俺から指摘された木城先輩は、自分の右頬を触りながら意外そうにする。
「……きっと、あなたと一緒に過ごすのが、それだけ愉しいって事かもしれないわね」
「ははっ、よかったです。これで面倒なヤツって思われてたら、俺相当ショック受けてたかもしれないんで」
俺と一緒に居て愉しいと言ってくれた。
お世辞かもしれないが、あの木城先輩の口からその言葉が聞けて、俺は感無量だ。
「これから帰ろうって時に、俺に構ってくれてありがとうございます」
「私の方こそ、面倒くさがらず話をしてくれてありがとう」
柔らかい表情で感謝を伝えてくる先輩は、そのまま帰るかと思いきや、俺と向き合ったままずっとこちらを見てくる。
「……あの、帰らないんですか?」
「……あなたは私に帰って欲しいの?」
「いやいや、これから帰るところじゃなかったんですか?」
「それはそうなのだけれど、もう少し、あなたとの会話を愉しみたいの。だめ?」
そんな可愛らしく首を傾げられたら、流石に断れないって。
「全然大丈夫ですよ。そこまで可愛く頼まれたら、断れる男はいないですよ」
「そう? なら、今度から同じように頼む事にするわね」
なんだか、予想できない可愛さがある人だなぁ。
もっといろんな人に気付いてほしいなと思いながら、俺と木城先輩は夏の暑さを忘れる程度に会話を愉しんだ。
~~~~~~~~~~~~
「へぇー。バウムクーヘンって、ドイツでは日本ほど身近なお菓子じゃないんですね」
「むしろ、何故こんなにも日本で有名なのか、父は来日当時疑問に思っていたそうよ」
木城先輩と談笑を繰り広げていると、背後から元気な声が俺を呼ぶ。
「遼ちゃーんっ! おまたせー!!」
振り返ると、しばらくぶりの笑顔で綾が駆け寄ってくる。
多分しっかり蓮と話せたのだろう。これまでどこか寂しそうだった彼女とは大違いだ。
「あ、木城先輩だ! こんにちはー」
「こんにちは。霧島君は彼女と待ち合わせていたのね?」
「はい、そうなんですよ」
「そう。一つ気になった事があるのだけれど、質問してもいいかしら?」
「なんです?」
少し考える仕草をして、木城先輩は不安そうに言葉を発する。
「あなた達、もしかしてお付き合いしているの?」
「いやはは~、そう見えちゃいます? 実は~」
「いやいやいや、付き合ってませんから! 綾とは中学からの友達ってだけですから!!」
満更でもなさそうな綾の言葉を否定して真実を伝えると、木城先輩はどこか安堵したように見えた。
「よかった……もしあなた達が付き合っていたら、私は……」
意味ありげな発言をする木城先輩に、俺は少し勘繰ってしまう。
言葉の続きが気になってしまったが、そこは触れない方がいい気がした。
「木城先輩、もし私たちが恋仲だったら先輩はどうしたんですか?」
さっきまでの向日葵のような笑顔から一転。何故か少し殺気立つ綾は、俺が聞かないようにしていた言葉の先を促す。
すると、何かを決心したように先輩は俺の目をまっすぐに見据える。
「……霧島君。折り入って話があるの」
「……なんでしょうか」
これってもしかして、そういう事なのか?
まさか、あの木城先輩が、俺に対してそういう気持ちを秘めていたのか……!?
今までにないほど緊張する俺に一歩近づく木城先輩。
先輩は若干震えが見える唇を一度キュッと引き締めると、これまで聞いたことがないような弱々しい声で、俺に想いを伝えてくる。
「貴方さえよければ、私と『友達』になって欲しいの」
……え?
「と、『友達』……ですか?」
聞き返した俺の言葉に、コクリと頷く木城先輩。
えっ、友達?
付き合ってほしいとかじゃないの??
壮大な思い違いをしていた俺は、一気に緊張の糸が解け、思わず乾いた笑いが出てしまった。
不安そうに見つめる木城先輩に対して、俺は気の抜けた声で答える。
「もちろん。俺でよければ、喜んで木城先輩の『友達』になりますよ」
「……そう。その返事が聞けて、私はとても嬉しいわ」
先輩は友好の証なのか、手を差し伸べてきた。俺も握手を交わそうと手を伸ばすと、木城先輩は何故か俺を抱きしめてきた。
おまけに、頬にキスまでされた。
「き、木城先輩っ!?」
「レーナで良いわよ。私達、『友達』でしょう?」
耳元で囁くように伝えてくる木城先輩。
ひょっとして、これがいわゆる『ハグ』というやつか……!?
「れ、レーナ先輩っ……あの、ひょっとしてこれ……」
「『ハグ』よ。まぁ家族以外とするのは初めてだけれど」
へぇー。まぁ学校で誰かとハグしてる木城先輩、見たことないしな。
……じゃなくて!
「あの、いつまでハグを……?」
「あなたが返してくれないから……私も少し恥ずかしいから、早くしてほしいのだけれど」
木城先輩に催促された俺は、恐る恐る先輩の背中に手を回す。
……初めてハグをしたけど、存外心地が良いものなんだな……。
俺がハグしたことを認識した先輩は、パッと離れる。
「……やっぱり、慣れない事はするものじゃないわね」
そう口にする先輩は、耳の先まで赤くなっていた。
そして俺は気付く。
ここは人の往来が多い生徒玄関。
ただでさえ目を惹く美貌を持ち合わせている先輩と普通の一般生徒がハグをしていれば、それはそれは目立つワケで……。
周囲の視線に気づいた様子の木城先輩は焦り始める。
「あの……ごめんなさい。今日は私、帰るわね」
そう言って足早に去っていく彼女の背中を、放心状態の俺は眺める事しかできなかった。
「……ねぇ」
「……」
「ねぇってば」
「……ん?」
「今日のテス勉。遼ちゃんちでやるから」
あー、テスト勉強はウチでやるんだねー。
じゃあ家に向かわなきゃなー。
「おー。じゃあ行くかー」
「…………なのに……!」
何か綾が言ったような気がしたが、多分気のせいだ。
俺は帰巣本能の赴くまま、帰路についた。
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俺はいつも通りアパートに着いて、自転車を停め、二階への階段を登り、自宅の扉を開ける。
「ただいまー」
誰からの応答もない。
恐らく姉ちゃんはまだ帰ってきていない。
木城先輩との夢のようなハグと、去り際の恥ずかしがる表情が脳裏に焼き付いて離れない俺は、そのまま自室へ行き、ベッドに横になる。
「……ハグってすごいんだな~」
思わず思考が口から漏れるが、家に誰もいないし、何も気にする必要もないか。
そのままボーっと天井を見つめていると、徐々に脳の処理が追いつき始める。
木城先輩、これから誰かと友達になる度に、ああやってハグするつもりなのかな……?
もしそうだとしたら、多分改めたほうが良いよな。
「……いや、あれは絶対やめさせた方がいいな」
次に先輩に会ったら、絶対やめさせようと心に誓った俺は、寝返りを打つ。
すると、ムッとした表情の綾の顔が、視界の100%を占めた。
「……あれ、綾?」
「……なに?」
「ここ、俺のベッド」
「うん」
またしても脳が処理落ちをする。
あれ?
ここ俺んちだよな……?
なんで綾が俺の隣で寝ているんだ……?
リソースが足りていない記憶領域から、学校で最後に交わした綾との会話を呼び起こす。
確か、『テス勉は遼ちゃんちで』……。
あっ!!
「あ、綾っ……! すまん、ずっと放心してた!」
「うん、知ってる」
「と、とりあえずリビングに――」
言いかけたその時、綾が俺を抱きしめてくる。
しかも俺のベッドの上で。
「いやいや! ダメだって俺相手にこんなことしちゃ!」
「……だって、『友達』ならハグしてもいいんでしょ?」
「それは木城先輩の話だし、次会ったら絶対にやらないよう言うつもりだから!」
「じゃあ、私も今回だけのハグだから」
そう言って俺の胸元に顔を埋める綾。
今日はあまりにもイベントが多すぎて頭がパンクしそうなんだけど……!
こういうのって、本来恋人同士がイチャつく時にやるやつだよな?
だったら綾は俺とやっちゃダメなんじゃないのか?
「っていうか、こんなところ姉ちゃんに見られたら――」
「当然、怒るわよね? 咲来さん?」
「もちろん」
声のする方を恐る恐る振り返ると、そこには般若の様相を呈する朱音と、阿修羅の如く怒りのオーラを纏う姉ちゃんの姿があった。
あまりにも怖かったので綾の方に顔を戻すと、冷や汗をかきながら狸寝入りをきめていた。
嗚呼、俺の命の灯は、ここで立ち消えてしまうんだろうなぁ……。
今回もお読みいただきありがとうございます。
次話も、明日10月10日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!
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