第26話 親友への提案
お互いに言葉の続きが出てこないまま、数分が経ったように感じる。
綾は、珍しく俺の考えに否定的だった。
もしかして、恋人ができると友達を蔑ろにしてしまうかもっていう、昨日綾が言っていた事を心配しているのかもしれない。
ようやくまとまった考えを、綾に伝える。
「実は俺、その差出人に恋をしているかどうか、正直分かっていないんだ」
「えっ……?」
「まぁ、好きである事には変わりないとは思うんだけど、なんというか……例えるなら『推し』に近い感覚なのかもしれないな」
「それって、私が咲来さんに向けているような感情って事?」
「どうだろう……多分そんな感じかも……?」
綾ほど過激ではないとは思うが、近しい気はする。
「そっかー。推しなら大丈夫かな……?」
『推し』だったらセーフなんだ……綾の判定ラインも結構曖昧だな。
「だから、多分綾が心配しているような『友達を蔑ろにする』って事にはならないと思う」
「そ。ならいーや」
少し安堵の表情を見せる綾を見て、本当に寂しがり屋なんだなと改めて感じた。
だからこそ、早く彼氏を作って欲しいんだけど、本人にその気がないのがなぁ……。
彼女の将来を憂いていると、何か思いついた様子の綾が俺に一つ提案をしてくる。
「あ、そうだ! その差出人の子、私も一緒に探してあげようか?」
「えぇっ? いや、メッチャありがたい申し出だけど、理由を聞いても……?」
「なんというか、私も遼ちゃんの役に立ちたいなーって思ってさ」
「俺の役に立ちたい……?」
「うん。だって遼ちゃんからは色々貰ってばっかりで、私は何にもしてあげられてないなーって思っちゃってさ」
俺って綾に対して、そんなに何かあげてたっけ?
思い返してみるが、もしジュースを奢ったりしてた事を指しているのであれば、あれは俺の独善的な欲求を満たす為にやってた事なので、決して見返りを求めているワケじゃない。
「パンとかジュースを奢ってるのは、ただ俺がカッコつけたいだけだから、綾とか蓮からの見返りが欲しいわけじゃないぞ?」
「分かってるよ。だからこれも遼ちゃんと一緒で、ただ私がカッコつけたいだけなの」
そう言いながら、綾は両手で俺の左手を包み込むように握る。
なるほど、『貰ってばかりは嫌だ』という事なのかな?
だとしたら、こういうのは相手の面子を立てる為にも、潔く貰っておかないとな。
「そうか。じゃあこれからは綾も、俺と一緒に差出人について調査していこうぜ」
「うんっ! ふへへっ、なんか探偵みたいでいいね!」
楽しそうな綾の姿を見て、俺は少し安堵する。
彼女に恋人ができるまでの間は、俺が綾の寂しさを紛らわせてあげる必要がありそうだったし、丁度いい機会になったかもな。
俺が差出人を突き止めるのが先か、はたまた綾に恋人ができるのが先か、俺たちの戦いは、まだまだこれからだ!
~~~~~~~~~~~~
綾との勉強会は無事完了し、明日から始まる期末テストに向けて準備万端だ。
女子高校生の部屋にお邪魔するという珍イベントも発生したが、俺と綾の間に何事も起きなかったのは、ラブコメであれば主人公失格かもしれない。
しかし、異性とはいえ友達と間違いなど起きるはずもなく。
帰宅して晩御飯と風呂を済ませた俺は、自室でテスト前最後の追い込みをしていた。
「えーっと、確かトルコの首都は、イスタンブールじゃなくて『アンカラ』だったよな……」
期末テスト初日の最後の科目は、社会の選択授業の地理だ。
案外、国の位置関係を覚えるのは簡単なのだが、首都の場所や名前に関しては怪しい個所がある。
例えば、有名だと思っていた地域が実は首都じゃないパターンとか。
ちなみに綾も俺と同じく地理を選んでいるのだが、俺が綾に対して『イタリアの首都は?』と聞いたら、自信満々に『ミラノ!!』と答える程度には危うかった。
イタリアの首都はローマだと教えたら『ローマって国でしょ?』と、こちらの解答を疑ってきたのだから、もしかしたら彼女は脳内だけ中世に取り残されているのかもしれない。
そんな綾に想いを馳せていると、部屋の扉から顔だけ覗かせる姉ちゃんが声を掛けてきた。
「ねぇ遼~?」
「……どうしたの、姉ちゃん」
「月曜から1週間、半日で学校終わるわよね?」
「うん」
「じゃあ、学校終わったらさ、今度こそ一緒に勉強しない?」
期待の眼差しで俺を見つめる姉ちゃんに、俺は申し訳なさそうに答える。
「ゴメン……実はもう友達とテスト期間中も一緒に勉強する約束をしちゃってるんだ」
綾と金曜日に約束しちゃってるからな……そろそろ姉ちゃんを構ってあげないと、感情が爆発してしまうんじゃないか……?
そう考えた矢先、姉ちゃんは扉を開け放ったかと思うと、俺のベッドで不貞寝を始めてしまう。
「えっと……姉ちゃん?」
「……」
「そこで寝られると、俺が寝られなくなっちゃうんだけど」
「ふーん……」
その『ふーん』はどう捉えればいいんだ?
いずれにせよ、俺の予想が的中してしまった事は確かなのだが、静かに抗議してくる姿を見て、なんだか猫みたいだなと思ってしまった。
となると、やることは毛繕いか猫じゃらし、あるいはエサを与えるかの3択になるワケだが……。
「今から姉ちゃんの髪の毛触るけど、怒んないでね?」
俺は引き出しから櫛を取り出して、横たわる姉ちゃんの髪の毛を梳き始める。
こうして触る機会は滅多にないのだが、凄くサラサラで綺麗な黒髪だなぁと、弟ながらに思う。
こうやって櫛で梳いていても、全然引っかからないし、枝毛も見当たらない。
きっと毎日欠かさず手入れをしているんだろうな。
頭を撫でながら櫛を通していると、姉ちゃんは急に俯せになる。
……もしかして満足してもらえるまでやらなきゃいけないのか?
「えっと……俺からやり始めた手前、凄く言いにくいんだけど、これずっとやんなきゃダメ?」
「……」
返事はない。
しかし身動ぎ一つしない姉ちゃんを見るに、きっとそういう事なのだろう。
俺は半ば諦めながらも、猫を愛でる感覚でひたすらに姉ちゃんの髪を梳きながら頭を撫で続ける事にした。
そして、姉ちゃんはそのまま入眠してしまい、俺は初めてリビングのソファーで睡眠を取ることになったのだった。
~~~~~~~~~~~~
期末テスト初日、最後の科目である地理の問題を解き終えた俺は、確かな手ごたえを感じつつもう一度問題と解答を見返していた。
昨晩勉強した国と首都が出題されており、俺は勉強した甲斐があったと密かに満足感を覚えていた。
思えば、数学も橘さんから正しく教わったおかげで、割とスラスラ解けたのは嬉しい誤算だった。
明日に向けた今日の勉強会も、橘さんに教わる事ができれば夢の9割……いや、満点も夢じゃないな。
テストの楽しさを身に染みて実感していると、テスト終了を知らせる鐘が鳴る。
「はーいそこまでー。後ろの方から解答用紙を回せ―」
担任の恒久先生が、気だるげな声で指示を出す。
俺は後ろから回ってきた解答用紙の束に、自分の解答用紙を重ねて前に座る青島君に回して、俺の期末テスト1日目が終了した。
丸まった背中を伸ばしていると、蓮が俺の席にやってくる。
「よっ。今日のテストは手応えあったか?」
「ああ。今回は帰宅部を生かして、みっちりテスト勉強してきたからな。蓮はどうだった?」
「ま、オレもなんとか赤点は免れそうな感じだ」
蓮は気だるげに答えた後、急に真剣な顔になって「ちょっと話がしたい」と言ってきたので、俺は席を立って蓮の後についていく。
学校に残って勉強をする生徒や、赤点が確定した事を嘆く生徒たちを横目に、俺と蓮は非常階段から外に出る。
「で、改まって話ってなんだ?」
「実は、夏休みに椎葉から二人で水族館デートしないかって誘われてな」
「え、もしかして隣の県まで行くのか?」
「ああ。それだけ向こうも気合入れてるって事なんだろ」
遂に二人で県外デートか。これはもう夏休みに付き合う流れだな。
思えば、蓮がここまで異性に時間を費やしているの、初めて見るかもしれないな。
俺は興味本位で、二人の関係について掘り下げる。
「ちなみに蓮はさ、椎葉さんの事はどう思ってるんだ?」
「そりゃ一人の女の子として、好きになった相手だと思っているぞ」
「ほほぉ~。ちなみにどんな経緯で好きになったんだ?」
「そうだな……まぁ、こう言っちゃなんだが、『たまたま』だな」
『たまたま』相手の事が好きになった……?
あまり聞いたことがない経緯に疑問符を浮かべていると、それを察した蓮は苦笑しながら説明をする。
「実はオレも初めて異性と付き合いたいって思ったんだよ。だから上手く言葉にできないんだ」
「へぇー。でも、今まで沢山告白されてきただろ? その女の子たちとは何が違ったんだ?」
「それこそ『たまたま』だろ。球技大会で偶然同じチームになって、仲良くなって、二人で遊ぶようになって、そして二人で居る時間が楽しくなって。そう思える相手が『たまたま』椎葉だったってだけだ」
「なるほどなぁ~」
身近で仲が良いからこそ、蓮の正直な言葉が理解できる。
つまり付き合いたいと思える相手は、偶然が重ならなければ巡り合う事ができないという事だ。
椎葉さんも田野君も、全く同じタイミングでスタートしたにも関わらず、一方は無念にも散り、もう一方は順風満帆なのは、単に本人たちの魅力だけではなかったのだ。
恋というものを知った友人から、貴重な話を聞く事ができて満足できたので、話を元に戻す。
「んで、水族館デートに誘われたのが、俺とどう関係あるんだ?」
「……もしかしたら、遼はオレの事メッチャ嫌いになるかもしれないんだけどよ、もしよかったら、オレと椎葉が付き合う瞬間を見届けてほしいんだ」
「えぇっ!?」
蓮は恥ずかしさを隠すように、頭を掻きながら説明し始める。
「実は椎葉から聞いたんだけどさ、遼は椎葉とオレが付き合えるように、こっそりサポートしてくれてたんだろ?」
「ま、まぁそうだけど……」
「で、オレとしては、親友である遼が巡り合わせてくれた奇跡の出会いだと思ったんだよ」
「えぇ? 自分でやっといて何を今更って感じだけどさ、その……嫌じゃなかったのか?」
思い返してみれば、蓮に片思いしている女子と、その相手である親友の蓮がくっつくように暗躍してたようなものだ。
捉えようによっては親友を売ったヒドイ奴と思われても仕方ないと考えていたけど……。
「嫌なもんかよ。だって一番仲良くしてくれてる親友の遼が認めた女の子だぞ? むしろ感謝してるんだよ」
「そっか。そう言ってもらえて、俺は椎葉さんの背中を押した甲斐があったよ」
蓮はよっぽど椎葉さんという運命の相手と出会えた事が嬉しいようだ。
だから、二人の関係が友達から恋人になる瞬間を、親友である俺に見届けてほしい、と。
「分かった。じゃあ俺も一緒にこっそり水族館に行くよ」
「ああ。ありがとう」
「ただし! 一つだけ条件がある」
俺は、忘れてはいけないもう一人の『親友』の事を、蓮に伝える。
「俺だけじゃなく、『親友』である入野綾も一緒に見届けさせてくれないか?」
そう、蓮の親友は俺だけじゃない。
綾だって、ずっと俺たちと一緒に遊んできた大事な友達だ。
だから彼女にだって、蓮の恋が実る瞬間を見届ける権利があるはずだ。
それに、綾も恋を知らない。
これを機に、俺と共に恋愛というものを知るのも大事だと思う。
「蓮は最近、綾と距離を置いてるだろ。あいつ、凄く寂しがってたんだぞ?」
「それは……本当にすまないと思っているんだ」
「そう思っているなら、ちゃんと綾にも俺と同じように説明して、同じように頼んでやってくれ」
綾が蓮に距離を取られて落ち込む姿を見て、正直思う所はあった。
しかし、これから付き合おうとする相手への誠意として、異性の友達と距離を置きたいという考えも理解できる。
だからこそ、蓮がちゃんと腹を割って話をしなきゃ『親友』に対して失礼だ。
蓮の目をしっかりと見据えて、俺はスジを通すよう伝える。
「そこでちゃんと『親友』に対して、どうして距離を取っていたのか、自分の口から説明するのが、スジってもんだろ」
「ああ……全くその通りだ」
自責の念に駆られる蓮の肩をポンと叩いた後、俺はその広くなった背中を押す。
「この日本に『金継ぎ』って伝統工芸があるように、一度ヒビが入ったり割れたりしても、元の状態よりも綺麗に修復する事だってできるんだ。蓮と綾の関係も金継ぎみたいに修復されるよう、俺は願っているよ」
「……何から何まで、ホント遼には頭が上がらねぇよ」
蓮は自分の両頬を叩いて気合を入れると、しっかりとした足取りで歩み始めた。
一人残された非常階段で、俺はセミの鳴き声を聞きながら独り言ちる。
「……ちょっとクサすぎたな」
後になって、ジワジワと羞恥心が湧いてきてしまったが、全てを見ていた太陽は、容赦しないとばかりに暑い日差しを俺に浴びせているように感じた。
今回もお読みいただきありがとうございます。
次話も、明日10月9日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!
是非感想を頂けると励みになります!!




