第23話 勉強会
時刻は13時をまわり、俺と入野は並んで自転車を押しながら国道の歩道を歩いていた。
「ねぇ遼ちゃん」
「なんだね入野くん」
「美少女のサンドイッチにされたの、どんな気分だった?」
「……自分の事、美少女って自覚してるんだな」
結局あの後、俺の資料作りに穴があったことが判明したり、単純に俺よりも橘さんの方が教え方が上手かったりと、気付けば俺まで入野と一緒に数学を教わっていた。
入野が俺に問題について質問するたびに、橘さんが身を乗り出して入野に教えていたので、自然と二人の肩が俺に密着するような状態が多々あった。
正直に言うと悪い気分ではなかったのだが、周囲の男子からの視線が非常に痛かった。
本当はもう少し遅くまで勉強するつもりだったけど、学習室が混んできた事もあって、俺たちは席を譲ることにした。
図書館で本を読んでいくという橘さんとはそこで別れ、俺と入野は図書館を後にした。
「ま、詩織ちゃんも本当に偶然っぽかったし、遼ちゃんの夏休みからは0.5日だけもらう事にしといてあげる」
「ありがとうございます……?」
どうせ夏休みは1か月以上あるんだ。たかが0.5日くらい誤差でしかないわけで。
「それで、次はどこに行くの?」
「うーん、そうだな……無難にファミレスかマッグとかかなぁ」
図書館での勉強時間はおよそ3時間弱。
流石にもう少し勉強しておきたいが、腹の虫も鳴き始めたので、勉強ついでに腹ごしらえもできる場所が適当だと考える。
「じゃあこの先に最近できたマッグ行こうよ! 私ポテトのクーポン持ってるし!」
「その提案、乗った! 俺も久々にポテトが食べたい気分だったし」
「そうと決まれば、マッグまで駆け抜けるぜぇ~!」
入野はママチャリに跨ると、とんでもない加速で飛んで行ってしまう。
出遅れた俺も、立ち漕ぎで必死に追いかけるが、現役テニス部の脚力には到底敵わなかった。
「あいつ、立ち漕ぎじゃないのになんであんなに速いんだよ……っ!」
似たようなママチャリなのに、入野の自転車だけモーターが付いているんじゃないかと錯覚してしまう程、ぐんぐん差が開いていく。
たかだか1km程度の距離にも関わらず、俺がマッグの駐輪場に着いた頃には、入野はとっくに到着してスマホでクーポンを選んでいた。
「あ、遼ちゃん遅いよ~」
「ハァ……ハァ、入野……お前、速すぎ……」
息も絶え絶えな俺を見て面白がる入野は、おもむろにスマホのカメラをこちらに向けると、俺の無様な姿の写真を撮る。
「おい、撮るなよ……!」
「いやぁ~必死な遼ちゃんが可愛くて~」
そう言って入野は俺の写真を数枚撮った後、インカメに切り替えて自分もフレームに入り、ツーショットまで撮ってきた。
なんでそんなに元気なんだよ。
「ハァ……とりあえず店の中入るぞ」
「はーい」
俺は自転車のカゴからトートバッグを取り出し、マッグ店内に入る。
店舗内はしっかりと空調が効いており、外の暑さを忘れる程心地よく感じる。
少し遅れて、揚がったポテトの香りにも気付き、息つく間もなく腹の虫が空腹による暴動を起こし始める。
入野がセルフオーダー機にクーポンをかざしているのを見て、俺も隣の機材でスマホのクーポンを読み取らせる。
今日は豪勢にニンジャ・マッグのセットとクーポンのLポテトを頼んで、自分の機嫌も取ってあげようと思う。
出てきたレシートを取ると、入野が覗き込んでくる。
「ほう、ニンジャ・マッグにLポテですか……」
いつの間にか伊達メガネを掛けて、知的な雰囲気を醸し始める入野。
「たいしたものですね」
「ミームで喋るのヤメロ」
データキャラみたいな入野を置いて、俺はレジで会計を済ませる。
「え~でも遼ちゃんこういうの好きでしょ?」
「好きだけど、人が多い所でやるのは恥ずかしいだろ」
本当は乗ってあげたいところだが、周囲の目が気になるお年頃の俺にとっては、流石に羞恥心が勝ってしまうのだ。
俺は店員さんから番号札を受け取ると、入野の会計を待つ。
……ふむ。入野の眼鏡姿も中々似合ってるじゃぁないか。
普段は見せないギャップという事もあって新鮮に感じるのだろうが、如何せん本人はそこまでテストの点数が良くないので、あくまでも知的に見えるというだけだな。
番号札を受け取った入野と共に2階に上がり、カウンター席に座ろうとすると入野に袖を引かれる。
「私、カウンターじゃなくて二人掛けのテーブルがいいなー」
「え? まぁいいけど……」
隣同士の方が教科書の文字とか読みやすくて良いと思ったんだけど……。
まぁ身体が密着するのは女子的には嫌なのかもしれないな。暑いだろうし。
「ところでさ。私に何か言う事はない?」
入野は席に座る俺を見ながら訊いてくる。
こういう時は大体――。
「言う事? 『今日は可愛い服着てるね』、とか?」
「違いま――せん……」
入野は顔を赤らめながら、ゆっくりと席に座る。
恥ずかしいなら聞かなきゃいいのに……。
「それにしても、なんで今日はそんなオシャレしてきてるんだ? いつもはもっとラフな格好だろ」
「そ、それは……今日、デートだって思ったから……」
今日は勉強会だとあれほど言ったのに……。
もしかしてデートの予行演習的なヤツだったりするのだろうか。
「っていうかさ、入野は俺と蓮以外の男友達は居ないのか? それこそ男子テニス部とかさ」
「い、いないよ!」
「そんな強く否定しなくても……他にも男友達作ればいいじゃん」
「遼ちゃんは簡単に言うけどさ、結構難しいんだよ?」
入野は少し面倒そうな表情で理由を語り始める。
「私も最初は蓮以外とも仲良くしようと思って、男子テニス部の人達と雑談してたりしたんだけど、なんか面倒くさいなーって思っちゃってさ」
「『面倒くさい』?」
「うん。例えば、蓮に話しかけるフリして私とだけ話したがるような人とか、私を見る目つきが不快な人が居たりとか。遼ちゃんとか蓮みたいに自然体で接してくれる男子なんて全然いなくて、『男友達は遼ちゃんと蓮が居ればいっかー』ってなっちゃってさー」
それは……確かに面倒くさいって思っちゃうな。
朱音が以前言っていた、『友達とそれ以外』っていう壁の正体はこれだったのか。
「でもさ、この前の球技大会で一緒になった田野君とかは良かったんじゃないか? 割と普通に話せてたように感じたけど」
「んー、実は田野君に告白されたんだよねー」
「え゛っ!?」
田野君、ちょっと早すぎるのでは!?
「彼、凄く良い人なんだけどね……どうしても友達以上とは考えられなくてさ」
「つまり……断ったのか?」
「そういうコトになるかな」
無念……っ!
椎葉さんは蓮と上手くいってる雰囲気があるだけに、非常に残念だ。
それにしても、入野に恋愛感情が芽生える事はあるのだろうか?
「入野はさ、恋人は欲しくないのか?」
「んー、以前も言ったと思うんだけど、そういうの正直分からないんだよねー」
「どういったところが分からないんだ?」
「えっと、そもそも恋人を求めてないっていうか、友達以上の関係が欲しいって思わなくてさー」
なるほど。恐らく入野は恋愛というものを、自ら実感したことが無いのかもしれない。
だからこそ、ドラマやアニメを通して知識としては大まかに理解しているものの、どこか他人事のように思ってしまうんだろうな。
「遼ちゃんは恋人欲しいの?」
「欲しい」
「即答じゃん……理由を教えてもらえる?」
「そんなの、自分の事を好きな異性と一緒に居られたら、絶対毎日幸せだと思うからだよ」
だからこそモテたいし、わざわざ『書き置きちゃん』と『手紙ちゃん』の事を調査し続けているワケで。
「でもさ、それって『友達』でも充分なんじゃないかな?」
「……なんで?」
「だって、私も遼ちゃんの事好きで一緒に遊ぶし、遼ちゃんだって私の事が好きで一緒に遊んでくれてるワケじゃん? それって『恋人』とどう違うの?」
「……たしかに」
言われてみればそうだ。
考えたこともなかったが、確かに互いにある程度の好意が無ければ友達にはならないだろうし、それ以上の相手と言われてもパッと想像がつかない。
ましてや、まともな恋愛をしたことがない俺にとって、恋人というのは想像上の存在でしかないし、どういう感情なのかを具体的に教える事ができないのだ。
入野への回答に窮していると、彼女と俺の目の前に注文したものが置かれる。
「お客様の御注文はお揃いでしょうか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「では、ごゆっくりどうぞ~」
丁寧な店員さんは番号札を回収して去る。
話しかけられたことで思考を中断してしまった俺は、一度食事をしながらゆっくり考えようとフライドポテトに手を伸ばす。
「ねぇ、遼ちゃん?」
「ん?」
「遼ちゃんは、『友達』の私じゃ不満?」
「不満とかは無いよ。入野と遊ぶの楽しいし」
口に入れたフライドポテトは、ピリッとした塩辛さがありつつも、噛むほど甘みが広がっていく。
脳内が食事モードに入りかけた時、入野はポテトを一本取り出すと、おもむろに俺の口元へ向けてくる。
「じゃあさ、約束しようよ」
「何の?」
入野からポテトを貰えると思った俺は、軽く口を開けて待つ。
「私は絶対に恋人を作らないからさ……遼ちゃんも、絶対に恋人を作らないってさ」
彼女を好きな男なら勘違いしてしまいそうな、思わせぶりな妖しい笑顔を見せる入野は、すかさず俺の口の中にポテトを入れてくる。
その時の俺は、ただポテトの塩気だけしか感じる事ができなかった。
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次話も、明日10月6日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!
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