第21話 親友
静まり返った教室では、皆が真剣に数学の授業と向き合っている。
集中が途切れてきた俺は、ふと窓の外を眺めると、遠くの方に輪郭がはっきりとした入道雲が聳え立っている。
彩度の高い青空を背景に立ち並ぶ欅からは、アブラゼミの鳴き声が響き渡っているように感じられる。
球技大会を遠い過去のように感じながら、周囲の変化を思い返す。
蓮と椎葉さんは、打ち上げのカラオケ以降、二人で遊びに行くことが増えた。
その結果、昼食時に俺達と食べる事も自然に減っていき、二人の関係が進むまで秒読みの気配を感じる。
方や入野と田野君の関係は進展がなく、先の二人とは反比例するように関係が薄くなっているようだ。
やはり朱音の指摘通り、入野は心を許すまでは非常に高いハードルがあるようだ。
蓮が昼食に現れる頻度が落ちた一方、入野は寧ろ昼食を共に取ることが増えているような気がする。
橘さんは相変わらず、入野と共に行動しているイメージだが、以前のような遠慮がちな言動は減り、俺や朱音に対しても軽い冗談を言えるようになった。
そんな成長ともとれる変化を脳内で整理していると、4限の終わりを知らせる鐘が鳴る。
「じゃあ来週からテスト期間に入るからなー。夏休み前だからって油断しないように」
クラスを見渡しながら釘を刺した米良先生が教室を後にすると、教室は張り詰めた空気が緩み、話し声が一気に増える。
俺はいつも通り弁当を取り出すと、入野と橘さんが弁当を持って俺の席へやってくる。
「遼ちゃーん、今日も中庭に行く?」
「うーん、そろそろ外も暑くなってきたから、人通りの少ない北校舎の階段で食べようかなって」
「北校舎ですか……」
橘さんの歯切れが悪いので、理由を聞いてみる。
「何か不安な事でもあるの?」
「その、なんというか……日向くんと椎葉さんも最近北校舎で昼食を摂っていると聞きまして」
そうだったのか。それはなんか気まずいな……。
夏場に涼しく昼食を摂れる場所が、想像以上に少ない事に気付かされた俺は、別の候補地を考えていると、隣のクラスから朱音がやってくる。
「遼~、今日も中庭だよね?」
「いや、もう中庭は暑すぎて食べるどころじゃないと思うから、別の涼しい場所で食べようと思ってるんだけど……」
朱音は少し考えて、候補地を提案する。
「なるほどねー。じゃあ北校舎の2階とかは?」
「それは先ほど却下されましたよ」
「なんで?」
「日向くんと椎葉さんが居るらしいので」
俺と同じやり取りをしたからか、橘さんは少し冷たく朱音に回答する。
しかし朱音は一切気にする様子もなく、別の候補地を挙げる。
「じゃあさ、南校舎1階の非常階段側とかどう? あそこなら殆ど人も来ないし」
「あの天文学部の部室とかが並んでるところか?」
「そうそう。渡り廊下で少し近道できるし」
確かに、あそこなら先生も来ないし、折角だし様子見がてら行ってみるのも良いかもしれないな。
「よし、じゃあ朱音の案を仮採用って事で」
「はーい」
俺は席を立って廊下に出ると、何故か他の生徒達から視線を感じる。
何故か分からないので、視界の端でどこに目線が向いているのか観察していると、どうやら俺に対して視線を向けているようだった。
何やらコソコソ話しているようだが、会話の内容までは聞こえない。
俺は気持ち足早に南校舎へ向かった。
~~~~~~~~~~~~
「俺、なんかやっちゃったのかな?」
昼食を摂りながら俺は独り言ちる。
「なんか遼ちゃんラノベ主人公みたいな事言うね」
「だって、あんなに他の生徒から注目される理由が分かんないからさー」
あまりに身に覚えがないので、自分が過去に何かやらかしていないか記憶を掘り起こしていると、橘さんが卵焼きを俺の白米の上に乗せつつ、答えを教えてくれる。
「どうやら、霧島君は一目置かれているようですよ」
「え、なんで?」
「だって遼ちゃん、あの小野先輩っていう人を懲らしめたんでしょ?」
入野も俺の白米の上にロールキャベツを載せながら、理由を答える。
「別に俺は懲らしめてないけどなぁ……」
「でもあの時の遼、正直かなりカッコよかったよ?」
入野に続いて朱音も俺の白米の上にキッシュを載せてくる。
「まぁ、そう言われると嬉しいけどさ。でも現実として俺は直接手を下してないんだぞ?」
実際、俺は朱音に掴みかかろうとする小野を止めただけで、直接裁きを下したのは朱音や木下さんをはじめとする被害者達だったワケで。
もしかしたら噂に尾ひれ背びれが付いてしまっているのかもしれない。
「そういえば、あの小野という先輩は、最近退学になったそうですよ?」
「「「退学ぅ!?」」」
驚愕の事実に俺たちは慄いていると、橘さんは「退学の理由はあくまでも噂ですが」と前置きして話を続ける。
「他校の女子生徒に暴行を加えて警察に捕まった、とか」
俺たちは思わず目を合わせて固まる。
「あ、あくまでも噂なので信憑性は低いですよ……!?」
「仮にそうだとしても、退学したのは事実だし……」
「ウチ、そこまで追い込むつもりはなかったんだけどな……」
気まずい空気がその場を支配し始めたので、俺は話題を逸らす。
「……つか、なんで俺の白米の上におかず載せてんの?」
「だって今日の遼ちゃん、修行僧みたいなおかずラインナップで可哀そうだったから……」
「修行僧の方に失礼だぞ」
「もしかして、お金が厳しいのかなと思いまして……」
「野菜の方が高いんですが……」
確かに今日の弁当のおかずは野菜ばかりだ。
これは買い貯めていた冷凍食品が、今日の買い出しを前に尽きてしまった事が原因だ。
「おかず欲しくなったらいつでも言ってよねー。なんなら遼の分、余計に作ってきてあげようか?」
「気持ちだけは受け取っておくよ」
頬を膨らませる朱音を見て、ありがたいとは思いつつも申し訳ないと心の中で謝罪した。
『施しは必要最低限しか受け付けない。』
それは昔から両親が口酸っぱく言い続けてきた家訓みたいなものだ。
なぜそのような事を言われ続けたかは分からないが、まぁ借りた分だけ返さなきゃいけなくなって、そこに利息が発生する可能性があるからとかなんとか。
俺はそんなことを考えながら、肉なし野菜炒め(牛脂風味)で白米を掻き込んでいると、入野が思い出したかのようにスマホを取り出す。
「そういえばさー、みんな夏休みって何か予定ある?」
「ウチは、たしか7月の終わりにおばあちゃんちに行く予定入ってたハズ」
「私は、お父さんが家族旅行を計画しているので、一緒に行く予定です」
皆予定があって羨ましいなぁ。
高校生になって初めての夏休みだというのに、青春の「せ」の字も予定が入っていないのは非常にツラい。
「遼ちゃんはー?」
「ん? 課題やるくらいしか予定は無いぞ」
自分で言っていて悲しくなってきたが、無いものは無い。
無いものはねだれないのだ。
「じゃあさ、今度私の服選んでくれない?」
「ん、いいぞ」
「あ、綾ちゃん! それ、私も付いて行ってもいい?」
「んー遼ちゃんはどう?」
何故か俺に決定権をゆだねる入野。
発案者じゃないのに、どうして俺に振るのか分からないが、特に断る理由とかないしな。
「良いんじゃないか?」
「あ、ありがとうございますっ!」
機嫌良さそうにご飯を食べる橘さんに対して、少し元気がなさそうな入野。
ひょっとして俺に何か相談したい事でもあったのだろうか。
まさか好きな人でも出来て、恋煩いしているのか……?
少し気になるので、入野に声を掛ける。
「入野、放課後時間あるか?」
「10分くらいならあるよー」
「話したい事があるから、ちょっと時間貰っても良いか?」
全員の箸が止まり、突然の静寂がこの場を支配する。
「……大事な話?」
「ああ。大事な話だ」
「……分かった」
俺の要求に対して了承した入野に、目を見開いて視線を向ける朱音と橘さん。
キミ達、その目怖いからやめな……?
~~~~~~~~~~~~
テスト前、最後のHRが終わり、クラスの皆は散り散りになる。
俺は前方廊下側の入野の席に向かい、彼女に声を掛ける。
「じゃあ入野、非常階段でいいか?」
「うん……行こっか」
北校舎の非常階段へ向かう途中、入野がやたらと髪を整えていることに気付いた。
心なしか頬も上気している様子だが、単純に真夏の暑さの影響だと思う。
帰路に就いたり、部活に向かう生徒を横目に北校舎に入ると、一気に人の気配が減る。
いつもならおしゃべり大好きな入野が茶々を入れてきたりするのだが、今日はとても大人しい。
想像以上に静かな廊下では、俺と入野の二人だけの足音が反響している。
俺は非常階段の扉を開けて、2階と3階の中間で足を止めると、入野に向き合う。
「早速だけどさ、まず入野に聞いておきたいことがあるんだ」
「何かな……?」
「入野は、好きな人とか居るのか?」
あ、ちょっと聞き方悪かったかも。
これじゃ俺が入野に気があるみたいに取られかねないな。
「えっと……いる、かも?」
「なんで疑問形?」
「だ、だって! 私、恋愛とかそういうの、したことなくて……」
「そっか。でも、興味はあるんだよな?」
入野は顔を赤くしながら、控えめに頷く。
え、その感じ……恋しちゃってないか!?
俺は蓮に続いて、入野からも恋愛の気配を感じ取り、もう少し踏み込んだ質問をする。
「最近、俺によそよそしいのは、それが原因だったりするのか?」
「えっバレてたの!?」
「最近昼飯食べる時もいつも以上に口数少なかったりとか、今までと違い過ぎて流石に気付くって」
「そ、そっか……」
照れ笑いをしながら手で顔を扇ぐ彼女は、そのまま俺に質問をする。
「遼ちゃんはさ、好きな人とか居るの?」
「うーん、まぁ好きな人っていうか、気になる人はいるな」
すると入野は興奮した様子で、俺との距離を詰めてくる。
「それって誰!?」
「あ、あー……いや、俺の事はいいじゃん」
『書き置きちゃん』と『手紙ちゃん』の件を共有するかどうか悩んだが、まずは入野の不安要素を取り除く方が優先だよな。
「ふ~ん? ま、いいケド」
入野は少し顔を膨れさせると、深い溜息を吐きつつぶっきらぼうに言葉を続ける。
「最近の遼ちゃん、隠し事ばっかりしちゃってさー。蓮も遼ちゃんも付き合い悪いし、私ってどうでもいい女なのかなぁー」
「そんな事ないぞ」
「本当にぃ~?」
「ああ、もちろん」
入野は蓮と同じくらい大事な親友なんだから、どうでもいい人なんて一度も思ったことは無い。
まぁ、隠し事というか、トラブルに巻き込みたくないから言わない事はあるけども。
「じゃあさ、明日からテスト期間終わるまで、私と一緒に勉強しようよ」
「ああ、もちろ――」
「しかも、2人っきりで、だよ?」
あまり見たことのない魅惑的な表情に、俺は思わずドキッとしてしまう。
そういえば入野って、顔が良いんだった……。
邪念を吐き出すように、一度呼吸を整えて、これまで入野や蓮と遊びに行った記憶を掘り起こす。
……確かに、高校生になってから入野と遊ぶ機会が減ってたな。
ここは誘いに乗ってあげるのが筋だろう。
「……分かった。たまには親友との時間も大事にしなきゃいけないしな」
「うん。絶っ対、他の子とか誘っちゃ駄目だからね?」
「ああ。約束は必ず守るよ」
そう言った直後、入野は真剣なまなざしを向けると、俺の手を握る。
「もし破ったら~……」
「……どうなるんだ?」
何か恐ろしいことを言い出すのではないかと緊張してしまう。
俺が生唾を飲み込んだのを見るや否や、花が咲くような笑顔になる。
「遼ちゃんに彼女ができないように邪魔をし続けまーす!」
「や、やめろぉぉぉ!! 俺の努力を無に帰すつもりか!」
入野は俺の反応を見て爆笑している。
いや、笑い事じゃないが。
「あははっ、じょーだんじょーだん! まぁどうせ遼ちゃんの事だから、多分約束守れないと思うけどさ」
「は? 守るが?」
「じゃあ1回破るごとに、1日ずつ遼ちゃんの夏休みを貰いまーす」
なんだ……結局遊びたいだけじゃないか。
相変わらずわんぱくだなぁ。
「別に破るつもりは無いけど、それくらいなら甘んじて受け入れよう」
「やったーー!! えーっ、どこに行こっかな~」
「おい、俺が約束破る前提で考えるな」
完全に俺を無視して盛り上がる入野は、握った俺の手を嬉しそうに握りしめる。
まぁ、俺と遊ぶことで気分転換になるなら、それでもいいかと思った。
「あっ! そろそろ部活行かなきゃだから、今夜またLoin送るね~!」
「おっけー。じゃあ頑張ってこいよー」
俺は入野を見送るとスマホを出して予定を入れる。
来週は、火曜と木曜に買い物行かなきゃいけないくらいか……。
ちょうどスマホをポケットに入れた瞬間、上の方から扉の音が聞こえた。
「……誰かいますか?」
声を掛けたが返事は無い。
念のため階段を上って様子を見てみるが、誰もいなかった。
もしかしたら誰かに聞かれてたのかもしれないが、大した内容ではなかったので、俺は気にしない事にした。
それよりも、来週のテスト勉強をどこから始めるか考える方が優先だ。
何故なら――。
「入野……勉強苦手だからなぁ……」
今回もお読みいただきありがとうございます。
次話は、明日10月3日20:30頃に更新予定ですが、私用のため4日に更新する可能性が高いです。
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※朱音の福岡行の日程を調整しました。




