幕間1 禁じ手
夜の帳が降り、人通りが殆ど無くなった頃。
1人のフードを被った青年が静まった公園で、瞳をギラつかせながら誰かを待ち続けていた。
時折スマートフォンを確認しながら、人が通るたびにその人間の顔を見る。
「……クソがっ」
独り悪態を吐くその青年は、徐々に苛立ちを隠しきれなくなっているようだった。
すると、彼の持つスマートフォンに1件の通知が来たようだ。
青年は素早く内容を確認すると、口元を吊り上げて、まるで獲物が掛かったかのように、ゆっくりとした足取りで公園を出ると、周囲を確認しながら夜闇に溶け込むようにフードを深く被りなおす。
目的地の目の前まで来た男は、アパートの塀の裏でその時を待つ。
「そんな所で何してるのかしら?」
「……っ!?」
青年の背後には、1人の見目麗しい女子高校生が立っていた。
意図しない声掛けに動揺してしまうが、すぐさま取り繕う。
「お……僕は霧島君に用があって、家の近くで待ち合わせをしているんだ」
「あら奇遇ね? 私も霧島なのよ」
少し目を細めた彼女をよく見ると、確かに『あの男』が脳裏にチラつく。
青年は短く思考して、こう結論を出す。
この女でも良いか、と。
スマートフォンを取り出して画面を操作して、彼女を見据える。
「そうなんだね。よく見れば本当にそっくりだ」
「ええ、あたしと同じく、あの子も綺麗な顔をしているでしょう?」
「ああ、そうだね……本当に憎たらしいよ」
住宅街を通り抜けてきた一台の黒いワンボックスカーが、青年の近くに停まり、中から3人の男が出てくると、霧島と名乗る女子の口を塞いで素早く車に押し込む。
「おいっ、男って話じゃなかったか!?」
「女の方が、むしろ都合がいいだろ!」
車のドアが全て閉まると、逃げるように加速する。
性別は違えど、標的を連れ去る事に成功した男達は安堵の息を漏らす。
男の一人が霧島の口を布で縛り、もう一人も両手を後ろ側で縛り終えると、身動きが取れず横たわる彼女の顔と身体を、舐め回すような視線で観察する。
「へへっ、中々上物じゃぁねぇの」
「確かに……しかも照葉学園の制服か。そそるねぇ」
「……」
見知らぬ男達に連れ去られているというのにも関わらず、強気な目をしながら声の一つも上げない霧島を見て、首謀者らしき青年は忌々し気に奥歯を噛み締めた。
あの時の、あの顔を半ば強制的に思い起こさせるのだ。
「……その目をやめろ」
「……」
霧島は答えない。
「お前の顔見てると、ムカついてくるんだよ……!」
彼女の強気な目が気に食わない青年は、女性らしい綺麗な髪を乱雑に掴み、頭を持ち上げて恫喝する。
しかし怯えた色を一切見せる事はなく、ひたすらに青年の目を見つめ続ける。
――まるでこちらの深層まで覗き込むように。
「だから、その目をやめろっつってんだよ!!」
拘束されているにも関わらず、相も変わらず強気な表情を見せる霧島に、腹が立った青年は彼女の腹部を殴りつける。
すると霧島は咳き込み、身体を丸める。
「はぁ……どうだ? そろそろ助けが欲しくなったんじゃないか? ん?」
「……」
「ああそうかい……じゃあもう一発食らってみろよォ!!」
青年はもう一度霧島の腹部を殴りつけると、今度はみぞおちに入ったのか、霧島は大きく咳き込む。
流石にここまで痛めつければ少しは態度も変わるだろうと、彼女の口元を縛っている布をずらして感想を聞く。
「俺さ、初めて女殴ったんだけど。どうだった? 気持ちよかった?」
未だ咽せかえっている霧島の顔を自分に向けさせると、痛みに顔を顰めつつも、その瞳から怯えの色は一切見られない。
それどころか、挑戦的な表情で青年を見据えると、芯の通った声で告げる。
「ゲホッ……やっぱり女の扱いを分かってないわね……童貞の小野翔也君?」
「ハッ! オレの事知ってたんだ~、嬉しいねぇ~」
小野翔也と呼ばれた男はフードを取り払うと、復讐の色に染まったその顔を見せる。
「実はそろそろ素敵な場所に着くんだけどさ~、俺達ともっとイイ事しようぜ~?」
「フッ、童貞は女子を誘うのも下手くそなのね。そんなんだから木城レナにあしらわれるし、朱音ちゃんにもフラれるんじゃない?」
「てめっ、どこでそれを……ッ!」
彼女の言葉に小野以外の男達からは笑い声が上がる。
「ははっ! 言われてるぞ翔也ぁー!」
「お前もさっさと女抱けよなぁ!」
「なんならそこに転がってる女で童貞捨てちまえよ!」
口々に好き放題言われた小野は苛立ったのか大声を張り上げる。
「うるせぇッ!!! いいからさっさと『あの場所』へ向かえッ!!」
「へいへい。ってかもう着いたぞ」
車が止まるや否や、男たちはドアを開けて彼女を引っ張り出す。
どうやら山奥の小屋が『あの場所』と言われているようだ。
霧島は拘束された状態で歩かされ、小屋の中に置かれた椅子に座らせられる。
「っつー事で、今から霧島ちゃんとの交流会を開催しまーす!」
ニヤついた男たちは一様に拍手をし、小野はスマホで動画を撮り始める。
「まずは色々質問するから、ちゃーんと答えて頂戴ね~」
小太りの男が、メモ帳とペンを取り出して彼女の顔を見ながら質問を始める。
「1個目~。霧島ちゃんは彼氏いる?」
「居ないわよ」
「あぁ~フリーかぁー。折角『いえーい、彼氏クン見てる~?』ってヤツやりたかったのによ~」
露骨に残念がる男を他所に、別の男が質問をする。
「ちなみに処女なん?」
「当然よ」
彼女の回答に色めき立つ男たちは、その身体を品定めするかのように見はじめる。
そんな中、彼女に興奮していない小野は、もう一つ質問を投げる。
「じゃあ好きなヤツは? あ、恋愛的な意味でな」
霧島は少し切なさを滲ませると、ポツリと呟く。
「……言えるワケ、ないじゃない」
彼女が言い終えた瞬間、入口が蹴破られ、警察官が複数名雪崩れ込んでくる。
「何をしているかぁっ!」
「現行犯だ! ボウズども、逃げようなどと考えるなよ!」
小野達は成す術もなく取り押さえられると、そのまま拘束される。
「なっ、なんだよお前ら……ッ!!」
「なんで警察が……っ!!」
「それは、僕が通報したからだよ。小野翔也君?」
小野の元へ悠々と歩いて来る青年は告げる。
「だ、誰だよてめぇ!」
「僕かい? そうだね……あんまり家の名を使いたくはないんだけど、佐伯という苗字を、君は聞いたことはあるかい?」
小野は少し思考すると、顔を青くする。
「な……なんで……! ひょっとして、あのゼネコンの……っ! どうしてこんな所に!」
急に怯え始める小野に対して、佐伯は感情のない瞳で彼の顔を覗き込む。
「どうして? それは、キミたちが霧島さんに手を出したからだよ。しかもあんな状態にするなんて、万死に値するね」
「そんな……あの女は、あなたの彼女だったんですか……っ!?」
「霧島さんが僕の彼女だって? ははっ、そんなの霧島さんに失礼すぎるよ」
佐伯は心底軽蔑するような目つきを小野に向け、耳元でささやく。
「もし今後、キミたちが霧島家にちょっかい出そうものなら……次は無いと思え」
「ず、ずびばぜん゛でじだぁ゛っ!!」
余りの恐怖に涙を流す小野はそのまま連行されていった。
佐伯は立ち上がって、解放された霧島の元へ歩み寄る。
「ごめんね、霧島さん」
「なんで謝るのよ」
「だって警察が来るまで、酷い事をされていたじゃないか」
「元々そうなる可能性は伝えていたじゃない」
「でも、どうしてそこまでして……!」
「遼を傷つけられたくないから。ただそれだけよ」
霧島はさも当然と言わんばかりに想いを伝える。
呆気にとられ、何も言葉が出てこなかった佐伯に対し、霧島は頭を下げる。
「今回は私の我儘に付き合わせてしまって、本当にゴメンなさい」
佐伯は予想していなかった謝罪に慌てる。
「そ、そんなっ! 僕はただ借りを返したかっただけで……っ!」
慌てて向けた視線の先に、彼女の露になった大腿部があったことで、更に焦って真上を見て固まる佐伯。
突然の奇行を目の当たりにした霧島は、彼に少し引きつつも感謝を伝える。
「えっと……とりあえず今回はありがとう。お陰様で遼の敵を排除する事ができたもの」
「確かに、現行犯逮捕されたことで社会的にも排除は出来ましたが……霧島さんは無茶をし過ぎですよ」
佐伯は少し困った表情で霧島の顔を見る。
「昨日だって久峰高校生として紛れ込んだりとか、バレたらどうするつもりだったんですか……」
「その時はその時よ。バレずに遼のアシストができたんだから結果オーライよ」
自慢気な霧島の表情を見た佐伯は、少し気になった事を質問する。
「ところで、霧島さんは何故好きな人を答えられなかったんですか?」
「……聞いていたの?」
質問を聞いた霧島は少し不機嫌な表情になる。
「あぁっすみませんっ!! 中の様子を窺わざるを得なかったので……今の質問は忘れてくださいっ!」
霧島は謝る佐伯の横を通り過ぎた所で、小さく呟いた。
「『口に出してはいけない』からよ……」
彼女の漏らした言葉を辛うじて聞き取れた佐伯は、その言葉の意味を思考する。
そして、パトカーに乗り込む彼女を見ながら溜息を吐き、独り嘯く。
「まったく、ままならないものだね……」
佐伯はやれやれといった様子で、彼女の後を追うように小屋を後にした。
そして、その一部始終を遠目から望遠レンズで撮影する一人の人間が居た。
「……相変わらず無茶するなぁ。咲来ちゃん」
街灯もない山中で、ポツリと呟いて、撮った写真を眺める。
「連れ去られた瞬間を見た時は血の気が引いちゃったけど、それも織り込み済みだったのかなぁ? 仮にそうだとしても、なかなか肝が据わってるねぇ」
三脚を畳んでトランクに詰めると、車に乗り込んでエンジンを始動させる。
「遼君も変わらず、可愛いんだろうなぁ……」
恍惚とした表情で舌なめずりをする彼女は、昂る気持ちを抑える代わりに、車のギアを入れてその場を後にした。
今回もお読みいただきありがとうございます。
お陰様で第一章を完結まで書き終えることができました!!
この調子で、次話も明日10月2日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!
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