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第20話 傲った者


 小野にとって、今一番会いたくなかったであろう人物が詰め寄る。


「ねぇ、私の事可愛いって言ってくれたよね……?」


「そ、それは本当に思ってるけど、それとこれは別……」


「会う度に『芽瑠ちゃん、僕の事好き?』って聞いてきたから、ずっと『好き』って私は言い続けてきたよね?」


「えっと……それも『人間として』っていう意味で聞いてたっていうか……」


「でも、当(・)然(・)私(・)の(・)好(・)意(・)に(・)気(・)付(・)い(・)て(・)た(・)よ(・)ね(・)、先輩?」


「……」


 遂に言い訳が思いつかなくなり目が泳ぐ小野に対して、木下さんは突き刺すような目で詰め続ける。


「今日だって、都合が悪くなった途端に私を切り捨てたよね? ひょっとして私って、先輩にとってただの都合のいい女って認識だったの?」


「そ、そんな事――」


「じゃあ私の事、どう思ってるの!?」


 木下さんの問いへの答えが見つからないのか、諦めたように顔を下げて項垂れる小野。

 結局、良いように女心を利用しただけだったんだな。

 しばらくすると、小野は優男の仮面など無かったかのように、本性を露にする。


「……お前は、本当に都合の良い女だったよ」


「やっぱり、そうだったんだ……」


「で? お前はそれを知ってどうすんだよ、あ? 練習の合間にくだらねぇ話を聞いてやったの俺だよな? 夜中に掛かってきた電話に出てやったのも俺だよな? お前の為に一体どれだけ手間掛けたと思ってんだよ!」


 唐突に逆上し始める小野に対し、木下さんは少したじろぐ。


「お前みたいなメンヘラにわざわざ優しくしてやったんだから、むしろ俺に感謝しろよ!」


 傷ついた表情で俯く木下さんは、己の顔を両手で覆う。


「泣くぐらいなら最初っから俺に歯向かってくんじゃねぇよ」


 小野はそう吐き捨てると、俺らに向き直る。


「で、朱音ちゃんもあれだけ優しくした俺を捨てて、ソイツと付き合うってワケ?」


 朱音と俺を交互に睨みながら詰めてくる小野に対して、朱音は毅然とした態度で言い返す。


「誰も『優しくして』なんて頼んでませんケド? それに、先輩の舐め回すような視線とか、さりげなくウチの肩触ってきたり下心丸出し過ぎて超キモかったんで、正直鬱陶しかったです」


「……は?」


「ってゆーか、陰で『湿気たマッチ棒』って言われてる先輩と付き合えるワケないし、彼氏面しながらセクハラしてくる男なんて論外だと思いません?」


 『湿気たマッチ棒』……言い得て妙だな。

 自分が周りからどう思われていたのか気付かされた小野は、更にヒートアップして朱音に掴みかかろうとするので、俺が割って入る。


「てめぇ邪魔すんなよ!」


「それは無理な相談ですね。だって俺、先輩と違って自分に対して好きって言ってくれる子を守りたい男なんで」


 俺の煽りが相当効いたのか、小野は俺の胸倉を掴む。


「お前はメンヘラ女と関わった事ねぇからそんな事言えんだよ! 折角俺が目を付けてた普(・)通(・)の(・)女(・)を奪いやがって、マジで許さねぇからな!」


 小野は拳を振りかぶったが、終ぞ振り下ろされることはなかった。

 何故なら、小野の拳はウェイトリフティング部長の末吉譲司(すえよし じょうじ)によって掴まれていたからだ。


「小野……やはり、お前はそういう男だったんだな」


「す、末吉……っ!?」


 やや残念そうな表情の末吉先輩は、空いてるもう片方の手で自分の頭を掻きながら、小野に対して告げる。


「詳しい事情は分からんが、学校内での暴力沙汰は流石に生徒会としても見逃せん。生徒指導の先生の元へ連れて行くから、そこで事情を説明しろ」


「くそっ……っ!」


 怒りをぶつけることができなかった拳を下ろしつつ、小野は末吉先輩に連行されていく。


「霧島君たちも、すまないが生徒指導室まで来て事情聴取を受けてくれ」


「分かりました」


 俺と朱音は頷いて、役から抜け出すと大きく溜息を吐く。


「朱音ってあんな媚びた声出せるんだな」


「遼だって、あんな男らしいセリフ言えるんだね」


 お互いに皮肉を言い合うと、緊張の糸が切れたのか朱音から少し笑顔が漏れる。

 しかし、未だに顔を覆っている木下さんが心配になり、声を掛ける。


「木下さん……大丈夫ですか?」


 俺の声を聴いた木下さんは顔を覆っていた両手を下げると、ケロッとした表情を見せる。


「うん、私は大丈夫。心配してくれてありがとね」


「いえ……あれだけ小野先輩に言われてるの見たら、誰だって心配しますよ」


「ま、正直悲しいっていうより怒りしか湧いてこなかったけど……あんな男を好きになった私自身への……ね」


 どこか吹っ切れた様子の木下さんは、俺の右手を取って笑顔で俺を見る。


「じゃ、最後の仕上げとして、今までの出来事を全部先生に打ち明けよっか」


「そうですね。小野先輩の介錯をしに行きましょう」


 そのまま歩き出そうとすると、ムッとした表情の朱音からも左手を引かれる。


「遼、鼻の下伸ばしすぎ」


「……伸びてない」


 説得力のない俺の言い訳を他所に、二人の女子に手を引かれつつ、俺は生徒指導室へと向かった。



 ~~~~~~~~~~~~



 球技大会本番から一夜明けた土曜日。

 昨日の疲れが抜けきっていない俺は、昼前の11時まで爆睡していた。

 気付けば姉ちゃんも出かけて居なくなっており、家で独り天井を見つめつつ、昨日の一件を振り返っていた。

 結局、小野はバスケ部のレギュラーメンバーから外される事となった。

 理由としては単純で、木下さんや朱音以外からも多数のトラブルが報告されていたからだ。

 先生側としても、噂が校外まで広がった挙句、バスケ部だけでなく学校自体への悪評が広まらないようにしたかったのだろう。

 小野は最後まで食い下がっていたが、『傷ついた他の女子たちを放っておいて、自分だけ温情を貰おうだなんて、そんな都合の良い話が通ると思っているのか?』と生徒指導の先生に詰められ、取りつく島もなく絶望の表情を浮かべていた。


「なんであんな人になっちゃったんだろうなぁ……」


 生徒指導の先生曰く、2年生の夏頃までは浮ついた様子もなく、素行も良好だったそうだ。

 しかし、その年の夏休みにレギュラーに抜擢されて以降、徐々に異性とのトラブルが報告される事が増えてきたとの事だ。

 きっと自分がモテるようになって、天狗になってしまったのかもしれない。


「俺も気を付けなきゃな」


 机の引き出しから書き置きと手紙を取り出して眺める。

 この3通が別々の差出人だと仮定した場合、俺は既に3人から好意を向けられている可能性がある。

 もしそれが事実だったとして、俺は小野のように調子に乗ってしまうかもしれない。

 そんな事はないと自分に言い聞かせてみるが、少しでも可能性を垣間見てしまった以上、完全に否定する事は難しい。

 明日は我が身だ。

 他人からの好意を知った上で、ちゃんと向き合える誠実な人間にならないといけない。

 ふと、親睦会の帰りに、据わった目で朱音が言っていた言葉を思い出して反芻する。


「『大変なことになっちゃう』、ねぇ……」


 ただ漠然と『モテたい』と考えていたが、それが良い事とは限らない。

 もしかしたら朱音も、幼馴染で親しい俺に忠告をしてくれていたのかもしれない。

 俺は不安を晴らすように立ち上がって体を伸ばすと、スマホが震えた。

 通知を見ると姉ちゃんからだった。


『今夜友達をうちに泊める事になったから、突然で申し訳ないんだけど、実家に戻ってもらえる?』


 いつも1週間くらい前から知らせてくれる姉ちゃんにしては、珍しく急だな。

 まぁ断る理由もないし、カエルが『オッケー』ってハンドサインしているスタンプだけを返す。

 すると即座に既読が付き、『今度埋め合わせデートしてあげるからね!』と返信が来たので、『気持ちだけ受け取っとくよ』と送る。

 姉ちゃんからの好意、もとい弟愛にはちゃんと向き合ってるつもりだ。

 きっと恋愛も似たようなものだと思う。


「まずは『名無しの善意』が好意なのか、ちゃんと見極めなきゃな……!」


 俺は着替えをカバンに詰めながら、目標を定めたところで来客を知らせるチャイムが鳴り響く。

 今日は誰もウチに来る予定は無いから……回覧板とかかな?

 寝間着のままドアのレンズを覗くと、そこには小さな紙袋を持って、そわそわしながら朱音が待っていた。

 パフ袖ブラウスにベージュのギンガムチェック柄のスカートを履いた、夏を感じさせる可愛らしい装いだ。

 差し入れか何か持ってきたのか……?

 それか、今は不在の姉ちゃんを訪ねてきたのかもしれないが、一先ず用件を聞こうと思いドアを開ける。

 すると俺の顔を見るや否や、満面の笑みを浮かべる。


「あ、遼! おはよっ!」


「おっす。急にうちに来てどうした?」


「えっとね……遼にどーしても伝えたい事があってさ」


「伝えたい事?」


 少し頬を赤らめながら頷いて、もじもじする朱音。

 一体どうしたんだろう……ハッ! もしかして……!!


「俺の寝間着、どこか破れてるのか……!?」


「……はぁ~~」


 やたら長い溜息を吐かれてしまう。


「やっぱり、遼って一筋縄じゃいかない男よね」


「……それって褒めてんの?」


「ある意味で、ね」


 どういう意味だ? さっぱり分からんから、とりあえず用件を聞こう。


「それで何しに来たんだ? 姉ちゃんならもう遊びに行っちゃったけど」


「咲来さんじゃなくて遼に……いや、咲来さんもちょっとは関係あるかも……?」


 朱音は少し唸った後、決心したように紙袋を差し出してくる。


「これ、もしよかったら食べてみて!」


 紙袋を受け取って中身を確認すると、そこには俺の大好物が入っていた。


「クロワッサンか! ちょうど小腹がすいてたんだよな~」


 一つだけ入った綺麗なクロワッサンを手で掴んで取り出してみる。

 バターと小麦粉の香ばしさに鼻孔をくすぐられると、思わず涎が溢れてくる。

 堪えきれずに早速ひと齧りすると、程よい外のパリパリ感と中のしっとり感が、食感を通して伝わってくる。

 舌がパンに触れ、バターと小麦粉の旨味が広がって、俺は幸福感に包まれる。


「やっぱこれだよ……クロワッサン最高過ぎる……」


 俺が愛してやまないムラカド・ベーカリーのクロワッサンを、朱音は買ってきてくれたのか……。

 一口ずつ、じっくり味わいながら、玄関先かつ寝間着姿でクロワッサンを食べる。

 そして最後の一口まで味わい尽くした後、感謝を伝えようと朱音を見ると、彼女は恍惚とした表情でこちらを見ていた。


「えっと……朱音?」


「ん……なぁに?」


「クロワッサン、めっちゃ美味しかったよ。わざわざ買ってきてくれたのか?」


 朱音は少し頬を緩ませる。


「それ、ウチが作ったの」


「え、マジ……!?」


 以前からムラカド・ベーカリーで練習していたのかもしれないが、村角さんに引けを取らないクオリティに驚愕した。


「ウチの『初めて』は、遼に捧げるって決めたからさ」


 なんでわざわざいやらしい言い方をしたんだよ。

 さては揶揄ってるな……?

 何か言い返そうと思考していると、朱音が顔を下げるようジェスチャーをしてきたので、悪戯されるのを覚悟して屈むと――。


 ――頬にキスをされた。


 短時間に2度も驚愕し、言葉を失っていると耳元で朱音が妖し気に囁く。

 頬を朱色に染めて「今回のお礼だけど」と前置きしつつ、自身の唇に人差し指を立てる。


「この事は、皆にはナイショだからね……?」


今回もお読みいただきありがとうございます。


次話も、明日10月1日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!


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