第1話 幼馴染
昨晩、姉ちゃんに散々焚きつけられた結果、今朝の俺はひと味違った。
いつもなら二度寝を決め込む俺が、今日は姉ちゃんより早く起き、朝食と二人分の弁当まで完成させた。
髪もネクタイも自力で整えた。高校生なら当たり前? 昨日までの俺に言ってほしい。
いつもとルーティンが異なる俺を見て姉ちゃんはなぜか終始不服そうだったが、俺もいつまでも甘えているワケにはいかないのだ。
そう。
これは俺がモテる男へと進化する為の第一歩。
心に大志を抱くように昨日の書置きを胸ポケットに差し込み、浮ついた心を諭すように自転車のペダルを踏み込んだ。
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自宅から自転車で30分とちょっと。
小高い丘の上に俺の通う久峰高校という比較的新しめの県立高校がある。
いつもなら生徒で混雑する駐輪場や生徒玄関も今日はまばらだ。
「まずは手掛かりを探すところからだな」
いつもより40分も早めに登校したのは決して浮かれているからではない。
俺個人の予定や行動パターンを知っているのは仲の良い友人、もしくは話す機会の多い人、更に広げるなら俺の情報を又聞きした人と、相当な大人数の中から書置きの正体を突き止めなければならない。
そうなると、まずは自分の通う学校の生徒の中から絞り込んでいくのが一番手っ取り早いだろうと考え、善は急げという諺にある通り今日は早目に家を後にしたのだ。
「とりあえず、知ってそうなやつにそれとなく聞いてみるか」
ほぼ勢いだけで家を飛び出してきたため、具体的に何をするべきか考えてきたわけではない。
行き当たりばったりにも思えるが、こう言う時こそ文明の利器であるスマホの出番だ。
「えーと?『まずは聞き取り調査が大切』ねぇ。確かに一番手っ取り早いし、人の少ないこの時間帯なら話しかけるべき人物も限られて動きやすいか」
この時間帯は進学クラスの3年生受験組か朝練をしている部活組が殆どだろう。
3年生の先輩とは、ほぼど関わりがないので後回しにするとして、中学からの知り合いが何人かいるテニス部なら、雑談のついでに探りを入れやすいだろう。
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テニス部のコートでは、女子と男子が2面ずつに分かれてラリーを行っていた。
コートを囲う金網の後ろで最初に話しかける知り合いを探していると、不意に後ろから二人組に声を掛けられる。
「遼ちゃんじゃーん!こんな朝早くに珍し~」
「ひょっとしてテニス部が恋しくなったか~?」
明るい男女の声の方を向くと、そこには栗毛のショートヘアーで快活な印象を与えてくる入野綾と、軽く汗ばみつつもセンターパートが似合う爽やかイケメン日向蓮がタオルとドリンクをそれぞれ片手に持ちながらニヤついた表情でこちらの返事を待っていた。
「自分と姉の分の弁当をお前らが作ってくれるなら考えてやらんこともないぞ」
「おいおい。オレはまだしも入野に作らせるとか、遼ってなかなか舌が鈍感なんだな」
「アンタ私の手料理食べたことないクセに、想像で悪口言うのやめてよねー!」
「去年入野のチョコ食べたときは何もなかったけどな」
「いやいや、チョコなんて溶かして成形しただけの手作り風市販品だけじゃ判断できないっしょ」
「あ!ねぇ遼ちゃん聞いた!?いま世の中の女子とパティシエ全員を敵に回した失言だったよね!?」
「失言じゃなくて『事実』だろ?あとオレは入野の作ってきた現代アートみたいなチョコの話をしてるのであって、他の女子とかパティシエの話は一切してないから」
「え?普通にきれいな網目状のヤツじゃなかった?」
「いやいや、白と茶色のひょうたん池みたいなチョコからピーナッツが顔を出してるようなヤツだったろ」
「んなワケないわ!!蓮は絶対暖かい所に放置してたからでしょ!?元々はブラックとホワイトの層構造チョコだったんだから!」
いつも通りのテンションで会話が弾み始めたが、二人は中学からの同級生で昔からこんな感じでよく言葉のプロレスをする仲だ。
俺がテニスの練習に参加できなくなった時も、合間に気を遣って話しかけてくれたり校舎裏でサボったり、バレて怒られたりしてくれたおかげで俺もなんとか青い春を送ることができた。
それにしても、あれはどう考えても層構造じゃなかったような……?
そんな俺の疑問を他所に、入野が俺に切り出す。
「ところでさ、今年のバレンタイン遼ちゃんは誰から貰ったの?」
「んーと、確か3つかな?」
「え?少なすぎない?」
え?俺煽られてる?
「お前……、流石にノンデリすぎるって」
「俺、何か入野の気に障るような事言ったかな……?」
男二人からの意図せぬ猛攻撃を受け、慌てて弁明を始める入野。
「いやいや違うって!!あの……ホラ!遼ちゃんって結構モテてたのにさ、卒業前なのに3つしか貰えなかったの変じゃない?って思ってさ!」
言い逃れとも取れる言い訳が俺のメンタルに突き刺さる。
俺がモテてた?慰めるならもっと現実的な言葉を使ってほしいものだ。
「まぁオレから見ても、明らかにお前に気がある子は何人か居たな」
「蓮まで……。中学3年間、俺が誰からも告白されなかったのは知ってるだろ?」
「そもそもそれがおかしいんだよな。オレに『遼先輩って彼女いるんですか?』って探り入れてきた後輩も居たし」
「私も友達に遼ちゃんの好きな物とか聞かれたし。あの感じは絶対遼ちゃんに気があったよ」
「もういいって……。なんか俺ツラくなってきたよ……」
心機一転、早朝から爽やかな気分で聞き込みを始めた矢先にこの仕打ちはあまりにも酷じゃないかな……?
心が折られる前に早くここから立ち去らなくては。
二人に別れを告げて立ち去ろうとした矢先、入野が最後の質問を投げかけてきた。
「てか、私以外のチョコは誰から貰ったの?」
「姉ちゃんと朱音」
「朱音ちゃんって、隣のBクラスの?」
「そうそう。あいつも姉ちゃんと一緒で毎年くれるんだよ」
「んーそっか。あとさー……」
「おい入野、そろそろ戻らんとコーチにサボりがバレる」
「えーもうちょっと話そうよ~」
俺の心中を察してか、蓮は文句を言い続ける入野を無視してコートに引っ張っていった。やはりモテる男はちゃんと相手の気持ちを汲んで行動できるんだな……。俺も見習わないと。
そういえばバレンタイントークに気が持っていかれたせいで書置きの件を聞きそびれてしまった。
どうせ同じクラスなので、時間がある時に聞く事にしよう。
次は忘れないようにと胸ポケットの書置きを覗いて、その場を後にした。
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4限目の数学が殆ど脳に入ってこないまま昼時を知らせる鐘が鳴った。
あの後サッカー部とバレー部を回ってみたが、そもそも俺が昨日スーパーに行ってた事や牛乳を買い忘れた事を知る人は誰も居なかった。
書置きの件は、なんとなく言い出しづらくて結局誰にも聞けていない。
そもそも書置きを見せたとて、「ハイ!私が入れました!」って言い出す人が果たして居るだろうか?いや、居ないと思う。
結局なんの成果も得られなかった早朝の聞き込みは一旦忘れ、渡り廊下のテーブルでお手製弁当を広げる。
今日は昨日の麻婆春雨のあまりと3割引きのミートボール、そして今日もきれいに巻けた卵焼きだ。
我ながら今日も良い出来だと眺めていると、その卵焼きを一つ、不届き者が横からさらっていった。
「ん~、今日の卵焼きはいつも以上に滑らかな舌触りですなぁ~」
この不届き者の正体は住吉朱音。
元々黒髪のボブカットだったが、今ではアッシュブラウンのウェーブがかったセミロングをハーフアップでまとめている。
高校に入って髪を染め、化粧も覚えた現在の姿を一言でまとめれば、まあ『ギャル』だ。
「卵焼き評論家の朱音さん。今日は何点?」
「星4.5っ!過去最高得点おめでとう!」
「うっす。じゃあ朱音の卵焼きも寄越しムグッ」
言い終わる前に卵焼きが口に突っ込まれた。
咀嚼を進めると、白だし、醤油と、若干の甘味……。これは砂糖の代わりにみりんを使っているのか。
ふむ。こやつも腕を上げているようだな……、悪くない。
「んで、どう?ウチの味は」
「む~ん……、星4つだね」
「その心は?」
「味付けが俺のと一緒だから」
そう、今日は俺の一番好きな味付けで卵焼きを作ってきたのだが、何故か朱音も同じ味付けで作ってきたらしい。
これじゃ交換した意味ないな。
「交換した意味ないって顔してる」
何故分かった?
「こっちは10年も遼の顔見て育ってきてるんだから、分かるに決まってんじゃん」
ナチュラルにこちらの考えを見透かすのはやめてほしい。
「じゃあ同じくらい見てる姉ちゃんも何考えてるか分かるの?」
「咲来さんかぁ~。遼と一緒に居るときは分かりやすいんだけどねー」
流石の朱音も姉の考えてる事までは見透かせないらしい。
この10年で俺の考えを読む程度には成長したようだが、身長はあまり変わってないようだ。
本人はこの前「ついに162センチ到達!」と宣言していたが、俺の目測ではまだ160センチの壁すら越えていない。
「……、ねぇ。今しつれ~な事考えてたっしょ」
「いんや?」
ジト目で見つめられているが、俺は失礼だとは思っていないので否定しても問題ないはずだ。
そう。俺だって中学生の時大人っぽくなりたくて美容室でパーマを掛けてもらったり近所の大学生が着ていたコーデに近い服を身に着けたりしたものだ。
……まぁ結局目の前に居る朱音や姉ちゃん達から『解釈違い』って言われてすぐ止めちゃったけども。
「そういえば、今日は珍しく朝早かったじゃん。なんかあったの?」
「まぁ……。なんかあったっていうか、何も得られなかったっていうか」
俺の卵焼きをもう一つ頬張りながら怪訝な表情を見せる朱音。
同じ味付けなんだから俺の取らなくてもいいんじゃないかな……。
「実はさ、昨日これが郵便受けに挟まっててさ」
胸ポケットから例の書置きを朱音に手渡すと、少し目を見開いた。
……ような気がした。
「……これ、いつ気付いたの?」
「確か夕方6時くらいだったかな……。ひょっとして朱音が入れたのか?」
少しの間があり、朱音が口を開く。
「……、知らない。っていうか遼、これ見て怖いとか思わなかったわけ?」
「だって牛乳の買い忘れを心配してくれる人だぞ?」
「いやそこじゃないし……」
不満げにツッコむ朱音。
「でも、せっかくだから誰なのかは知りたいんだよな」
「……見つけてどうするの?」
「まずは話してみたい。向こうが本当に俺を好きなら、その……仲良くなれたらいいとは思う」
「ふぅん……。ま、遼の好きにすれば?」
不機嫌そうな朱音はため息をつくと、流れるような箸さばきで俺の卵焼きをすべてさらっていった。
……同じ味付けなのになぁ。
お読みいただきありがとうございます。
前話の後書きにてサブタイトルの表記に誤りがありました、申し訳ございません。
次話は、9月9日20時頃に更新予定です!
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