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第17話 使われた女心


 自分のクラスへと戻り、カバンから弁当を取り出していると、たまたま近くを通りかかった蓮が声を掛けてくる。


「おっ、今戻ったのか? やたら長い便所タイムだったな」


「まぁね」


 何もなかったように返事をする俺に、蓮は急に肩を組んでくる。


「本当に出し切ったんだろうな?」


「……まぁ、まだ残ってるかもな」


 俺の返し的に余裕があると感じたのか、蓮はそれ以上追及してくることはなく「そっか。ならいい」とだけ返してきた。

 恐らくさっきの噂が蓮の耳にも届いたのだろう。表情は少し強張ったままだ。


「とりあえず昼は皆で食べておいてくれないか? 俺は後処理に行かなきゃいけないからさ」


「……分かった。オレも遼の事は信頼してるし、後処理も上手くやってくれると思ってる。だけどな――」


 蓮は顔を寄せて俺にだけ聞こえるように言葉を続ける。


「オレ達の事を、もっと頼ってくれたっていいんだぞ?」


「……そうだな。いざとなったら、皆を頼ることにするよ」


 俺の返事を聞いて、どこか安心した表情を見せる蓮は俺から離れると、背中を強めに叩いてくる。


「いってぇ!」


「ははっ! じゃあ遼は便所掃除してくるって皆には伝えておくから、ちゃんと綺麗にして来いよー」


 手をひらひらさせながら去っていく蓮の後姿は、どこか寂しそうに見えた。

 ……というか、昼飯時に便所便所連呼しないでほしい。

 どことなくクラスの皆もご飯を食べにくそうにしてるじゃないか。


「とりあえず便所……じゃなかった。中庭に行くか」


 俺は少し早歩きで木下さんと女神の待つ中庭へと向かった。


 ~~~~~~~~~~~~


 大会の昼食時にも関わらず、相変わらず人の少ない中庭に行くと、既に木城先輩と木下さんが向かい合うようにテーブルで昼食を摂っていた。


「すみません遅れちゃって」


 駆け寄って声を掛けると、二人は首を振って問題ない事をアピールする。

 木下さんから事情聴取するにあたり、向かい側の方がいいだろうと考え、木城先輩の隣に座り、自分の弁当を広げる。


「じゃあえっと……まずは経緯から聞いてもいいですか?」


 問われた木下さんは、食べ物を飲み込みながら頷く。


「えっと、今朝チームの皆で体育館に向かってる最中に、小野先輩と会って、そのまま皆で話してたの」


 なるほど、橘さんが目撃したのはその時か。


「それでその時、私にだけ『試合に負けたらすぐに体育館入口に来い』って囁かれて、私告白でもされるのかなって期待しちゃったの」


「ちょっと待ってもらっていいです?」


「ん? どうかした?」


 まず木下さんが、小野先輩に対してどういう感情を抱いていたのか、一度整理しておかなければならない。


「……木下さんって、小野先輩の事が好きなんですか?」


「そうだよ? だってちょっと怖い所もあるけど、優しくてカッコいいし」


 なんと、あの腹黒マッチ棒こと小野に本気で恋しているらしい。

 なんでこんな可愛い子があんな男に惚れてしまうのか……世の中理不尽だ。


「そっかー……その後は?」


「んーっと、小野先輩に『僕の言う事聞いてくれたら、週末デートしてあげる』って言われたから、嬉しくなっちゃって先輩の上履きを生徒玄関のロッカー上に置きに行ったんだよね」


「んで、そこを親切な生徒に見られていた、と」


 俺は親切な生徒が誰だったのか知りたくて、木城先輩の方を向く。

 すると、両眉を寄せて少し複雑そうな顔をする。


「……実は、その親切な生徒ですが、木下さんが上履きを置いていたことは教えてくれたものの、自分の名前は言わず、袋を置いてどこかへ行ってしまったんです」


「ちなみにどんな人でした?」


「マスクをしていたので顔全体は見えませんでしたが、目元は整っていたかと」


「なるほど」


「背中を少し丸めていましたが、身長は私より低く、服装や体形から、恐らく男子生徒だと思います」


 木城先輩は恐らく身長170cm弱はあるほど長身なので、彼女より身長の低い男子生徒はそこそこの人数が居るわけで。探し当てるのは難しそうだ。

 俺が思考している間に、木下さんが素朴な疑問を投げかける。


「でもさ、体操着の胸元って、こんな風に名前書くところあるじゃん? だから苗字とかは分かると思うんだけど」


 木下さんは胸を張って名前の部分を強調する。

 ……この人、意外と胸あるんだな。


「私も確認したのですが、未記入だったので苗字は分かりませんでしたね。一応注意はしたのですが、頭を下げただけでしたね」


「じゃあ探すの難しいねぇー」


 結局この場では、親切な生徒が誰だったかを解明できなさそうだ。

 俺は仕切り直して、話を戻すよう木下さんに促す。


「じゃあさっきの続きから話すと、言われた通り置いてきた事を小野先輩に伝えたら『午前中最後の試合が終わったら、僕と一緒に体育館入口に来てほしい』って言われたから、その通りにしたの」


「待ち伏せてたのか……」


「私もその時まで全然事情が分からなかったんだけど、『目撃者について僕が芽瑠ちゃんに話を振ったら、僕の上履きを霧島ってヤツが盗んだって証言してほしいんだ』って言われたから、小野先輩の言う事に従ってたら……あんな事に……ぐすっ」


 小野に裏切られた事を思い出したのか、再び涙目になってしまう木下さん。

 また俺のハンカチが犠牲になってしまう前に、少しだけ話を逸らす。


「と、ところで! 木下さんはどうしてあのマッチぼ……じゃなくて、小野先輩の事を好きになったんですか?」


 すると、すこし懐かしむような顔で過去を振り返り始める。


「今年の5月にね? デート中に元カレにフラれて、しかも道端で転んで泣いてた私を、たまたま通りかかった小野先輩が慰めてくれたのがきっかけかな」


「ふむ……」


「それで同じ久高の先輩って事を知って、それからよくお喋りするようになったの」


「それで喋っていくうちに想いが募っていった……と?」


 木下さんは笑顔で頷くと、再び思い出に浸る。


「バスケの練習中、颯爽と駆け回る先輩を見てたら、時々こっちを見てウインクしてくれたり、すっごくカッコいいの」


「ソウナンスネー」


 あのマッチ棒、そんなモテムーブかましてたのか……悔しいが俺には真似できない。

 心の中で『あの頭擦ったら着火しないかな』と考えていると、徐々に表情が曇っていく木下さん。


「でもそんな時、彼が私じゃない別の女の子と付き合ってるって噂が流れ始めて、本当の事が知りたくて彼に話を聞いたの」


 そのタイミングで朱音に告白したのか。

 こんなかわいい子に想いを向けられてるのに、なんて最低な男なんだ。


「そしたら、『あの子は妹みたいな存在だから、芽瑠ちゃんは気にしなくても大丈夫』って囁いてくれたんだけど――」


 で、でたーっ!

 『アイツは妹みたいなもんだから』ってセリフ、リアルでいう人いるんだ……!


「――彼を信じ切ることができなくて、別の日に彼の後を追ってたら、パン屋さんで朱音って子と楽しそうに談笑してる姿を見ちゃって……」


 えっ、あの時木下さん居たんだ。

 入ってきてくれたら面白い状況になってただろうなぁ。


「最後には私を選んでくれるかもって彼の事を信頼してたんだけど、今日あんなことになって……ぐすっ……うえぇぇ」


 木下さん感情の乱高下が凄いな……。

 ってか木城先輩ずっと興味なさそうにご飯食べてるな。少しは話を聞いてあげても良いんじゃないですかね?

 俺は用意していたポケットティッシュを木下さんに手渡すと、彼女は2枚ほど取り出して涙を拭き取る。

 そして俺のハンカチで鼻をかむ。


「いや、逆では……?」


 俺の声は届かなかったようで、そのまま鼻をかみ続ける。


「ぐすっ……霧島君ってホントに優しいね。あなたを陥れようとしたのに……」


「まぁ、木下さんをいいように使おうとした小野先輩の方が断然悪いんで。むしろ木下さんは被害者だよ」


「そっかぁー……私って都合のいい女だったんだなぁー」


「えっと、そこまでは言ってないですけど……」


 虚ろな目で遠い空を見つめながらブツブツ呟きはじめる。

 ああ、なんというか、この人……。


「あなた、とても面倒な人ですね」


 いつの間にか昼食を摂り終えた木城先輩は、いきなり言葉の剛速球をぶつける。


「やっぱそうだよね……」


 ほら~また落ち込んじゃったよ。


「あなたの言動は全て遠回りで、それを察してほしいと異性に求めすぎているのでは?」


「でも、それを分かってくれた時が嬉しいし……」


「全て素直に言えば良いんですよ」


「例えば?」


「例えば……霧島君。私の頭を撫でてもらってもいいかしら?」


 唐突に自分の頭を差し出してくる木城先輩に、俺は驚きつつも恐る恐る手を伸ばして撫でる。


「……こんな風に、撫でてほしかったら『撫でてほしい』、慰めてほしいなら『慰めてほしい』と」


 俺に頭を撫でられながら話し続ける木城先輩に、どこかシュールさを感じつつも、なんとなく言ってる事は理解できる。


「ですから、察してもらうのを期待せず、自らの言葉で直接求めれば良いのですよ」


「……たしかに。元カレにも面倒くさいって言われたし」


「今回の件を本気で反省するのであれば、ちゃんと相手を見極め、都合よく利用されない事を心がけて、今後の学校生活を送ってほしいものです」


 やっぱり木城先輩は芯が通ってて、凄くカッコいいな……頭を撫でられてなきゃもっとカッコよかったのに。

 彼女の話を聞いた木下さんは、至極真面目な顔で宣言する。


「ありがとう木城ちゃん。私、もう遠回りなアプローチはやめて、良い人を見極められるようがんばるよ!」


「ええ。健闘を祈っています」


 木下さんは生気に満ち溢れた表情になり、復活を遂げる事が出来たようで何よりだ。

 そして俺はサラサラのブロンドヘアーを撫でながら、思っていたことを口にする。


「あの、ところで俺はいつまで撫でていればいいんですか?」


「……ごめんなさい。もう大丈夫よ」


 きっと話に集中してて完全に忘れてたんだろうな。

 俺は木城先輩の頭を撫で終え、再びご飯を食べながらも、手に残った感触を思い返す。

 なんだか、ラグドールとか長毛種の猫に近い感触だったなぁ。


今回も読んでいただきありがとうございます!


明日・明後日は筆者である私の引越し作業があり、更新できない可能性がります。

予めご了承いただけると幸いです……!


もしかしたらお待たせしてしまうかもしれませんが、何卒ご容赦ください……!!

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