第14話 焦燥
木城先輩は、異様な雰囲気を醸し出す二人と対峙しても一切動じず、事実確認をしてきた。
「え、ええ……朱音は違いますけど」
俺の口から名前が出た朱音は、ずかずかと不機嫌そうに木城先輩に近寄る。
「今、遼と何してたんですか?」
木城先輩は朱音を見据えながら立ち上がる。
「彼とは、ただ語らっていただけよ」
橘さんは据わった目で木城先輩を見つめながら歩み寄る。
「ただ語らうだけなのに、相手の頬に手を触れる必要はあるんですか……?」
「人によるのではないかしら? かくいう私も、何故彼の頬に手を触れたのかは分からないのだけれど」
何故か険悪な雰囲気に包まれる保健室。
いたたまれなくなった俺は、とりあえず着替えようと朱音が持っている制服を見て質問する。
「えっと……とりあえず制服に着替えてもいい?」
「私の見える範囲でならいいけど」
「なんでだよ」
俺に着替えを見せつけるような趣味はない。
全く意味の分からない朱音の言葉に疑問を抱いていると、橘さんも朱音に同意する。
「霧島君にもお話を聞きたいので、私たちの目の届く範囲でなら着替えても結構ですので、私たちの質問に答えていただいてもいいですか」
「だからなんで……?」
あまりにも理不尽な要求に、俺は着替えを諦める事にした。
「ってか、なんで二人はそんなに高圧的なんだ? 別に俺が木城先輩と何してたって関係ないだろ?」
俺の疑問に対し、怒りながら答える朱音。
「関係あるわよっ! 例えば『変なウワサ』が流れる可能性とか」
「でも、俺はただ木城先輩と話してただけだぞ?」
「だとしても、あんな距離感で話してたら勘違いする人だって居るわよ!」
確かに、まぁ近くはあったな。
すると木城先輩が俺と同じ意見を言う。
「でも、それは私と霧島君の話では? あなた達は依然として関係ない事に変わりはないと思うのだけれど?」
もっともな反論をすると、今度は橘さんが意見を言う。
「で、でも、木城先輩は生徒会の副会長ですし、校外に『変なウワサ』が流れてしまうと、生徒会の評判だけでなく、生徒である私たちも無関係ではなくなってしまいます……!」
それは盲点だった。
しかし、二人が主張する変なウワサって一体……?
「ふむ……そもそもあなた達が主張する『変なウワサ』というのが、いまいち分かりかねるわ。どういう内容を想定しているのか、私に教えてくれるかしら?」
「……『好きでもない男子の後輩に、思わせぶりな言動をする副会長』とか」
二人は俺たちの会話の内容を知らないのだろうが、木城先輩からは『思わせぶりな言動』と取れるような発言はなかったように思う。
「つまり、不純異性交遊の疑いを掛けられるという事ね?」
木城先輩の言葉に二人は頷く。
「では逆に質問なのだけれど、仮に『私が好意のある男子生徒と、二人で話していた』のであれば、問題ないわよね?」
あまりの爆弾発言に、二人だけでなく俺も驚いてしまう。
「あ、あの~木城先輩? 今のってどういう……」
「言ったでしょ? あくまで仮の話だから、本気で捉えないでちょうだい」
なんだ、あくまでも仮定か……。
ここにきて木城先輩から愛の告白をされたのかと思ってしまった自分が恥ずかしい。
「まぁ……それであれば確かに問題はありませんが……」
少し不満そうに答える朱音に対し、木城先輩は少し余裕を見せる表情で朱音と橘さんに向き合う。
「まぁ、確かに同意の上とはいえ、付き合っても居ない異性と距離が近いのは、周りによくない印象を与えかねないわね。その点に関しては私の配慮が足りていなかったのは事実ね」
素直に配慮不足を認める木城先輩に毒気を抜かれた朱音と橘さんは、落ち着きを見せる。
「ところで、あなた達の名前と、霧島君との関係を伺っても?」
「私は1年B組の住吉朱音。遼とは幼馴染です」
「わ、私は霧島君と同じクラスの1年A組、橘詩織です。き、霧島君とはクラスメイトです……」
「……そう。覚えておくわね」
木城先輩は二人の顔をじっくり見たうえで短く答える。
「じゃあ私はこれにて失礼するわね。潮見先生もなかなか戻ってこられないし、職員室でも見に行ってみるわ」
そう言って保健室の出口に差し掛かったところで足を止め、俺の方を見る。
「そういえば霧島君」
「あ、はい」
「話の続きを、今夜Loinでしてもいいかしら?」
「え? わ、分かりました……」
去り際に朱音と橘さんをチラッと見たような気がするのは気のせいだろうか……。
「……遼、あんた木城先輩とLoin交換してたんだ」
「あぁ、まぁよく生徒会の手伝いとかするし」
「そうなんですね……それで、どんなやり取りをされているんですか?」
「そりゃ、猫の話とかご飯の話とか……そういう他愛もない雑談だけど」
何故か二人の圧が凄いんだけど。
「えっと……もしかして木城先輩に迷惑かけてないか、不安に思ってる……?」
俺の言葉を聞いて、二人はやれやれといった様子でため息を吐く。
「ま、遼ってそういう男よね」
「そうですね……そういう感じ、ですよね……」
ひょっとして呆れられてる?
俺のユーモアセンスが足りなかったとか、そういう事なのだろうか。
二人の反応に戸惑いつつも、俺は一先ず朱音にお願いをする。
「えっと、とりあえず制服貰っていいか? そろそろ着替えたいんだけど……」
~~~~~~~~~~~~
保健室でのやり取りから2日経ち、昼休憩となった今、俺は弁当を食べながら半分寝かけていた。
「遼ちゃん、今日ずっと眠そうだね」
「あ、ああ……まぁ、いろいろあってな……ふぁ~」
今日は珍しく昼食の相手は入野だけだった。
蓮は椎葉さんと食べる事になっていたり、橘さんと朱音は何故か二人で食べたいといってどこかへ行ってしまったのだ。
「何か悩み事?」
「ん~、まぁそんなところかな」
俺が寝不足になったのは、左ひじの治りが遅く、週末の球技大会に向けて不安が募っている事が主な原因だ。
「今日は入野ちゃんしかいないんだし、悩んでる事とかあったら言っちゃいなよ」
「うーん……まぁ悩みってほどじゃないんだけどさ」
俺が怪我の治りが遅い事を話すと、入野は少し落ち込んでしまった。
「そっか……なんだか中学を思い出すね」
「そうだな。要因が違うとはいえ、まさかまた左ひじを怪我しちゃうなんてな」
「確かに……遼ちゃんの左ひじ、何かに呪われてるのかなぁ」
入野は俺の左腕に手を伸ばすと、優しい手つきで触り始める。
「なんか、あの頃より筋肉落ちた?」
「そりゃそうだろ。蓮や入野と違ってまともに筋トレとかしてないからな」
「そっか、そうだよね……」
少し考える素振りをした後、弁当を抱えて俺の隣に座る。
すると入野は、すこし浮ついた雰囲気で自分の弁当から卵焼きを箸で掴み、俺の口元へ差し出す。
「はい、あ~ん」
差し出されたからには食べないわけにはいかないので、俺はその卵焼きを頬張る。
ふむ。これは甘味の強い卵焼きか……これはこれで悪くない。
「どう?」
「うん。普通においしい」
俺の感想を聞いて嬉しそうにする入野は、自分の自信作だと胸を張る。
「実は最近、お弁当のおかずをちょっとずつ自分で作るようにしてるんだー」
「それはまた……トレーニングで忙しいだろ」
「まぁそうなんだけどさ。『花嫁修業』的な?」
「なるほど? まぁ、入野の手料理を食べさせてもらえる将来の旦那さんは、幸せ者だろうな」
いつものように軽口を飛ばすと、何故か入野は少し寂しそうな顔をする。
「うん……そうだといいな」
「えっと……入野も何か悩みとかあるのか?」
入野は箸を置くと、ぽつりぽつりと話し始める。
「んーなんていうか、私将来の事とか全然考えられなくてさ。正直高校生になったって自覚しだしたのも最近で、気付いたら周りがどんどん進んじゃってるような、そんな気がしててさ」
「……俺も最近まではそうだったな。姉ちゃんと二人で暮らすようになって、家事に慣れてきた頃に『自分はもう大人になっていくんだな』って思うようになったんだ」
「だから好きな人とか、この人と結婚したいとか、そういうのも考える余裕ないっていうか……」
「そっか……」
正直俺も、今でもまだ考えが追い付いていない部分はあるけど、定期的に姉ちゃんがどこの大学に行こうか悩んでるのを見て、来年の今頃には俺も否が応でも将来の事を考えざるを得ないんだろうなって、漠然と思っている。
「私ね、最近ちょっと怖くなってきちゃったんだ」
「何が怖いんだ?」
「遼ちゃんとか蓮とか、詩織ちゃんが私の周りからゆっくり居なくなっていくんじゃないかって」
「居なくなる?」
コクリと頷くと、少し間を置いてから、ゆっくりと噛み締めるように喋る。
「私、中学の時にテニス部に入ったのって、遼ちゃんが蓮とテニス部に入ったからなんだよね」
「え、そうだったんだ」
「あの頃は詩織ちゃんはクラスが違ってて少し寂しい思いしてたのもあって、たまたま私と仲良くしてくれてた遼ちゃんと蓮と、もっと一緒に遊びたかったんだ」
そういえば中学1年生の頃、俺がテニス部入るって言ったら、たまたま席が近くて仲良くなった蓮と入野も気づけばテニス部に入部してたんだっけ。
俺はただモテたいという不純な動機で入ったんだが、入野は『仲の良い友達ともっと遊びたい』っていう理由でテニス始めたんだな。
「でもさ、中3の時に遼ちゃんケガしちゃって、テニス辞めちゃったよね」
「まぁ、ラケット握れなかったし、大会にも間に合わない事分かったからな」
「遼ちゃんがテニス辞めるって言った時、私すごく寂しいって感じたんだよね。楽しい時間を過ごせる身近な人が居なくなっちゃうような『喪失感』? みたいなのが押し寄せてきちゃって」
涙をこらえるように声を震わせながら、入野は言葉を絞り出す。
「今は蓮が一緒の部活でよく話してくれるから良いんだけど、その蓮まで私の周りから徐々に離れて行っちゃうかもって考えると、わたし……っ!」
堪えきれなかった涙が頬を伝う。
こういう時、モテる男ならどうするのだろうか。
泣いている女の子にどうしてあげるのが正解か分からない俺は、なんとなく自分のハンカチで入野の涙を拭う。
「……ごめんね、急に泣いちゃって」
「そういう時もあるよ。別に無理して取り繕う必要なんてないし、感情を抑えきれない瞬間は誰にでもあると思うから」
俺の言葉に少し明るい表情を見せる。
「ははっ、遼ちゃんってホント良い男の子だよね」
「褒めたって俺の卵焼きくらいしかあげられないからな」
冗談めかして言うと、入野は俺の弁当から卵焼きを取って自らの口へ運ぶ。
「ん~、やっぱ遼ちゃんの卵焼きも美味しいね~」
おいしそうに食べるので、こっちも嬉しくなってしまう。
「遼ちゃんはさ、なんで料理スキル上げようと思ったの?」
「一応姉ちゃんの喜ぶ顔を見て、もっとおいしい物作ってあげたいっていう建前はあるんだけど」
「じゃあ本音は?」
本音で話してくれた入野の手前、俺も茶化さず正直に言う事にした。
「……絶対笑うなよ?」
「笑わないよ」
「……女子にモテたいから」
俺の言葉を聞いて、ワケの分からなそうな顔をする。
「遼ちゃんってモテたいの?」
「モテる入野には分からないと思うけど、俺だって女子からちやほやされたいんだよ」
「ふ~ん?」
入野は興味なさそうに相槌を打つと、再び弁当を食べ始める。
「おい、なんでそこで興味をなくすんだよ」
「だって、遼ちゃんの周りには充分女の子がいるじゃん」
「……確かに、言われてみれば」
俺は入野の言葉に、ふと自分の周りにいる異性を思い浮かべる。
姉ちゃんを除いて、少なくとも4人の女子と仲良くさせてもらってる。
「でもさ、それって別に友達だろ? 俺は俺の事を好きだと言ってくれる子からモテたいわけで……」
「はぁー……ホンっとに遼ちゃんってそういうとこ変わんないよね~」
呆れながらご飯をパクつく入野を見て、俺も理不尽さを感じながら食事に戻る。
俺がモテたいって言うの、そんなに変な事なのかなぁ……。
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時は過ぎ、気付けば球技大会前日となった木曜日の夕方。
俺は左ひじがかなり良くなっている事を嬉しく思いつつ、買い物を終えていつも通り郵便受けを開けると、雑に切り取られた一枚の紙が入っていた。
「なんだこれ?」
手に取ってみると、少し走り書きのような文字でこう書かれていた。
『小野翔也に気を付けて』
今回もお読みいただきありがとうございます。
次話も、明日9月22日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!
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