第13話 古傷
ショッピングモールでの親睦会から、チームの仲は少し深まったと思う。
それぞれの考え方とかを知れたのもあるかもしれないが、気軽にコミュニケーションが取れるようになった事で、表面的じゃなくて、より深い部分でお互いを知れるようになったからだと推測している。
大会を控えた今日の練習では、以前より格段に良くなったチームワークを実感できている。
「そういえば橘さん、ほとんどコケなくなったよな」
「なんか毎朝入野と運動してるらしいからな。体幹が良くなったんだろうな」
今日の練習を通じてチームの完成度が上がっている一つの要因として、橘さんの運動量が格段に増えている事がよく分かった。
もちろん現役運動部ほど動けている訳ではないけど、練習始めたての頃に比べれば見違えるほど動きがスムーズになっていたのだ。
そのおかげで誰かが橘さんのカバーをする機会も格段に減り、それぞれが自分の役割を全うできている現状に、俺は少し感動していた。
「遼も橘を見習って、オレと一緒に毎朝トレーニングしようぜ」
「それでテニス部に入れようって魂胆だろ? 俺は騙されないからな」
蓮は悪戯がバレた子供のように苦笑すると、練習相手のチームに向き直る。
このメンバーでなら、もしかしたら優勝も狙えるかもと思っていた矢先、相手の打ったスパイクを取ろうとダイブした際、左ひじを床に打ち付けてしまった。
「いって……ッ!」
思わぬ痛みに顔を顰めた俺を見て、チームメンバー全員がすかさず駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですか……!?」
「お前、慣れない事するから……」
「ご、ごめん」
「もしかしたら打撲とかしてると思うんで、一旦保健室に行って診てもらった方が良いと思うっス!」
頭を掻きながらやれやれといった表情の蓮を除いて、他のメンバーは不安そうにしている。
これは周りの成長が嬉しくて調子に乗ってしまった自分への戒めだと思いながら、保健室へ向かおうと立ち上がって歩き出そうとすると、朱音と橘さんが俺の正面に回り込んでくる。
「わ、私付き添いますよ……!」
「私が付き添ってあげようか?」
ほぼ同じタイミングで俺に声を掛ける二人。
「えっと……足首捻った訳じゃないし、付き添いなくても平気だけど……」
俺の主張を聞いた二人は、それぞれ反論してくる。
「く、靴を履き替える時に、補助が必要かと……!」
「廊下で転んだりしたら悪化しちゃうでしょ?」
「いや、だとしたら二人も要らなくないか……?」
そう言うと、二人は互いの顔を見合わせる。
心配してくれるのは嬉しいけど、球技大会本番も近いし、正直俺一人で行くのが一番良いと思うが……。
「わ、私は一応球技大会の保健委員でもありますし、怪我した人を保健室まで連れていかなければいけないと思っています……!」
「10年も遼の幼馴染みやってる私の方が、遼の行動読めるし、力も私の方があると思うけど?」
何故かお互いに俺の付き添いをするための正当性を主張し始める。
もしかしてこの二人――。
「――二人ともひょっとして、練習サボりたいとか?」
「……違うわよ」
「……違います」
じゃあその間はなんだ。
っていうか、朱音はまだしも、あの真面目な橘さんも練習サボりたいのか……?
「じゃあ間取ってオレが行くよ。それでいいだろ?」
やれやれといった声色の蓮が俺の背中を押す。
「一旦オレと遼抜きで練習しといてくれ。このバカを保健室に連れて行ったらすぐ戻ってくるから」
そう言って蓮は俺の右手首を引っ張りながら二人の間を割るように通り抜ける。
一瞬振り返って朱音と橘さんの様子を見ると、二人は不満そうな顔で、俺と蓮を見つめていた。
「……あの二人、そんなに練習サボりたかったのかなぁ」
「ま、半分正解ってところだろうな」
蓮は苦笑しながら言葉を続ける。
「ちなみにオレはサボる口実が見つかって、正直ありがたいけどな」
「なんだそれ」
蓮の軽口に俺も苦笑しながら体育館を後にした。
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6限目の終わりを告げるチャイムを聞きながら、俺は養護教諭の潮見先生から処置を受けていた。
全く時間を見ていなかったが、もうそんなに時間が経っていたとは……。
「見たところ、打撲の可能性が高そうね。痛みが引くまで激しい運動はしないようにしてね」
「えっと、今週末球技大会なんですけど、練習とかって……」
俺の不安を他所に、先生は淡白に告げる。
「言ったでしょう? 『痛みが引くまでは』って。悪化させたくなかったら練習はもとより、本番の参加見送りも視野に入れておくべきよ」
「……分かりました」
怪我をしたのが月曜日の今日でよかったかもしれない。
本番の金曜日までは時間があるので、練習に参加できない不満はあるが、ここは素直に先生の言葉に従うとしよう。
「1年生はもうHRの時間よね? 先生Aクラスの恒久先生に事情伝えてくるから、霧島君はここで安静にしておいてくれるかしら?」
「分かりました」
潮見先生が保健室から出ていくのを見送った俺は、静かになった保健室で自分の左ひじを見つめる。
痛み止めの湿布と、その上に巻かれた包帯を見て、ふと過去を思い出す。
テニス部で試合前の練習中、サーブを打った時に利き腕の左ひじが痛み、ラケットが握れなくなってしまった。
しばらく痛みが引かないので病院へ行くとテニス肘と診断され、しばらく治療に専念せざるを得なくなってしまった。
「今回は治るといいな……」
結局、3年生最後の大会までラケットを握る事すらできず、俺は中学を卒業した。
今回の球技大会は、最初は遊びのつもりで練習していたが、必死に練習に励む橘さんや、言葉とは裏腹に真面目に勝ちを狙いにいこうとする蓮と入野と朱音。
そしてなにより、何事にも本気で打ち込む真面目な田野君と椎葉さんの姿を見て感化され、気付けば俺も本気で勝ちを狙えるよう練習に励んでいた。
「はぁー……情けねぇな、俺」
己の不甲斐なさを嘆いていると、保健室の扉が開く。
「あら、奇遇ね」
「木城先輩、どうも」
「養護教諭の潮見先生に用事があったのだけれど、今は不在かしら?」
「ええ。怪我の手当でHR出られなくなっちゃったんで、俺の代わりにHR出てもらってます」
俺が苦笑しながら冗談を言うと、木城先輩は少し目を見開いた。
保健室の扉を閉めて俺のそばへ来ると、膝立ちになって俺の左ひじを覗き込む。
「霧島君……大丈夫なの?」
「軽い打撲っぽいんで、多分明日には治ってますよ」
木城先輩の問いに、努めて明るい声で返すと、彼女は俺の左手に優しく触れた。
「……きっと、慣れない事をしたのね」
「何故分かったんです?」
図星だったので、少し驚いてしまう。
「あなたが初めて私に話しかけてくれた時、私があなたの冗談が分からなくて、場の空気が冷え込んでしまったでしょう?」
「……そのことは忘れてください」
以前ボランティア活動に参加したときに突然大雨が降ってきて、たまたま隣で雨宿りをしていた木城先輩に、『いやぁ、いい天気ですね』と冗談を言ったら『……この天気が?』と真面目に返されてしまい、その場に居た他の参加者も含めて静まり返ってしまった事がある。
そのあと木城先輩から俺の発した冗談について説明を求められたが、それが結構堪えたのも、今となっては良い思い出だ。
「私もあれから、冗談を覚えたのよ」
「えっ、そうなんですか……?」
あの氷の魔女である木城先輩が冗談を覚えるなんて……少し気になるな。
木城先輩はコホンと軽く咳ばらいをすると、冗談を言い始める。
「内科医は、全てを知っているけど『何もできない』。外科医は、何も知らないけど『全てを解決できる』。では、解剖を担当する法医学者はどうかしら?」
「えっと、全てを理解できる、とか?」
俺の回答に木城先輩は少し顔を緩ませて答える。
「法医学者は全てを知っていて全てを完璧にこなせるけど、『いつも一日遅すぎる』の」
「……なるほど?」
あまり冗談を理解していない俺を見て首をかしげる木城先輩。
「……おかしいわね。私の父から教わったドイツの定番ジョークなのだけれど」
不思議そうにする姿が何故か面白くて、俺は少し笑ってしまう。
そんな俺を見て、木城先輩はどこか満足そうにする。
「なるほど。つまりこれは『後から来る笑い』に向いてるジョークって事なのね」
俺の笑いをそう捉えた木城先輩を見て、あまりの嚙み合わなさが面白くて、俺は更に笑ってしまう。
「少しは元気が出たかしら?」
「ふふっ……かなり元気になりました」
俺の答えに木城先輩は優しい表情で頷くと、俺の頬に左手で触れてくる。
「あなたが笑っている姿をみていると、なんだか私も嬉しくなってくるの」
「そうなんですか?」
「ええ。私にも理由は分からないのだけれど」
木城先輩は俺の顔を覗き込むように顔を寄せてくる。
俺がその曇りなき碧眼に見とれていたら、唐突に保健室の扉が開かれる。
「霧島君っ、ひ、左ひじは……っ!」
「遼~、カバンとあんたの制服持ってきたけど……っ!」
俺らの姿を見て固まる橘さんと朱音。
木城先輩は顔だけ二人の方に向けながら俺に質問する。
「……彼女達は、霧島君のクラスメイトかしら?」
1日お休みをいただきましたが、今回もお読みいただきありがとうございます。
次話は、明日9月22日20:30頃に更新できるよう頑張ります……!
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