第38話 菜月と一颯との決別、彩葉の結論(SIDE NATSUKI → IROHA)
「天見さん、昨日出たMYUMYU見た? かわいい夏服がたくさんあったよ」
「そうだよねー、欲しいものがたくさんあって、迷っちゃってるんだよ!」
中学3年になると、カナ姉の指導の甲斐もあり、私は女子の会話にも混ざれるようになった。
今までは髪の手入れが面倒という理由ですぐに切っていた髪も長く伸ばし、学校に文句を言われない程度に髪を染めた。
そのおかげで、中学のファッションリーダーの仲間入りを果たすことができた。
「昨日ガチャ引いたら夏モデルのキャラひいたんだけど、みてみろよ!」
「えっろ! 今月ピンチなのにまわしたくなってきちまったよ!」
「スクショ撮って壁紙にしちまおうかな!」
私たちの隣では一部の男子がスマホの画面に釘付けになっていた。
画面にはソシャゲのキャラであろう、黒い水着姿のキャラが海辺に立ち、笑顔で手を振っていた。
「何かキモくない?」
「ね、現実で女に相手にされてないのが見え見えだよね!」
男子たちの様子を見ていた私の周囲にいる女子たちがヒソヒソと話していた。
「天見さんもそう思うよね?」
画面を見ていると、その中の1人に声をかけられる。
少し戸惑ってしまうがすぐに平静を装いつつ……
「う、うん……あんな胸が大きい女なんてい、いるわけないよねー!」
そう答えると、周りもそうだよねーと口を揃えていた。
女子としてある程度の地位を獲得するには周りと合わせる必要があった……。
少しでも違うことを言えば、この仲間から外されてしまう。
——この地位を獲得するために、私はゲームを捨てた。
最初のうちは疑問を感じていたが、朱に交われば赤くなる……
そのことわざがピッタリと当てはまるぐらい、仲間に同調していった。
自分たちの考えに合わないものは数で排除していく。
特にその対象となったのは、ゲーマーやアニメオタクが標的となっていた。
何かにつけて口撃をし、あちらが危害を加えてくるようであれば女の武器である涙を使って教師たちを味方につける。
昔の私なら反吐が出そうになるやり方だ……。
これで一番怖かったのは……その対象に一颯がなり得そうなことだった。
私はゲームから離れていたが、一颯は昔から変わらずゲームを楽しんでおり、去年ぐらいからオンラインゲームを始めたことで長時間ゲームをするようになっていた。
カナ姉の話ではよく教室ではゲームが好きな仲間と話しているようだ。
彼のことを好きと気づいても関係性はずっと幼馴染のまま。
ファッションとかに自信はついても、一颯に自分の思いを告げることに関しては自信など全くなかった。
でもこのままでは……一颯も仲間たちの対象となってしまう。
——いい加減にしてよ、私たちはもう子供じゃないんだよ! 高校生になるんだからゲームなんか卒業しなよ!
だから、そうさせないために私は一颯にゲームをやめるように言った。
そうすれば、私が一颯を傷つけなくて済む。
「なんでそんなことをお前に言われなくちゃいけないんだよ!」
自分が良かれと思ったが、口論へと発展していき、最終的に一颯と決別することになってしまった。
それは今も続いてしまっている……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「以上よ」
菜月さんは最後に大きくため息をつきながら話を締める。
ずっと話しっぱなしだったのか、すぐに持ってきたミントティーを勢いよく飲んでいく。
「昔から、一颯さんはそのままなんですね」
藤阪一颯という人物が昔から変わらないことに納得感や安心感を感じていた。
「……一颯は変わってないわよ、私は変わりすぎちゃったけど」
菜月さんは下を向いて小さな声でそう呟く。
けれどすぐに顔を上げると、私をキッと睨むように見ている。
「でも、私が一颯を好きという気持ちは変わらないから!」
菜月さんは大声で叫んだ。
混雑してきたのか、賑わっているので先ほどみたいに周りに見られることはなかった。
「菜月さん、思ったことがあるんですけど……」
「何よ……」
「一颯さんのことが好きというのはわかりますけど……何で彼を自分の決めた枠に閉じ込めようとするのですか?」
「もしかして話聞いてなかったの!? そうでもしなければ一颯が傷つくことに——」
「——そもそもの話、菜月さんの友達は、本当に『友達』なんですか?」
最後の言葉で菜月さんは黙ってしまっていた。
菜月さんの話を聞いていて、思ったことがある。
何で、自分の大切な人を傷つけようとする人たちのことを友達と呼べてしまうのか。
友達は一緒にいて楽しい人たちのことを指すものじゃないか……
少なくも、私が友達と呼べる人にそんなことをする人はいない。
ゲームでも現実でも……。
「と、友達に決まってるじゃない!」
菜月さんは声だけではなく体まで震わせていた。
「ちなみに一颯さんと、その友達……どちらかを選べと言われたらどちらを選びますか? ちなみに両方は選べません」
「そ、そんなの……!」
菜月さんは威勢を張るもすぐに答えが出てこないようだった。
悩んでいるようで、今にも消えそうな声でぶつぶつと呟いてはいる。
「さ、さっきから問い詰めるような言い方してくるけど、一体何様のつもり!」
考えることをやめたのか、菜月さんはものすごい剣幕で大声を上げていた。
「……私、一颯さんと友達になってから色々なことを知ったり学べたりできたんです」
大声を上げ続ける菜月さんとは対象に静かに話を始めた。
「だからこそ、一颯さんには感謝しています!」
もし、彼と出会わなければ……ずっと1人だったかもしれない。
「まさかとは思うけど、一颯のことがす、好きなの……?」
「……わかりません」
私の返答に菜月さんは勝ち誇ったような顔をしていた。
「一颯さんは私の大切な友達です」
菜月さんが口にしている恋愛感情というものが理解できていない。
これまで友達と呼べる人がいなかったのだから……。
「……友達だからこそ、一颯さんを苦しめるようなことはさせたくないです」
「何よ、私が一颯を苦しめてるとでも?」
「そうですよ!」
気がつけば、私も大声を上げていた。
「一颯さんは菜月さんのことでずっと苦しんでいました……! それによって本当のことが言えないぐらいに!」
一颯さんはDPOでアッシュのプレイヤーであることを隠していた。
普段はそういったことを表には出さなかったが、菜月さんのことで一颯さんは私が幻滅されることを恐れていた。
むしろ、私にとっては一颯さんがゲームが大好きな人で良かったと思う。
「でも、私は一颯を助けるために——」
「——結局は自分のためですよね」
菜月さんは一颯さんのためだと何度も口にしているが、自分の獲得した地位の確保のために自分の用意した箱に押し込めただけだ。
言ってることは綺麗事だけど、裏を返せば自分勝手な言い分だった。
——まるで、自分の見栄のために私に勉強を強要した母親のように。
「……じゃあ、どうすればよかったの!」
菜月さんからは嗚咽を出しながらこちらを見ていた。
為す術をなくした子供のように……。
「私にはわかりません、けど……悪いと思ったら謝りなさいと家族に言われたことがあります」
教えてくれたのは祖母だ。
自分が悪いと思ったらまずは謝ること。
祖母は優しく教えてくれた。
こういった場で自分が誰かに伝える機会があるなんて思いもしなかったけど。
「謝る……?」
菜月さんは嗚咽を漏らしつつも、その言葉だけを何度も呟いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ファミレスに入ったのは正午前だったというのに出ることには空が赤く染まっていた。
すぐに話は終わると思って、午後には郁奈さんへのお礼を兼ねて藤阪家に行こうかと思っていたのだが。
あれからずっと菜月さんは苦しそうにしていた。
彼女の言葉にカッとなって言ってしまったけど……もしかしたら菜月さんなりに苦しんでいたのかもしれない。
彼女が先に店をでたのだが、その時の姿を見て、そう感じてしまっていた。
「……立ち直ってくれればいいけど」
そう思っていると、カバンの中で何かが震えていた。
手を入れると、震えているのがスマホであることがわかり取り出すと、画面には『藤阪 一颯』と表示されていた。
『……もしもし、彩葉?』
着信ボタンをタップすると、少し眠たそうな一颯さんの声が聞こえてきた。
「どうしたんですか? 一颯さんからお電話くれるなんて珍しいですね!」
『いや、郁奈ちゃんが彩葉がくるようなこと言ってたのに、来ないから心配になって』
「……ごめんなさい、他の用事を済ませてからお伺いしようと思ってたんですが、必要以上に時間がかかってしまって……」
『いや、いいんだけどさ……おかげで今日はゆっくり休めたし』
話の途中で一颯さんは欠伸をしていた。
「ゆっくり休めたなら、今日は夜通し『アケロク』ができますね」
『えー……明日で連休終わりだし、夜通しやったら明日何も出来なくなるだろ』
「大丈夫ですよ! 日付変更前に私が勝ちますから!」
『連敗数三桁いきそうな人がいうセリフじゃないけどね〜』
一颯さんはケラケラと笑いながら話していた。
私も煽られたと思い、悔しさを言葉に変えて一颯さんにぶつけていた。
『日付変更までには勝ってくれることを願ってるよ、それじゃまた夜に』
「はい!」
そう言って一颯さんとの通話を終了させた。
約束通り、夜は一颯さんへ何度も対戦を申し込んでいき……
無事、私の連敗記録が三桁を迎えることができた。
——けれども、悔しい気持ちよりも楽しい気持ちが強かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なーつきー、入るよ!」
ガチャという扉の開く音と陽気なカナ姉の声が同時に聞こえてきた。
「って部屋くっら!? 電気つけるよ!」
すぐに部屋の中が明るくなっていった。
「……菜月がそうなるなんてよほど、何かあったみたいだね」
カナ姉はベッドの上で体育座りをしている私の横に腰掛けてると、覗き込むように私の顔を見ていた。
「カナ姉、私……間違ってなんかなかったよね?」
「何が?」
「私が一颯にしたこと……! だって私は一颯のために——」
カナ姉の顔をみて話していると、頬に痛みが走った。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
目の前にいるカナ姉の……怒った顔を見て、叩かれたことを理解した。
「いつまでそうやって自分のことを正当化するつもりなの……!」
カナ姉は怒鳴っていた。
「私が菜月にファッションとか教えたのは、一颯を傷つけるためじゃないんだよ! 傍にいる菜月が可愛くなれば、一颯も菜月の好意に気づくかなと思ったからなんだよ!」
カナ姉の悲痛の叫び声、頬を叩かれた痛みどちらが原因かわからないけど、涙が溢れ出していた。
さっきもあれだけ泣いたのに……
「くっだらない立場のために教えたんじゃ無いんだから……!」
カナ姉はそう告げると、私の体を自分に寄せると、力強く抱きしめた。
「菜月とは血が繋がってないけど……実の妹だと思ってるよ……妹のためなら姉として出来ることはしてあげたい! ましてや弟を好きになってくれた相手なら尚更だよ!!!」
カナ姉の言葉に私はただ泣くことしかできなかった。
「結果として一颯を傷つけることになったけど菜月のことだから一颯のことを思っての行動なのはわかってるけど、正当化するのは違う……!」
次第にカナ姉の啜り泣く声が聞こえてきた。
「……本当に一颯のことを思ってくれてるなら、菜月からちゃんと一颯に謝らなきゃいけないよ!」
決壊したダムのように私の目頭から涙が溢れだしていた。
このまま体の水分がなくなってしまうのでは無いかと思えるぐらい……
「……2人の姉として、弟と妹がいがみ合ってるのは見たくないよ! 昔みたいに3人で一緒に笑ってよ……」
そしてカナ姉は小さな子供のように大きな声を上げて泣き出してしまった。
私も一緒に……。
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