第36話 菜月と一颯の思い出話(SIDE NATSUKI)
「それではよろしくお願いします!」
目の前に座る女、姫島彩葉は絵本を楽しみにする子供のような目でこちらを見ていた。
余裕ぶってる顔がものすごく腹立たしいけど、暇つぶしに話してあげるわよ!
もしかしたら私と一颯の馴れ初めを聞いて近づかなくなるという打算を込めつつ……。
「私が一颯とあったのは幼稚園の時よ」
そして私はミントティーで口の中を潤しながら、話を始めて行く。
——今でも大好きな彼との出会いを。
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「いっしょにゲームやろうよ!」
一颯の母親と私の母親が学生時代からの付き合いだった。
たまたま、藤阪家の近くの家を購入したのをきっかけに互いの家を行き来することが多くなった。
これは一颯と最初に出会った時のこと。
藤阪家に行き、母親はダイニングテーブルの椅子に座りながらで色々話していたが、私はリビングフロアにあるソファで座っていた。
そこにはテレビをじっと見ている幼い一颯がいた。
テレビには赤いオーバーオールを着た男のキャラが縦横無尽に走り回っていた。
私がじっとみていることが気になったのか、一颯は私をみるとコントローラーをこちらに差し出してこう言ってくれた。
「……うん」
コントローラーを受け取った私は一颯の横に座りながら、思うがままにプレイしていった。
私が操作するのは緑のオーバーオールをきたキャラで、一颯のキャラに合わせてあちこち動き回っていた。
時には一颯のキャラを踏んづけてしまったり、道具を取るつもりがキャラを掴んでしまい、その挙句に敵に向かって投げたりとハプニングがありつつもステージをクリアしていった。
「やったな! つぎもあるからがんばろうぜ!」
母親から声がかかるまで、ずっと一颯とゲームをしていた。
そして、玄関で靴を履いてからドアを開けようとすると
「また、いっしょにあそぼうぜ……えっと」
今になって思えばおかしなことだけど、私たちはお互いの名前も知らずに遊んでいたのだった。
そういうところゲームってすごいなと感じてしまうけど……。
「……なちゅき」
「え?」
「なちゅき……わたしのなまえ」
当時舌足らずの私は『なつき』と言っているつもりだったが、一颯にはそう聞こえたらしく、小学校卒業までずっとこの呼び方だった。
「いらっしゃい菜月ちゃん、一颯ならリビングにいるわよ」
小学校に進級しても幼稚園の時と変わらず、放課後は母親と一緒にどちらかの家に行ってはずっと一緒にゲームをしていく日々を送っていた。
「あー! それなちゅきのアイテムだよ!」
「こういうのは早いものがちだよー!」
時にはケンカすることもあった。
その時は……
「いぶき! 女の子をいじめちゃだめでしょ!」
「いったぁ! 前になちゅきがやったときはなにも言わないのに、なんでボクにだけ怒るんだよ!」
「わたしが女の子の味方だから」
「カナ姉かっこいー!」
一颯のお姉さん、カナ姉が助けてくれた。
私が一人っ子ということもあってか、妹のように接してくれた。
小学校高学年になってもお互いの接し方は変わることはなかった。
ただ、カナ姉が中学生になってしまったので毎回3人でいることは少なくなっていった。
これぐらいの年頃になると、女子は色々なことに敏感になっていった。
自分のクラスの女子たちも例に漏れず、カッコいい男子やサッカーで点をとった男子が好きとか盛り上がっていたのだが……。
その中で私は変わることなく、考えることはゲームのことばかり。
「一颯の場合、この攻撃をした時は必殺技を打ってくるから……」
「……菜月、さっきから何をぶつぶつ言っているんだ?」
「『アケツー』のイメージトレーニング!」
この頃、動画サイトで格闘ゲーム配信の動画が流行り出したこともあり、私たちもプレイしていた。
「そんなことまでして勝ちたい?」
「うん、勝ちたい!」
元々一颯のゲームセンスがずば抜けているのか、最初のうちは全く勝てなかった。
何度も負けては学校のノートに絵を書いては常にイメトレをしたところ、少しずつ勝てるようにはなっていった。
「今日も家に帰ったら一颯の家にいくから! 私が勝つまでやめないから!」
「えー……この前買ったドラファンの新作やりたいんだけど」
文句を言いながらも一颯は私のわがままに付き合ってくれていた。
そして、中学に進学すると同時に遅い思春期がやってきた。
もちろん相手は一颯。
これまでは全く意識などしたことなかったのに、気がつけば一颯と一緒にいるだけで心臓がドクドクと音を立て始めていた。
その時は恥ずかしいと思ってしまい、誰にも相談することができなかった。
「菜月、もしかして一颯のことが好きなの?」
その事に気づいたのはカナ姉だった。
いつも通り、一颯と一緒にゲームをしていた時のことを見ていた時に私の様子が変だと思っていたようだ。
帰る準備をしていると、カナ姉に呼ばれ部屋へ行くと小声で言われた。
「……うん」
その時の私は照れや苦しい気持ちを理解してくれたことへの感謝の気持ちが入り混じり、そんな返事しかできなかった。
それでもカナ姉は自分のことように喜びながら私に抱きついていた。
「すっと可愛かったけど、今の菜月が一番可愛いかも! こんな子に好かれるなんて一颯が羨ましい!」
「カナ姉、大袈裟だって! もちろんカナ姉のことも好きだし!」
「それじゃ一颯と私と菜月で三角関係になっちゃうじゃん! 今時ドラマでもそんなのないって」
この時の私は浮かれすぎてたのかわからないけど、後に起こることなど想像すらできていなかった。




