第23話 彩葉と一颯さん
「これだけ仲がいいなら名前で呼び合ったらいいのに〜」
姉の手にはクッキーが握られていた。
先ほど食べたアイスでは飽き足らず今度はクッキーに手を出したようだ。
「……郁奈ちゃん、そんなに食べてばかりだと太るよ?」
「今年は少しふくよかな女性を目指してるから大丈夫!」
姫島さんが来ているからか、いつも以上にはしゃいでいるので静かにさせるために嫌がることを言ってみたが、逆効果だったようだ。
「ってか会った時からずっと思ってたんだけど、彩葉ちゃんってすごくスタイルいいよね!」
持っていたクッキーを口の中に頬張ると間近で姫島さんの体を見ていた。
「そ、そうなんですか……?」
見られている姫島さんは若干顔を赤くしていた。
「一颯もそう思うでしょ?」
姫島さんの体を両手で触りつつ俺の方を向いていた。
絶対に俺が同意するだろうと確信の笑みを浮かべながら……。
「ご想像にお任せする……それよりもいい時間だし、そろそろ姫島さんを返したほうがいいだろ」
俺はリビングにある壁掛け時計を指差す。
いつもなら俺は部屋にいる時間だし、姉は楽しみにしているドラマの始まる時間でもあった。
「楽しい時間はあっという間に過ぎていくね〜……あ、そうだ!彩葉ちゃんちょっと待ってて!」
姉は何かを思い出したかのように急いでリビングから出て行った。
ドタドタと階段を登っていく足音がしたので、自分の部屋に行ったのだろう。
「すごいお姉さんですね……」
姫島さんはそう話すが、少し顔が引いているようにも見えた。
おそらく相当言葉を選んでくれたのかもしれない。
「はっきり言っていいよ、『喧しすぎる』って」
「そんなことは思ってないですよ。 むしろ郁奈さんみたいなお姉さんがいる藤阪さんが羨ましく思いました」
「欲しいならいつでもあげるよ……」
俺がため息混じりに答えると姫島さんは笑っていた。
「藤阪さん……」
「どうしたの?」
「……今までそんな経験はないんですが、友達って名前で呼び合うものなんでしょうか?」
どうやら先ほど姉が言ったことが気になっていたようだ。
「どうなんだろうな、あまり気にしたことはないけどね……」
これまで友達と接してきたのは俺のことは名前で呼ぶやつもいれば、苗字で呼ぶのもいた。
その逆も然りだ。
姫島さんにとっては初めてのことだからわからないのかもしれないな。
「俺はどちらでもいいけどね」
「そ、それじゃ……!」
姫島さんは毎度のように俺の方へ体を寄せてきた。
「そ、それじゃ私のことは『彩葉』って呼んでください!」
「姫島さん近い近い!」
いつものように両手を前に出して止めていると、閉まっていたリビングのドアがゆっくりと開いていく。
「彩葉ちゃんに絶対に似合う服を選んできたよー!」
大声をあげながら姉がリビングへと戻ってきた。
手に店のロゴが入った紙袋をもちながら……
「たぶんサイズも合うはずだから問題——」
軽快に話していた姉だが俺と姫島さんの状態を見て、途中で口を閉ざしていた。
そして口元に手を当てて、含み笑いをしていた。
「もしかして私、邪魔だった?」
いや、むしろ来てくれて助かったかもしれない。
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「彩葉ちゃん、いつでも遊びにきていいからね!」
「お邪魔しました、あと……本当にこれ、頂いてもいいんですか?」
「いいよー! クローゼットの中でずっと眠らせるよりも誰かが着てくれたほうがいいし!」
姫島さんの手には先ほど姉が持ってきた紙袋が握られていた。
前に母親にクローゼットの服を整理しろと言われていたので、ちょうどいいタイミングだったのだろう。
「いくつかセクシー系なのもチョイスしているから、一颯を落としたい時に是非、使ってみてね」
姉はこちらをチラチラと見ながら話していたのはいいが、姫島さんは理解できなかったのか、首を傾げていた。
「いつまでくだらないこと言ってんだよ……ともかく姫島さん、気をつけてか——」
「こら、一颯! こんな夜に女の子を1人で歩かせるつもり?」
「あ、いえ……そんな距離でもないですし1人でも——」
「駅まで1人で歩くのも寂しいし、話相手にはぴったりだから!」
そう言って姉は俺の背中を押した。
「あ、ついでにコンビニで甘々クリームたっぷり黒胡麻プリン買ってきて! 後でPuyPuyでお金送っとくから!」
絶対にそれを買わせるための口実に姫島さん使ったろ……。
「郁奈ちゃんの言うこともたしかにな……それじゃ姫島さん行こうか」
「え……あ……すみません」
玄関を開けて外に出ると、スマホからピロンと音が鳴り出したので見てみると……
Kana,Fuzisaka
『彩葉ちゃんに危険が迫ったら身を挺して守るんだよ!』
姉からのメッセージが送られてきたが、面倒なので放置することにした。
その間に姫島さんが「遅くなりました」と言いながら外へやってきた。
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「……本当にここでいいの? 近いし家まで送っても——」
「さすがにそれは申し訳ないですし、それにさっき家に電話したら、駅まで迎えにきてくれるようなので……」
俺の家から駅まではのんびり歩いても10分ぐらいの距離なので、話しているうちに駅へと到着した。
姉からは家まで送るようにと言われていたが、昭三さんときく江さんが駅まで来てくれるというのなら安心だ。
「ちなみに電車が来るのは……5分後か」
夜と言うこともあるが、そもそも各駅しか停まらない駅なのでそんな頻繁に電車はこない。
改札からホームまで、すぐに行けるので電車が来るまで一緒にいることにした。
「……あ、あの藤阪さんさっきの話の続きなんですが」
「さっきのって……あぁ、呼び方について?」
俺がそう告げると姫島さんは黙ったまま頷いていた。
「別に俺のことは今まで通り藤阪でもいいし、一颯でもどちらでもいいけどね」
「そ、それじゃ……『一颯さん』でもいいですか?」
「いいけど、なんでさん付けなの?」
「これは癖なんです。 母が生きていた頃はきちんと呼ばないとその場で怒られていたので……」
姫島さんは少し苦しそうな顔をしていた。
「だから、私のことは『彩葉』って呼んでください!」
先ほどと同じようにやや興奮気味になっているのかグイッと体をこちらに寄せてきた。
「姫島さん、近いって! でも俺が呼び捨てってのも何か変な感じがするけどね」
「最初はそうかもしれないですけど……私もいつか呼べるようになりますから!」
——『一颯』って。
「お待たせいたしました、3番線に各駅停車が参ります」
姫島さんが何か言おうとしている時、ホームから放送が聞こえてきた。
「そ、それじゃ私、行きますね!」
「うん、気をつけて帰ってね」
姫島さんは元気よく返事すると改札を抜けてホームまで向かって行った。
俺も帰ろうと思い、家の方へと向かおうとすると……
「一颯さん!」
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返ると、姫島さんがこちらを見て大きく手を振っていた。
「また明日!」
それだけ告げるとホームに到着した電車へと入っていった。
すぐにドアが閉まり、電車は次の駅へ向かって走り出した。
去っていく電車を見ながら俺は……
「また明日ね、彩葉」
と小さく呟いた。




