第11話 姫島彩葉の過去
「はい、どちら様でしょうか?」
ドクドクと周りに聞こえるのではないかと思えるぐらい、心臓が鼓動しながらも俺は『姫島』と書かれた表札の下に設置されたインターホンを押し、待っているとすぐに声が聞こえてきた。
声は女性の声で、若干声が掠れているようにも聞こえた。
「あ、えっと……藤阪といいます! ひ、姫島さんのく……クラスメイトの——」
「——お待ちしていました、少々おまちくださいね」
初めて話す相手ということもあって、必要以上に緊張してしまい思うように話すことができなかったが、すぐに対応してくれた。
少しの間待っていると、門の奥にある玄関が開いた。
「お待たせしてごめんなさいね、どうぞ、お上がりください」
玄関から姿を見せたのは年配の女性だった。母親というよりかは祖母といった感じか。
黒髪の中に白髪が目立っているが、自分の祖母と比べるとずいぶん若く見える。
「あ、は……はい、失礼いたします!」
姫島さんのお祖母さんに促されるままに俺は家の中に入っていく。
玄関にはたくさんの花が置かれているためか、華やかな感じがした。
「汚いところですが、こちらへどうぞ」
お祖母さんはシューズボックスからスリッパを取り出して、俺の足元に置いてくれたのでそれを履くと進んだ先の部屋へと案内される。
「お、来てくれたか!」
案内されたのは小さな和室の部屋。
中には茶色い真四角のテーブルと部屋の端には青い座布団が重ねて置かれていた。
そこにいたのは、白髪混じりの男性だった。
案内してくれたのがお祖母さんだったので、この人父親ではなく祖父だろう。
穏やかでパッと見、優しそうな感じに見える。
自分の祖父が厳格さを表現したような厳つい顔つきだったので、そのギャップもあるのだと思うけど。
——それにしてもお祖母さんもそうだけど、雰囲気や見た目が自分の祖父よりも若くみれるのは気のせいだろうか……。
「ふ、藤阪といいます! 姫島さんとはクラスメイトで……!」
自分でもびっくりするぐらいに体を直角に曲げて頭を下げる。
「まあまあ、そんなに緊張しないでこちらに来なさい」
「あ、は……はい!」
震えた声で失礼しますと言って、部屋の中に入っていく。
「まあ、そこに座りなさい」
姫島さんの祖父は奥から座布団を取ると、俺に渡してくれた。
受け取ってからお祖父さんの向かいに座布団を置いて正座で座るが……。
「それじゃ疲れるから楽にしなさい」
正座する俺を見て、お祖父さんは笑いながら言ってくれたので、礼を言ってから胡座で座り直した。
「遠いところ、来てもらって申し訳なかったね、彩葉の祖父で昭三です」
そう言って姫島さんの祖父と名乗った昭三さんは会釈をしていた。
「え、えっと……ふ、藤阪一颯といいます」
俺も返すように自分の名前を告げる。
「君のことは毎日のように孫から聞いていてね、いつか会ってみたいと思っていたんだよ」
「そ、そうなんですか……」
笑顔で話す昭三さん。
姫島さん、一体何を話しているんだ……。
「1時間ぐらい前かな、担任の先生から電話あってね、夜遅くに書類を届けたいとのことだったけど、この通り年寄りだから寝るのが早くてね」
続けて「そのおかげか日が昇る前に目が覚めるんだけどね」と言って笑っていた。
「そこで、可能だったら孫が仲良くしている藤阪君に頼めないかとこちらからお願いしたんだよ、もちろん可能だったらとは言ったんだけど」
可能な限りと言っているが、あの担任無理矢理だったぞ……。
それをここでいうのは場違いだと思ったので、グッといいたい気持ちを抑え込んだ。
「えっと、その書類ですが……」
そう告げてからすぐに鞄を開けて、書類を昭三さんに渡した。
「ありがとう、にしても入学して早々に風邪を引くなんてね」
「それに関しては、じ、自分が悪い部分もありまして……」
声を振るわせながら伝えると、昭三さんは申し訳なさそうな顔でこちらをみていた。
「大丈夫だよ、うちの孫が無理言って朝方までゲームに付き合わせたのは知ってるから」
「そ、そうなんですか……」
昭三さんと話しているうちに、お祖母さんがお茶とお茶菓子の煎餅を持ってきてくれた。
その際に昭三さんから妻のきく江だと紹介してくれた。
「それにしても驚いたかい?」
頂いたお茶を飲んでいると昭三さんが話しかけてきた。
「な、何をですか……?」
「彩葉と一緒に住んでいるのが僕らのようなご老体ってことにさ」
昭三さんの言葉に俺は返す言葉が見当たらなかった。
ここまで案内してくれた天王寺が彼女の家の事情を話していたが、それを家族に聞けるほどの度胸はなかった。
「あの子の母親は中学にあがる直前で病気で亡くなったんだけど、異常だと思えるほどの見栄っ張りでね、そのくだらない見栄のために彩葉にひどいことをしていたんだ」
「ひどい……ことですか?」
あまり聞くべきではないことなんだけど、何も言わないのは無視していると思われそうなので、反応することにした。
「小学校の頃から彩葉に成績優秀になることを強要してたんだよね、本来であれば学校で友達と遊んだりするのが本来の姿なんだけど」
天王寺が『モンスターペアレント』と言っていたことを思い出す。
「そのおかげと言うか、せいと言うべきなのかわからないけど、成績は優秀だったよ……その代わり友達が一切できなかったんだ」
昭三さんが話すには姫島さんの母親は彼女に勉強以外することを許さなかったそうだ。
一度遊んでいたのを見つけた時は、彼女の顔が真っ赤に腫れるぐらい平手打ちをしていたとか。
そういや天王寺も彼女の母親に怒られたとか話していた気がする。
「それを知った僕ときく江は母親にものすごい怒ったけど聞く耳を持たなかったよ、息子……彩葉の父親にも言ったけどね、怖くて止めることができなかったようだよ」
情けない息子をもったもんだよと昭三さんは笑っていたが、すぐにため息をついていた。
「その罰が当たったのかわからないけど、病気になってあっという間に亡くなったよ」
昭三さんの話を俺は黙ったまま頷くことしかできなかった。
いつも楽しそうに話しているのに、そんな過去があったなんて……。
「ただ、それからも彩葉は大変だったみたいだでね、小学校の時はずっと勉強しかしてなかったから、友達を作ることができなかったんだ……」
小学生であれば友達は簡単に作れるだろう。
現に自分も小学生時は気がつけば友達ができていたし。
「そこで悩んだ結果、彩葉にゲームを教えたんだよ、まあ僕の趣味でもあったんだけどね」
それで姫島さんはよくお祖父さんのことを口にしていたのか。
「それですぐに友達ができるとは思ってなかったけどね……でも最近になってそのゲーム繋がりで友達ができたと話してきたんだよ」
「もしかして……自分ですか?」
自分の顔を指差しながら聞いていくと、昭三さんは笑顔でそうだと頷いていた。
「相当な子バカ……っていうよりも孫バカかもしれないけど、どんな子なのか気になって担任の先生にお願いしたってわけだ」
「な、なるほどですね……」
「みた感じもそうだし、話してみても悪い子じゃないってのは感じたよ」
昭三さんの言葉を聞いて、顔が熱っていく感覚を覚える。
「できることなら、これからもあの子の友達でいてやってほしい」
そう言って昭三さんは俺に向けて頭を下げていた。
急なことで慌てて頭を上げるように両手を使って顔を上げるように促していく。
「そろそろ、彩葉も起きてくると思うし、顔だけでも見ていくかい?」
「え……」
思いがけない言葉に俺は驚くことしかできなかった。




