正常なチャイム
取材申請は、その日のうちに認められた。
市職員の失踪が既に庁内へ広まり、曖昧な拒否を続ける方が不都合だと判断されたのだろう。撮影なし、録音なし、個人情報に触れないという条件で、遼と野辺は危機管理課へ通された。
室内は紗季の録音で想像したより狭かった。
窓際に長机があり、中央に操作卓がある。機械は放送局の調整卓のような大掛かりなものではなく、事務机へ埋め込まれた画面と数列のボタンだった。
紗季の席は空いていた。
机の端に、鉛筆で「母」と書いて消したような跡があった。遼が顔を近づけると、久世が画面を操作しながら言った。
「昨日の履歴です」
十八時〇〇分〇〇秒。定時チャイム開始。
十八時〇〇分二十九秒。正常終了。
その前後に臨時送信はない。
「履歴を消すことは?」
「権限があれば操作記録の整理はできます。ただ、送信側と中継側に別の記録が残ります」
「両方消せる人は」
「その前提で話をするなら、私は何を見せても信用されません」
「可能かどうかを訊いています」
「理論上と、実際に痕跡なくできるかは別です」
久世は定時チャイムを試験再生した。
昨日と同じ旋律が、卓上の小さなスピーカーから鳴った。
遼は姉の録音を頭の中で重ねた。音程も長さも同じに思えた。最後の一音のあと、身体が次の十一秒を待った。
空調は止まらない。
廊下で台車が動く。
誰も名前を呼ばない。
「これだけです」
久世が言った。
遼は窓の外を見た。中心市街の屋根の向こうに湖が光っていた。旧鳴沢地区は反対側の山の陰で、ここからは見えない。
「旧N-03の撤去記録をください」
「情報公開請求になります」
「保守会社には残ってないんですか」
「残っています」
「見せられない?」
「契約者は市です」
久世は一貫していた。
答えられることには答え、答えない理由も説明する。それが遼には、かえって用意された壁のように見えた。
課を出る直前、紗季の席の電話が鳴った。
近くの職員が取る。
「はい、危機管理課です。防災無線について――いつの放送でしょうか」
職員の声が変わった。
「昨日の十八時。湖東台ですね」
遼と野辺は足を止めた。
職員は二人に背を向け、メモを取った。
「聞こえた内容は、差し支えなければそのまま……はい。ご家族の声に似ていた、と」
久世が受話器を持つ職員を見た。
その顔に浮かんだものを、遼は恐怖だとは決められなかった。
ただ、驚いてはいなかった。




