表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未登録放送  作者: NoNaMe
5/27

放送はありませんでした

 鳴代市役所の危機管理課は、来庁者用の窓口を持たない。


 一階の受付で用件を伝え、内線で担当者を呼び出してもらう。遼が紗季の弟だと名乗ると、十分ほどして総務課の職員が降りてきた。


 紗季は前日、通常どおり出勤している。退庁時刻は確認中。個人の勤務記録については、警察へ回答する。


 職員はそれだけを繰り返した。


「昨夜、姉から仕事の録音が送られてきました」


 職員の顔がわずかに動いた。


「どういった録音でしょうか」


「防災無線です」


「でしたら、危機管理課へ確認します」


「午後六時のチャイムのあと、人の声が入っています」


 職員は答えず、受付から少し離れた。携帯電話で内線をかけ、小声で話した。


 今度は、作業服を着た男が降りてきた。


 紗季の録音に入っていた声を、遼は知らない。だが、鞄の留め具が机へ当たった音なら覚えていた。


 男が持つ灰色の鞄には、鳴代防災設備のロゴがあった。


「保守の久世です」


「水城です。相原紗季の弟です」


 久世は一瞬、遼の顔ではなく、その手にある携帯電話を見た。


「録音をお持ちだと聞きました」


「姉が録ったものです」


「こちらで確認させていただけますか」


「その前に、昨日の六時に何を放送したか教えてください」


「定時チャイムです」


「そのあとに音声は?」


「ありません」


「三件、苦情が来ていますね」


 久世は総務課職員を見た。


「誰から聞きました?」


「姉のメッセージに受付番号がありました」


 遼は画面を見せた。番号だけで、録音は再生しない。


 久世は三つの番号を目で追い、最後の一つで止まった。


「この番号、昨日のうちにはなかったはずです」


「どういう意味ですか」


「連番が飛んでます。いや、受付経路が違えばあとで採ることはあります」


「旧N-03という設備から聞こえたと書いてあります」


 久世は黙った。


「旧N-03は、どこです」


「鳴沢の採石場口です。ただし撤去済みです」


「スピーカーがない?」


「柱とホーンは残っています。回線と商用電源を撤去しているので、放送設備としては使えません」


「なのに、そこから聞こえたという申告があった」


「申告者が設備番号を正しく認識しているとは限りません」


「姉はそれを調べていた?」


「相原さんは受付をしていました」


「質問に答えてください」


「私が答えられるのは設備の状態です」


 久世の声には、怒りより疲れがあった。


「昨日の十八時、中央操作卓から送信されたのは定時チャイムだけです。開始と終了は正常。臨時送信の履歴はない。旧N-03に回線はない。ですから、市の設備から、あなたの言う音声は放送されていません」


「録音には入っている」


「録音に入っていることと、市が送ったことは別です」


 遼は言い返そうとして、やめた。


 久世の言葉は責任逃れに聞こえた。だが、内容は正しかった。


「操作卓を見せてもらえますか」


「一般の方には」


「なら、記者として取材を申し込みます」


 野辺が隣で息を吐いた。


 遼は鞄から記者証を出した。


 家族として答えを得られなかったからではない、と自分へ言い訳した。設備の説明が市民へ開示されるべき情報だからだ。


 総務課職員は上司へ確認すると言って席を外した。


 野辺は遼の腕を掴み、柱の陰へ引いた。


「置いていけと言った」


「状況が変わった」


「変えたのはお前だ」


「姉が消えてるんですよ」


「だから家族として捜せ。取材対象にするな」


「記事にするとは言ってない」


「記者証を出すってのは、相手へ記事になるかもしれないと告げることだ」


 遼は腕を振りほどいた。


「脅してません」


「お前がそう思ってなくても、向こうはそう聞く」


 その言い方が、録音の声を思い出させた。


 同じ音でも、聞く側によって違う。


 遼は記者証を鞄へ戻した。


 操作卓を出たところで、紗季の隣席だった職員が遼を呼び止めた。


 胸札には、河野とある。三十代の女性で、昨日、苦情電話を受けていた職員だった。


「ご家族へお話ししていいか、分からないんですけど」


 河野は廊下の端へ遼を連れていった。野辺が少し離れて立ち、会話へ入らない位置を選んだ。


「相原さん、昨日、帰る前に書庫へ行ってます」


「何時ですか」


「七時半くらい。古い設備台帳を探すって」


「旧N-03の?」


「それだけじゃなくて、合併前の有線放送。私、そんなものまで設備係にあるのかって訊いたから覚えてます」


「戻ってきた?」


「一度。コピーを持ってました。そのあと、また席を外して」


「退庁した時刻は」


「分かりません。私は八時前に帰ったので」


「コピーはどこに」


 河野は紗季の空席を振り返った。


「机にはありません。警察が持っていったのかもしれない」


「何の資料だったか見ました?」


「地図みたいなものと、名前の一覧。上に『別紙三』って」


 遼は聞き返した。


「別紙三?」


「はい。でも自信はないです。紙を重ねて持っていたから」


 河野は声を落とした。


「それから、変なことを訊かれました」


「何を」


「市役所の放送って、名前を読み上げることがあるかって」


「何と答えたんです」


「行方不明者や避難対象者なら、原稿に名前が入ることはある。でも定時放送ではないって」


「姉は何か言いました?」


「『原稿にない名前は?』って」


 河野はそこで、自分の腕を抱いた。


「冗談だと思いました。だから、操作する人が勝手に言わなければ入らないって答えた」


「操作する人が、勝手に」


「でも昨日、操作卓のマイクは使ってません。私もいました」


「録音音声を混ぜることは?」


「久世さんが説明したでしょう」


「あなたが見たことを訊いています」


 河野の顔が硬くなった。


 遼はまた、家族の声から記者の声へ変わっていた。


「すみません」


 先に謝ると、河野の肩が少し下がった。


「昨日の定時放送は普通でした。相原さんが送出ボタンを押して、チャイムが終わって、表示も戻った。久世さんが履歴を確認した。それだけです」


「そのあと、姉は録音を聞いた」


「イヤホンで。一度聞いて、すぐ外しました」


「様子は」


「怖がっているようには見えなかった」


 河野は考え直すように間を置いた。


「怖がる前に、仕事にしようとしていた。時刻を書いて、受付票を並べて、同じ障害か確認してた。相原さん、そういう人だから」


 それは遼の知る姉でもあった。


 不可解なものを不可解なまま誰かへ話す前に、時刻と番号を付ける。自分の感情より、再現できる手順を先にする。


「録音の中で、何と聞こえたか話しましたか」


「いいえ」


「誰にも?」


「たぶん」


 河野は胸札の端へ触れた。


「ただ、紙に何か書いて消してました。私が見たら、上の複写を外したんです」


「何を書いたかは」


「分かりません」


 分からないことが、また一つ増えた。


 遼は河野の連絡先を訊かなかった。市の職員として話した内容を、本人の許可なく記事へ使わないと約束した。


 約束した瞬間から、使える情報と使えない情報が分かれた。


 捜索には使える。記事には使えない。


 野辺が言っていた違いが、ようやく具体的な形を持った。


 階段を下りる途中、遼は警察へ河野の話を伝えた。別紙三らしい複写、古い設備台帳、七時半以降の紗季の行動。


 電話の相手は既に河野から事情を聴いていると答えた。


「コピーは押収しましたか」


「捜査上のことは回答できません」


「書庫の防犯カメラは」


「確認しています」


「姉が庁舎を出た映像は」


「確認中です」


 遼は通話を切った。


「警察は遅い」と言いかけた。


 野辺が先に言った。


「答えないことと、やってないことを一緒にするな」


「分かってます」


「今日、何回目だ」


「何がです」


「分かってる、と言った回数だ」


 市役所の自動扉が開いた。外の熱気が、冷えた庁舎へ流れ込んだ。


 遼は振り返った。


 四階の窓は日光を反射し、どれが危機管理課か見分けられなかった。


 あの窓際で姉は声を聞き、時刻と番号を付け、誰にも内容を言わず、弟へ送った。


 助けを求めたのか。


 自分の聞こえ方を、別の人間で試したのか。


 その二つを、まだ分けることができなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ