未登録放送
八月十八日、北嶺日報朝刊の一面に、廃止子局の無許可再接続が載った。
見出しは三度変わった。
最初は〈存在しない放送、廃止子局から〉。
次に〈旧子局を無許可起動 失踪二件の経路と一致〉。
最終版は〈廃止子局を無許可再接続 市、保守記録改変を調査〉。
失踪との因果を見出しから外した。
その代わり本文で、起動順が捜索範囲の拡大と点検坑図の発見へ繋がった経緯を時刻順に示した。
久世の局地操作。柏木の依頼。点検票の修正。共有フォルダ履歴の削除。子局の起動順と旧避難路の一致。
確認できた事実を、出所ごとに分けた。
市の監査履歴。
保守会社の持出簿と点検票。
警察へ提出された接続材。
久世と柏木の説明。
音響鑑定室の報告。
一つの段落へ混ぜず、それぞれの資料が証明する範囲を記した。
市の中央操作卓から臨時送信はない。
久世が送出したのはチャイムと鳴り物だけ。
個人名を含む声については、発生源も共通語句も確定できない。
柏木と久世の行為が、紗季や美緒の移動を直接引き起こしたとは書かなかった。
ただし二人の行為が、無許可設備の作動、行政記録の不適切な削除、捜索初動の遅れを生んだことは曖昧にしなかった。
怪異を恐れたからという動機は、責任を軽くする理由にしなかった。
事故報告の人数差と別紙三の欠落は書いた。
八人目が抹消された、とは書かなかった。
遼の未発表稿にあった音声リンクと完全文字起こしは削除した。
情報提供フォームも置かなかった。
代わりに、市と警察の正式な連絡先だけを載せた。
聞こえた言葉を募集せず、設備の目撃、車両写真、行方不明者の位置情報に限った。
言葉を集めれば調査が進むかもしれない。
同時に、次の聞き手へ文型を渡す。
遼は、その利益を今回は選ばなかった。
「これでいいのか」
校了前、野辺が訊いた。
「足りないです」
「何が」
「姉さんがどうして坑へ行ったか。美緒さんが何を聞いたか。椅子の音を誰が先に知っていたか」
「記事に書ける答えが足りないのか」
「答えそのものが」
「なら、足りないまま出せ」
野辺は原稿を返した。
「記事は解答用紙じゃない。次に調べる人が、どこまで確認済みか分かればいい」
「読者は納得しません」
「納得させるために穴を埋めるな」
遼は原稿末尾へ、未確認事項を三点だけ置いた。
個人名に聞こえる音の発生源。
紗季の共有フォルダを三時五十二分に更新した端末。
投稿三十一番の原画像と作成時刻。
八人目と「みなせ」は、未確認事項にすら入れなかった。
現在の失踪事件との関係を示す証拠が足りないからだった。
「分かったふりをしない記事の方が、あとで長く使える」
紙面では、音響鑑定室の補助解析者名を伏せた。
水瀬*香。
野辺は証人保護のためだと言った。
遼は同意した。
その伏字によって、三十七年前の水瀬という名が、また一部だけ消えることにも気づいていた。
保護と欠落は、紙面の上では同じ黒い矩形になる。
朝刊が刷り上がるころ、遼は姉の録音を自分の端末から削除した。
共有フォルダと捜査資料には残っている。
世界から消すためではない。
自分が、答えを得られるまで何度でも聞く人間であることを知ったからだった。
削除前、遼はファイルの識別値と来歴を資料台帳へ記した。
何を削除したかまで消してしまえば、後から都合の悪い資料を隠したのと区別できない。
自分の端末から再生しやすい複製を消す。
捜査用の保全コピーは残す。
公開はしない。
三つは別の判断だった。
削除確認を押す直前、波形の末尾を見た。
椅子を引く音のあとに、ごく小さな帯がある。
以前は気づかなかった。
再生はしなかった。
画面から波形が消える。
支局の窓の外で、午後六時のチャイムが鳴り始めた。
遼は原稿へ戻った。
旋律が終わっても、誰も作業を止めなかった。
【記録照会問題 06】
市の送信履歴に存在しない一連の音を、遼の記事は何と呼んだでしょうか。
事件の呼称を、作品題と同じ表記で照会端末へ入力してください。
ヒント:この第37話の題名でもあります。
正しく照合されると、共有フォルダ監査履歴と8月18日付記事が開示されます。
https://nonamenonowork.github.io/narushiro-archive/
※怪異の単一解答を示す資料ではありません。確認された事実と、確認されなかった声を分けてお読みください。




