鳴らしているあいだ
「今夜は、音を切らさない」
柏木は寺の裏手で言った。
保存会の法被ではなく、消防団の作業着を着ていた。軽トラックの荷台には、携帯発電機と黒いケーブルが積まれている。
「祭礼の道具にしては大掛かりですね」
遼が言うと、柏木は荷台の幌を下ろした。
「停電対策だ」
「市は主催から外れた。防災無線を使う許可もない」
「使わん」
「旧N-03の接続痕を警察へ出しました」
柏木の手が止まった。
「久世さんの車も、七月二十四日未明に採石場方面で撮られている」
「だから何だ」
「今夜、何を鳴らすつもりです」
柏木は遼へ近づいた。
「お前の記事を読んだ人間が増えてから、申告も増えた」
「記事は四十三分で止めた」
「読んだ人間には四十三分も一秒も同じだ」
「だから祭りで止める?」
「止めるんじゃない」
柏木は以前と同じ言葉を使った。
「切らさないだけだ」
「何を」
「こっちの音を」
寺の裏から久世が現れた。
灰色の鞄と工具箱を持っている。遼を見ると立ち止まった。
「保守会社は祭りも担当するんですか」
「消防団設備の点検です」
「その工具で?」
「水城さん」
久世は疲れた声で言った。
「あなたが何を疑っているかは分かります。でも、今ここで機材を止めれば安全になると証明できますか」
「許可のない設備なら止めるべきです」
「法的にはそうです」
「技術者としては違う?」
久世は答えなかった。
柏木が荷台から古い大学ノートを出した。
祖父のものだという。事故翌年の日付の頁に、短い一行だけあった。
〈鳴らしているあいだ、名を数えるな。〉
遼は頁の前後を見せるよう求めた。
前頁には、地区の世帯名と、鉦、拍子木、鐘の印。後頁には、法要の供物と参加人数。問題の一行だけ筆圧が強く、鉛筆の色も濃い。
「同じ日に書かれたんですか」
「分からん」
「あとから書き足した可能性は」
「ある」
柏木はノートを奪い返さなかった。
「祖父が死んだあと、倉から出た。俺が見つけた時にはこうだった」
「名を数えるな、は犠牲者を数えるなという意味ですか」
「知らん。参加者名簿の話かもしれん。呼び名を数えるなかもしれん」
「それでも従う」
「従うんじゃない。試す」
柏木は言った。
「去年までは、途中で鳴り物が途切れても気にしなかった。今年は途切れさせない。それで申告が出なければ、次に何を調べるか決められる」
祭礼ではなく、地区全体を使った実験だった。
参加者の多くは、そのことを知らない。
「これが根拠ですか」
「根拠じゃない」
柏木はノートを閉じた。
「残っているのが、これだけなんだ」
不完全な記録を、不完全だと知りながら繰り返そうとしている。
久世は工具箱を地面へ置いた。
「私が頼まれたのは、四地点で同じ音列を出すことです」
「誰に」
久世は柏木を見なかった。
「保存会からです」
「正式な依頼書は」
「ありません」
「市との保守契約を使った?」
「点検用端末と予備部材を持ち出しました」
認め方が具体的すぎて、遼はかえって次の言葉を失った。
「中央の操作卓には残らない」
「局地接続なら残りません。端末側の負荷履歴は残る」
「なぜ消さなかった」
「消せない形式です」
久世は一度だけ柏木を見た。
「少なくとも、私は消せないと説明しました」
柏木と久世のあいだに、同じ目的だけではない緊張があった。
遼は警察へ電話をかけるべきだった。
既に写真は渡している。久世の車の情報も送った。目の前の機材を告げれば、祭りは止まる。
同時に、柏木たちが紗季の失踪について何かを知っているなら、今夜の行動がその経路を示すかもしれなかった。
遼は携帯電話を握ったまま、発信しなかった。
代わりに、荷台の機材と時刻を撮影した。
証拠を残しているつもりだった。
実際には、止めない理由を記録へ置き換えていた。




