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未登録放送  作者: NoNaMe
23/27

同じ時刻の別の声

 東嶺音響鑑定室は、鳴代市から車で二時間の県庁所在地にあった。


 担当の真壁冬一は、最初に三つの録音の時計を信用しないと言った。


 真壁は依頼を受ける前に、音源ごとの来歴表を作らせた。


 誰が録音し、誰が保管し、どの方法で送信し、どの端末を経由したか。


 紗季の録音は、紗季の携帯電話から共有サービスへ保存されたと推定。その後、遼がパソコンへ取得。


 美緒の音源は、遼のイヤホンから漏れた音を美緒の携帯電話で録音し、メッセージアプリで送信。


 掲示板投稿者提供とされる音源は、御厨が匿名の復元協力者から受領。元端末不明。


「三つ目は鑑定資料になりませんか」


「分析はできます。来歴不明という条件が付く」


「結果が一致すれば」


「来歴が証明されるわけではありません。最初の音源の複製を、別人の録音として受け取った可能性もある」


 真壁は各ファイルの複製を作り、原ファイルのハッシュ値を記録した。


「解析で音を切ったり増幅したりすると、別ファイルになります。何をしたか戻せるようにする」


 遼は自分がこれまで、再生しやすいよう音量を上げ、不要部分を切り、名前を変えた複製をいくつも作ったことを思い出した。


 原本と思っていたものの隣に、どの加工をしたか分からないファイルが並んでいる。


 真壁へ渡す前、遼は最初に取得した日時のファイルを探し直した。


「端末表示の十八時は、測定時刻じゃありません。まず、録音に入っている既知の音を合わせます」


 姉の携帯電話、美緒の漏れ音、御厨が保存していた掲示板投稿者提供の音源。


 三つを画面へ縦に並べる。


 真壁は遠くの踏切、国道の大型車、定時チャイムの立ち上がりを探し、時間軸を少しずつずらした。


 波形が重なった。


「同じ録音ですか」


「そうは言っていません」


 真壁は三つの一致点へ印を付けた。


 踏切の警報開始。


 大型車が継ぎ目を通る二つの衝撃音。


 チャイム末尾に重なる犬の吠え声。


 真壁は拡大した。


「三点の間隔は一致しています。同じ時間帯、近い地域の環境を含む可能性は高い。ただ、一つのファイルの複製か、別端末が同じ環境を録ったかは来歴がないと分かりません」


 音量の違いは距離や建物でも、圧縮や再生音量でも生じる。どちらの説明にも使えた。


「人の声は」


「人声様成分、と呼びます」


 二十七秒の帯を切り出す。


 見た目はよく似ていた。遼が指摘すると、真壁は三つの縦軸を揃えた。


 似ていた形が崩れた。


 遼が記事用に作った比較図は、各波形が枠いっぱいになるよう自動拡大されていた。


 最大振幅の違う音でも、同じ高さに見える。


 時間軸も、一つだけ二十七秒、ほかは三十二秒だった。


「捏造したつもりはありません」


「図は、作った人のつもりではなく、読んだ人に何を示すかです」


 真壁は同一目盛りの図と、個別拡大の図を二枚作った。


 後者には〈形状確認用・振幅比較不可〉と大きく入れた。


 注記が増えるほど図は見づらくなった。


 見づらさは、資料の限界を隠さないために必要だった。


「表示倍率が違いました」


「わざとですか」


「元の解析画面をそのまま並べただけです。比較するなら尺度を確認する。新聞の図でも同じでしょう」


 補助者が別室で音源を聞き、語句を記録した。


 ……きこ。


 まだ。


 ないで。


 固有名は聞き取れない。


「事件のことは伝えていません」


 真壁が言った。


「補助者の名前は?」


「公表資料では伏せます」


 机の依頼票に、担当者一覧があった。


 補助解析、水瀬香澄。


 水瀬。


 遼の視線に気づき、真壁が票を裏返した。


「彼女を聴取者に選んだのは、私です」


「姓を知っていて?」


「事故報告の姓は、依頼資料にありました。選んだあとで気づいた」


「なら別の人に替えるべきだった」


「替えれば、姓が一致した人を意図的に除いたことになる。だから選定経緯を記録し、もう一人にも独立して聞かせます」


 二人目の補助者は、〈きこえる〉〈そこで〉〈して〉と書いた。


 〈まだ〉も〈ないで〉もなかった。


 水瀬香澄の記録だけを採用すれば、遼が聞いた文章へ近い。


 二人を並べれば、共通部分はさらに減った。


「関係者の姓と似ている、というだけで線を引かないでください。県内にある姓です」


「珍しい姓でしょう」


「珍しさは因果関係ではありません」


 報告書の結論は短かった。


 三録音は同じ時間帯の環境音を含むとみられる。


 人声様成分について、共通の語句、話者、発生源は確定できない。


 遼は「同じ時間帯」を「同時刻」へ直せないかと頼んだ。


「何秒まで一致しています」


「基準にした環境音の間隔は、誤差内で一致します」


「なら同時刻でいいでしょう」


「端末それぞれの録音遅延、再生経由、ファイルの切り出し位置が分かりません。同時刻と書けば、同じ瞬間に別地点で録られたと読まれる」


「それを確かめるための鑑定です」


「確かめられなかったことを、目的だったから結論にはできません」


 真壁は報告書の題名も、遼が依頼票へ書いた〈未登録放送音声比較〉から〈提供三音源の音響的比較〉へ変えていた。


「未登録放送かどうかは、市の設備記録と照合する人が判断することです。私は音しか見ていない」


 専門家が範囲を狭めるほど、答えを避けているように感じる。


 だが範囲を越えた断定は、専門家の肩書きで推測を強く見せるだけだった。


 遼は最終稿へ署名する真壁の手元を見た。


 日付、使用機器、解析ソフトの版、受領ファイルの識別値。結論より長い条件一覧。


 条件があるから、別の人間が同じ資料を調べ直せる。


 遼が期待した答えの、手前までしか書かれていなかった。


 それは慎重さであり、限界でもあった。


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