表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未登録放送  作者: NoNaMe
22/27

名前を聞いた者が消える

 原稿は、書き始めてしまえば速かった。


 市の記録にない声。


 録音後に消えた市職員。


 三十七年前の事故と七人分の名簿。


 八つ目に見える過去帳の欄。


 同じ録音から自分の名を聞いた弟。


 一つずつは、確認した事実だった。


 並べる順番を決めるだけで、それらは結論のように見えた。


 遼は原稿を三種類保存した。


 時系列順。


 資料の信頼度順。


 読者が最も強く引き込まれる順。


 三つ目では、姉の録音を冒頭へ置き、事故報告、過去帳、掲示板を続けた。現在から過去へ遡るだけなのに、古い事故が現在の原因だったように読める。


 時系列順では、祭礼の再編集が先にあり、現在の聞き手がその文型を知り得たことが見えやすい。


 資料の信頼度順では、障害受付票と中央ログが最初に並び、声の内容は後半まで出てこない。


 事実は同じだった。


 物語だけが違った。


 遼は三つ目を採用した。


 遼は冒頭へ書いた。


〈三人が聞いた内容は異なる。しかし、いずれも「返事」を求める声だった。〉


 共有画面の右端に、野辺のコメントが付いた。


〈「いずれも」は言えない。受付票の一人は内容を記載していない。〉


 遼は「いずれも」を「複数が」へ直した。


 次の段落。


〈同じ音が、聞く者の名前へ変わる。そして返事をした者が消える。〉


〈最後の一文は仮説。しかも「返事をした」証拠がない。〉


 遼はコメントを解決済みにし、本文を残した。


 野辺はコメントを再度開いた。


〈解決していない。反証例を本文へ入れること。返事をしたと証言し、失踪していない男性がいる。美緒は返事をしていない。〉


 遼は男性の証言を末尾の注へ入れた。


 野辺は段落ごと、声の規則を説明する箇所の直後へ移した。


「注にも入っています」


「読者が結論を作る前に読ませろ」


「流れが切れます」


「切れるべき因果だから切ってる」


 遼は段落を戻さなかった。


 代わりに見出しを〈返事と失踪――一致しない証言〉へ変えた。


 原稿の勢いは落ちた。


 記事としての精度は上がった。


 事故の節では、八人目が記録から消えた可能性を書いた。


〈事故報告、夜回り規則、聞き取りを一続きにする根拠は? 作成目的も年代も違う。〉


 野辺は、原稿を止めるためにコメントしているのではない。掲載できる形へ近づけようとしている。


 遼には分かっていた。


 それでもコメントが増えるたび、姉の捜索から遠ざけられているように感じた。


 音声比較の表を作った。


 相原、三秒、さき。


 水城、三秒、りょう。


 佐伯、三秒、おかえり。


 市職員、十九秒、ミナセ。


 野辺のコメントがすぐに付いた。


〈目盛りが端末表示時刻のまま。補正前データを同じ秒数に並べるな。〉


 続けて、もう一つ。


〈この「ミナセ」はどの資料から取った? 職員の清書は「見なせ」だ。〉


 遼は変更履歴を開いた。


 自分が最初に入力した文字は「見なせ」だった。


 次に「ミナセ」へ変えている。


 直した記憶はあった。斜光で見た筆圧痕を反映したのだ。


 その次の履歴では、「水無瀬」になっていた。


 変更者は、r.mizuki。


 自分のアカウントだった。


 遼は「水無瀬」を削除し、「見なせ」へ戻した。


 なぜ一度、事故報告の姓へ変えたのか思い出せなかった。


 原稿末尾へ情報提供フォームを置いた。


〈聞こえた言葉は、可能な限りそのまま書いてください。名前を伏せる必要はありません。〉


 野辺の赤字が、画面の幅いっぱいに表示された。


〈掲載停止。検証のために同じ文を何人に読ませるつもりだ。姉を捜す記事と、怪談の実験を一緒にするな。〉


 遼は椅子から立った。


 背後で脚が床を擦り、姉の録音と似た音がした。


 振り返っても、自分が動かした椅子しかなかった。


 遼は椅子を同じ距離だけ引き、携帯電話で録音した。


 波形を姉の録音へ重ねる。


 一見すると似ている。


 開始の鋭い山、そのあとに続く低い摩擦音。


 だが再生速度を合わせると、支局の椅子は〇・六秒、姉の録音は〇・九秒。床材もマイクの距離も分からない。似ているという以上の比較はできなかった。


 それでも遼はファイル名を〈椅子音比較〉とした。


 〈類似音候補〉へ変更したのは、保存してからだった。


 名称は、ファイルを開く前に結論を教える。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ