失踪後の更新
共有フォルダの履歴を開示したのは、市ではなく紗季の携帯電話だった。
端末に残っていた同期通知を直子が見つけ、遼へ送った。
七月二十三日二十時十三分。録音を保存。
二十時十四分。共有リンクを作成。
二十三時四十八分。事故報告の画像を追加。
七月二十四日三時五十二分。文字起こし画像を更新。
最後の二つは、紗季が市役所を出たと推定される後だった。
更新アカウントは、すべて相原紗季。
直子の携帯電話に残っていた通知は、本文ではなく件名だけだった。
〈共有項目が更新されました〉
通知時刻と更新時刻が同じだという保証はない。端末が圏外から復帰した時刻、節電中の通知がまとめて届いた時刻かもしれなかった。
遼は直子へ、その夜の行動をもう一度訊いた。
「十一時ごろには寝ました。携帯は台所で充電してました」
「通知音は」
「鳴らない設定です」
「朝、画面を見た時には?」
「通知が三つ。時刻までは覚えてません」
「三つ?」
履歴に残る更新は二つだった。
直子は眉間へ指を当てた。
「二つだったかもしれない。紗季からの連絡だと思って開いたから、数えたわけじゃない」
遼が三つと言わせた可能性があった。
質問の前に、三時五十二分まで更新があると説明していた。
遼は取材メモへ、直子の最初の回答と訂正を両方残した。
遼は市の情報管理担当へ電話した。
「同じアカウントを別端末から使えますか」
「認証情報があれば」
「市役所の共有端末では」
「個別アカウントの保存を禁止しています」
「禁止していることと、できないことは別ですよね」
相手は黙り、操作履歴の正式な請求先を案内した。
端末時計のずれ、同期の遅延、別人による認証情報の使用。表示された時刻だけでは、紗季本人の操作と決められない。
情報管理担当から、翌日になって追加回答が届いた。
共有サービスが保持するのは、サーバーが変更を受理した時刻。端末で編集した時刻ではない。圏外で更新したファイルが、接続回復後に同期された場合、両者には差が生じる。
更新元の通信記録は、保存期間を過ぎているのではなく、捜査照会なしには開示できない。
「警察は照会していますか」
「回答できません」
「姉の端末から同期されたかだけでも」
「回答できません」
回答できないことを、調べていないという意味に読んではいけない。
調べているという意味にも読めなかった。
遼は正式回答をそのまま保存し、自分の要約を付けなかった。
遼は、最後の更新が紗季の生存証明になると考えたかった。
そう考えた瞬間、それ以外の可能性が邪魔に見え始めた。
彼は履歴を野辺へ見せた。
「記事にすれば、三時五十二分以降の目撃情報を集められる」
「その時刻に姉さんが操作したと確認できたらな」
「アカウントは姉さんです」
「アカウント名が人間を保証しないって、お前が市役所へ訊いたんだろう」
「それでも手掛かりです」
「捜索の手掛かりだ。見出しじゃない」
遼は自分の机へ戻った。
記事作成画面を開く。
仮見出しを入力した。
〈鳴代の「存在しない放送」――名前を聞いた者が消える〉
野辺の言葉を無視したのではない。
情報提供を求めるための原稿だった。公開すれば、録音を持つ人間、紗季を見た人間、掲示板へ投稿した人間が名乗り出るかもしれない。
姉を見つけるために必要な文章だ。
遼はそう決めてから、資料を見出しへ従わせ始めた。
最初の稿では、紗季の失踪時刻を七月二十三日二十時と書いた。
最後に市役所を出た記録が二十時だったからだ。
野辺は〈失踪時刻ではなく、最終確認時刻〉と直した。
次の稿で、遼は〈二十時以降、消息不明〉とした。
同じ事実でも、見出しに置けば「その時刻に消えた」と読まれ、本文へ置けば確認範囲の説明になる。
遼は、姉の氏名と所属を実名で出した。市は行方不明者届が出ていることしか発表していない。
野辺は実名を伏せた。
「家族が了承しています」
「家族はお前だ。記者としての利害と分かれてない」
「名前を出さなければ目撃情報が来ない」
「顔写真と服装の公開は警察と相談しろ。怪談の記事に勤務先と実名を載せる話とは別だ」
正しい判断だと遼にも分かった。
正しい判断が、姉を見つける速度を落とすかもしれなかった。
その損失を野辺は否定しなかった。
「遅れるかもしれない。それでも、間違った情報を姉さんの名前で固定する方があとに残る」
遼は実名を仮名へ置き換えた。
置き換えるたび、姉が記事の中から薄くなる気がした。




