投稿031
削除された掲示板には、順番がなかった。
御厨が持ち込んだ復元資料は、検索キャッシュ、転載ブログ、画面写真、まとめ動画の字幕を切り貼りしたものだった。同じ投稿が別の時刻で保存され、存在しない番号が引用だけに残っている。
「だから、最初に時系列を戻します」
御厨は支局の会議室の壁へ、投稿を印刷した紙を貼った。
十八時十六分。
〈さっきのチャイムのあと何か言ってなかった? 湖東台〉
十八時十八分。
〈うちも。女の声。何言ってるかは分からない〉
十八時二十一分。
〈三つ目の曲がりで返事しろ、みたいに聞こえた〉
「三つ目は、遼さんが私へ教える前から出ている」
「投稿者が本当にその時刻に書いたならな」
野辺が言った。
「キャッシュ時刻は改変できますか」
「元サイト側の表示なら。検索側の取得時刻は難しい。ただ、転載画像は信用できません」
御厨は確度によって紙の色を分けていた。
白は検索キャッシュで確認。灰色は複数転載が一致。赤は一つの画像にしかない。
壁の端には、青い紙もあった。
「これは?」
「存在したことだけ確認できる投稿です。本文は引用にも残っていない」
番号と投稿時刻、削除表示だけが並んでいる。
三、六、九、十。十四から十八。二十七。三十四から三十六。
御厨は、欠番も時系列の中へ置いた。
「本文がないのに、何が分かるんです」
「何も分からない、と分かります」
「削除された理由は」
「投稿者が消した。運営が消した。画像を保存した人が、その番号を飛ばした。そもそも自動採番で、書き込みが成立しなかった。どれもあります」
遼は青い紙の多さを見た。
残った投稿だけなら、声は曖昧な音から固有名へ、固有名から失踪の警告へ、段階的に成長している。
欠番に「何も聞こえない」「勘違いだった」という投稿があれば、その成長は崩れる。
逆に、もっと早い時点で固有名が書かれていたなら、成長ではなく選別になる。
どちらも、本文がない限り確かめられない。
十九番から、名前と失踪が現れる。
二十四番で、拍子木二回、鉦一回、一拍空けるという祭礼の型が加わる。
三十一番は赤い紙だった。
〈三つ目の曲がりを越えると古いスピーカーがある。そこで椅子を引く音がして「水城遼」って呼ばれる。返事した人は採石場の下に連れていかれる〉
「これだけ具体的なのに、保存元が一つ?」
「最初の画像を転載した記録は複数あります。元投稿そのものを取得したキャッシュがない」
「画像の捏造は」
「可能です」
「投稿者は」
「三十三番で、自分は三十一番だと名乗っています。『だから創作』と」
「創作なら、椅子の音をどうして知っていた」
遼が訊くと、御厨は壁の紙を見た。
「あなたのお姉さんが別の相手へ録音を送った。市役所で誰かが聞いた。投稿画像を作った人があとから情報を足した。あるいは、椅子の音自体が珍しくなくて偶然一致した」
「最後のは苦しくないですか」
「苦しい代案を消したら、残ったものが真実になるわけじゃない」
野辺がわずかに頷いた。
御厨は投稿三十一番の画像を、四つ並べて拡大した。
最初に保存されたとされる画像は、時刻表示が十八時五十九分。別の転載では十九時五分。同じ本文なのに、文字の折り返し位置が違う。三つ目には端末の電池残量が写り、四つ目にはない。
「別端末で同じ頁を開いたなら、折り返しは変わります」
「画像を作り直しても変わる」
「はい」
「最初の画像はどれです」
「分かりません。ファイル作成日時は保存した日時へ変わっています」
御厨は画像の圧縮痕を色分けした解析図も出した。本文の周囲だけ圧縮率が違うように見えるが、スクリーンショットをメッセージアプリで再送した場合にも同じ痕が出るという。
「調べるほど、どちらにも説明できるんですね」
「だから、捏造と断定も、本物と断定もできない」
御厨は赤い紙の隅へ、〈本文未検証〉と太く書いた。
オカルト研究家という肩書きから、遼は彼が怪異を残す側だと思っていた。
実際には御厨も、残したい謎を自分で削っていた。
御厨は次の紙を貼った。
投稿四十一番。
〈水城って誰〉
その後に欠番がある。
まとめサイトには「記者の名前だった」とだけ残っていた。
遼は自分の名が、録音より先に掲示板へ存在したように見える時系列を眺めた。
だが掲示板の時刻が正しいとは限らない。
録音を姉だけが持っていたとも限らない。
怪異を疑うには、人間の記録はあまりに簡単に加工できた。
人為を疑うには、加工した人物の動機と経路が足りなかった。
「六十七番は?」
遼が訊いた。
翌朝四時六分の投稿だった。
〈聞こえているなら、まだ返事をしないで。〉
紗季が遼へ送った文と同じだった。
「これも画像だけです」
御厨が答えた。
「投稿時刻は、お姉さんが失踪したと見られる時間のあとです」
投稿六十七番の画像には、引用元を示す細い縦線があった。
だが引用先の番号は画面外へ切れている。
「誰かの言葉を写した可能性があります」
「姉の共有リンクから?」
「可能性です。逆に、お姉さんが掲示板を見て文字起こしへ使った可能性もある」
どちらが先かを決める時刻は、どちらも信用しきれない。
録音、文字起こし、掲示板画像、転載記事。
四つの資料が同じ文を含むことは、四つの独立した証拠があることを意味しなかった。
一つの文が四つへ複製された可能性がある。
野辺は壁の中央へ、資料同士を結ぶ矢印を書いた。
録音から文字起こし。
文字起こしから共有フォルダ。
共有フォルダから掲示板。
掲示板から御厨の復元資料。
御厨の資料から遼の記事。
遼の記事から新しい体験談。
最後の矢印を、最初の録音へ戻すように曲げた。
「これを独立証言の数として数えるな」
輪のどこから情報が入ったのか。
誰が最初に文を作ったのか。
矢印を増やすほど、始点は見えなくなった。




