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未登録放送  作者: NoNaMe
17/25

音を止めればいいわけではない

 柏木修司は、寺から出る遼を門前で待っていた。


 消防団の紺色の作業着を着て、軽トラックへ寄りかかっている。五十代の半ば。日に焼けた顔には、寝不足の影があった。


「史郎に何を見せてもらった」


「寺へ訊いてください」


「記者がそう言うか」


「今は家族です」


 柏木は鼻で笑った。


「都合がいいな」


 その言葉は野辺にも言われた気がした。


「姉を知っていますね」


「市役所の相原さんなら知ってる」


「事故報告と祭礼を調べていた」


「観光協会の説明が気に入らなかったらしいな」


「あなたは保存会の役員です」


「だから何だ」


「旧N-03から放送が聞こえたという申告があった」


 柏木の視線が、遼の顔から寺の屋根へ外れた。


「あれは使えない」


「久世さんと同じ答えですね」


「事実だからだ」


「姉も現地へ行った?」


「知らん」


「事故の点呼表はどこです」


 柏木は軽トラックの荷台へ手を置いた。


「何でも一つに繋げるな。事故の紙がなくなったことと、今の放送は別だ」


「別だという根拠は?」


「同じだという根拠がない」


 遼は携帯電話を出した。


「録音します」


「好きにしろ」


「一九八九年の第二避難指示を変更したのは誰です」


「知らん」


「あなたの祖父は消防団にいた」


「いた人間は大勢いる」


「事故後、今の祭礼を作った」


「作ったのは町だ。瀬戸先生も、寺も、市も関わった」


「呼名に応ぜず、という決まりは」


「決まりじゃない」


 柏木は初めて即答した。


「じゃあ、何です」


「夜に外から名前を呼ばれても、戸を開けるな。昔の家ならどこにでもある話だ」


「なぜ」


「夜だからだ。酔っ払いかもしれん。山で声が回っただけかもしれん。人さらいの話を子供に聞かせたのかもしれん」


「ほかの理由は」


 柏木は黙った。


「音を鳴らすのは、呼び声を消すためですか」


「違う」


「なら、何のために」


「居場所を知らせるためだ」


「誰に」


 柏木は軽トラックの扉を開けた。


「音を止めればいいわけじゃない」


「何がです」


「何でもだ」


 車が出たあと、寺の石段の下に砂埃が残った。


 遼は録音を止めた。


 柏木は何かを知っている。


 そうノートへ書きかけ、やめた。


 柏木は何かを恐れている。


 それも推測だった。


 確実なのは、旧N-03の話で視線を外したことと、「音を止めればいいわけではない」と言ったことだけだった。


 夕方、柏木から電話があった。


「さっきの録音、まだ記事にするな」


「訂正がありますか」


「話してないことを勝手に繋げるなと言ってる」


「なら、話してください」


 長い息が聞こえた。車の方向指示器が規則正しく鳴っている。


「祖父は、第二避難指示を出した人間じゃない」


「なぜ分かるんです」


「死ぬまでそう言ってた」


「それだけですか」


「変更を止められなかった、とも言ってた」


 遼は録音開始の確認をした。柏木は構わないと答えた。


「電話を受けたんですか」


「そこから先は、何度訊いても言わなかった。役場へ行った時には放送が始まっていた、とだけ」


「事故後に祭礼へ関わったのは、償いのためですか」


「お前らはすぐ、そういう言葉にする」


 方向指示器が止まった。


「償い。鎮魂。封印。見出しにしやすいからな。残った家が、毎年同じ日に集まれる理由が要った。それだけかもしれん」


「音で居場所を知らせる、と言いました」


「祭りの順路を外から来た人間にも分かるようにする。山へ入った子供を呼び戻す。年寄りが家にいるか確かめる。理由はいくらでもある」


「名前を呼ばずに?」


「昔は家の屋号を呼んだ。鉦を一つ鳴らして、隣が二つ返すこともあった。名前を呼ぶなという話と、音を返す習慣は、最初から矛盾してる」


「瀬戸先生は、それを一つの祭りにした」


「俺たちが頼んだ」


 柏木はそこで、はっきり言った。


「先生一人の責任にするな」


 遼は、柏木が守ろうとしているものを少しだけ理解した。


 古い伝統ではないと明かされても、祭礼に集まった人々の時間まで偽物になるわけではない。


 だが、理解したことと、信用することは別だった。


「旧N-03へ最近行きましたか」


 再び沈黙があった。


「行ってない」


「誰かが行ったことは知っていますか」


「知らん」


 二つ目の否定は、一つ目より速かった。


 通話後、遼は録音を聞き返した。


 声の調子だけで嘘を判定できると思うな、と野辺に言われている。


 それでも、二つの否定の間隔を秒単位で記録した。


 一・八秒。


 〇・四秒。


 数字にしたことで、疑いが事実になったように見えた。


 遼はその行にも、〈解釈不可〉と付けた。


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