八つ目の欄
宗像寺の過去帳は、寺の本堂ではなく、庫裏の耐火金庫に保管されていた。
宗像史郎は金庫から桐箱を出す前に、遼へ手を洗わせた。
「手袋は使わないんですか」
「紙を傷めることがあります。乾いた清潔な手で触る方がいい」
宗像は寺の後継者というより、資料を扱う研究者の口調で言った。瀬戸の紹介によれば、大学で宗教学を学び、実家へ戻ってから寺の古記録を整理している。
「過去帳に真実が書いてあると思わないでください」
箱を開けながら、宗像は言った。
「まだ何も訊いてません」
「過去帳を見せてほしいという人は、たいてい答えを探しに来る」
「答えがないなら、何が書いてあるんです」
「寺が、誰を、どう記録したかです」
平成元年八月の頁には、縦書きで七家の戒名と俗名が並んでいた。
柏木本家。柏木分家。宗像家。相田家。佐伯家。長尾家。水の次が潰れた家名。
頁の右端には、鳴沢水難土砂災七家之霊とある。
七の右側へ、縦に墨が滲んでいた。
低解像度で複写すれば、八に見える。
七つの欄のさらに外側に、家名のない細い欄があった。
戒名は判読できない。俗名らしい一文字だけが、ひらがなの「み」に見えた。
その下へ、小さな点が六つ打たれている。
「八人目ですか」
遼は訊いた。
「八つ目の欄です」
宗像は答えた。
「同じでしょう」
「欄と人は同じではありません」
「法要の点が六つある」
「他の頁では、連絡済み、供物受領、代理焼香にも点を使っています」
「この頁では?」
「分かりません」
宗像は、分からないことを守るように言った。
欄外には墨で、沢道ニテ名ヲ得ズ、仮ニ合祀とあった。
翌年の朱書きで、町名簿ニ従ヒ七霊ト改ム。
さらに年代不明の鉛筆で、ミナセ、読ミ違ヒカ。
「水瀬澄一と水無瀬澄」
遼は事故報告の名を口にした。
「そのどちらかが、ここへ入っている?」
「そうかもしれません」
「違うかもしれない」
「はい」
「寺では調べなかったんですか」
宗像の指が頁の外で止まった。
「祖父は、町の名簿に合わせました。死者の名を寺が勝手に確定するべきではない、と考えたんでしょう」
「それで消えた人がいるかもしれない」
「逆です」
宗像は遼を見た。
「記録に曖昧な欄があるから、あなたはそこへ人を置こうとしている。実在した人が消されたのか、空欄から八人目が生まれたのか、今の資料だけでは区別できません」
「家族は」
「いたなら、ですか」
宗像の声は静かだった。
「いたなら、三十七年のあいだ、誰かが探したはずだ。そう思いますか」
遼は答えられなかった。
姉が消えて、まだ数日だった。
三十七年という時間を想像することができなかった。
宗像は同じ年代の別の頁を三つ開いた。
ある頁では小点が七つ並び、欄外に〈七回忌案内済〉とある。別の頁では三つの点のうち一つだけ朱色で、供物を受け取った日付が添えられていた。さらに別の頁では、点が人名の数より多かった。
「この点を人数と読めない理由です」
「では、八つ目の欄は」
「帳面の版面です。家単位で書く頁と、戒名単位で書く頁を同じ帳面へ綴じたので、余ることがあります」
「この頁だけ、そこへ字がある」
「だから仮に合祀したのでしょう。誰を、とは言えない」
宗像は紫外線灯を直接当てず、斜めから弱い光を入れた。家名空欄の一文字は、ひらがなの「み」ではなく、戒名の一部が滲んだものにも見えた。
水瀬。
水無瀬。
見なせ。
遼の頭にある三つの語が、薄い墨へ形を与えた。
「何も知らない人に読ませたら、何と読みますか」
「読めない、と答えるのが一番正確でしょう」
「それでは記録にならない」
「読めないと記録するんです」
宗像は翻刻用紙へ、四角い欠字記号を書いた。
〈□□澄□〉
空白ではなく、字があるが判読できないという印だった。
「空欄にしておくと、字がなかったことになる。推測で埋めると、読めたことになる。欠字記号は、その間を残すためにあります」
遼は自分のノートを見た。
八人目、と大きく書いてある。
その語を二重線では消さず、横へ〈仮説〉と書いた。




